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おれとれ 4

 まるで当たり前のように。

 これはいつもの食後の歓談だと言わんばかりに、ドールたちは生き生きと会話を交わす。

 その光景を目の前にして、ラナイにはなぜ彼らから急に拙さが消えたのかを考える余裕はなかった。


 目も耳もちゃんと機能しているのに、それ以外を動かそうとは思えず、ラナイだけがドールであるかのようだ。

 そんなラナイをよそに、三体のドールたちの会話は続く。

 

「……誰なんだ?」


 三体の中で一番背の高いドールが、誰となく二体のドールに向けて言う。


「おれは、イーバルだ。灰影隊に所属していた。お前は?」

「おれは、ミーヒルバル。所属していたのは白猿隊だ」


 目の穴が大きい"イーバル"は、ラナイに肉を求めたドール。

 もう一体の"ミーヒルバル"は、イーバルと同じくらいの身長で体が三体の中で一番肩幅が広い。

 

「そうか、白猿隊……」


 俯きがちにイーバルは、「だが……」と深いため息をついた。


「どうしてか、後続の白猿隊の到着を覚えていない。おれたちは、【エルオム】を発見したのか?」


 イーバルが言うと、ミーヒルバルは静かに首を横に振った。


「すまない。おれも記憶が曖昧なんだ。だが、灰影隊のお前がそばにいるということは、【エルオム】発見の報告があったのは間違いないだろう」

「なら、【エルオム】は? 殺すことが出来たのか? 

 だが、それならこの暗闇はなぜ?

 おれたちは……どこにいるんだ……?」


 ミーヒルバルは徐々に落ち込んでいき、そしてイーバルとミーヒルバル二体の視線はラナイの方に向けられた。


「ベルバル様……ここは、いったいどこなのです?」

「……おれ?」


 イーバルが無言のまま頷く。


「ここは、【忘れられた水路】だ。どう見ても洞窟だけど、おれはそう聞いたよ」

「す、水路……? なぜ我々はそのようなところに……」

「わからない。おれだってそもそもは記憶喪失状態なんだ。お前たちがおれを『ベルバル様』って呼ぶのもわけがわからないし、なんとか隊ってのも知らない」


 お前たちが何なのかも全然だ。

 そう言ってラナイは頭をポリポリと掻いた。すると。


「ベルバル様」


 と、一番背の高いドールがラナイに近付いた。

 ラナイとほとんど変わらない身長だ。


「記憶喪失、というのは本当ですか?」

「ああ。この一ヶ月の間にいくらか思い出すことはあったけど、重要なことはほとんど思い出せてない」


 ラナイが言うと、一番背の高いドールがまた一歩ラナイに近付く。


「もしや、"ルトゥール"のことは忘れておりませんでしょう……?」

「反旗への反旗、か? それなら【アーハイム】で聞いた」


 そう言ってラナイが肩をすくめたのと同時、一番背の高いドールが「バカなっ!」と声を荒らげた。


「あなたが始めたのです! それを、忘れた!?

 ウルバル様も、アトニモも! 全部忘れたと申されるのですか!?」


 ラナイは、何もわからない、と首を横に振った。


「そ、そんな……」


 呟いて一番背の高いドールは崩れ落ち、「いったい、何があったというのだ」と絞り出すように言った。

 その苦しげな声は、ラナイに向けられていたというよりも、現状に向けられているかのようだ。


 そんなドールの様子を、イーバルとミーヒルバルはただ静かに見守っている。

 二体と同様、ラナイも初めは崩れ落ちたドールを眺めているだけだったが、どうしてか沸き起こる使命感に駆られ、そこにそっと近付いた。


「落ち着けよ。混乱するのもわかるけど、それはたぶんそこの二人も一緒だ。

 だからまず、お前たちが知っていることと、おれがここで学んだこと、思い出せること全部まとめた方がいい」


 すると、ラナイの声に反応して地を見つめていたその視線を、ドールは白く歪な顔面に向けた。


「お前、名前は?」

「……ウィッシュバル、です。ウォーバル隊に……」

「ウィッシュバル。じゃあまずは、お前の話から教えてくれ……とはいっても、いい加減ここから抜け出したいから、歩きながらな」


 そう言ってラナイが手を差し伸べるとウィッシュバルは小さく頷き、二回りは大きいラナイの白い手を取った。


          ◯


 まず、古い記憶に辿り着くには最も新しい記憶から語らねばならない。

 

