おれとれ 8
一言何か口にして、それから眉間を寄せたまま言葉を失ったコゾウ。
どうせ黙っているならと、ラナイは聞かれるであろうことをさっさと説明する。
だが、そこで語られる内容には【忘れられた水路】に入る以前のことは含まれていない。それと、コルトの火についても語られなかった。
出来上がったもう一つの事実は、まるで今目覚めたばかりのドールであるかのようにラナイを形づくる。
「つまり……わからねえが、テメエは【否読の書】が読めるからドールでありながら、なんつーか、覚醒? したってことなのか?」
「たぶん」
と、ラナイは肩をすくめる。
「それで、腕が光ってるのは火傷をしたからだって?」
ああ、とまたラナイは肩をすくめた。
「スズの弾丸で……」
「ああ」
ラナイから語られた内容をなぞった質問を終えると、コゾウは「ふむ」と小さく唸った。
「そうか、なるほどな」
コゾウが納得して言ったが、それにラナイは返事を何もしなかった。
すると、機を窺ったかのようにコゾウの仲間たちが駆けつける足音が聞こえ、それらは皆ラナイの光の外側でピタリと止まった。
「おいっ」
暗闇の中から声が聞こえ、弦の引かれる、ギリリ、と音がする。
コゾウは何も言わないまま、右腕を上げかけて苦しげな声を漏らし、代わりに左手を上げた。
「大したことない……。それと、こいつはアンノウンじゃないらしい」
と、コゾウが暗闇の向こう側に視線を送る。
それを合図に白光の中へ侵入してくる足が、十本。
一箇所ではなく五ヶ所、円形の白光のあちこちから入り込んでくる。
ラナイを中心に囲むロープなど装備の多い五人は、全員がショートボウを握り締めており、誰も警戒を解いたようには見えない。
そんな彼らを視線でなぞり、コゾウはまた左手を上げ、今度はそれを下に向けて振り下ろす。
「大丈夫だ、こいつに敵意は無い」
それで五人からは武器を握り締める力が抜けたが、それでも目つきだけはまだ緊張の色が保たれたままだ。
その研ぎ澄まされた視線を無視して、ラナイが言う。
「一応訊くけど、お前たちはどうしてここに?」
「品探しだ。スズに聞いて知ってんだろ」
「だよな」
ラナイが鼻息を漏らす。
「ちなみに、今回はどんなもんを探すんだ?」
「そりゃ言えねえ。お前が同業者とも思えねえが、な」
「じゃあもう一つ」
言ってラナイは自分の体を見下ろす。
「ドールは、高く売れるのか?」
ラナイの質問に、「いや」とコゾウは大きく首を横に振った。
「お前らみたいなポンコツ、大体金にならねえよ。好きもんが欲しがるくらいで、わざわざ在庫抱えりゃ倉庫の邪魔になるしな。頼まれでもしねえ限り、わざわざこんなでっかいもん連れてかねえよ」
と、コゾウはラナイを指差した。
「へえ……そうなのか」
「ああ、そうだ」
言ってコゾウは頷き、他の五人に目配せをすると、「行くぞ」と声を掛けた。
合わせて五人はラナイから暗闇の向こう側に視線を移し、コゾウよりも先に白光の外へ出ていった。
その後をノシノシとついていくコゾウ。
一瞬も、ラナイには目を向けなかった。
コゾウを見送りながら、ラナイは「おい」と呼び止めた。
「ああ?」
「本当に、いいのか?」
「ああ、いらねえよ。お前みたいな気味悪い奴」
そう言って、「出口探してんなら、この先を真っ直ぐ行きゃなんとかなるぜ。道に迷っても三日ありゃなんとかなる」と。
「ふーん」
鼻を鳴らしラナイが彼らの来た方向を眺め、視線をコゾウに戻すと、そこにはもう黒い炎のような姿はなくなっていた。
耳を澄ませても、微かにしか聞こえない程度の足音が遠ざかっていく。
「…………」
無言のまま立ち上がり、ラナイは彼らの行く方向を見つめていた。
「本当に、大丈夫なのか……?」
彼らを引きつけ三人を守るつもりが、まるで興味がないと言われてしまい、今ラナイは引き返して三人と合流するべきか迷っていた。
中途半端な嘘をついた以上、三人と知り合っていることが知れたらそれはそれで面倒なことになる。
かといって、ドールに興味がないのであれば、ラナイが三人とどうしようと構わないはずだろう。
それなのに、どうしてラナイが迷うのか。
