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ピープルインバスケット  作者: 扉野ギロ
ぐりむとれ
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ぐりむとれ 8

 耳につくのは金を打つ音、目につくのは金属をどこかしら身につけた人々。

 或いは鎧、或いは剣、或いは楽器。

 飼いならされた猛獣も馬も淡々と大荷物を運んで道を闊歩し、その脇を人々は歩いていく。


 そんな風景に【アーハイム】との差は感じない。

 強いて違いをいうなれば、それは彼らがよくよく立ち止まるということだ。

 

 この街の商店は、何を売っているにせよ大概においてその窓を通りに向けているため、覗き込めばそこで何を売っているのかが一目瞭然である。

 そういう街の構造が看板頼りの【アーハイム】とは違っていて、むしろここ【コルト】において看板は店を彩る意匠の一つと化している。


 例えば、衣類を扱う店の看板がなぜか野獣の姿を象っていたり、食事処にも関わらず人の顔が象られている、といった様子でだ。


 それは店の名前を取っても同じことがいえて、例えば【アーハイム】でパン屋の店名が"パン屋ガリガリネコ"といったように店のジャンルと店主そのものがモチーフだったりするのに対し、【コルト】では"愛すべきフワフワ"と窓を覗くまで何の店なのかも意味もわからない名前になっている。

 それが、不特定多数の人々が店の前で立ち止まるという風景を作り出しているのだ。


 だがその反面、この街で人に道を聞いたとしても答えを得られる可能性は低いという街としての欠点も存在する。

 自分の贔屓にしている店ならば別だが、看板も店名もよくわからない状況でそれを頭の片隅に覚えていたとしても何と符合しないからだ。


 だからだろう。

 足を止める人々こそ多いものの、どの店にも人が入っているということでもなく。

 

 そういう店では退屈そうに店主か従業員かわからない者がカウンターに肘をついているか、もしくは甲斐甲斐しく物言わぬ商品の並べ替えとか、もしくは掃除をしている。

 それでも、彼らの表情はそう不満げでもない。

 

「えっと、じゃあこのまん丸のやつ」


 と、イルルは"愛すべきフワフワ"が並べられたショーケースを指差す。


「かしこまりました。他にはございますか?」

「ルール―にはこの屋根みたいな形のがいいかな」

「かしこまりました」


 カウンターのガラス越しの応答の後、ショーケースの上にはまん丸と屋根型の"愛すべきフワフワ"が並べられた。

 据え付けの階段を上がり、早速とそれを手に取るイルル。

 受け取ったフワフワと交換に低純度のコンセキを幾つか並べた、が。


「申し訳ございません。当店ではコンセキでの購入をお断りさせていただいております」


 そう言って店員は小さく頭を下げた。

 すると、店員の対応に驚く様子もなく、「そっか」とイルルは別の金袋から高純度のコンセキを取り出す。


「これも?」

「それは……コンセキですよね?」


 もちろん、とイルルが頷く。


「申し訳ございません。確かに今のものよりは美しいようですが、それでも……」


 と、その発言でイルルはやっと驚きの声を上げた。


「これ、高純度のやつだよ? フワフワ二つに使ったらグリムに怒られるやつだよ?」

「申し訳ございません。あの、グラン銅貨一枚かコルト鉄貨二枚いただければそちらと交換させていただいておりますが……」

「どうかかこるとて……か?」


 その一言に突然空虚となったイルルは、再びまた別の金袋の中身を漁り「金色のじゃだめ?」と店員に呆けた顔を向けた。


「き、金貨は困ります。でも、銀貨なら釣り銭をお渡しできるかと……」


 店員の言葉にイルルは小さく唸り、「まあまあそう言うなよ」と伸ばしたその腕をルールーウィップが引き止める。


「銅貨なら私が持っています」


 そう言ってルールーウィップはイルルの代わりに銅貨を一枚カウンターの上に置き、「お役に立てて良かったです」とイルルに笑顔を向けた。

 そうしてまとめて一つの紙袋に入れられたパンを持って、三人は"愛すべきフワフワ"を出た。


 店から出るなり袋からパンを一つ取り出して口に頬張るイルル。


「よくわかんないんだけどさ。金貨だと何が悪いの?」


 とルールーウィップに袋を渡した。


「これが二つで銅貨一枚です。そして金貨一枚は銅貨千枚。

 もしイルルさんが金貨で支払いしたとして、そうするとお釣りが九百九十九枚の銅貨になってしまいます。すると、店に置いてある分の銅貨が足りなくなってしまうかもしれないわけです。

