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すずとれ 3

 進む道は、いつの間にかラナイが腕を伸ばしても手が届かないほど天井が高くなっていた。

 同時に道幅も広く、安定してきていて、暗闇の中二人はまるで夜空の星の一つにでもなったかのように二人きりだった。

 道の両側の壁面がスズのランタンでギリギリ掠る程度にだけ照らされ、それが彼らのいる場所が夜空ではない証明だ。


 先は見えず、ラナイにとって前方を行くそこらの地面と見分けがつかない焦げ茶色のブーツのつま先の方向だけが道標だった。


 それが。

 突如として夜よりもずっと深い闇の空間に放り出され、つま先はその暗闇のあらぬ方へと向けられた。

 つい先程まではそこにあったはずの土の壁も消え失せ、そこから先は足下以外に映るものが何も無い黒い空間で満たされている。


「……どうした?」


 あらゆる方向から迫る闇の中に何か探す視線を向けているスズにラナイが声を掛けた。

 すると、「しっ」とスズは口元に指を立てる。


「ここを抜けるまで極力音を立てないで……それと、ここ」


 言ってスズがニ、三歩動くとそこに壁が現れた。

 近付いて、光の部屋は半分の大きさにまで小さくなった。


「壁に沿って歩いて、部屋の中心には近付くのもダメ」

「なぜだ?」


 ラナイが質問すると、スズはそれまでつま先を向けていた方向を指差し「耳をすませばわかるよ」。

 言われるがままスズの指差す方に耳の穴を向けると、遠く暗闇の向こうから"足音のようなもの"が聴こえた。

 訥々と語るように地面は叩かれ、そこに水が撥ねる音が混じり、それは聴くだけならただの足音だ。

 だが、その足音はひとつ、そこを歩く何かの"重さ"を伝えていた。


 それは、大地を震わせるような強烈なものではなく。

 足の裏を通して大地と交わりながらも、全てを身の内側に閉じ込めてしまうような不自由さを孕み、それでいてまるで中身の詰まっていない、"軽さ"。

 まさかこの暗闇を固めたのかと疑える、不気味な密度がそこには感じられた。


「何がいるんだ……」


 問いではなく、ラナイは呟いた。

 すると、スズは小さく首を横に振った。


「わからない。少なくとも俺はあれを生き物だとは思いたくないよ……」


 それにラナイが返事をする間もなく、スズは「さ、行こう」と促し、二人はその大広間と思われる空間の片側の壁に肩が触れるほど近付いて先を進んだ――。


          ◯


 この薄っすらと生臭さの漂う暗い不思議な地下洞窟の存在を見つけたのは、今から八十年くらい前のことだった。

 覚えている過去から逆算して、当時スズが八歳くらいの頃だ。

 その頃にはまだ記憶の仕方も曖昧で、なぜあの平穏な村を出たのかは覚えていないが、それは自分の内にある何か本能のようなもののおかげだと、本人は認識している。


 スズが二歳くらいの頃、どこをどうやって歩いたのかもわからないまま、スズはまず始めに見つけた【ディーズベルグ】の街に住んでいた。

 そこは、平穏さとはかけ離れて荒々しい者が多く、一時は気後れしたスズだったが、修復士として自分に出来ることを考えればそこで役に立つのは間違いないと確信していた。


 だが、現実はそう上手くいかず。

 手に取った修理すべき物と、頭に浮かぶ修理のイメージが全くもって違うという不可思議なズレに気付かされただけだった。

 それでもなんとなく、こうすれば、という閃きはあったものの、すると今度は理想とする道具が【ディーズベルグ】には存在しないことを知り。


 半年ほどの滞在でスズは【ディーズベルグ】を離れ、金属加工を得意とする隣町【コルト】へと移り住むことにした。

 もしかすると、【コルト】になら理想の道具があるかもしれないと思ったからだ。 


 しかし、それは【コルト】にも存在しなかった。

 だが、そんなことは想定内で、だからこそ【マッキンダム】ではなく【コルト】を選んだのだ。


 スズは適当な鍛冶屋に頼み込み、頭に浮かぶ道具を作ってくれるよう頼むことにした。

 それは、細い鉄の棒の先端が十字の山になった針のような形のものと、同じく細い鉄の棒の先端が平らに押しつぶされたヘラのような形の物だった。

 

