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すずとれ 4

「ぐりんぼう……って何それ。もしかして、そこに書いてあることが読めるの?」


 怪訝な顔のスズが、そう言ってまたランタンを高く掲げる。

 するとまた照らされて、光の中にアーチの最上部が映り込んだ。


「まあ、字を忘れてはいないみたいだからな。それくらいはね」


 ラナイがアーチを見つめたまま言うと、スズは視線の合わないラナイを見上げながら「はあ……」と、それはまるで見たことのない景色を見つめて漏れるのと同じようなため息を漏らした。


「見かけ通り、だね」

「何がだ?」

「君がただのドールでも、ただの人間でもないってことだよ」


 と、ラナイがスズへと目を落とした。


「どっちもしっくりきてないけどね。おれは」


 ラナイが小さく鼻息を漏らす。


「ちなみに言っとくけど、ここは皆に忘れられるほど長い間放置されていた場所なんだからね? 君が言うところの【忘れられた水路】……」

「それがどうした」

「一応、ここは俺の狩場でもあるから、ここの入り方も中に何があるのかも誰にも教えてないわけ。つまり、学者もここを知らない。

 だから、そこに何か書いてあるのはわかってたけど、それが"文字"だってことは今知ったの。

 見た感じ君は賢くなさそうだし、どうしてそれが文字だってわかったのかなぁ……ってさ」 

 

 スズの言うことにいまいち話の筋がみえないラナイは、また「それがどうした?」と肩をすくめた。


「君……ラナイくんはさ、もしかして古代人なの?」


 スズの質問にラナイが答えられるのは、「わからない」とただその一言だけだ――。


          ◯

 

 この黒いだけの空間を洞窟と気付かされ、そしておまけに街があることを知ったラナイ。

 自分が何なのかわからず、自分が何だったのか思い出せないその白い人型には、誰もが持つような当たり前の常識が備わっており、そういう自己ともつかないただの記憶が唯一、ラナイにとって"わかっている"ことだ。

 

 その上で、今目の当たりにしている光景は"覚えている"。

 

 色は鮮やかな緑色と違っているが、それでも頭上の遠いところで闇に霞まず星々が如く煌めく光景は、アレと初めて出会ったあの洞窟の様子とよく似ていたのだ。

 それでもう何度目か、ラナイはすぐそばを歩く長い黒髪を見下ろした。


 思わず、アレ、と声を掛けそうになってラナイが慌てて口を噤んだのと同時、スズは、「さて」と暗闇の中に視線を泳がせた。

 そして、「あっちだ」。


 独り言のようにそれだけ言って、スズは暗闇を明かしながら進んで行く。

 そうして目にする風景は、ここまで歩いて来た道とは全く違っていた。


 途切れ途切れ、時々に現れては隠れる壁は、ひと繋ぎの壁という形ではなく短い距離に幾つも並ぶ太い石柱群。そのところどころには鍾乳石が道端に咲くつまらない野花のように生えている。

 それだけならば、ラナイの記憶にもある洞窟の深部といったイメージのものだが、ここには洞窟としては余計なものが多かった。


 それは石柱同士の隙間で、そこが部屋だった痕跡として残された板切れに始まり。

 或いは傷んで黒ずみ隙間の多くなった扉、或いは両開きの片方だけ失われた雨戸の窓、それから縦や横に高さもバラバラで抉られたそれも窓、或いは石柱に水平に突き立てられた金属製の棒と先端にぶら下がる分厚い木製の札。それらは皆石柱に付けられている。

