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すずとれ 1

 視線の先には、天井があった。

 さほど広くはない部屋の端から端までにきちんと平らに均されていて、そんな均一な印象とは裏腹そこにはめ込まれているレンガは大きさが色に至るまでまちまちだ。

 壁面にぎっしりと収められているレンガが全て同じ形同じ色なのに対してもそれは妙で、工程や組み合わせの問題でそうなったのではないと考えられる。


 よく見てみれば、その一つ一つ、特に小さく変わった形状に削られているものに関しては、丁寧に成形されたものではなく、丸なんて酷いものだ。

 おまけに目地は曲がっていて太さもあっちとこっちで違っている。


 そんな素人仕事であることが丸出しの天井を見つめて、ラナイはこの部屋を使っていた誰かのことを思った。

 思った、とはいえ(相当暇だったんだろうな……)と結論までが短く、さほど思考に時間は取られなかったが。


「あれ……?」


 と、ラナイは体を起こして辺りを見回した。

 そこには、壁があり、床があり、古びた机と椅子が一つずつある。

 なんということはない光景だ。


 だがそれは、(暗いのはどこ行ったんだ……?)ということを差し引けばの話。


 暗闇に視界と聴覚を奪われていたはずのラナイには、視えるはずのないもの聴こえるはずのないものがそこに満ちていた。

 いや、暗闇でさえなければあったものが、今そこで明らかになっていたのだ。


 しかし、今しがたまで眺めていた天井にも壁にも、部屋を照らすような物は無く。

 ラナイが体を捻ってもう一度よく辺りを見回すと。


「これ、君がやったの?」


 背後に崩れた壁、そしてその真正面に立ち尽くす小さな人間の姿があった。


 ほとんど黒といって差し支えないほど濃い緑色の衣服を身に纏った一人の少女、その手にはあの鉄筒が握られている。

 それが誰と考える間もなく、ラナイはその特徴的な美しく長い黒髪に向かって「アレ」と声を掛けていた。


 だが、彼女から帰ってきた返事は、疲れたような重いため息だった。


「はぁ……どうすんのさ。これ」


 と少女は崩れた壁に半分埋もれた木の扉を靴の先で蹴飛ばす。


「どうする……っていうか、どうしてたんだ? ずっと探してたんだぞ」


 ラナイの言葉に、「探す?」と疑問を呈し、少女が振り返る。

 その顔を見て、ラナイは「あ……」とまで言って、ため息を漏らした。

 すると、口元からは薄く黄色みがかった息が立ち上り、それは天井に当たってそこをグズグズに汚してしまう。


「あ……」


 二度目にそう呟いて、ラナイは正面に立つ少女へと視線を戻す。


「……何それ。どうして?」

「さあ?」

「さあ……ってね、君。今見てたよ。ちゃんと、この目で」


 言って自分の目を指差す少女。

 異様に白い肌に浮かぶ二つの瞳は黒く、光が当たっていなければラナイにも見覚えがある色とはいいきれなかった。

 それを見て、ラナイは一言「知らないやつだった」と漏らす。すると。


「一緒だね。俺も君を知らない」


 少女は白い人型をまじまじと見つめてそう言った。


「あ、そう」

「うん、そうだよ。それで、もう一度訊くけど、これは君がやったの?」


 そう言って、少女は崩れた壁を指差した。


「わからない。たぶん、違うと思うけど」

「ふーん、そっか。じゃあ、何かあったんだね……でも、どうしよう」


 少女が項垂れる。


「どうしようって?」

「これじゃ、街に行けないよ」

「あー……、確かにそうだな」

「でしょ? 君みたいなのがいるから"ビリー"もさらに減っちゃったし……」


 あーあ、とため息がてらに少女は、愛おしそうに鉄筒を撫でた。

 明るくなったことでよく見えるようになったそれをまじまじと眺めるラナイ。

 

 その横並びの二本の鉄筒は、全体の三分の一くらいのところで下方にひしゃげており、そこには木製の幅広い柄が付けられている。

 そしてその柄と二本の鉄筒の股の部分には扇状のガードで守られて突起が二つ、外側にも二本の鉄筒の末尾に一つずつ飛び出していて。

 全体的に大きなその鉄筒を小さな体で抱える少女姿は、何とも言えない狂気を感じさせた。

 

