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すずとれ 10

 コルトの火は、通常種火守にのみ触れることが許されている。

 そのため、彼らがどうやって火に触れているのかは不明で、種火守たちも一切そのことを口外したりはしない。


 それが込められたランタン。

 考えてみれば、それもまた特別な何かである可能性があった。


 恐らく、とスズは考察する。

 

 ランタンの素材は、コルトの火の"受け皿"になっているそれと同じ素材だろう。

 コルトの火は気に留めてもその受け皿のことは気にする者はいなかったが、きっとそうだろう、と。


「もしかすると、これが種火守の秘密ってことはないかな」

「でもたしか、コルトの火はいちいち鍛冶屋に手渡しされるんだろ?

 あのデカいのと、種火守個人が渡す時のと、二つ分同じ素材だってことか?」

「いや、そうじゃないよ。

 コルトの火はあくまで種火。職人たちに渡されるのはその種火から熱を移された"木炭"なの。

 だから、種火守が手渡しする時の器は普通のコルト鉄鋼製なんだ」


「へえ……。ちなみに、コルトの火をそこに入れたのは誰なんだ?」

「たぶん、誰も知らないと思う。【コルト】はかなり古い街だから。俺があそこに住むようになった時からずっと【オルディグ】はあそこにあるし、あの杯もずっとあのまま」


「じゃあ、元々はなんてことないものだったものが、何かあってコルトの火になったってことか」

「それ以外考えようがないから、そうだと思う。もしも、この白い塊が最初から熱いものってことじゃなければ」


「そんなこともあるのか?」

「まさか、無いでしょ。産まれた時から熱いなんて、【イグナス】ぐらいじゃない?」

「……なるほどね」


 わからないことはそれだけではなかった。

 コルトの火がなぜこんなにも明るいのか、それも不思議の一つだ。

 

 途方もない間燃え続け、熱気だけでたちまちスズの手を赤く腫れさせるほどの高温を保ちながら、しかし目に映しても眩しさを感じさせない、どころか、輝いてすらいない。

 それなのに、二人の周囲は影の存在を許さないほどに明るく照らされている。

 

 そんな不思議な二つの物体の共通点は、光っているが輝いていないということだ。

 ドールが一部分だけ発光していなければ気付くことも無かっただろう、それは大きな発見だった。


 だが、ドールそのものに大した熱は感じられず、その分明かりが小さいという点がコルトの火とは大きく違って、二つの物体が同じものではない可能性を示している。


 類似点がありながら違っている二つの物体、その関係性はラナイにふとアレとスズの関係を想起させた。


「つまり、似てるのは"存在"ってことか……」

「コルトの火と光るドールと、存在が似てるって? どういうこと?」

「え、あー……まあ、燃やされて明るいってとこが?」

「ラナイくんが言うところの"なんてことないもの"が?」

「いや、つまりドールが」


「そんな、確かに白いけど……ハハっ。そんなわけないよ。ドールが燃えてコルトの火に? だって、コルトの火は何百年も前……から……」

「……どうした?」


「ドールも、昔から……」

「だからなんだ?」

「いや、ありかもって。ラナイくんのその発想……」

「あ、そう」

「……興味ないの?」

「まあ、それほどでも」

「…………」

「なんだよ、その顔……。そんなことよりだ」


 最大の疑問は、"なぜコルトの火がネズミ道にあったのか"。


 種火守しか触れることのできないコルトの火が持ち出されたのだとすれば、それは間違いなく種火守当人の仕業である。

 揺るがないその事実が導き出す答え、それは。

 イーリークラップ。


「だとすれば、ルールーウィップの考えた通りだ……」

「どういうこと?」


「ルールーウィップが言ってたんだ。もしコルトの火に秘密があるなら、それがイーリークラップの利用された理由になるはずだって。

 その秘密ってのがこの明かりなんだとしたら、つまりイーリークラップはあいつの"友達"ってのに利用されてたってルールーウィップの言うことが正しいかもしれない。

 まあ、どうしてこれが必要だったのかはわからないけどな」


「そのイーリークラップって、ウサギの妖獣人のあの子だよね。あの子、どうかしたの?」

「知ってるのか?」

「まあね……、【コルト】に住んで長いから」


「なるほどね。

 聞いたとこではあいつは五年くらい前に友達とどこか行くって置き手紙を残して失踪してたみたいだな。

 おれとアレが偶然そのイーリークラップと【アーハイム】で出会った。

 それからポロトロスのことがあって、今はアレと一緒にいるはずだ」


「へえ……、それで? そのことと、あの子の友達と何の関係あるの?」

「イーリークラップはその友達って奴に利用されてたかもしれないんだ。

 特に種火守ってとこで利用されて、それでイーリークラップは皆が言うみたいにいい奴だったから、コルトの火を盗んで街に戻れなくなった……のかも」


「でも。それってラナイくんたちの勝手な推測でしょう?

