ぐりむとれ 12
明るくなった室内で顕になった無残な姿の死体の山。
それを間近に観察してグリムは、「やっぱり酷い匂い……」とひと呟きしてから周囲を見回す。
そこは熱光石の小さな光の中で確認した通り、古く痛みは激しいもののレンガで整備されている。
その中でやはり気になるのは、室内を縦横無尽に這い回る謎の植物の蔓だ。
地面に散らばった錬石を拾いながら、グリムはその大元を目で追う。
するとその蔓は、部屋の一番奥に空いた大きな穴から生えているようだった。
穴の縁を巻き込んで室内に生える蔓の様子は宛ら侵食であり、その奥に潜む深淵の気配にグリムは生唾を飲み込んだ。すると。
「おぉー。こんな風になってたんだなぁ……」
「ノブ付きの部屋とは全然違うじゃねえか」
そんなことをブツブツと言いながら野次馬の数人がイルルの開けた穴から室内に入ってくる。
その一言が引っ掛かったグリムが「ノブ付き?」と口にすると、緑色の顔をした混血種の男が言う。
「ああ……あんたは知らないのか。このネズミ道は、ノブの付いた扉と付いてない扉があるんだ。ある方は大概誰かの店になってて、無い方はこの通り、中に入ったやつは戻って来ないのが普通だ」
と、男は死体の山を指差す。
「でだ。店の方は大概洞穴よ。掘られてそのままの姿だが、どうやらこっちは違うみたいだな。きちんと整備されてやがる……」
感慨深く、ふむ、と唸って男は室内をまじまじと眺めた。
そんな男の様子に「そうなんだ」と漏らしてグリムが考えるのは、"どうして普段使われない部屋が整備されているのか"だ。
男の口ぶりからして、ノブ無しの部屋には通常誰も入らない。
それ故に男はこの整備された部屋が珍しいと感じているわけだが、だとすれば妙なのは、使う部屋の方をなぜきちんと整備しないか。
気になってグリムが口にすると、
「ここは昔からそういうもんだからなぁ……。特にそういうのを気にしたがことねえよ」
「昔、っていうのは?」
グリムが訊き返すと、男は首を横に振った。
「知らないね。とにかく、俺のオヤジがここに通ってる頃にはすでにそうだったし、ジイさんが通ってる時もそうだったろうな」
「……それって、ここのネズミ道を作ったのが誰かわからないってこと?」
「まあ、そういうことだな。少なくとも口伝てにも忘れられるほど昔に作られたんじゃねえのか?」
それを聞いて、グリムは再び蔓の向こうの穴を見つめた。
その穴は元々そうだったわけでなく、壁が崩れて出来たものであり、その事実はこの部屋が本来は閉じられたただの部屋だったことを意味する。
「穴と整備された部屋……ってことは、もしかして……」
ふとグリムの頭を過るのは、その穴が"塞がれた"ものなのではないかということ。
「つまり、隠し通路だわ!」
興奮してグリムが言うと、男は「隠し通路?」と首を傾げた。
「そう、ここは元々道だったのよ! それが何者かによって一度塞がれた……」
「へえ、なんでだ?」
「それはわからないわ。けど、さっきこの部屋にバケモノがいたってことを考えると、この先はアンノウンの巣窟なのかも……」
そこまで言って、グリムの脳裏にはまた別に一つの言葉が浮かび上がる。
【忘れられた水路】、とそれはグリムが幼い頃、母に送られた誕生日プレゼントに書かれていた言葉だった。
それを思い出すと、通路が水で浸されていることと、壁に開けられた謎の小さな穴のこともが浮かび、それら二つの情報がグリムに思いついたことを証明しているように感じられた。
「あの本……、確認しなきゃ……」
独り言を言って、グリムは「イルル、一度宿に戻るわよ」と壁を這う蔓の一本を指で突いて遊んでいるイルルに声を掛けた。
いつの間にかフードも取り払い、開かれた瞼から覗く薄緑色の瞳は、受けた光よりもずっとキラキラと輝いているように見える。