 大概、硬貨は金貨か銀貨に換金して物量を少なくしておくものですから」

「そういうもんなのか……」

「そうです。そういうものなのです」


 ルールーウィップの話に深く納得したイルルは、「うむ」と唸った。


「ところで、銅貨千枚……ってラナイとどっちが重い?」

「そうですねぇ……」


 考えること数秒、ルールーウィップが出した答えは「たぶんラナイさん百分の一くらいじゃないでしょうか?」。


「……ちょっと重そう?」

「そうですよね。だから、これから小さい買い物をする時は私が払いますよ」

「おー……なんかわりぃな」


 呟いてイルルは残り半分のパンに視線を落とした。

 

 小腹を満たし、それから三人は通行人に声を掛けながら適当に街を歩く。

 訊くべきことは二つ、アレとイーリークラップについてと学会の場所だ。

 道行く人数人にイルルが声を掛け、学会の場所についてはすぐに情報を得ることができたが、アレやイーリークラップについては誰も知らなかった。


「とにかく、学会まで行ってグリムと合流しようよ」


 と、それはイルルの提案で、三人は教えられた場所を調べるために街の案内板の前に立った。

 

【コルト】は【アーハイム】が四角、【ビッツ】が不定形なのに対し、円形をしている。

 その最大円周上に城壁が位置し、だんだんと円周を縮めた合計三本の主要道が街を廻り、そこを直線状の短い道が放射状に外と内で八本ずつ三本ある主要道を繋いでいて、そうやって道と道に囲まれて出来た区画に建物が立つ、というのが街の格好だ。 

 三本ある主要道には、外側から順に"外輪"、"中輪"、"内輪"と名付けられており、区画には一から十六番までの番号がふられていて、城壁と外輪の間にある巨大な空間は"零番"である。


 学会は、外輪と中輪の間にある十四区。

 目印は"縦に重なる三つの輪"の紋章だ。

 三人が今いる場所は案内板上赤い丸の描かれた十区で、十四区はその正反対の位置にある。

  

「うーん……」


 看板を見つめる三人の中、イルルが不意に唸った。


「どうしたんですか?」

「いや、さ。そういえばなんだけど……」

「はい。そういえば?」

「どうしてアレとうさ耳はここに来たのかな。だって、【アーハイム】から一番遠いのは【マッキンダム】だよ。それなのに、どうして途中の【コルト】で馬車を降りたんだろう……?」


 そんなことをイルルが言うと、ラナイが(なるほど……そういえば……)とひとり頷く。すると。


「私もそういえば、なんですけど。私、目が視えないのでウサギの妖獣人と変わった服装の女の子だと気付けないかもしれないんでした……」


 そう言ってルールーウィップが小さく「バカですね」と漏らす。


「だからその、できればアレさんとうさ耳さんのこともう少し教えてもらえませんか? 目ではわからないものでも、私なら匂いで特定できるかもしれません」

「おー、なるほど。っても匂いのヒントになりそうなものって例えば?」


「そうですねぇ……例えば、その人が特別身に着けていたものとか、何か変わったものの匂いを移しているとか……。牛とか羊によく触るみたいな、何か仕事柄のことです」


 聞いてまた「おー、なるほど」と頷くイルル。


「……どんな感じ?」


 とラナイを見つめたのは、イルルがアレとイーリークラップについて【アーハイム】のポロトロスを荒らしたことと、アレがラナイの連れであること、そして彼らの性別しか知らなかったからだ。

 

 それがわかっていて、ラナイが伝えたいことはいくらもあったが、文字で伝えるにしてもほとんど文字を理解していないイルルには難しいことだったし、ルールーウィップは盲目だ。

 結局、あぐねてラナイは肩をすくめた。

 するとイルルは「やっぱダメか」と同じく肩をすくめ、


「とりあえず今あたしがわかるのは、二人がポロトロスを荒らしたってことくらい。あとは仕事が何とか、どんな服装とかそういうのはわかんないや」


 そう言った。


「ポロトロス……なら、もしかして普段は見かけない野獣の香りを付けているかもしれませんね……。これから気を付けてみます」


 そして「グリムさんを探しましょう」と二人が歩き出したその時。

 イルルがぽつり「グリム?」と呟いた。

 声に反応してラナイとルールーウィップが周囲に気を取られていると、


「……もしかして、知り合いがいるんじゃない? アレはよくわからないけど、うさ耳の知り合いがここにいるってことないかな。ヤバい奴らに追われてるんだし、ここは武器とか防具とか強いし……」


 それは、暗中模索の人探しに一筋の光を差し込む革新的な意見だった。

 感動してラナイはイルルを指で弾き、ルールーウィップは「さすがです」と唸り、二人の歓喜を受けてイルルは照れくさそうに「まあよ」と笑う。

 

