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おれとれ 10

 二十五体のドールを覚醒させるのに必要な食糧を確保するのにさほど苦労はなかった。

 道行く先々で足音も隠さず彷徨く野獣たちがいくらでもいたからだ。


 その際、主に気配を捉え位置を支持するのはラナイで、ふた手に分かれて野獣を狩ることもあった。

 そういう場合、ラナイとウィッシュバル、ミーヒルバルとイーバルの二組に分かれたのは、おそらく必然だろう。

 過去に共通点を持つ者同士が自ずとそうなっていた。


 戦う四人にとって、それが野獣でもアンノウンかアンチかどうかなどは関係なかった。

 しかし、それまでに二度、出会ったヒレの生えた野獣に関してはウィッシュバルが「フィレ・エルシュか」と言った。


 だが、違う。とも。

 フィレ・エルシュには、硬い甲羅があり頭が伸び縮みするが、頭部が無いわけではないし、そもそも陸上を歩いたりはしない、と。


 完全に理解していたというわけでもなかったが、ラナイもその意見におよそ同意見だった。

 それはラナイとウィッシュバルが知っているものと似ているが違う。

 するとイーバルは、この不可解な現象をパイロニアスのせいだ、と言った。  

 

 進化の王パイロニアスは、その名の通り生物の進化を操るとされる者だ。

 

 とはいっても、【エルオム】から生まれた経緯もあってパイロニアスは進化を無作為に気ままに行うという、竜や指導者というものとはかけ離れたものの考え方で進化させる。

 言うなれば、やってみよう、という感覚でだ。

 だから、水棲のフィレ・エルシュが、陸を歩くようになったのだろう。


 そういう意見から、過去【ガダルタ】、現在【忘れられた水路】であるこの場所にいる野獣は、そういうパイロニアスの好奇心のままに"弄られた"生物ばかりなのかもしれない、と四人は考える。

 