半ば興奮しているようなグリムに、イルルは「わかった」と言いつつ、
「うさ耳のことは? どうすんの?」
「うさ耳……?」
一言漏らして一瞬沈黙、そして「あっ!」と声を上げるグリム。
「そ、そうだったわ……」
自身の不覚に落ち込むグリム。
そんな相棒の不甲斐ない様子に「やれやれだ」と頭を振り、イルルは通路に集まった野次馬に向けて「ガビッツについて知ってるひとーっ」と声を上げた。
すると、野次馬の一人から「ガビッツ、ったら"ディーダーブリップ"んとこのだろ」と。
「猿の妖獣人が率いてる小盗賊の軍団だ。それがどうかしたのか?」
「そこにさ、イーリークップラとかってうさ耳がいたはずなんだけど。そいつ知ってる?」
イルルが訊いて、野次馬の男が肩をすくめると、また別の野次馬から「善人バカだろ?」と声が聞こえ、人を掻き分けてウサギの妖獣人の女がイルルの前に姿を現した。
「善人バカ?」
「ああ、そうさ。イーリーは善人バカの種火守だよ。ウチの幼馴染だったんだ」
女の発言にイルルは「ラッキー」と抱きつく。
「な、なんだよあんた。いきなり」
怪訝な顔をするウサギの妖獣人の女。
「まあ遠慮すんなよ。あたし、あんたに会いたかったんだ」
「……悪いけど、その気は無いよ」
そんな女の態度に「そう言うなよ」と食い下がるイルル。すると。
話がこじれる、とグリムがイルルを女から引き離した。
「あいつが何かしたのかい?」
グリムが離れて一息ついてから女が言うと、グリムは「ええ」と頷く。
「さっきも言ったけど、イーリークラップはガビッツに所属していて、【アーハイム】のポロトロスが潰れた原因かもしれないのよ。ちょっと説明は足りないけど、そういうことで理解してほしいわ」
グリムが言うと、女は「まさか」とそれを鼻で笑った。
「あいつがそんなことできるはずがないよ。人違いじゃないのかい?」
「……どういうこと?」
グリムの疑問に、女は面倒くさそうにため息をついた。
「イーリーは、【オルディグ】の種火守を任されていたような"超"の付くクソ真面目でお人好しで影のうすーいつまらない奴さ。それがガビッツなんて輩と一緒にいるはずがないし、ましてや【アーハイム】のポロトロスを潰しただ?」
あり得ないね、と女は被りを振る。
「クソ真面目のお人好し……。でも、聞いた話だと彼は珍獣攫いを任されていたのよ? 実際、アタシの連れも彼のせいで巻き込まれたみたいだし……」
「だから、それはイーリーじゃないって。きっと人違いさ。あんたは知らないかもしれないけど、イーリーを知ってる奴なら誰に訊いたって笑われるさ」
女が嘘をついているようには見えなかった。
だから、グリムは混乱したのだ。
ラナイの言っていた情報とここで聞くイーリークラップというウサギの妖獣人はあまりにも違いすぎる。
「因みに聞くけど、あなた彼と最後に会ったのはいつ?」
「たしか……五、六年前だよ。その前のことは種火守をしてたことくらいで何にもわからないけど、その頃に一度だけここであいつを見かけたことがあったんだ」
そう言って不意に訝しげな表情を浮かべた女。
少し考えるような素振りをして、
「そういえば、その頃にあいつの親父さんがあいつを探してたから、ここで見たって教えたね」
と野次馬たちを見回した。
「イーリークラップの、お父さん?」
「ああ、そうさ。息子が置き手紙だけ残してどこか行っちまったって。だから、一応教えてやったんだ。イーリーならネズミ道で見たことあるよってさ」
「それで?」
「さあね。親父さんは今もここに通ってるみたいだから、あいつはまだ見つかってないんだろうとは思ってるよ」
言って女は、「けど、あんたの言うそいつじゃないよ。間違いない」と付け加えた。
すると、グリムは女の今までの発言に大きな矛盾を感じ、
