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ピープルインバスケット  作者: 扉野ギロ
ぐりむとれ
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ぐりむとれ 9

 先頭をグリムに変えて、再び四人となった一行が進む街の外輪通りは、空が暗くなっていくのに合わせて徐々に様子を変えていった。

 

 暗く無表情だった街灯たちがぽつりぽつりとその表情を露わにし始め、それまで雑音の大半を占めていた荷車の車輪が鳴らす音が止んで、代わりに通りの真ん中を行く大勢の人々。

 その足音と小さな会話、それとそこら中で始まる楽器の音色が夜の外輪をざわつかせていく。

 

 たしかにそれも昼と夜の変化ではあったが、何よりも大きな変化は、それまで店が無かった場所に店が出来ているということだ。


 その正体、というと大袈裟だが、それらの多くは昼間退屈そうにしていた様々な種類の店で。

 通りに向けられた店の大窓は今やそれが照明代わりにと、通りにはみ出して作られた露店を背後から明るく照らしている。


 すると、それまで店の前で立ち止まってもそこへ入らずに素通りしていた人々の流れは、露店で声を張り上げる昼に退屈そうにしていた店主たちと向き合っての会話となり。

 並べられた商品たちは一つ、また一つと客の手に渡っていく。

  

「まったく、見事なものね」


 通りの真ん中を歩きながら、グリムがおかしなため息をもらしてそう言った。


「何が?」

「何がって、この"ニ面相"振りがよ。あんたたちも昼間ここを歩いたんなら、こんなじゃなかったことくらいわかってるでしょ?」


 通りを眺めグリムが振り返ると、イルルは「まあね」と同じく通りを見回した。


「【コルト】がこういう街の形式を取るようになったのは、アタシが生まれるよりも前だったらしいわ。

 こうなる前から武器と防具がここの活気の中心だったわけだけど、その半面、食事やら道具やらそういうものはあまり売れなかった。

 理由は、単に旅人の目的がそういう日用品になかったからってこともあるけど、ここにポロトロスは無いし、そもそも武器も防具も街の中で使うものじゃない。

 そういう意味で【コルト】に住むってことに利点がなかったのよ。


 それに、ここの武器と防具は質が良いからそれも災いしたのね。

 結局、使っていてもなかなか壊れないから、【コルト】を旅の拠点にしなくても次に立ち寄った時に整備できればそれで十分だった。

 あとは、鍛冶屋が一子相伝だってこともここが栄えづらかった一因。


 ってことで、ここは【アーハイム】ほどじゃないけど城壁に守られていて、大きな街でしかも自慢もあるのに、通過点としての利用しかされてこなかったの。

 でも、当時はそれで何の問題もなかった。

 皆自分たちの生活を考えていればよかったんだからね。けど。

 時間が経つに連れて生まれた"余裕"が、彼らを変えたの……」


「どんな風に?」


「つまり、"退屈"を覚えたのよ。それまでは、戦士が大勢いて……っていうか、その辺はあんたの分野ね」 

「知らんがな」

「即答するんじゃないっ。少しくらい考えなさいよ……ったく」


 言われて不満げに口を尖らせ、何やら考え事を始めたイルル。

 しかし答えはすぐには出ず、今の会話を忘れてグリムが露店の商品に気を引かれ始めた頃。

 イルルがふと口にしたのは、「三神」。


「神様のこと?」


 声に反応はしたが、手に持った古書から目を逸らさずに、グリムは「そうそう」と頷いた。

 

「正確には、彼らが居た頃ね。

 今じゃ信じるか信じないかってくらい廃れた昔話だけど、当時彼らが居たとされている頃は、今とは比較にならないほど野獣が多かったっていわれてる。

 実際証拠もたくさん残っているしね。


 だから、必然的に人間の生活は野獣との縄張り争いってところに収束していた。

 つまりそれが戦士中心の生活ってのに繋がるわけだ。

 

 それが変わるきっかけってのは特に無いんだけど、徐々に野獣と戦士の均衡は戦士側に寄り始めている。まあ、人間が野獣を圧倒しているってことよね。

 その証拠が、人間たちの余裕であり退屈の存在。


 戦う必要性がほとんど無くなって、次に人間はその退屈との共生が課題になった。

 そこで新たに生まれた戦士が音売りや画家、芸人……言ってみれば退屈と戦う戦士ね。

 彼らの出現によって、【コルト】は栄えるきっかけを得た。


 それまで風情程度にしか考えていなかった"竜の鼻歌"目当ての旅人が増え、そして彼らにはこの街に住む理由があったから、【コルト】には外人が増えた。

 同時に、新戦士たちじゃない一般の人々も生活の意匠に興味を持つようになっいて、そういう退屈しのぎにはどうしたって交換品が余計な分必要になって……。

 それで、よ。

 