 また、背の高い鍾乳石の隣に高く街灯らしきものが立っていたり、壊れた荷車が転がっていたり。

 荒廃した街並みが、闇に潜んでいる。


 だが、風景に感じられるのは"街並み"なんて整ったものではなく、それは巨大樹の生え茂る森のような光景、宛ら"石の森"だ。


「ここが妖精の街だったっていうんなら、住んでいたのは石の妖精だな」


 辺りを暗闇に隠れた扉を一つ見送ってラナイが言う。すると。


「どうだか。俺にはわからないけど、少なくとも住んでいたのは妖精じゃないと思うよ」


 そう言ってスズは一つの扉の前に立った。


「大きすぎ」

「……確かに」

「だからたぶん、ここに住んでいたのはラナイくんみたいな大きい人間だろうね」

「かもね……」


 と、しかしラナイは「でも」と思うことがあった。


「だとしたら、出入り口が狭すぎるんじゃないか?」

「出入口、って。それはだからこんなに大きいじゃん」

「いや、そうじゃない。ネズミ道とここの関係だよ。本当におれと同じくらいの大きさの人間が生活していたんなら、あれじゃ狭すぎる。

 っていうよりも、お前たち小人の使いやすいようになってるだろ?」


 ラナイが言うと、スズは「あーなるほど」と細かく頷いた。


「それは、【コルト】側の事情だよ。他の出口はちゃんと大きい人でも通れるようになってるよ」

「そうなのか?」

「そうだよ」


 スズの言葉に気のない「へえ」と声を漏らしたラナイ。

 そんな態度に何か感じたスズは、


「これからのこと、少し説明しなきゃだね」  


 と、光に照らされて艶めく一際巨大な鍾乳石の集まりを見つめ、「到着」。

 入って、と鍾乳石が何本も重なって出来た隙間に無理矢理取り付けられたような細い扉を押し開いた。

 促され、スズに続いて体を捻ってそこへ体を滑り込ませるラナイ。

 

 そこは、ラナイが立っても十分な高さがある。 

 何本もの鍾乳石の棘が重なり逆立つ竜の鱗のような壁面の楕円形の室内は、上部で窄んでテントの中のような空間になっている。

 その上で最も広い空間である下部は、ランタンの明かりが届くギリギリの広さで、通常の人間ならば広いとはいえないものの、小人であれば生活するのに十二分の広さだ。 

     

 部屋の左隅にはラナイにとっては椅子、スズにとっては机が二つ"くの字"に並べられ、その上は様々な材料や道具が作業途中のまま放り出されて散らかっていて、その反対側には手作りらしい棚が三つ平行に並んで、そこには衣類や小物、それから何に使うのかわからない不思議な形のものが置かれている。


 そして一番奥、ベッドというには簡素すぎる毛布を引いただけの板張りの上に荷物を放り投げ、スズはその隣に乱暴に腰を下ろした。

 

「ふぅ……ちょっと休憩」


 次いで「その辺に座ってよ」と、扉の前で突っ立っているラナイに声を掛ける。


「さて、それじゃあまず、俺たちがどうするか説明しよっか」

「説明っても、ただ出口を目指すだけだろ?」

「ま、まあ……ざっくり言えばね」


 ハハ、と笑い、スズが続ける。


「まだ言ってなかったけど、俺たちはまず【ディーズベルグ】側の出口を目指すよ。

 理由はそこが一番近い出口だから……」


 そこまで言って、しばし沈黙。 

 それでいて全く表情の変わらないスズに違和感を覚えたラナイが「それで?」と声を掛けると、


「んー……終わり」

「……あ、そう」


 これまた無表情のラナイが答えると、「なーんてね」、どこか疲れたような声でそう言ってスズが「君は全然表情が変わらなくて面白くないね」と。

 

