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おれとれ 6

 それは、どういうことですか。

 そう言ったイーバルには、困惑している様子も憤慨している様子も見られない。

 ただ本当にラナイの言葉の真相を知りたがっているといった様子で、イーバルは直立不動のままラナイを見つめていた。


「…………」


 おれだってそうかもしれないから、とその答えがすでに喉のすぐそこまで来ていたが、ラナイはそれを答える前に一つどうしても訊きたいことがあった。


「お前たち、"プライア"を知っているか?」


 シンプルな質問に生まれた反応は二つ。

 ウィッシュバルは首を傾げ、イーバルとミーヒルバルの二人は首を縦に振った。

 

 つまり状況は、プライアについて二つの答えを持っているということを示している。

 加えて、先の情報であるアトニモの構成要素を汲めば、もうほとんど答えは出たと言って間違いないだろう。


「そうか」


 ラナイは鼻から息を抜いた。


「何がわかったのですか? プライアが、いったい何だというのです」


 わけがわからない、といった風にミーヒルバルが肩をすくめる。

 残りの二人は、黙ってラナイを見つめていた。

 ラナイは、ぼんやりと唸って天を仰ぎ、すぐに顔を三人と同じくらいの高さに戻すと、まずウィッシュバルに視線を合わせ、


「わかったのは、おれがベルバル様かもしれないってこと。それと、イーバルがイーバルかどうか怪しいってことだ」


 そして、イーバルへ視線を移した。


「お、おれが……?」


 イーバルが、その振る舞いだけで困惑しているのがわかる。


「たぶんね」

「たぶん、とはどういうことですか? おれがおれでないなんて、そんな……たぶん、でおれは……?」


 前のめりになり、さらに大きな身振りでラナイに向かって何かを訴えかけるイーバル。

 だが、どうやら本人にも何を訴えたいのかその内容は定まっておらず、最後には口をパクパクさせるだけになった。


「いいか、イーバル。おれも同じだ。たぶん、おれじゃない。

 だから、ベルバル様かもしれないって気づいたんだ」

「い……意味がわかりません。もう少し詳しく教えてはもらえないでしょうか……?」


 前のめりを止め、イーバルは遠慮なしに頭を捻る。

  

「あー、つまりだな。

 結論から言えば、おれとお前は、一人目じゃない可能性があるってことだ」   

「一人目じゃない?」


 イーバルの投げかけに、そうだ、とラナイは頷く。


「お前が見た、っていうか身を投じた暗闇は、他の二人と違っている。それなのに、意識を失ってその間何が起きたのか覚えてないってとこは同じ。

 妙なのはその一点だけ。


 その謎を解決するために必要なのは、最後の記憶だ。

 おれの"酔って眠った"ってことも含めて、ウィッシュバルとミーヒルバルは"押し迫る闇を見た"っていう最後の記憶がちゃんとある。

 それなのに、だ。

 

 イーバル、お前にだけ最後の記憶がない。

 お前だけ意識を失う直前に何があったのか知らないってことだ。

 何が起きたのかはわからない。けど。


 その時お前は、何か意識を失うような状況にあったのは確かだ。

 っていっても、勝手に意識を失うなんてのはそう簡単に起こることじゃない。

 

 たとえば、二人は押し迫る闇に何かされたって考えると、どうだ。

 イーバルにも何か起きたって考えるべきだろ?

 でも、それは闇の影響じゃない。

  

 だって、二人は闇を見てから意識が失くなってるんだ。

 それなのに、イーバルには闇に身を投じた記憶がある。


 つまり、お前だけは闇の中の何かに意識を奪われるようなことをされたってことじゃないか。

 だから、わかるな……?」


 ラナイは、イーバルをしっかりと見つめる。

 しかし、イーバルはラナイと目を合わせてはいるものの、どこか虚ろな状態だ。


「お前は、この暗闇の中で何かに攻撃されたんだよ。それで、長い時間意識を失っていた。

 普通に考えれば、これだけ長い時間気を失うなんてあり得ない。

 だから、あえて言う……」 

 

――イーバル、お前は殺されたのかもしれない


「お、おれが……殺された?」


 独り言のようにぼんやりと言って、イーバルは自分を指差した。


「たぶんね」

「だれに、です?」

「それは、わからない。けど、ここにはどうやら強い奴がいるみたいだしな。暗闇を知らなかったんだとすれば、当然わけもわからないまま襲われて抵抗もできずに、って感じだろうな。実際、おれもノットに殺されかけたし」