 とはいえ、当時【アトニム】にはまだ妖精差別の意識が色濃く残っており、鍛冶屋たちはスズの話すら聞いてくれず。

 結局、スズが二つの道具を手に入れたのは、それから二年後、スズが四歳くらいの時だった。

 その二つの道具が、通常の依頼の数倍の金額で請け負われたのだと知ったのは、それからさらに五年くらい経った後のことだ。 


 そうしてやっとのことで手に入れた理想の道具だったが、そこでまた一つ、何よりも重大な一つの問題が生じた。

 およそ理想通りだったその道具、それらに見合うまた別の部品が【アトニム】に普及するどんな物にも使われていなかったのだ。


 そこで初めて、スズは混乱した。


 どうしてそれが使いたかったのか、わからなくなったからだ。

 その二つの特別な道具があれば大概のことができると思っていたのに、するとそれが突然無意味なものへと変わっていた。

 そんな奇妙な混乱を、思い出せない自分の過去に関する驕り高ぶりだとして、スズは【コルト】で修復技術を一から学ぶことにした。


 多少時間が経ち、街がスズという存在に慣れてきていたことと、近頃広まっていた妖精差別の撤廃運動もあって、鍛冶屋たちもそれなりスズと話をしてくれるようにはなっていたが、しかし。

 それでも妖精は妖精だ。


 鍛冶屋も、修理全般を請け負う職人にも、スズの弟子入りを許可してくれるようなところは無かった。


 これまで、仕事といえばゴミ拾いかはたまた野獣の解体か。

 ろくな仕事ができていなかったスズは、内に秘めたる修復士としての力をなんとか使いたくて、そういう仕事の傍ら、そこで少しずつでも物を直す仕事を始めることにした。


 破れたぬいぐるみの縫い合わせ、お下がりのための裾上げ、荷車の車輪の交換、欠けた花壇の修復。

 仕事を選ばず、スズはどんなものの修復も請け負ったが、それでも仕事を依頼してくれる人は少なかった。

 

 いずれスズは、仕事が来ないのは自分の腕が未熟だからだと思うようになり、腕を上げるためにはタダでも何でも数多くの経験を積まなければ意味が無いという想いに行き着く。

 だが、それもまた上手くはいかず。


 ゴミ拾いと野獣解体の仕事を辞め、ほとんど無償で仕事を受ける日々が続くと、当然スズの生活は困窮を極めることとなった。

 そこでやむなく、スズはまたゴミ拾いの仕事を始めた。


 そしてその選択が、人生を変えるきっかけとなったのだ。


 ある日、街の保全団体にくっついて街の風紀を乱す者、輪の内側原産の有毒植物を煎じて振る舞う店の解体に、スズは掃除屋としてついて行った。

 その時、職員の誰かが店にあるものを蹴散らしながら、こう言った。


「こういうのは、表に出てる氷山の一角だ。どうせあの穴から続々出てくるんだから、潰すだけ手間が掛かって面倒くさいんだよな」


 そこで初めて"ネズミ道"というものの存在を知ったスズは、ニ、三日かけて"あの穴"を探し出し、そしてネズミ道に入り浸るようになった。

 だってそこには自分の仲間が大勢いる。

 他の人たちがどうかなんて考えない、適当で大雑把な人間が大勢だ。


 それがあまりにも心地よくて、もしや自分の思い出せない部分には"不逞の記憶"があるのかもしれないと感じていた。


 そうして過ごす少しだけ野蛮な生活の中で閃いたのが、最早使われなくなった古い店の物を自分の修復技術の糧にしようという考えだ。

 誰かの物だったそれならば、誰にも頭を下げる必要もないし、おまけに直したいものを自分で選べる。

 使われなくなった道具や家具など、スズは片っ端から自身の鍛錬のため、時に依頼を受けて直していった。

    

 そして数年が経ったある日、スズはそれまでに直した物の中に、"外"の世界でもあまり見掛けないような物が混じっていることに気がつく。

 すると、そんな珍しい物で満たされた部屋まで見つかった。


 ここがネズミ道で、そこにはノブ無しの部屋がある。それがどこで手に入れられたものなのか、答えは簡単だった。 

 入った者は誰も帰って来れないといわれているノブ無しの部屋から持ち帰った物がきっとそれらなのだと、スズは考えた。


 だが、ノブ無しの部屋は内側からは開けられないというのが通説で、試しに入ってみるなんて突発的な行動は簡単には取れない。

 そこでスズは、培った修復の知識を総動員し、ノブ無しの扉に仕組まれた"内側からは開けられない"というからくりを解くための研究を始めようとした。


 しかし、開けずに扉を理解するのは難しい。

 結局スズは、綿密ではないずぼらな性格に負け、目についたノブ無しの部屋へと踏み込んだ。


 その時の持ち物は、通常のランタン一つと解体ようの肉切り包丁、愛用の道具を詰めた鞄、それと空の鞄がもう一つだけだった。

 部屋の中に何かあると踏んでいただけに、余計なものはいらないと考えていたのだ。


 すると、どんな怪物が潜んでいるのかと緊張しながら踏み込んだノブ無しの部屋には何もおらず。

 それどころか、つまらない机と椅子、ベッドが暗闇に隠されているだけのなんということはない部屋だった。

 