「まあいいや。冗談はさておき、まず【ディーズベルグ】から外に出たら、それからもう一度【コルト】に戻るよ……って結局それしか言うこと無いや」


 そう言って照れくさそうに笑い、「ラナイくんの仲間はたぶん、まだいるよね?」と付け加えた。


「ああ、たぶんね。イルルは怪我をしてるし、ルールーウィップは看病してるはずだ。だから、きっとグリムも【コルト】にいると思う」

「そう……」


 呟いてスズはラナイを見つめ、「ちなみに」。


「どうして君はあそこにいたの?」


 訊かれて当然の質問だった。

 だが、それが少しタイミングを遅らせたことで、ラナイに当時を思い出す暇を与え。

 すると、


「あっ……」


 気を失う直前に書き込まれた記憶の本のことが頭に浮かぶ。


「あそこ、壊したのおれだ」

「ん?」

「お前言っただろ、『これやったの君か』って。

 おれだったよ。今思い出した」


 聞いてスズが呆れたようにため息を漏らす。


「今さらそんなことどうでもいいよ。それより、どうして君があそこにいたのかの方が気になるんだけど」

「どうして……か。簡単に言えば、息をしたからだな」

「は? 息って、普通誰でもするよ。そんなことでどうしてネズミ道が壊れるのさ」


 首を傾げるスズに、ラナイは「ちょっと見てろ」と顔を上に向け、小さく息を吐き出した。

 そうして吐き出されたものを見上げ、スズが絶句する。


「それ……黄色の……」

「先に言っとくけど、どうしてこんなもんが出てくるのかはわからないからな。目が覚めた時からずっとそうなんだ」

「じ、じゃあどうして岩が溶けるのかは?」

「それもわからない。これがただの息じゃないことはわかってるけど、どういう効果があるのかとか詳しいことは何もわからないんだ」


 すると、一瞬何か言い掛けて我を取り戻したように呆けた表情を引き締め、スズは「まあいや」と言った。


「それで、どうして君はあそこでその息をぶちまけたの?」

「アリアス・コムだ。

 グリムはそいつをなんとかしないとイルルのところへ行けなかったから、だからおれは体を貸した。

 それでたぶん、おれはアリアス・コムと戦ったんだ。それで……」


 ラナイが言い掛けたところに、「息をぶちまけた」とスズが割って入る。


「一応訊くけど。アリアス・コムに襲われてるってことは、君たちヤバイことでもやったの?」


 たぶん、とラナイが頷いた。


「ってことはさ。俺も君を助けたら巻き込まれるんじゃない?」

「まさか、それはないだろ。だってお前は八百長もしてないし、ポロトロスを潰してもいないだろ?」


 ラナイが言うと、スズは「ポっ」と声を漏らし、大口を開けたまま沈黙した。

 そして、


「アハハハハハっ!」


 スズはそのまま腹を抱えてひっくり返り、足をバタつかせて転げ回る。


「ポロトロスを潰した!?

 ヤバイどころじゃないよ、君!」


 そして、急に起き上がったかと思うとそう声を上げた。

 しかしその表情は嬉々として満面の笑み。


「さいっこうだね、君たち。ほんと、長生きしてると面白いことがあるもんだ」


 言いながら肩を震わせるスズ。


「それで、君たちは逃げてるわけだ」


 スズの言葉に、「いや」とラナイが首を横に振る。


「八百長はグリムの自業自得だけど、ポロトロスが潰れたのは偶然だよ。狙ってやったわけじゃない」

「何言ってんのさ、偶然でポロトロスが潰せるはずがないよ。ちなみに、どうやって? 

 その息をポロトロスでも撒き散らしたの?」


 それも、ラナイは否定した。


「ポロトロスが潰れたのは、ヴァーシュが暴れたからだ」

「ヴァーシュ……?」

「ポロトロスに飼われていた飛竜だ。あいつが暴走して、それでポロトロスが会場ごと壊されたんだよ。

 その暴走のきっかけがイーリークラップだってことになってて、それでアレまで……」


 言ってポリポリと頭を掻き、「そうだ」とラナイは天井を見上げる。


「ネズミ道にはアレもいたかもしれないんだ」


 そして、「出入り口はあの一つだけなんだよな?」と続けて不意に立ち上がった。


「どこ行くの?」

「迎えに行くんだ」


 言い切ったラナイに、「だから、出口に向うんでしょ」とスズが首を傾げる。


「……ああ、そうか」


 また頭を掻くラナイ。

 すると、そんなラナイを見てスズは小さく吹き出した。


「君さ、見た目にはわからないけど、焦ってる?」

「おれが? どうして焦る必要があるんだ?」

「そんなの知らないよ。けど、そう感じる……」


 言われてどうしたら良いのかわからず、ラナイは自分の体と足下を見回した。

 そうして首を傾げていると、


「とにかく、その"アレ"って人もアリアス・コムに狙われてるだったら、きっと【コルト】にはいられないはずだし、来た道を戻るのは追われる身としては選択しづらいしさ。

 たぶん【ディーズベルグ】に寄ると思うよ。

 あそこは人が多いし、門は三つもあるし、追手を巻くつもりならそうするに違いない」


 スズはそう言って「うんうん」と頷いた。


「そういうものなのか?」

「そういうものだよ」


 またしても「うん」と頷きながらスズはベッドから立ち上がり、またしても「とにかく」。


「とにかく。君がどうしてあそこにいたのかも、君が今何をしたいのかもなんとなくわかったよ」


 それじゃ、改めてよろしく。

 言いながら差し出された小さな手の平。

 出会いの時と同じくラナイがそこに指を引っ掛けると、スズは「【ディーズベルグ】まで数日間だけだけどね」と笑顔を向けた。


 そのすれた笑顔には、やはり見覚えがない、とラナイは思った。

 すると、屈託のない奔放な笑顔あの笑顔が浮かび。

 

(たぶん、焦ってるんじゃないな……)


 と、そんな考えが頭を過ぎった――。



 それからスズの準備にいくらか時間が掛かったのに、鞄は二つ減っていた。

 代わりにその小さな背中を覆ってはみ出すほど大きく膨らんだ鞄が背負われ、それまで無かった三つの小袋が太い腰ベルトに増えている。

 

 荷物が減って増えたおかげで鍾乳石の部屋から抜けるのに一苦労し、

 いかにも重そうな荷物を見て、ラナイは代わりに持つことを提案したが、スズはそれを「まさか、大事な商品を人に預けられないよ」と断った。

 

 そうして二人は前後に並び、また暗闇を掻き分けて進んで行く。

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