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すずとれ 5

【忘れられた水路】の歩き方その一、として言いつけられたのは「"彼ら"は殺さないこと」。

 

 その彼ら、とは全身に触覚を生やした不気味な人型の生物で、俗にアンノウン、グリムが言うところの"人虫"であり、ラナイが思うところの"毛虫人間"だ。

 どれが正しいかといえば、スズからすればどれも正しくなく。


 強いていうならば、人間として扱っているラナイの毛虫人間がしっくりくる。

 そんな彼らを、スズは"地底人"と呼び、地上世界【アトニム】とは一線を画す別世界の人類として尊重している。

 だからその対処もまた、通常の野獣とは一線を画したい。


 そこで利用されるのが、"ビリー"だ。

 ビリーは、三種あるジウの弾丸の一つで、その効果が"ビリっとくる"もので、体の自由を一時的に奪われることはラナイが体験済みである。

 

 残り二つは"ジリー"と"ヒューイ"と呼ばれ、効果は"ジリジリくる"ものと"必殺"だ。

 正確にそれがどうなるのかラナイが訊いても、結局は「ジリっとしてジュワジュワ」とか「ヒューンと行ってパシュっと終わる」など、これといって何がわかることもなかった。


 しかし、その説明で少なくともヒューイは相手を殺すための弾であることは明らかで、ジリーに関しても"ジリっとしてジュワジュワ"な様子がラナイの黄色の息と類似した表現であることから、受けた者がただでは済まないことが想像できる。


 その上で、スズが彼らを退けるのにビリーを用いるのは、殺すつもりがないからだ。

 ビリーにはそういう愛護の精神が込められている。 

 

 そして【忘れられた水路】の歩き方そのニ。

 それは、スズのランタンの光に怯まない者への注意だ。

 

 野獣に対してそれらを近付けない不思議な光だが、それも目が無い者には通用しない。

 スズが確認している限りで、そういう"アンチ"は五種いる。


 まず一つ目は、スズ曰くの"地底人"。

 彼らには目と耳が無いため、スズのランタンの光に怯まずに近付いてくる。

 だが、彼らは戦闘に対する意欲がさほど強くないため、空腹状態でさえなければ、出会っても落ち着いていれば素通りしてくれることもしばしばだ。

 もしそれが空腹状態だった場合、否応無しに襲ってくるが、ひとつ彼らには他にはない特徴があり、それを用いれば戦闘そのものを回避することもできる。

 出会った場合に特徴を引き出す「チッチックックッカッ」さえ忘れなければ、この地下世界ではそれなりに安全な種族だ。


 そして二つ目は、"ワシヅカミ"。

 その名の通り、暗闇から突如現れ鷲掴みにしてくるそれは、巨大な腕のような姿をしている。

 正確は極めて凶暴で、最大の特徴は"どこから現れるのか予想できない"ことにある。

 理由は、それらに足音がないからだ。

 おまけにワシヅカミは、壁面に張り付いていることもそれに天上から降ってくることもあり、ただでさえ気取りづらい性質に神出鬼没性能が加わってかなり厄介。

 そのため、ここを歩く時はワシヅカミが襲ってくることを常に覚悟しておく必要がある。


 三つ目は、"ケムシ"。

 とはいえそれらは毛虫ということではなく、毛むくじゃらの虫とはかけ離れた姿をしている人の頭より少し大きいくらいの生物だ。

 地底人と一緒に行動しているのをよく見かけ、凶暴性は低いものの、地底人の命令に従って襲ってきた場合、その異常なまでに強い顎の力には注意しなければ当たり前に骨を砕かれる。

 金属や鉱石など価値のある物に対して雑食で、スズにとっては天敵ともいえる存在だ。

 