 そうして目線が変われば、いつの間にかラナイを除く三人には過去や姿以外の違いが生まれていた。


 ウィッシュバルは、他のドールに食わせる前に野獣を観察し、自分の記憶にある生物と何が違うのかを調べるようになり。

 ミーヒルバルは、徐々に覚醒を始めたドールたちをどのように動かすことが効率よく野獣を狩るのに適しているかを考えるようになり。

 イーバルは、彼らに分け与えるのだと説くようになった。


 彼らの変化はそれだけでなく、自称もだ。

 ウィッシュバルはおれではなく、「私」、「我々」と自分たちを呼ぶようになった。

 ミーヒルバルとイーバルについては、ラナイに話す時以外は「俺」のままだが、やはり皆のことは「我々」と呼ぶ。


 そして、そういう変化は覚醒したドールたちにも生じ。


 覚醒が進んだドールたちからわかったことは少なくない。

 だが、個人毎状況は大概似通っており、ウィッシュバルはアナーブの拠点に到着するまでの半日で、情報を大方まとめ上げていた。


 まず、新たに加わった者は皆、【オウモ】【イグナス】【エルオム】の三竜、グリ、テリトア、パイロニアスの三王を"六王"と呼ぶこと。

 そして皆、ウルバルのことを"将軍"と認識しており、やはりアトニモの構成は五大隊。

 それぞれの隊長の名前も一致していた。


 このことから、同じ自称堕天使でもウィッシュバルとラナイだけが違うということがわかった。


 加えて、押し迫る闇についての記憶だ。

 それが、イーバルと同じく新たに加わった彼らにも無い。

【ガダルタ】第三階層以下に生じた闇、ラナイが思うところの"耳を塞ぐ闇"の中を進み、記憶が途切れたという者ばかりだった。


 その点は、押し迫る闇を見て記憶が途切れたミーヒルバルではなく、イーバルと同じだ。


 そこでウィッシュバルが確かめたところによると、新たに加わった者は皆口を揃えて『灰影隊所属だ』と答えた。中にはその小隊長だったという者もいた。

 そうしてはっきりしたのは、押し迫る闇を見ていないのは【ガダルタ】第三階層以下へと進んだ灰影隊で間違いないということ。


 空から降ってきた、という押し迫る闇のことを考えれば、地下にいた彼らがそれを見ていないのは当然だろう。

 しかし、すると問題になるのは、彼らの記憶が途切れたその時のことだ。

 これがわからないことには、押し迫る闇が原因とも耳を塞ぐ闇が原因とも言い切れない。


 だが、誰に聞いても記憶が途切れる瞬間のことを覚えている者はいなかった。


 ならばとウィッシュバルが、自分と似通った状況で記憶が途切れているミーヒルバルに再度当時の確認を行うと、覚醒がさらに進んだミーヒルバルは、 

『白猿隊は、【ガダルタ】侵入の合図を待つために、地上【グリンボウ】で待機していた』と。


【グリンボウ】、と知った街の名を聞いて驚いたのは、ラナイだけだ。

 ラナイは、「それなら、第一階層の【コルト】方面にあるはずだ」とウィッシュバルに伝えた。


 そう聞いて、ウィッシュバルが首を捻ったのは言うまでもない。

 しかしウィッシュバル最大の疑問は、「【グリンボウ】とはどこの街のことか?」。

 すると、ウィッシュバルが抱いたこの疑問が一つ、別の疑惑を明らかにした。


 プライアに続き、街一つの名前を知らないウィッシュバル。

 その街が【ガダルタ】へ下りる大地の裂け目近くにあったにも関わらず、周辺地理を把握しているウィッシュバルがそれを知らない。


 そして、ラナイが知っている【グリンボウ】はこの地下【忘れられた水路】の第一階層にある。

 これがどうしてそうなったのかはさておき、同じ名の街が現在に残されていることは確かだ。


 全く違う街かもしれなかったが、ミーヒルバルとイーバルがここらの道を知っていることと関係あるかもしれないことを踏まえると、ラナイの知る【グリンボウ】は彼らの知るそれと同じものかもしれない。

 ウィッシュバルも道を知っているが、それは一旦置いておく。


 また、【グリンボウ】がなぜ地下にあるのかも置いておく。


 とにかく、今考えるべきはウィッシュバルの知らない街の名が現在まで残っているということで、それが示すのは、ウィッシュバルの最古の記憶の時期にそれは無かったということだ。

 加えて、【グリンボウ】という街の名が現在まで続いていることを踏まえると、ウィッシュバルの最古の記憶の時期は、ミーヒルバルやイーバルたちよりも古いということになる。


 つまり、ラナイの持つ常識的な記憶もだ。

 これでラナイは、より"ベルバル様"に近付いた。


 このことにさらにスズの話を加味すると、それらはウーリエが死んだとされる数千万年前よりもさらに以前の出来事であり、ラナイの考える"世界が一個分変わるくらいの時間"もまた千万という単位の途方もない長さの可能性が生まれた。


 その期間を考えれば、竜や王を滅ぼしたとしてもおかしくはない。

 ましてや、街一つ増えたり減ったりなど当然のこと。

 だからウィッシュバルは、【ヴェルーゴ】が【リルディア】に変わったこと、【グリンボウ】という街を知らないことにも苦々しく納得した。

 しかし。


 だとして、他の街、【アーハイム】【ビッツ】【コルト】【ディーズベルグ】【マッキンダム】、滅びた【ヴェルーゴ】、一時期にのみ存在していた【グリンボウ】を抜いて、形が変わったにせよ【リルディア】と、六つの街の名が未だ世に残っているのは不思議だ。


 単にその六つの街が強かったという風に考えられないこともなかったが、ラナイが出した結論は、


「やっぱり、ルトゥールは終わったんじゃないか?」


 というものだった。


 創生の三竜の姿が失せ、それらはウーリエたち五人のアリアスが抹殺したという功績として広まっている現在【アトニム】。

 それが正しいのだとすれば、幾千万年の時が経って街の名が廃れない理由にもなる。


 ウィッシュバルはやはりどこか納得できないといった様子だったが、ラナイの考えには辻褄が合っていることから、納得しようとはしていた。

 

          ◯


「……しかし。では、あの押し迫る闇はなんだったのでしょう」

「それは、全然わからないな。でも、二度、やって来ているのは確かだ」

「二度……」


 沈んだ声で言い、ウィッシュバルは過去を思い出そうとまた記憶の部屋に入った様子だ。

 ウィッシュバルが静かになり、気配が消える。

 すると。


「ベルバル様、少しいいですか?」


 と、ミーヒルバルがウィッシュバルの隣に立つ。


「どうした?」

「今の話、本当なのでしょうか……」

「押し迫る闇のことか? なら、そうだろうな。そうじゃなきゃお前たちかウィッシュバルが全く違うところから来たってとんでもない話になるからな」

 

 そう言ってラナイが肩をすくめると、ミーヒルバルは「いえ」と。


「そうではなく、ルトゥールのことです。お二人はやはり終わったとお考えのようですが……」

「まあ、一応"たぶん"だ。今の状況を考えるとそうしておくのが無難だからさ」


 と、ミーヒルバルが落ち着かない表情でラナイを見上げた。


「では、俺はどうすれば良いのでしょう」

「どうって、何がだよ」

「我々は、ルトゥール達成のためにアトニモに加わったのです。だけど、それは俺たちの知らないところで達成されてしまった。

 俺は、いったいこれから何をすれば……」


 そう言って浅く息を吐き、ミーヒルバルは何かを振り払うかのように頭を振る。


「好きにすればいいんじゃないか?