「あのさ……イーリークラップが悪事を働くような子じゃないっていうんなら、"ここ"に来ることもないんじゃないの?」
そう女に指摘した。
そんなグリムの言葉に女は一瞬目を見開き、「たしかに、妙だね」と首を傾げた。
「言われてみればそうだよ。どうしてあの善人がこんなところに来ていたんだろう……」
そう言って傾げた首の角度を反対に倒し直すと、女は「もしかして、友達?」。
「友達? それがネズミ道にいたってこと?」
グリムが言うと、女は否定的に首を振った。
「いやもしかしたら、さ。実際にそういうところを見たことはないから、なんとも言えないね。けど、たしかあの時親父さんは、『息子が友達と』なんてこと言ってたような気がするからさ……」
「ってことは……」
グリムはハッとして呟き、「だったら、その"友達"がここに帰ってきたイーリークラップを匿う可能性があるかも?」。
「まあ、友達ならそうするだろうね。だけどそれがイーリークラップならさ。あんたの探してる奴はイーリーじゃないんだから、そいつを探しても意味はないと思うよ」
女の言葉にグリムは深く頷く。
「それは、承知の上よ。でも、もし間違っていたとしても今のアタシたちにはそれしか頼るところがないの。だから……少し時間が掛かってもいいから情報を集めて」
と、女にポケットから取り出した銀貨一枚を渡した。
手の平にそれを受け取った女は、一度銀貨へと視線を落とすと、すぐに握り締め「任せな」と口角を釣り上げた。
すると。
「俺もやるぜ!」
「俺もだ!」
「ウチもっ」
次々と野次馬がグリムに腕を伸ばす。
わらわらと、餌を欲しがるウシの舌のようにグリムという一点に収束するそれらからは、この時ばかりのやる気が滲み出ており、握ったり締めたりを繰り返す色とりどりの手の平が求めるものは明らかだ。
そんな野次馬共にグリムは、
「わかったわよ。じゃあ、イーリークラップについてはそこの女の人に聞いて。それでちゃんと情報を持ってきた子にはもう一枚銀貨をあげる」
そう言って時計回りに一人ずつ、銀貨一枚を握らせていった。
それが十人目、「これでおしまい」とグリムは他のニ、三の手は払い退けた。
「今銀貨を受け取った子たちに言うわ。アタシは明日またここへ来るから、その時に情報を聞かせて。無かったらまた次の日にも来るから、とにかく役に立つ情報を集めるように」
すると、どこからともなく「おうよ」だの「はいよ」だのとどことなく上の空な声が聞こえ、グリムはさらに「アタシが有力だと判断したら、もっといいものあげるわ」と念を押した。
それが聞こえて彼らがどう思ったのかは不明だが、そこから去っていく者共の背中が少し浮かれていたのだけは確かだ。
そうして騒動に一区切りつき、どっと押し寄せた疲労感にグリムは分厚い息を漏らした。
「大丈夫?」
イルルの気遣いにグリムは首を横に振る。
「さすがに疲れたわ。ありがとう、イルル」
「あたりきしゃりきくるまひき、ってなもんよ!」
そう言って、ドン、と胸を鳴らすイルル。
頼りにしてるわ、とグリムは笑みを浮かべた。
その時、
「おい、こいつ……"ワイア"じゃねえのかっ!?」
と、室内で死体の山を眺めていた男の妖獣人の独り言が薄暗い室内に響いた。
つられて視線を男に向ける二人。
「どうしたの?」
声を掛けると、男は死体の一つを指差しながら、
「間違いねえっ。こいつ、ワイアだ! ずっと見かけねえと思ったら、こんなとこで死んでたのか……」
そう言って言葉を失った。
「あの、ワイアって?」
声に反応したものの、男の視線は死体の一つに向けられたままだ。
「アホの酒飲みさ。いっつも酔っ払ってて、何度かノブ無しの部屋に転がり込みそうになってるとこを助けてやったよ……」
掠れたため息と共にそんなことを言うと、男は「そうか、お前……そうか」とまた独り言ともつかないことを呟いた。