 この街は、生活以上分の金品を得るために、昼は今まで通り中輪で武器、防具での商売を、夜はこうして昼に振るわない商店が荷車の通らなくなった大通りに向けて露店を出して商売をする形になったの。

 昼に中輪、夜に外輪。

 昼夜問わずに動き続けるこの街は、街の特徴的な形をもって"車輪の街"と呼ばれるようになった。ってわけ」


 そうしてグリムの話に一区切りつくまでラナイの表情が険しかったが、誰もその姿に気付くことはなかった。

 

 そして一行は、何事も無かったかのように外輪を逸れて零区へと入っていく。

 そこは今通ってきた道のような明るく騒がしい様子はなく、打って変わって静けさに満ちた暗い空間だ。

 

 その中で外輪の騒がしさは、まるで夜の山に響く遠吠えのように変わり、終わらないはずの祭りの後がそこにある。

 周囲に満ち満ちているのは、どれも似たように見える造りの建築物の壁。

 窓から漏れる明かりが唯一人の気配であり、それがなければこの零区は宛ら迷路だろう。

  

「それで? ネズミ道はどこなの?」


 イルルが建物の壁を指でなぞりながら言う。

 するとグリムは街灯のそばで立ち止まり、ポケットから一枚の紙切れを取り出して眺める。


「教えてもらったのはこの辺りでいいはずなんだけど……」


 グリムは、呟いて辺りを見回し「ルール―」を呼んだ。


「はい?」

「強い酒とウサギの香りを探せる?」

「なるほど……。わかりました」


 頷いてルールーウィップは「少し待ってください」と鼻を上げて辺りの匂いを嗅ぎ始めた。


「……こっちです」


 先頭をルールーウィップに変え、一行は入り組んだ建物の間を進む。

 どこもかしこも壁ばかりの零区、家の壁と広い敷地を囲む高い塀で出来た右も左も同じような風景を、ルールーウィップは初めてとは思えないほど迷いなく角を曲がって行った。


 それが十ニ回ほど、「この先です」とルールーウィップが足を止めたのは、通り過ぎてきたどの壁よりも高い壁の前だ。

 三人の視線の先には、薄暗い中でぽっかりと口を開けた真っ黒な穴があるが、それはラナイとルールーウィップが入るにはあまりにも小さい。


「……ここ、か」  

「ルール―、すごいね。あたしには全然わかんないや」

「ふふっ。お役に立てて嬉しいです」


 ルールーウィップとイルルが仰々しい握手を交わしていると、


「後はアタシとイルルで行ってくるわ。あなたたちはここで待ってて」


 とグリムはラナイとルールーウィップを交互に見つめた。

 そして狭い穴の縁に手を掛け、振り返る。


「何かあったら、その時はよろしく」


          ◯


 ラナイ、ルールーウィップと別れ。二人が進むのは、真っ先にカビ臭さが鼻を突く湿った空気に満ちた場所。

 外から見た通り真っ黒なそこでは、手持ちのランタンの明かりに照らされている部分だけが確かで、それ以外は不確かだ。

 耳の奥で張り付くような僅かな破裂音、同時に靴底が固い何かを叩く音が響き、行先からは吹く向かい風がすぐ近くの環境音を阻まない程度に奇妙な雑音を運んでくる。


「ランタンの明かりじゃ全然足りないわね……。なんとかできない?」 

「なんとかって?」

「そうねえ……少なくとも現状が把握できる程度に。かな」


 ランタンの光に洗い流された闇から顔を覗かせ、薄緑色の瞳をギョロギョロさせながらグリムが言うと、暗い空洞内には「オッケー」とイルルの声がハッキリと響く。

 それを追って風の音とも足音ともつかない不思議な囁きが空間に満ち始めた。


――テルテルテル……


 と、それはイルルの声。

 その微かな声が空洞の壁を這う何か靄のように流れていくと、周囲は朝日の端で姿を現す風景が如く輪郭を露わにしていき。だが、そこに光源らしい光源は見当たらない。

 まるで空間そのものが呼ばれて出て来たかのように、じわりとそこに風景を晒したのだ。  

「あんまし長くは保たないよ。それと、あたしから離れすぎても効果が失くなるから」

「ってことは、向こうから見てる人には見えないってこと?」


 するとイルルは両手に握り締めていた杖をグリムの手元に向ける。


「それが点いてなければね」


 言われると、あっ、と声を漏らしグリムはランタンの明かりを消した。