 四つ目は、"ドール"。

 言うまでもなく、それらはほとんど動かないため、危害を加えてくるようなことはない。


 そして、五つ目。

 暗闇を徘徊する者"ノット"だ。

 それは、二人が【グリンボウ】に入る手前の大広間でその気配だけを感じた、スズ曰く"生き物ではないもの"。

 この【忘れられた水路】において、最も警戒すべき相手である。


 それがどうして一番危険なのかを知らしめるため、スズは長い髪の裏に隠された首の後ろ側を明かした。

 そこに残されているのは、首を半周する一直線の深い傷痕だ。

 幅が指一本分ほどと広く、そこだけ肌質が変わって桃色がかっている。


 それを手の平で撫でると、スズは「持ってかれると思ったよ」と呟いた。

 だが、そこまで深い傷を付けておきながら、ノットはスズを殺さなかった。

 温情かとも思えるその行為こそが、ノットの危険な部分だ。


 ノットは、人も野獣も"殺さない"。

 ただボロボロにして、相手が身動きも取れないほどの重傷を負うまで、何が何でも襲ってくる。


 長いことここを歩いているスズは、自分が襲われて以降他の生物が襲われている姿を何度か目撃しているが、食事をしている姿を見たことがなく。

 そしてこの危険極まりない存在がどういう行動パターンを持っているのか調査し、そこに規則性が一切ないことを知った。


 つまりノットは、食欲を持たず且つ縄張り意識も持っていない。

 何のために襲ってくるのかが全くわからないのだ。

 およそ生物が持つ本能というものが無く、暗い洞窟内を理由もなく彷徨いて目についた者を"死にかける"まで襲う。それがノット。

 

 神出鬼没性はワシヅカミに劣るが、戦闘能力はアンチ五種の中で秀でて高く、もしノットに出くわしたのならば、移動能力を奪うことを先決としなければならない。

 逃げることではなく、戦うこと以外選択するべきではないということだ。


 そうしなければ、半永久的に追い掛け回され、途中で他の生物に出くわすという幸運でもない限り、その手を逃れることはほぼ無いといえる。


 そして最後、【忘れられた水路】の歩き方その三、「同業者連中の領域は荒らさないこと」だ。 

 初め、ここに入り込んでいるのは自分一人だと思っていたスズだが、広い世界こういうものを見つけるのが一人ということはあり得ず、十五歳頃にスズは彼らと出会った。


 彼らはアトニム人で、"コゾウ"と名乗る屈強な黒い毛並みの男が率いる総勢三十名ほどの集団だ。

 団体名は"アナーブ"。


 アナーブは、自分たちの職業を正々堂々"盗賊"としており、仕事振りもまたその通り。

 手当たり次第に金目のものを漁っては地上へ持っていって高値で売りさばく。

 

 元々は輪の内側の遺跡を荒らしていたが、ある日たまたま【ディーズベルグ】側の出入り口を見つけたことをきっかけにこの【忘れられた水路】で仕事をするようになった。

 そのため、皆戦闘能力も経験も通常の戦士よりも優れていて、スズは彼らがノットを同時に三体粉々にするところを目撃している。


 とはいえ、彼らは無差別に人を襲うような危険な連中ではなく、むしろ一人で【忘れられた水路】を開拓してきたスズには一目置いていて、困った時には助けてもらうこともしばしばだ。


 そこでスズとアナーブの間で取り交わされた決まりが縄張り分けで、

 具体的に【グリンボウ】は共有空間、その他別の集落を見付けた場合には早い者勝ちとし、そこにはお互いの特別な印として建物の一つに明かりを灯すことにしている。


 その上で、領域を確保できるのは熱光石の光が消えるまでだ。

 それが消えれば、互いにその領域への侵入を許すこととしていて、自分の狩場を守るためには定期的に明かりを灯しに行かなければならない。


          ◯


【忘れられた水路】の歩き方の説明を一頻り聞いて、ラナイは「いくつか質問がある」と言った。


「どうぞ」


 と、前を向いたままスズが宙に手を添えた。


「地底人のそれって何なんだ?