落ち込んでいるように見えるその男に、グリムは「気の毒に……」と声を掛け、そして銀貨一枚をくたびれたコートのポケットに押し込んだ。
◯
二人が道を戻り目の当たりにしたそこは、イルルの"テルテル"が解けて、再び闇で満たされていた。
そんな足下も見えないほどの暗闇に一歩踏み出すなりイルルは「テルテル」と唱え始め、声に合わせて不自然にも風景が輪郭を得て形作られていく。
いずれ声が止み、早速と歩き出したのはイルルだ。
すると、その背中にグリムが「ちょっと」と声を掛ける。
「ここ、見てみて」
そう言って指差されたのは、明るい横道と暗い道の境目。
来る時には二人が気にしなかったその縁には、上下に二箇所、抉れて出来た窪みがある。
「もしかして、ロードが一枚だけ扉を壊したって……本当だったのかな……」
グリムが呟いた。
「ロード、って伝説のアリアスだっけ?」
イルルの質問にグリムは「そうよ」と。
「かの伝説ルトゥールの当事者で、五人のアリアス。
白狼"ウーリエ"、白竜"アインベール"、白鳥"ミシエル"、灰影"ドルバル"、そして通称ロードで白猿"ローディーカップ"。
とまあ、一応異名通りの姿だったってのが物語よね。
彼らがこの【アトニム】の人類の祖とされていて、妖獣人、妖鳥人、竜人なんてのは、大体そこから枝分かれしたってな感じで……」
覚えてるでしょうね。
とグリムはイルルに厳しい表情を向けた。
「まあ知ってるさ、そりゃね。グリムは厳しいからさ、そういうの……」
言ってイルルは、うんざりをハッキリと顔に浮かべた。
「あんたが妖精らしくないからでしょ。ったく」
そうして二人がネズミ道の出口まで近づくと、薄明るい穴の向こうからシルエットだけの狼頭と岩頭が顔を覗かせる。
おかえりなさい、とルールーウィップは安堵の息をつき、そして「大丈夫でしたか?」とグリムのそばにしゃがみ込んだ。
「大丈夫、って何が?」
グリムが訊くと、「さっきの爆発ですよ」と。
するとグリムは「あー、なるほどね」と小さく笑う。
「問題ないわ。大丈夫だった」
そんな返事にルールーウィップはまた安堵の息を漏らした。
それからルールーウィップとグリムは、互いにネズミ道の中と外で得た情報を交換し合い、イーリークラップについて符合する点を確認した。
一つは父ウィービークラップのこと、一つはイーリークラップが善人で種火守だったということ、そして彼は"友達"と呼ぶ何者かがいたこと。
導き出されたのは、「イーリークラップのその"友達"を探すのが先決ね」という結論だ。
だが、それとは別に気になることも増えていた。
それは、イーリークラップに何が起きたのか。
五年ほど前と現在とで、何かが違うイーリークラップ。
大人しく善人だった彼を変えたのが"友達"だとして、その人物は一体どんな人なのか。それを考えると、グリムとルールーウィップ二人の間には微弱な不穏の空気が漂った。
「けど、その人がイーリークラップさんを匿っている可能性は高そうですね」
「まあ、アタシもそう思う。だから、この際そいつが危ない奴かどうかなんて気にしても意味無いわ。目的を忘れないようにしなきゃ」
「アレさんを探す、ですね……」
ええ、とグリムが頷く。
そして何気なくラナイの方へ視線を移すと、それまで神妙な顔をしていたグリムの表情が突如崩れた。
「なによ、その顔っ!」
と吹き出すグリム。
つられてラナイを見上げたイルルは、その歪んだ表情に「オトコウメか!」。
二人が腹を抱えて笑う中、ルールーウィップは楽しげな雰囲気に頬を緩ませ、なぜ笑われているのかわからないラナイは依然その"オトコウメ顔"で二人を見つめていた。
そうして散々笑った後、グリムは「今戻してあげる」とラナイの表情をあっという間に元の無表情に戻してしまった。