 それが一体何なのか、ラナイの知らない物だった。

 だが、額と胸に受けた衝撃、それから自分に向けられたという状況から、ラナイがそれを"武器"だと判断するのは早かった。


「ところでそれ、何なんだ? 初めて見る……」


 言うと、少女はちらとラナイを見上げ、「あげないよ」と。


「いらない。っていうか、おれには小さすぎるな、それは」

「まあ、そっか」

「で、何なんだ?」

「これは、"ジウ"だよ」

「ジウ?」

「よくわかんないけど、友達がそう言ってたの。『それ、ジウだろ?』って」

「へえ。それで?」

「それで……って。終わり」

「いや、そうじゃなくて、武器なのか?」

「そうだよ」


 言うなり少女はそのジウ口をラナイに向ける。


「こうやって相手に向けて、あとはこの引き金を……」


 と、迷いなく少女は外側の突起を引き、即座にガード内のものを押し込んだ。すると。


――カチッ


 軽い音が鳴り、筒の奥で何かが一瞬だけ小さく光る。

 それをじっと見つめたままのラナイは、想像と違ったことに首を傾げた。


「ビリっと来ないぞ?」

「そりゃそうだよ。空だもん」

「……あ、そう」


 呟いて、ラナイは頭をポリポリと掻く。

 その歪んだ姿を同じくじっと見つめていた少女は、それも同じく首を傾げて、


「君、気味が悪いね」


 と言って顔をしかめた。


「……よく言われるよ」

「っていうかさ、君はどうしてちゃんと喋れるの? 君の仲間は大体ブツブツ言ってるだけで、話し掛けても返事したりしないのに」

「仲間、おれの?」


 そう、と少女が頷く。


「やっぱりいるのか? こういう白い感じの奴が」


 ラナイは両腕を広げてみせる。


「いるよ。あんまり数は多くないけどね。時々見かけるんだ」

「へえ、どこでだ?」

「ここよりもうちょっと深いところ。地上だと土に埋まってることが多いみたいだけど、ここだとぼーっと突っ立てるのもいる。たしか、"ドール"って呼ばれてるはずだよ。君の仲間は」


 ドール、とその聞き覚えのある言葉に、ラナイは「やっぱりそうなのか」。


「グリムも言ってたんだ。おれはドールだって。だけど、どうもピンとこないんだよなぁ……仲間とか言われても」


 ラナイがそう言ってまた頭を掻くと、少女は「ふーん」と唸り、


「一緒だね」


 と僅かに微笑んだ。


「俺も、仲間ってのがよくわからないんだ。【アトニム】の人は『妖精』って言うけどさ。強いて言うなら、尻尾がなかったり耳とかが他の人と違うくらいで、言葉も通じるし野獣みたいに乱暴じゃないし? だったら皆仲間じゃん……と、思うんだけど」


 言って少女は面倒くさそうに指先で頭を引っ掻いた。

 すると、これまでずっと疑問だったことが再びラナイの頭に浮上し、それを「そういえば」の一言に集約させて言いそびれていたことを口にする。


「お前みたいなのは、妖精じゃないと思う」

「え?」

「見たんだ。穴の底で、本物の妖精をさ。お前とかアレとか小さい人間を妖精だと思ってたのは勘違いだったんだよ」

「ちょっと、何言ってるかわからないんだけど……」


 困惑を表情に浮かべ、少女は首を傾げた。 

 だが、それでも構わずにラナイは「妖精は大きくなったり細かくなったりするんだ」と続ける。


「それに、あいつは【オウモ】の使いだって言ってた。確かに人間ぽくなかったし、羽があったような気がしたけど、むしろおれはあいつの言ってることのの方がしっくりきたんだ、不思議と……」