 それは、"押し迫る闇"の到来。

 

 それが空を覆った時、ウィッシュバルは【リルディア】にいた。

 その日突如陽光が消え失せ、世界には熱と音だけが残されて、他には何も見えなくなってしまったのだ。

 今ここに広がる暗闇に似ているがまるで違う。

 外で感じた暗闇の圧迫感には間違いなく絶望の色が含まれていた。


 まるで世界の終焉。

 

 この瞬間全てが終わるのだと、ウィッシュバル本人のみならず、そこにいた皆が感じていただろう。

 それから現在まで、何があったのか一つも覚えていない。

 

 だが、それ以前のこと、掲げていた志は決して消えはしない。

 

 ルトゥール。

 先導者ベルバルが提唱し、堕天使たちはもちろんのこと、世界中の人類や妖精たちの一部もその思想に賛同し、三竜と三王の力を排除することに尽力していた。


 ちなみに、三王とは"生命の王テリトア"、"進化の王パイロニアス"、"腐敗の王グリ"のことであり、それらの情報は訂正軍アトニモ総大将ウルバルの案により"海"へ潜入させた地下界の妖精から得たもの。

 地下界【ガダルタ】を根城とする【エルオム】から生まれし強大な力だという。

 それは、ウィッシュバル他アトニモが二王捕獲のために【ガダルタ】へ侵攻する以前の話だ。


 結果として、三王の一つを捕獲することには成功し、腐敗の王グリはアトニモの手中に収まった。

 だが、それでも三竜抹殺まではまだ遠い。


 とはいえ、グリの捕獲に成功し、三竜の首に近付いたことだけは確かだった。

 続く二王の捕獲も、愚鈍な【エルオム】を殺すまであと少しにまで迫っていたはずだった。


 それなのに、突如闇は訪れた。

 あの圧倒的な闇はいったい何だったのか。

 三竜の抹殺を阻む何かの怒りではないか、と疑うウィッシュバル自身の考えだけは今もハッキリと思い出せる。


 ウィッシュバルがそんな風に考える原因。

 それは、とある異常事態が起きたことにある。


 その時、いや、地下界に潜む野獣に兵士が襲われるのはよくあることだ。

 傷付いた兵士たちは皆、【リルディア】近くに送られた。

 

 あそこには、地下界【ガダルタ】を探索するための拠点の一つが築かれていて、不意の襲撃に備えて全室は頑丈な牢にされていた。

 兵士たちの休息場所であり、捕らえた地下界の野獣を尋問する場所でもあった。


 それが、【ガダルタ】の地下第四層以下から生じた異常事態の影響で大半を"死体"が占めるようになったのだ。


 死体、とは言っても堕天使であるウィッシュバルがそれをそう呼んだわけでなく、死体という呼び名はあくまで地上界の人類の言い方だ。

 正確に、堕天使として伝えるなら、それは負傷した仲間たち、もしくは色を失った体だろう。


 知ってのことだろうが、"死"にも色々ある。

 天上と地上、地下では死を生じた体への変化が違うのだ。


 天上界の生命に起きる死は、振り出し。

 つまり、一度風に戻るということ。

 地上界の生命に起きる死は、停止。

 つまり、躍動を止めること。

 地下界の生命に起きる死も地上界と同じく停止だが、地下界の生命に関してはその後液化するという、天上界の生命と似た死の性質をもつ。


 どの死にしても本来の存在が消滅することを意味し、だからそうなればそこで終わる。

 だが。


【ガダルタ】第四階層以下から生じた異常事態は、それら"死"という現象をまるで無視するかのような出来事だった。

 まず、地上界の人類たちは心臓を貫かれても躍動を止めず。

 堕天使たちは風に戻らないで、いつまでも姿を留めたままだったのだ。


 死を忘れてしまったかのように彼らは躍動を続け、そして彼らは敵味方構わずに襲い始めた。

 声は届かず、天使特有の思念声での語りかけにも何も感じていないようだった。


 すぐには事態を掴めなかったが、初めからウィッシュバルたちはその異常事態の根源のことを知らされていた。

 合致して、だからこそニ王は殺すべきだという意見が多くなった。


【ガダルタ】第四階層以下で生じた異常事態の原因は、腐敗の王グリの所業だと考えられた。

 捕らえられる直前かその前に、グリは【ガダルタ】地下深くで"あの暗闇"を生み出したのだと。

 死すら忘れる、というのはそういうことだろう。

 