その衝動を促すのは、コゾウが驚かなかった、という一つの事実による。
自立し、言葉を話し、しかも光を帯びた変りもののドールに値が付かないなんてあり得るだろうか。
それとグリムだ。
自分のことを"レア物"と言って、興奮した彼女の反応を無視するわけにはいかない。
(だとすれば……)
と、ラナイの頭に過るのは、一つの"可能性"。
コゾウは本当は変りもののドールに興味があるものの、その興味をひた隠しにしているという可能性だ。
もしそうだとすれば、なぜコゾウはラナイを無視するような行動を取るのか。
簡単に考えれば、ラナイを油断させるため、だ。
後に捕らえるために、今ラナイは"泳がされている"。
理由も簡単に、ラナイに戦闘経験があるからだろう。
六人が本気で戦えば、おそらく勝機が無いわけではない。
一線交えたラナイにはそれがわかる。
それでも今ラナイを捕らえないのは、儲けと怪我と割に合わないからか、もしくは倉庫の邪魔になるというコゾウの発言が真実だからだ。
(……どっちにしても、話すあいつらは安全か)
ラナイは残してきた三人が追ってくるのを待つことにした――。
◯
コゾウたちが再びラナイの元にやって来たのは、ラナイが三人のドールを待ち始めてしばらく経った後だった。
彼らはしきりに後方を気にし、コゾウは臨戦態勢のまま、連れの五人は弓の弦を引いたまま後ずさるようにしてラナイの白光の中に入り込んできたのだ。
まず先に再開したのが背中だったことから、当然狙いが自分でないことは理解できていた。
挙句、コゾウたちはラナイをすり抜け、そして足を止めた。
「おい、どうした」
六人の様子が気になりコゾウを振り返ってラナイが言うと、コゾウは握り締めていた拳を解き、憎々しげに豪快な舌打ちを鳴らした。
「まさか、だぜ」
そう言ってコゾウは暗闇の向こう側を指差す。
従ってラナイは視線をコゾウの指が差す方へ移した。
追って、足音が。
さざ波が砂浜を擦り付けるように、しかしそこには地面を踏みつける鈍い音が混じり、さざ波なんかよりもずっと驚異的な印象の"迫り"を感じさせる。
コゾウたちのように統率された足並みではない。
皆バラバラで、自由な足音だ。
ラナイが真っ先に想像したのは、ウィッシュバル、ミーヒルバル、イーバルの三人だった。
だから、白光の中に白い足が見えた時、ラナイは驚いたりはしなかった。
最初に光の中に姿を表したのは、イーバル。
イーバルはラナイに近付くなり、
「思い出しましたよ、ベルバル様」
と短くため息をつき、いやいや、と頭を振った。
「おれは、堕天使なんかじゃなかったんです」
「……は?」
「子供がいました。妖獣人の、二人です。だから、おれは堕天使じゃなかった……」
「そう……なのか」
「はい。それと、名前が違っていました。おれは、当時ディーディーアップだったんです。シシの妖獣人で。妻もシシで、パーティーニップ。【リルディア】で畑をやってる時に野獣に襲われて殺されたんです」
イーバルは理路整然と話すが、すぐに眉間にシワを寄せ困惑した表情に変わる。
「でも、あなたに話したことも事実です。おれは……堕天使、なんです……」
「それってつまり……」
記憶がこんがらがっているのか。
言い掛けて、その言葉はイグナスから自分へと投げ掛けられた一言に塗り替えられる。
だから、次にラナイの口から発される一言もまた、黒竜のそれを借りて言われた。
「アリアス……」
「アリアス? おれがですか?」
目を見開き、まさか、といった表情でイーバルはラナイを見つめる。
「少なくとも、イグナスは記憶が曖昧な存在をそうだって言ってた。心を読んで、あいつは記憶が定まらないおれをアリアスだって……でも……」
とラナイが口ごもったのは、"おれは違う"、と思ったからだ。
その決定的な違いは、最古の記憶があるかないか。
イーバルは目覚めと同時に最古の記憶が蘇っており、その後記憶の部屋に入って"また別の誰かの記憶"を語るようになった。
対してラナイはというと、最古の記憶どころか直前の記憶すら確認できていない。