 せっかく生き返った……んだし。やりたいことをやれよ」

「やりたいこと……?」


 そうだよ、とラナイが大きく頷く。


「昼寝するとか、酒が飲むとか、美味い飯が食うとかさ。

 なんなら、その辺にいる奴らと一緒に野獣狩りをするのだって良いと思うけど」

「で、ですが、そんなことをして何の意味があるというのです? 俺は、六王抹殺のためにいたのです。言ってみればそれが生きがいで、それが無ければ何も想像できません」


 ラナイは、「おれにはわからないね」とまた肩をすくめた。


「……え?」

「いや、だって終わったんだからしょうがないだろ。

 だから言ったんだよ、野獣狩りでもしたらどうだって。

 竜よりは弱いかもしれないけど、暴れるのが好きならぴったりじゃないか」

「俺は……ただ暴れたかったのでしょうか……」

「知らないけど。六王を抹殺することが生きがいだったんなら、そうじゃないか?

 じゃなきゃ、そうだ。

 お前たちには、別の記憶もあるんだろ? そういうのを参考にすればいいよ」 

   

 ラナイの言葉にミーヒルバルは、「そうですね」とか細く呟いてまた頭を振った。そして。


「あの、では、ベルバル様は何を?」

「おれは……」


 とラナイは天を仰ぐ。

 脳裏に浮かぶのは、"アレ"のことだ。


「ちょっとやることがあるからな。それをなんとかするよ」

「やること、ですか。それは?」


 返ってきた質問に、ラナイは一瞬顔をしかめた。

 話すか話さないべきか。

 面倒なことになりそうだという意識が邪魔をして、ラナイは簡単にアレのことを口に出せない。


「……散歩」

「散歩?」

「そう、散歩だよ。

 おれも目が覚めてからそんなに時間が経ってないし、ちょっと【アトニム】を見て回りたいんだ」


 ラナイがそう言うと、ミーヒルバルの表情が僅かに明るくなった。


「【アトニム】……そうか、ここは【アトニム】なんですね」

「そうらしいけど、何かあるのか?」


 ラナイが訊くと、ええ、とミーヒルバルは感慨深そうに小さく頷いた。


「俺が白猿隊に所属していた頃、我々は我々の世界として訂正軍"アトニモ"の名を取り、世界を【アトニム】とそう呼ぶことにしたんです。

 それが、妖獣人だった時にも、今もそう呼ばれている。続いているんですよ。

 だからここは俺たちの世界。

 六王の支配は終わった……そうなんですね」


 ラナイは、「ああ」と返事をした。


          ◯


 少ししてウィッシュバルは記憶の部屋から戻ってきたが、結局押し迫る闇について思い出せることは最初の一度分だけだった。

 つまり押し迫る闇は、ウィッシュバルの記憶の限り二度目の到来以降に訪れていない。


 それがもしかすると三竜と三王の消滅を意味するのではないか、というのはウィッシュバルの意見だ。

 

 事実はわからないことだが、それから数千万年の間一度も確認されていないのだとすれば、大方正しいように思える。

 だからラナイはその意見を否定しなかった。


 現在【アトニム】は平和だ。

 少なくともそうである事実が、覚醒したばかりで混乱していた自称堕天使たちを落ち着かせた。


 すると彼らには新たに、これからどうするべきなのか、という戸惑いが生じる。

 それがさほど問題にもならず収束したのは、ミーヒルバルがラナイから受けた『他の記憶を参考に』と投げ掛けたからだった。


 そんなミーヒルバルの働きかけもあって、白い人型ドールであり自称堕天使たちは、外に出たら何をしようかと湧き、不思議と高揚した雰囲気に包まれたまま。

 そして、遥か天高くに垣間見える小さな青空を見上げた。

 すると徐々に、右腕に薄っすらと感じていた熱が引いていくのをラナイは感じていた。

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