 そう言って、ラナイは首元を気にした。


「…………」


 イーバルは、何も言わなかった。

 だが、その"俯き"が、自分が殺されたかどうか、過去を探しているのだとラナイには感じられた。

 すると。


「あの……」


 と、ミーヒルバルが言いづらそうに声を漏らした。


「イーバルが殺されたかもしれないってことと、プライアと、何が関係あるんでしょう?」


 最もな質問に、ラナイは「あー」と気の抜けた声で応えた。


「それはあんまり関係ない。

 ただ、おれがベルバル様かどうか知るために聞いたんだ」

「では、ベルバル様とプライアに関係が?」


 いや、とラナイは首を横に振る。


「それも直接は関係ない。

 おれがお前たちにプライアのことを聞いたのは、確認のためだよ」

「確認?」

「おれとウィッシュバル、お前とイーバルの世界がズレている原因が、"時間の経過"かどうか知りたかったんだ」


 と、ラナイは肩をすくめた。

 それでどうだったのですか、とミーヒルバルが神妙に言う。


「間違いないと思う。

 おれはさておき、ウィッシュバルの知っている世界とお前たちの知っている世界と、少なくとも世界が一個変わる分くらいの時間が経っている」


「世界が一個分……ですか?」


「まあ、そうだな。でも、"最低"だ。本当は幾つ分変わったのかわからないからね」


 また肩をすくめながら言ったラナイ。

 ミーヒルバルは、相変わらず緊張している。


「それはつまり、根拠は……あ、あるのですか?」

「だから、そのための質問が"プライア"だ。

 お前とイーバルは知っていて、ウィッシュバルと、おれもここでスズに出会うまではプライアなんて名前も知らなかった。


 人間とかそういうものがどうだ、っていう常識じみた知識はあるのにだ。それなのにプライアという種族の知識は全く無い。

 最初はただ思い出せないだけかとも思ったけど、ここにある古い文字が読めて、スズに"古代人"じゃないかって言われてさ。


 知らないってことは、ただ無知ってわけじゃなくて、そもそもプライアがいない頃の記憶が、おれの常識なんじゃないかって思った。

 そこにお前たちの存在だ。

 

 自覚があるかどうかは知らんが、お前たちは今【アトニム】で"ドール"って呼ばれてる。

 ドールは、今を生きてる奴らが知らないくらいずっと昔からドールってことで認知されてるんだ。

 だからつまり、お前たちは古代人で確定ってことになる。


 でも、お前とイーバルとウィッシュバル三人で同じドールなのにそれぞれに過去の記憶が違っていた。

 同じ世界にいる以上、違うところから来たなんて考えるのはバカバカしいしな。

 単純に考えれば、お前たちの記憶が食い違っているのは、世界が一個分変わるくらいの時間が経ったって考えるのが一番自然だろ。


 その鍵になるのが、"プライアを知ってるかどうか"だ。

 結局、お前とイーバル、おれとウィッシュバルの記憶がそれぞれ共通してることが確認できたろ?」


 それが根拠だよ、ラナイは鼻息混じりに言った。

 するとまた、「あの」と、今度はウィッシュバルが割って入った。


「ならば、"今"、はどうなのですか?」

「どう、って?」

「あ、あらゆる意味で、です。

 簡単に言えば、"ルトゥール"はどうなったのか……」


 ウィッシュバルが、ゴクリ、と喉を鳴らした。


「終わった、らしい」

「お……終わっ、た? では、三竜も三王も、皆抹殺したということでしょうか……?」

「聞いたところでは、少なくとも三竜は死んだみたいだ。ウーリエ……と四人、合わせて五人のアリアスが三竜を殺したって【アトニム】ではそういう常識みたいだぞ」


 また、ウィッシュバルが喉を鳴らした。

 すると、それに釣られたのか他の二人からも喉の鳴る音が聞こえた。

 それをきっかけに誰もが沈黙し、彼らは"ドール"へと逆戻りしてしまったかのようだ。


 三人の自称堕天使たちは、言いたいことがあるだろうに何も言葉には出来ない、どこか腑に落ちないような表情で黙々と道を進む――。


          ◯


 幾つもの上り下りを繰り返し、いつの間にか道は平坦に変わっていた。

 途中何度か野獣かアンチかの気配を感じたが、出くわすことはなく。

 時折先頭を並んで行くミーヒルバルとイーバルが「こっちです」くらいの言葉を発することはあったが、あれからずっと、ほとんど会話は無いままだった。


 道の端、中央関係なしに生えた鍾乳石、うっすらと湿った空気。

 第二階層に入って感じたものがそこにも満ちていた。


 だから当然、崩壊の跡が多々見受けられる。


 一番目につくのは先の折れた鍾乳石で、ほとんどはいたずらに首をもがれた人形のようにそこに突っ立っていて、中には天上からぶら下がる謎の蔓に引っ掛かって発動後に放置された罠のような格好をしているものもある。

 それらの合間には、天井か壁か、元々はそこになかったと思われる痕跡が。

 こぶし大からラナイよりも数倍大きいもの、大小様々な土の塊や岩が道を塞いでいた。

   