 種火守ならイーリークラップくんの他にもたくさんいるし。彼がやったって決めつけるのはおかしいんじゃない?」

「まあ、それもそうだけど。お前が使ってるそのランタンを"いつ"手に入れたかってとこでそれも違ってくる」


「どうして?」

「それがもし、五年くらい前のことなら、イーリークラップの失踪と重なるだろ?」

「そう……だね」

「で、どうなんだ? そのランタン、手に入れたのは五年前か?」

「んー……どうだったかな」


「なんだよ。肝心なことなのに」

「しょうがないじゃん。俺はただの人間なんだからさ。

 君みたいに【否読の書】でもあれば、ちゃんとしたことが言えたんだけど」

「……言われてみれば」


「ま、誰が誰に騙されたとかどうでもいいよ。

 俺はこれがあってわりと安全にここを探索できてるわけだし……って。

 まさか、誰にも言わないよね?」

「別に必要なものじゃないからな。おれの目的はアレを見つけることだけだ」

「うん。そこんとこよろしく」


          ◯


 二人は来た道を戻る。

 気がつくと沈黙していた二体のドールは、その場に置き去りにすることにした。

 

 道中二人に会話はなく、淡々と道を進む姿には初心者や熟練者というような差は見受けられない。

 むしろ長年連れ添った相棒同士のように、高い段差ではラナイが手を貸し、前方に野獣やアンチの気配がすればスズは手の動きだけでラナイに指示を出すという行程にも言葉は交わされなかった。

 

 そしてようやく二人に会話が生まれたのは、順調に進む二人の歩みが止まった時。

 第一声はスズの「次から次と」だ。


 緊張した面持ちで、スズはその"音"がする暗い天井を見上げていた。

 ラナイは前方、左右、背後を見回す。

 だが、二人のどちらの視線にも、ギ、ギ、と苦しそうに軋みひしめくような音の正体は映らない。


「何が起きてる……」


 音から察するその"規模の大きさ"を感じながら、ラナイが呟いた。


「全然わからない。さっきのドールといいこの音といい。今日はおかしなことばっかりだよ」


 とりあえず、音だけなら気をつけて進めば問題無い。

 そうスズが判断して二人がまた歩き始めたその時。


「待て、スズ」


 周囲を警戒していたラナイが スズの三歩目を止めた。


「動いてる」

「なに?」

「壁の蔓だ。こいつらがたぶん……」

 

 そんな。

 とスズがラナイの示す方へ目を向けたその壁面、左右に伸びる幾本もの謎の蔓が、互いを跨ぎ絡み合いながら蠢いていた。

 

 それが植物でなければ、我先にどこぞへと向う自己中心的な光景に見えたかもしれない。

 しかし、少なくともラナイの目に映るそれらの蠢きは、全てが同時に何かを目指してそうなっていると見受けられた。


「なんか、ざわつくな……」

「何言ってんのこんな時にっ」


 どこへ構えたら良いのかわからずに、忙しなくあちこちにジウ口を向けてスズが言った。

 

「とりあえず、逃げよう!」


 ジウを腹のあたりまで下ろし、スズが叫ぶ。

 ラナイは蠢く蔓を一瞥し、そして先に行ったスズを追って走り出す。


 だが、そこから百メートルと離れたところで音は止まず、それどころか蔓の動きはさらに激しくなっているようにも感じられた。

 いずれ細かい石片が降り注ぐようになり、蠢く蔓のせいで道が狭くなったような錯覚まで催す。


 洞窟が縮んでいくかのような光景、雰囲気。


 スズが焦っているのは、息遣いの荒さや足取りのおぼつかなさから明らかだった。

 後方から彼女を追うラナイは二度、転びかけたところを慌てて掴んだ。

 