「妖精が……【オウモ】の使い? そんな話初めて聞いたけど、誰が言ってたの?」


 ウーリエだ。

 ラナイが言うと、少女はさらに深く首を傾げる。


「ウーリエって、もしかして白狼のこと?」

「はくろう?」

「あー……通り名だよ。ウーリエは、その戦いぶりと白い髪が特徴的な姿から、白い狼って呼ばれてるの。世間ではね」


 少女の説明に、ラナイは「なるほど」と頷く。


「それで、白狼ウーリエがそう言ってたの?」

「ああ、大概白い奴だったし、たぶん間違いない」

「一応言っとくけど、あり得ないよ。それ」

「なんでだ?」

「ウーリエは大昔に死んでるの。今から数千年前の大昔にね」


 数千年、とそのあり得ない単位にラナイは「ゲっ」とおかしな声を漏らした。


「じゃあ、おれが会ったあいつはなんなんだ?」


 記憶の部屋の絵本には確かに白髪の男が描かれていた。

 だが、その疑いようのない事実はラナイにしか視えず、それをどうにかして目の前の少女に見せられないものかと奮闘したが、結局自分の頭を前後左右に傾けただけだった。


 すると、


「……君さ、穴の底でって言ったよね。それって、もしかして草むらの大穴じゃない?」


 奇妙な動きをする白い人型に何を感じたのか、少女が口にした言葉はラナイの知っていることのそれだった。


「そうそう、それだ。なんだやっぱり知ってるんじゃないか。その底にあいつはたぶん住んでるんだ」


 ラナイが少し興奮して言うと、少女は何かを否定するように首を横に振った。


「それ、幻覚だよ。たぶん」

「……は?」

「昔から、たまに聞く噂なんだ。『【ファルセル】のどこかからその向こうに大きな穴が見えて、中に白い誰かが見えることがある』ってね……。

 だけど、【ファルセル】は越えられないの。だからその頂上に立つことは出来ないし、その先を見ることだって出来ない。

 つまり、ただの噂話なんだよ。どこかの酔っ払いが吹いただけ……」


 そう言って少女はかたをすくめた。「だけど」


「俺は個人的に嘘でも法螺でも無いと思ってる。

 きっと、中には【ファルセル】を登りきれる人だっているんだ。

 越えられない丘を越えようとしない人が何を言ったって、歴史を鵜呑みにしてるだけのバカだもん。


 だから……信じるっていうのとはちょっと違うけど、俺はそういうことだって可能だって思うの。

 だって、世界は気まぐれじゃん」


 言い切って少女はふわりと笑みを浮かべた。

 朗らかとも違う、妙に吹っ切った笑顔だった。

 その笑顔に、ラナイは彼女の生き様を見た気がして、言い様のない気分に陥った。


 だから、返事とばかりに口からこぼれたのは「ふーん」と鼻の鳴る音だけだ。

 

 すると、少女は不意に「ゴメンね」とまた頭を掻いた。


「やっぱ訂正するよ。

 君は気味が悪いわけじゃない。ちょっとわけわからない奴なんだね」

「……あ、そう」


 少女は「うん、そう」と頷く。


「……でも、君は大穴の底を知ってるんだよね。噂話がどうこうっていうか、そんな話やっぱり初めてだ」


 どうやって行ったの、と少女がラナイを見上げる。


「どう……っていうか、道中にあったんだよ。【イグナスの山】から下りて、それから【アーハイム】に辿り着く途中に」


 ラナイが言うと、少女は大きく目を見開いて「山?」と僅かに詰め寄った。


「き、君それ、【イグナスの山】って? それも初めて聞いた……」


 そんな少女の反応が、ラナイにとっては新鮮に思えた。

 なぜなら、"イグナス"という単語について、嘲笑と無関心の二つしかラナイは体験しなかったからだ。


 それが今ここに来てようやく意味のあることのように思えたラナイは、久しぶりに自分の口で、目覚めてからアレを連れて山を下りるまでの話をした。

 話しながら、ラナイはふとアレの顔を記憶の書で確認する。


 そうして改めて見比べれば、目の前に立つ少女はアレとは見間違いようもないほどの別人だった。

 ついで、ラナイは記憶の書に目を落としながらも(記憶なんて曖昧なもんだな……)と、そんなことが頭を掠めた。


 すると、【否読の書】というものの読めないということの意味もなんとなくわかった気がして。

 どうして読める者と読めない者がいて、読める部分と読めない部分があるのか、という持つべき疑問に行き着いた。


 皆が皆できるわけではない、記憶と現実との正確な照合。

 それを許されている存在が、アリアスだ。


 イグナスは、それをこの世の者のフリをしたこの世の者、偽物と呼び、そして互いに敵対し合っている。

 初めはその意味がわからなかったラナイだが、【アトニム】を歩く内、アリアスとただの人間に見た目の区別がつかないことを知った。


 つまりイグナスは、彼らを人らしいのに人として識別していないということだ。

 それは、人の心を読むことができるからこその差別の仕方であり、自分たちを特別だと認識しているからこそ、イグナスはアリアスを人ではないとしている。


 そう感じたラナイは、(……なら)とさらに思考を深めた。


 もしもイグナスが人の心を読めなかったら、アリアスは何だというのか。

 その、まるで竜にだけ向けられたかのような異常が、アリアスなのだとしたら……。


 深みに嵌ったラナイには、ルトゥール、という一つの発想が、自然的なものなのか人為的なものなのかがわからなくなった――。


          ◯


 一頻り話を聞いて、少女は「イグナス、まだ生きてるんだ」と呟いた。


「信じるのか?」

「そりゃあね。俺は"プライア"だから」


 と、少女が小さく笑う。


「プライア……っていうのか? 名前」


 ラナイが訊くと、「そうといえばそうなんだけど……」と少女は複雑な表情で首を捻った。


「それは、俺たち……"いわゆる"妖精皆の、生命の名なの」

「生命の名ってなんだ?」


 ラナイの質問に、少女が「あー」と唸る。


「生命の名っていうのは、この世に生まれた人間全てが生まれた瞬間に口にする自分の名前のことだよ。もうそんなこと覚えてないけどね。

 だから、俺は生まれた瞬間に自分を『プライア』って呼んでるはずだよ。

 そして俺たちいわゆる妖精と呼ばれる者は皆、一度は自分をプライアって呼んでるってわけ」


 こんがらがっちゃうから、プライアは捨てて結局思いついた名前にしちゃうんだけどね。

 そう続けて、少女はまたポリポリと指先で頭を掻いた。

 少女の話を「へえ」と頷きながら聞いていたラナイ。

 

「それで、お前の名前は?」


 と、見上げる少女を見下ろした。


「"スズ"だよ」


 よろしく、と差し出された小さな手の平に、ラナイは伸ばした人差し指を引っ掛けた。

 そして、その吹っ切れた笑顔に浮かぶ黒っぽい瞳を見つめながら、とある不老長寿のことが頭を掠めたのだった。

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