 それでも先導する二人は着々と道を進んでいった。

 時々迷うような仕草を見せるものの、すぐに迂回路を見出し、その先に続く道があることから道は正しいように思える。

 その時だ。

 

 ラナイは二人の様子にようやく違和感を覚えた。


「なあ、おい」


 と、ラナイは先の二人に声を掛ける。

 すると二人が同時にラナイを振り返ったが、ミーヒルバルはイーバルの様子をちらと見てすぐに前方へ向き直った。


「どうかしましたか?」


 答えたのはイーバルだ。


「ここは、お前たちが潜り込んだ時から何も変わってないのか?」

「ええ、それはもちろん……って。あれ?」


 と、イーバルは突然わけがわからなくなったかのように首を傾け、足を止めた。

 それを、どうした、とミーヒルバルが気遣う。


「わからない……おれは、どうして道を知っているんだ……」

「何を今さら、そんなのは決まって……」


 言って息を詰まらせ、あれ、とミーヒルバルも動きを止めた。

 代わってラナイが「どうした」と二人に声を掛けると、二人はラナイの方を向いた。


「同じだ……」

「何がだ?」

「あなたのことを思い出すのと同じなんです。どうしてかわからない。おれたちは、"なぜか"ここの道がわかるんです……」


 そう聞いて、ラナイはウィッシュバルを向いた。


「お前もか?」


 ウィッシュバルが頷く。 

 二人とは違って落ち着いている様子だ。


「たしかに、おれもなぜかはわかりませんがこの道を知っています。ですが、それも当たり前のことなのかもしれません」


 予想外の言葉に、ラナイは「は?」と声を漏らす。


「あなたのお話を聞いていて、ふと思ったのです。もしかすると、おれも死んだのではないかと。

 イーバルはここで、おれとミーヒルバルは外でそうなったのかもしれない」

「それは、押し迫る闇、か?」

「覚えてはいませんが、恐らく……」


「じゃあ、押し迫る闇は攻撃だったって?」


 可能性はあります。

 そう言ってしかし、ウィッシュバルは「ですが」と付け加える。


「もしおれたちが皆殺されていたとして、この体はどういうことでしょう。

 はっきりとは思い出せませんが、堕天使の時の姿とは大分違うような気がします。が、この体が自分のものであることは紛れもない事実。

 死とは、存在の消滅を意味するはずなのに、身体が無傷で残っているなんて……」


 つまり彼らには、【忘れられた水路】の道順を把握している、という共通点もあったのだ。

 それと身体が残っているということも。


 ならば考えられるのは、実は死んでいないという可能性だが、その事実を否定するためにはイーバルが意識を失った原因を知る必要があった。

 そこでラナイが閃くのは、


「そうだ、【否読の書】だ……。お前たち、記憶の部屋に読めない本がないか? もしかしたらそこにお前たちの過去の記憶が残されているかもしれない」

「記憶の部屋、ですか? それはいったいどこに?」


 ウィッシュバルが言って辺りを見回し、「外、でしょうか?」と天上を見上げた。

 

「いやそうじゃない。意識と同じ場所にだ、そこに扉があるはずだ」


 言われて、ウィッシュバル、ミーヒルバル、イーバルの三人は顔を見合わせ、「どうすれば?」とラナイを向いた。


「どう、って。意識と体を分けてやればいいだけだよ。夢を見るのと同じ」


 夢を見るのと同じく。

 復唱して、まず気配がおぼろげになったのは、ウィッシュバルだ。

 目の色が失われ、ウィッシュバルは完全にドールに戻ったように見える。


 そして、ウィッシュバルの変化を確認した残る二人からも気配が消えた。

 

 その光景は、ラナイが何度も周囲に見せつけてきたものなのだろう。

 ラナイは暗にグリムのことを考えていた。

 思い出すのは、グリムに紐を付けられて意識を失っていた時のこと。グリムの『いつも通りだった』という台詞。


(そうか、あいつはドールを見慣れていたからか……)


 ふと、ラナイの頭にサンゴーの姿が過る。

 

(堕天使、ね……)


 その単語を耳にしたのは、少し前のこと。

 ウィッシュバルが口にするまで気にも留めていなかったラナイだが、それが自分のことだという実感は、自分を"ベルバル様"と呼ぶ仲間を目の前にしても相変わらず湧かなかった。


 そうしてラナイが色を失ったドールをじっと見つめること数分が経つ。

 近くで野獣の気配を感じたが、範囲を増したラナイの光のそばに近寄ってくるつもりはないようだ。

 

(もう少し、食っておきたいな)


 野獣の気配に視線を送り、三歩だけそちらに向かったラナイだったが、イーバルの隣を通り過ぎる間際、三人を放っておくのも悪い気がして、食欲を止めた。

 

 それからまた数分の時が経った。

 再び感じた気配は、野獣よりずっと慎重なものだ――。

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