だが、ラナイの持つ【否読の書】に書かれている内容は体の特性に則っていて、自らを堕天使とするイーバルや他の二人酷似した白く無機質な形態からも、その身体は堕天使と考えておかしいようには思えず。
そして彼らは、ラナイを見るなり"ベルバル様"だと断言した。
つまり、自己確認こそできないものの、状況はラナイが古代の堕天使と呼ばれる種族であることを示している。
その上で、最古の記憶を持たないという点が、ラナイを堕天使かどうか、挙句アリアスが何なのかもわからなくさせていたのだ。
「いや、違う。そうじゃない……」
それが独り言とも気付かないまま、ラナイは記憶の部屋に入る。
そうして本棚に差し込まれた一冊を手に取るラナイ。
読み返すのは、イグナスと出会ってすぐの会話、アリアスについて説明を聞いた時のものだ。
その時イグナスはラナイをアリアスと考える根拠として、『記憶が、噛み合っておらぬ』と言った。
だから、違う。
イーバルは、アリアスではない。
ラナイがそう考える根拠もまた、記憶が噛み合っていない、という点。
ラナイが確かに噛み合っていないのに対し、イーバルのそれは確かに噛み合っているのだ。
当時、とその言葉が全てを物語る。
過去を過去として認識しているからこそ、イーバルは妖獣人だったという過去を"当時"と呼び、自分は堕天使でもあると言っているのだ。
それなのに、ラナイは"当時"を未だ持たない。
全ては【否読の書】に書かれていると思っていたことが、イーバルや他の二人の出現によって覆され、今またラナイだけが他とは違う謎の生物として宙に浮いてしまっていた。
その考えが一つ、世間の勘違いを明らかにする。
それは、【否読の書】を持つ者がアリアスである、ということ。
(グリムも勘違いしてる、ってことか……いや、でも……)
しかしそれは、イグナスが語ることを真実と考えた場合だ。
もし、イグナスが勘違いしているのであれば、真実は逆。
世間の考えが正しいことになる。
これまで考えもしなかった、イグナスが何か勘違いしている可能性、は何を意味するのか。
そっと本を閉じ、ラナイは大きくため息を吐いた。
(直接、イグナスに訊かなきゃわからないか……)
一度閉じた本を見つめ、ラナイはまたそれを開いた。
脳裏に蘇るのは、『あれに世界を見せるのだ』というイグナスの言葉。
続くのは、『それを我は糧にしようぞ』。
(イグナスは、何を糧にしようとしているんだ? アレに世界を見させて、それがあいつの何の栄養に……)
糧、であれば、それは食って得るのが通常。
それが、どうして"アレに"という話になるのか、しかも目を失った自分の代わりの目である彼女に。
(アレの見たものが、イグナスの栄養になるって。
それじゃあ、あいつは何かが足りてないって……言ってるようなもん……)
と、それが答えだった。
ラナイの中にハッキリと浮かぶ、"イグナスは何かを知らない"という発想。
目で見てわかるものが、イグナスにはわかっていない。
どういう繋がりかはわからないことだが、それはアレを通じて得られると踏んだ。
だからイグナスは、アレを【アトニム】に送り込んだのだろう。
(だけど、ならどうしてもっと早くあいつを【アトニム】に出さなかったんだ?)
アレが出ていこうとしなかったからだろうか。
それとも、イグナスが自分の無知に気づいたのが最近だったからだろうか。
それとも。
(山を下りることができなかった……?)
やはり何にせよ、イグナスに会って直接訊く他ない。
不思議とそう決心できたラナイを記憶の部屋から引き戻したのは、「ベルバル様!」というイーバルの怒鳴り声だった。
「ベルバル様!」
「なんだよ、デカい声出すなって。びっくりするだろ」
ラナイは、いつの間にか自分のすぐそばにまで詰め寄っていたイーバルを見下ろす。
するとイーバルは生唾で喉を鳴らし、一歩下がって薄っすらと色づく瞳を剥いて言う。
「イ、イグナスを……見つけたんですか?」
その真剣な眼差しは、イーバルの一つ分だけではない。
前方に佇むドール全てから、異様な圧力を持って向けられていた。
ラナイはそれらを見回し、圧倒されるわけでもなく、一言。
「あ」
と声を漏らした。