 拍子抜けだ。

 あれほど危険といわれているその部屋が、誰かが使っていた痕跡を残す何の変哲もない空き部屋だったのだから。

 

 とはいえ、そこにはまだ内側からは開かないという最大の謎が残されていた。

 食料を持ち込まなかったことを後悔しながら、スズは室内の壁という壁を壊そうと必死になったが、ただのレンガ造りと思われた壁は異様に固く、持っていた道具や包丁では何年かかっても穴を開けられそうに無かった。


 そうしてスズが暗闇の狭い部屋の中で過ごした時間は、たぶん二日くらい。

 空腹と精神的疲労で朦朧とし、こんなところで死にたくないと扉にすがりついたその行動が、謎を解決したのだった。


 丸二日、鼻から開けられないと思い込んでいたその扉の端には、小指よりも細い小さな鍵が一本、突き刺さっていた。

 捻れば、カタ、と小さな物音がし、元に戻せばまた音が鳴る。

 二回だけ試して、鍵をつまみに扉を引くと、それはいとも簡単に開いた。


 その時スズは知ったのだ。

 百聞は一見にしかず、人の噂などなんのあてにもならないのだと。


 つまりノブ無しの部屋は、内側から開けられないのではなく、"内側からしか開けられない"部屋だったということだ。

 とはいえ、それがノブ無しの部屋の全てでは無かった。

 これを機にノブ無しの部屋を幾つか調査したスズは、ノブ無しの部屋には三つほど種類があることを知った。


 まず一つは、初めて入ったのと同じ寝室タイプ。

 もう一つは、何に使っていたのかわからない寝室じゃないタイプ。

 もう一つは、部屋の奥にもう一枚扉が付いている二重扉タイプだ。


 中でも特に多いのは、寝室タイプの部屋で、次に寝室じゃないタイプ、二重扉タイプの部屋は一つしか見つけられていない。

 そしてその二重扉タイプの部屋こそが、【忘れられた水路】への出入り口であり、ラナイが気絶していた部屋だ。


 それからは三歩進んで二歩下がる生活が続いた。

 始めの頃は地図を付けていたが、それも暗闇の中では慢心を生む危険なものだと知り、暗闇の中で野獣に襲われることの恐怖を知った。


 そんなもどかしい生活最大の発見は、この暗闇が外の世界で感じるものとは性質が違うということに気づけたことだ。


 この暗闇は、普通そうであるように視覚を奪われるだけではなく、嗅覚と聴覚もその大半の機能を奪われる。原因は不明だが、とにかくそういうものだった。


 そしてその解決策は、光にあり。

 それがどんなものであれ、光にさえ当たっていれば余計に奪われる嗅覚と聴覚が取り戻せる。

 つまり、光を齎す熱光石は必要不可欠で、逆に言えば石が不十分なまま【忘れられた水路】を歩くことは命を不要としているともいえるわけだ。


 だが、その光ですらこの暗闇によって力を奪われ。

 外での輝きの三割引き程度の明かりにまで弱められてしまう。


 対抗策として、多くの熱光石を光らせることが効果的だったが、そのためにスズは、稼いだ金の大半を石の購入代に使うこととなった。

 そのため、稼いだ金のほとんどが熱光石の購入代に消えていった。


 この時スズは、人生を懸けるつもりつもりなんてさらさらなかったのに、いつの間にか【忘れられた水路】に行かない生活が考えられなくなっていた。

 ゴミ拾いと野獣の解体で凌ぐ生活に戻りたくなかったのかもしれない。


 そうしてスズが"金脈"を見つけたのは、初めて【忘れられた水路】に踏み込んだ八歳くらいの頃から五年ほど後。

 当時スズが十三歳の頃だった。


          ◯


「……それがここだよ。俺は"金脈"って呼んでるけど、元々は街だったみたいだね」


 と、スズは手に持ったランタンを高く掲げた。

 すると、二人を包む光がつられて持ち上がり、高いところで弧を描く石材のアーチが映し出される。

 大きく波打つ奇妙な形状のそれにはところどころ花のようなものが浮き彫りにされており、何かしら植物のを模していることがわかる。

 しかし、その最上部にある彫り物だけは花とは違っていた。


 その下に立ってスズはラナイに向き合い、仰々しくお辞儀をした。


「ようこそ、ナントカへ……」 

「……違う」

「へ?」


 スズが頭を上げると、ラナイは今は暗闇に飲まれたアーチの上部を見上げたまま、


「ナントカ、じゃない。【グリンボウ】だ」


 とそう言った。

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