 暗闇から遠ざけるため、だから死体は即刻地上近くにまで引き上げられ、そして閉じ込められたのだ。

 例の暗闇にあてられた仲間たちがいずれ動き出し、事態を混乱させないために。

 それから、【リルディア】の拠点は"死の牢獄"と呼ばれるようになった。


 つまり、あの押し迫る闇は、腐敗の王グリが地下深くでそうしたように、三竜抹殺を目論む訂正軍アトニモに対する新たな怒りだったのではないか、とウィッシュバルは思う。


          ◯


 話を戻そう。

 ウィッシュバルたちが二王の探索を諦め、地上に這い出た原因の話だ。

 敗走の理由は、件の【ガダルタ】第三階層以下より溢れ出る謎の闇のせいといっても過言ではない。


 だが、ここで引けば二王がまた何か仕組む可能性がある。

 そのため、ウィッシュバルたちに撤退の命令がされることはなかった。

 つまり、あの暗闇が直接的な原因ではない。


 直接の原因は、地上からの救援要請だ。


 何が起きたというのか。

 報告によれば、突如大量の野獣がアトニモ基地を襲っているとのことだった。


 そんなことはあり得ない。

 地上界の野獣は、アトニモがどれほど強大なものなのかわからないほど馬鹿ではないからだ。

 アトニモ創設から十数年、そういう時間を掛けて地上界の生命たちにはアトニモの強さを示してきたはずだった。


 それが今さら、中心基地を襲っているというのだ。

 信じがたい報告だったが、そこにはベルバルもウルバルも控えている。

 ウィッシュバルだけでなく、報告を聞いた皆が何の心配もいらないと思っていた。


 しかし、野獣の手は中心基地だけでなく、七人王が納める七つの都市全てに及んでいるとのこと。

 むしろ救援を要しているのは七つの都市の方で、特にアーハイム、コルト、ヴェルーゴの三人王が納める都市が兵士不足により窮地だという。


【ガダルタ】探索は、第四階層の途中まで進み、第五階層に潜った斥候部隊の状況報告を待つ状態だったが、各大隊大将ウォーバル、ブルバル、ティルバルたちの判断で、混成大隊一個を【ガダルタ】に残し、他全隊は地上に戻って、アーハイム、コルト、ヴェルーゴの都市へ手を貸しに行くこととなった。

 と、それがウィッシュバルたちが地上へ這い出た理由だ。


 地下だけでなく地上でも起きていた異常事態。

 そして、押し迫る暗闇というそれもまた異常事態。


 これらが起きるきっかけはなんだったのか。

 ルトゥールがそうだと考えることは容易だが、それはアトニモばかりでなく、世界全体における"あるべき形への訂正"だ。間違いであるはずがない。


 だから、この異常事態は三竜いずれもが己の地位を揺るがされまいと露わにした証拠、横暴な怒りだったのだ。


 そして今、ウィッシュバルは地下にいる。

 一度地上に出たはずが陽光の記憶もままならぬまま、迫る闇に追い込まれたかのように、また周囲は暗闇である。


          ◯


「…………」


 これまでずっと意識があるのかないのかもわからない、ただの白い木偶だったドールが堰を切ったように過去を話す間、ラナイは時折口を挟んだものの肝心な疑問に関しては口に出さずにいた。

 理由は単に、ちゃんと聞いておきたかったから。


 ラナイは頭に浮かぶ三つの疑問を記憶の部屋の中で整理する。

 いや、それは整理するまでもなく、これから口にする疑問の一番上に上っていた。


「あの、さ……」


 隣を歩くウィッシュバルの方に視線を向け、ラナイは大きく息を吸い込んだ。

 はい、とウィッシュバルがラナイに顔を向ける。


「……ちなみに、なんだけど。アトニモ基地ってのは、どこなんだ?」


 ラナイが訊くと、一瞬ウィッシュバルが愕然として肩を落とした。


「本当に、何も覚えていないのですね……」

「すまん。おれにも何がなんだかわからないんだ。

 だけど、その……おれが本当にベルバルなのか、アトニモ基地の場所を聞けばわかると思う……」


 呟くように言ったラナイの声は尻すぼみで、その先に待つ答えへの不安か期待か、複雑な心境が含まれている。

 するとそれを感じ取ったのか、ウィッシュバルはラナイの両肩を強く掴み、眼窩の底で僅かに色づく瞳でしっかりとラナイを見つめた。


「ウーノスです。あなたの愛する家族が、友がそこにいました」

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