「消す意味ある?」

「え? あー……無いわね」


 と再びグリムはランタンを振って明かりを点ける。


 そうして二人が歩く道は、所謂洞穴ではなく、きちんと整備された"道"だった。

 両手を伸ばして小人二人分程度の狭い道だ。

 両側と天上と、ひと繋ぎのアーチ状に造られていて、そこらじゅう角の取れたレンガが敷き詰められているそのところどころでカビらしい黒ずんだものがこびり付いている。

 足を一歩踏み込む毎に耳の奥で爆ぜたのは、足下に薄く満たされた水で、それは二人が下りてきた階段の一段目の小さな隙間の向こうへと吸い込まれていく様子が見て取れた。

 

「何に使われていた道かしら……」


 よく見えるようになった道を進みながら、グリムが呟く。


「何って、ネズミ道でしょ?」

「まあ、そうなんだけど……なんだか、再利用って感じが……」

「再利用?」

「そう。元々は違う何かで、そこをネズミ道として使ってるってそんな気がしない?」

「わかんない」


 そんなイルルの返事に、グリムは「あれとか」と壁の中途半端なところに空いた拳一つ分くらいの穴を指差した。


「何のための穴だろう……?」

「ネズミの穴じゃない?」

「だったら小さすぎるでしょ。それなら最低でもあんたの肩幅くらいはあるはずよ」

「ふーん……。そうだったかな」

「そうよ」


 グリムが近付いてみたその穴の先は、イルルがそばにいても先が見えないほど暗い。

 それから二人が明かりの漏れる横道を見つけるまでに、その穴は幾つか見つかった。

 その間グリムはその穴のことについて色々と考えを巡らせたが、結局答えは出せないまま。


 そして二人は熱光石の明かりで満たされた、酒と食べ物と木の香り、それから人々のざわめきが溢れる横道へと入って行った。


 そこは、グリムが聞いたとおりウサギの妖獣人が多い。

 他にはネズミの妖獣人やネコの妖獣人、混血とみられる肌の色が緑色や灰色の人なんかも少なからずいて、皆一様に小人である。


 彼らの何人かは足下が濡れていようがお構いなしに床に腰を下ろし、何やら雑談を交わしていたり。

 狭い道で彼らの存在は障害でしかないが、ここを利用する者は慣れているのか、特に挨拶をするでもなくそういう人々を平気で跨いで壁に見える扉の向こうへと消えていく。

   

「予想はしていたけど……ねえ……」


 と、グリムはローブのフードを口元に寄せたが、イルルは平然としている。


「【アーハイム】のネズミ道とはちょっと雰囲気が違うね。こっちの方が悪っぽい感じがする」

「悪っぽい、ね。イルルにしては的確な物言いじゃない」

「ありがと」

「【アーハイム】じゃ、わざわざこんな風に振る舞わなくてもいいことばっかだからね。まあ、仕方ないのかもしれないわ」


 どことなく呆れたようにそう言って、グリムが道の邪魔になっているウサギの妖獣人の脇を抜けていこうとすると、


「ちょっと待ちな」


 そのウサギの妖獣人の女は、二人を呼び止めた。

 何よ、とグリムが応える。


「見ない顔だね。どこ行くつもりだい?」

「ちょっとそこまで、よ」


 グリムが言うと、ウサギの妖獣人の女は「ハハッ」と軽快に笑い、「つれないこと言うなよ」。


「新参者だろ? だったらウチが案内してやるよ。ここを歩くのはちょっとコツがいるからさ」

「コツ?」

「そうだよ。そこ見りゃわかるけど、ここの店はどこも看板が無いのさ。だから、開けてみるまで中がわからない。そして、一度入ったら店の用が済むまでは帰してもらえないよ」


 そう言ってウサギの妖獣人の女はニヤついた顔でグリムを見上げた。


「そんなの無視するから問題ないわ」

「随分気の強い女だね。あんた、何の人間だ?」

「そんなの関係ないでしょ」


 さ、行くわよ。

 グリムはイルルを促し、ウサギの妖獣人の女に背を向けて奥へと進んだ。

 すると、その背中に聞こえたのは、「どうなっても知らないよ」という言葉。


 それにグリムは「バカバカしい」と頭を振り、等間隔に据えられた木の扉の前を通り過ぎて行く――。

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