「どこまで行けばいいの!」


 三度目にラナイが背負鞄を掴んだところで、スズが苛立って叫んだ。

 興奮しているのか、目が血走り、呼吸する度に上下する肩は本来の疲労度よりも余計に大きく動いて見える。

 それを見て、彼女の限界を感じたラナイ。


 突如地面に伏せ、


「乗れ」


 とスズを促した。

 今度スズは拒絶しなかった。

 黙ってラナイの背を跨ぐと、細いくびれに腕を回し、体重を預けた。


「曲がる時は、早めに言ってくれよ」

「りょうかい……」


 漏れたスズの声は、疲れていた。

 だが熱い。吐息が、袖を捲って露出した腕を湿らせる汗が。

 まるでそれが燃料とでもいうかのように、慎重に動き出すラナイ。


 背中に感じる少女の体重、動かす手足の上げ具合、張り具合。

 背に人を乗せるのに気をつけるべきことは案外多かった。

 そういう必要な注意点を一つずつ消化していき、そしてラナイは加速を始める。


 すると、一時に小人の懸命の走りは無意味なものと知らしめられた。


 個体差というにはあまりにも差があり過ぎ、そもそも比較するべきは無いのかもしれない。

 ラナイの四足歩行による疾走は、確実に馬よりも早い。


 地面に押し返される上下の力を異様に広い関節可動域が吸収し、肩関節や股関節の繋がる胴体や頭部にはその衝撃がほとんど及ばず。

 背に張り付くスズにとっては、トコトコという奇妙な足音を除けば、穏やかな流れの川に浮く丸太の上乗っているのと変わらないだろう。

 

 安心して、スズの呼吸が整っていくのをラナイは感じていた。


 とはいえ、周囲の状況は穏やかではない。

 相変わらず蔓共のひしめく不気味な軋み音は止まず、降り注ぐ石片や土埃の量は増えていた。

 二人の脳裏には、"崩壊"の二文字が浮かびかける。


 スズが「五秒後、右に曲がって!」と言ったのはその頃で、しかし曲がり角はスズが叫んだ「いまっ」よりも少し後だった。

 角を曲がると、そこは緩い上り坂で天井から垂れ下がる何本かの鍾乳石の先端がランタンの明かりの中にチラチラと映り込む。


 そして幾つかの角を通り過ぎ、


「五秒後、また右!」


 次に曲がり角が現れたのは、それよりも少し早かった。

 スズが小さな声で「タイミングが合わない」と呟く。


「五秒後、左!」


 スズがそう言った時、左側の壁が途切れた。

  

「今のじゃなくていいのか?」

「大丈夫!」


 次は言う通り、五秒後に曲がり角が姿を現す。

 突き当りを曲がり、また幾つか曲がり角なのかわからない壁と壁の隙間を通り過ぎていくと、視界に映る蔓の数が減っていった。

 合わせて周囲の雑音が小さくなる。


「そろそろか?」


 ラナイが速度を緩めながら訊くと、


「待って、もう少し。次、壁に横穴があるから、そこに入って。

 抜ければ蔓がない、拠点にしている場所に繋がるから」


 落ち着いた声でスズが言った。

 

「一応訊くけど、何秒後だ?」

「二十秒後」

「そうか」


 また速度を高め、ラナイは蔓が五、六本と滑らかな地、壁面が続く少し狭い道を走った。

 そして十七秒後、明かりの中に現れたのは高さのわからない壁の少し高いところにある横穴だった。

 小人ならよじ登る必要がある高さだが、ラナイなら四足のままでも少し体を立ち上げれば入れる。


 横穴の縁に手を掛け、ラナイがそこへ登ろうとすると、「もう大丈夫」とスズがラナイの背から飛び降りた。

 

「でもごめん、鞄だけ持っててもらっていいかな」


 壁の横穴を見上げ、背負鞄を下ろしながらスズが言った。

 鞄に引っ掛けられたランタンが小さな音を立てる。

 そうして地面に置かれた大きな背負鞄をラナイが拾い上げると、スズは「もういっこ、ごめん」とラナイを半分だけ振り返ってまた壁の横穴を見上げた。

  

 ああ、と一言だけ呟いてラナイは背後からスズの体を鷲掴みにし、そっと横穴の縁へ。 

 置いた、次の瞬間。


――ズルッ


 と確かにそんなありきたりな音が、それはきっと足を滑らせた本人にもそれを見つめている白い人型にも聞こえていて。

 慌てて伸ばした白い指先は何も掠めずに拳に戻り、翻って伸ばされた小さな手の平では汚れた細い五本の指がぴんと伸びていた。


 ランタンも武器も、全てを白い人型に預けたまま、ぽっかりと開いた暗い穴の中へ吸い込まれていく少女。

 交差したのは互いの名を呼ぶ声だけだった――。

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