 特徴を引き出すって言ってたけど、意味がわからない」


 ラナイが言うと、「チッチックックッカッ」、スズが鳴らして「発音が難しいんだよね」と呟く。


「何の意味かはよくわからないけど、俺はたぶん"言葉"なんだと思ってる」

「意味がわからないんじゃ、通じてるかもわからないんじゃないのか?」

「っていうより、俺が彼らの言葉を話すことで、敵意が無いことを伝えてるって感じかな。だからきっと、意味は通じなくても真意が通じてるっていうか。

 耳を貸してくれる地底人なら、それで落ち着いてくれるの」


 するとその、耳を貸してくれるなら、という言葉が引っ掛かったラナイ。


「貸してくれない奴もいるのか?」

「もちろん。地上の人たちだってそうでしょ?

 知らない人から突然わけわからないこと言われて、あーなるほど、なんて取り合ってくれる人ばっかりじゃないよ」


 そういう意味では彼らの方が温厚かもね、アトニム人より。

 嫌味っぽく言ってスズは、ハハ、と笑った。

 

「なるほどね。じゃあ、もう一つ……」

 

 ラナイは不意にスズの後ろ髪を摘み上げ、「死にかけたのにどうやって助かったんだ?」とスズの首の傷をまた露出させた。

 それを「うわっ」と振り払うスズ。


「びっくりするから止めてよ、もうっ」


 そう言ってラナイを振り返って睨みつける。


「それだけ深い傷を受けて、歩くのは無理だったはずだ。まさか、這ったままここを抜けたのか?」


 ラナイが言うと、スズはまた首に触れた。


「友達が、助けてくれたんだ」

「友達……」


 そう聞いてラナイの頭に浮かんだのは二人の人物だ。

 一人はアレ、グリム、ルールーウィップの知り合いで、もう一人はイーリークラップのそれ。

 度重なる偶然に視野が狭くなっていたラナイは、スズの友人をその二つの情報でしか考えられなかった。


「……ヒイラギ、か?」


 半ば確信をもってその名を口にしたラナイ。

 するとラナイを見つめていたスズの表情が怪訝なものへと変わる。


「え……?」

「違うのか」

「違うっていうか……」


 どうして彼を知っているの。

 そう言ってスズの眉間に寄せられたシワが深くなる。


「グリムとルールーウィップも、アレもそいつの知り合いなんだ。皆、ヒイラギを知ってる」


 ラナイはじっと、スズから目を逸らさずに言った。

 するとふっとスズの眉間からシワが消える。

 そして、どこか感慨深そうに「へえ……」と息を漏らし、


「そういう偶然もあるんだ」

「偶然、なのか?」

「それ以外なんだって言うのさ」

「…………」


 しばし無言の後、ラナイは「まあね」と呟いた。

  

「まあ、今ヒイラギのことは関係ないよ。俺をノットから救ってくれたのは、"ジュウザ"。

 死にかけている俺に応急処置をして【コルト】まで連れ帰ってくれたんだ。相当出血していたし、ほんとの暗いとこまでいっちゃうところだったんだけどね」


 どこか他人事のように言って、スズは「うんうん」と頷く。


「もしあの時ジュウザに出会ってなかったら、ノットが何なのかもよくわかってなかっただろうし、あの時に死んでただろうし、ノットはただ殺しても意味がないってことも知らなかったし。本当にジュウザには感謝してる……」


 そういえばもう何年も会ってないな、とスズが微笑む。

 すると、


「ちょっと待て。ノットは"ただ"殺すだけじゃダメだって?」


 ノットについて加わった新しい情報にラナイが口を挟んだ。


「そうだよ。さっき言ったじゃん」

「言ってない」

「言ったよ」

「いや、言ってないね」

「……そう?」


 そうだよ、と頷くラナイ。


「そっか、まあいいや。つまり、そゆこと。

 とにかく、ノットと出会ったら簡単に逃げようと思っちゃダメなの。逃げても追われる、そしてそこで殺されかける。それにノットは死なないし、だから、普通は逃げるための準備をしなきゃいけないんだ。