 それから、三人はどこか楽しげな雰囲気でとにかくとグリムを探しに向かった。

 

 外輪側十区から一番近い繋ぎの道を通り、そこから中輪に沿って時計回りに十四区へ入ると、そこは外輪よりも僅かに道幅が狭く、風が強めに吹く。

 目につくのは外輪からではあまり良く見えなかった煤けた煙突の数々。

 風を受けてそれらは、何か言いたげに小さく低く唸っている。


 そんな煙突たちの声のそばで客引きの声と金を打つ音がよく響き、雑踏は音に鼓舞されてどこか活気づいているように感じられ。

 その中を歩いていると、外輪の光景が妙に殺風景なものだったような印象に変わる。


 中輪を行く道すがら、ふとルールーウィップが足を止めることがあった。 

 イルルに理由を訊かれると、ルールーウィップは「ここは少し違うんです」と答えた。

 何が、と言われればそれは「高音域が」で。

 しかし調律に疎い二人には全く意味がわからなかった。


 そうして三人が再び外輪に出て、"縦に重なる三つの輪"を見つけたその時だ。


 突如鳴り響いたのは、歌声。

 何十という声が重なり、性別も何もわからないその歌声にはまるでパターンがなく。流れるように音階を変えていく様は、筆で無作為に描かれる流線型を思わせる。

 そういう意味でこれは、歌ではなく"詩"だ。


 不可視の何かが不特定多数の誰かに、歌詞も無いまま何事かを歌い聞かせている。

 日没近く赤色に染まった空の下でそれは、帰宅を告げているようでもあり。

 はたと足を止める通行人は皆、空でもなく行く先でもなく、音の鳴る方、街の中心を見つめていた。


 例外なく同じように街の中心方向を見つめる三人。

 そこに何の表情も浮かべず、ただ向こうを眺める様子にはどこか郷愁が含まれているように感じられる。 

 

 それが幾ばくか。

 不思議な歌が止むのと同時に周囲から様々な楽器の音色が鳴り始めた。

 今聴こえた歌をなぞるように奏でる旋律だったり、その続きを模索するかのような中途半端で玄人も素人も変わらないものだったりだ。


 それをきっかけに三人が再び視線を前方に向けたそこから、薄緑色のローブを纏った小さい人間が出てくる。


「グリム!」


 声を上げて、真っ先に駆け出すイルル。

 見つけた、とグリムに飛びつく。


「ちょっと……何よ、気持ち悪いわね」

「ったく、心配したぜ! 一人で心細かったでしょ?」

「は? なんでよ」


 そう言って訝しげな顔をするグリムを見つめ、一瞬沈黙して「まあ、いいけどよ!」とイルルは薄緑色のローブをきつく抱きしめた。


「気持ち悪いわね……って、まあそんなことはどうでもいいわ。あなたたち、よく迷わずにここまで来れたわね」

「イルルさんが連れてきてくれたんですよ。きっとグリムさんは学会にいるだろうからって」

「へー、イルルが道案内ねぇ……」


 不気味。

 と一言加えてグリムがイルルの方へ視線を送ると、


「グリム、それは?」


 イルルはローブのポケットから半分飛び出した丸まった紙を指差した。

 

「ああ、これは……ちょっとね。気になったから写しをもらったの」

「写しって何の?」


 首を傾げ、答えを欲するイルルに、グリムは「そんなことより」。


「酒場に行くわよ」

「おう、そろそろ飯時だしな!」

 

 そう言って力強く腹を叩いてみせるイルル。


「ま、それもついでに済ませましょう。でも、あくまでもついでよ。

 本来の目的は、アレを探すこと。忘れてないでしょうね?」


 グリムが眉をひそめて見つめると、イルルは得意げな表情を浮かべ、先程考えた"イーリークラップの知り合い"が【コルト】にいる可能性がある、という意見を伝えた。

 聞いてグリムの返事は「でしょうね」。


「だから、ガビッツについて訊いてみたわ。イーリークラップなんて個人名じゃ難しいと思ってね。そうしたら、ビンゴよ。

 ここのネズミ道、そのどこかにウサギの妖獣人がよく集まる酒場があるんですって。

【アーハイム】と違ってちょっと危ないところみたいだけど、だからガビッツみたいないかがわしい連中の情報も集まりやすいだろうってさ」


 だから早く行くわよ。

 そう言ったグリムの隣で、呆然とするイルル。

 それを少しだけ悲しげな目で見つめる二人をよそに、「ほら、早く」とグリムは先陣を切って歩いて行く。

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