 で、一番手っ取り早いのが、足を奪うって方法。

 それ以外にも対処法はあるけど、バラバラにするのは手間が掛かるし俺はそんなに強くないしね」


 と、スズが肩をすくめた。

 今の話にも聞いていない部分があったが、ラナイは敢えて指摘しない。


「……なるほどね。それでお前はどう対処するんだ?」

「俺は、ジリーかヒューイでやっちゃう」


 そう言って両手と表情でノットに何が起きるのかを表現するスズ。

 

「……つまり?」

「見た通りだよ。ジュワッとね……」


 再び"ジュワ"の顔をしたその時。

 不意にスズの表情が消えた。

 

 すると同時に背負っていたジウを取り出し、左右の鉄筒の根本からビリーとジリーを装填。

 暗闇の奥を見透かさんとしてじっと見つめ、息を殺す。  

 その真剣な背中に、ラナイは「どっちだ」と声を掛けた。

 しかし、スズは静かに首を横に振っただけだ。


 ラナイの耳の穴には何も聴こえなかった。

 だが、スズのその様子からは暗闇の奥に何かを察知したとしか思えず、ジリ、ジリ、と一歩ずつ慎重に暗闇を分けていくスズの後を数歩遅れて進む。 


 それが数十歩目、不意にスズが足を止めたのは、二人を覆う光と闇との境に入り込んできたものがあったからだ。

 その姿を見て、スズがはっと息を呑む。

 そして駆け寄り、


「殺されてる……」


 足下でうつ伏せに転がっている深緑色の人型のそばにしゃがみ込んだ。

 それはひと目に死んでいると明らかな、深緑色の"染み"と化したおそらく死体。だが、特徴だらけのその人型は、そうそう見間違うようなものでもなかった。

 ラナイがネズミ道で見掛けたその生物が、そこで叩き潰されて死んでいた。


「死んでるってことは、ノットの仕業じゃないってことだよな……」

「うん。ここまで徹底的にやってるなら、野獣にやられたってことでもないと思う」

「じゃあ、"何が"やったんだ?」

「……たぶん、アナーブの誰かだ。もしかしたら近くにいるのかも」


 そう言ってスズはしゃがんだままの姿勢で辺りを見回す。

 スズの行動に合わせてラナイも周囲の暗闇に視線を巡らせた。その時。


「伏せろっ!」


 スズが叫び、直後細い一瞬の閃光が生じ、


――パンッ!


 暗闇に向けられたジウ口から青白い光を帯びた弾丸が飛び出す。


 飛び出した弾丸は暗闇の中途半端なところで突如消え、そして暗闇の奥で幾本もの青白い線が蠢き蔓のように絡まる不思議な光景を作り出した。

 暗闇の高いところそれを見つめ、伏せることも忘れて棒立ちだったラナイ。


 背後から「ぼーっとするな!」とスズの罵声が聞こえ、腕を強く引っ張られて一歩退いた次の瞬間。

 空から落ちてきた何かが地面に薄く溜まった水溜りを飛沫に変えた。

 

 それは、手だ。

 ラナイの体の大半は覆ってしまうほど、スズならば手の内に込められて握り潰すこともできてしまいそうなほどの異常なまでに大きな手に見える何かだった。

 手の甲は無数の蠢くイボで覆われ、四方八方に伸びるの八本の指は全て同じ長さ、さらにその指先と思われる部分は爪と思しきツルツルとした硬そうな皮膚が覆っている。


 それが表面、地面に落ちた衝突で折れ曲がって顕になった"腹側"には、指を縦に割る長い裂け目とその隙間からギザギザとした歯のようなものが垣間見える。


 第一印象は確かに"手"だが、見れば見るほど思い浮かべる手とはかけ離れた姿に、ラナイはすぐにこれを手として見るのを止めた。


「もしかして、こいつが"ワシヅカミ"か?」


 地面で八本全ての指をピンと伸ばし痙攣するそれを見下ろしてラナイが呟くように言った。

 しかし、スズの返事は「油断するなってば!」。


 その言葉の真意に気づくか否か、強い衝撃に一瞬怯んだラナイは二匹にワシヅカミにされ、暗闇と引きずり込まれた――。

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