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ピープルインバスケット  作者: 扉野ギロ
ぐりむとれ
20/106

ぐりむとれ 7

 一行が【コルト】の城壁を目の当たりにしたのは、深夜。

 残り一日半の道のりを休まず進んだことで、半日分を繰り上げての到着だった。

 

 これほどまでに人里を欲したのは、グリムにとって初めてだった。

 だが、その理由が未知のキノコに向けられた恐怖心だとは本人もまだ理解できていない。

 頭に浮かぶ"逃げるべき"という一つの意見が他の三人とは違っていて、そういう平静と焦燥のギャップによって混乱していたのだ。

 

 自分が正しいのか、平静とした三人が正しいのか。

 精神を体力に凌駕されたその時までずっと、そんな考え事がグリムを占領していた。


 疲労困憊の中、ようやく辿り着いたその門は閉ざされていた。

 巨大な門の両端に二点灯された明かりが心もとなく淋しげで、しかし当たり前のようでもあって。

 それを目の当たりにしてやっとグリムは焦燥を忘れた。


 街の外周を囲む細い堀の水の流れる音がとろとろと鳴り、時折強く吹く風に草が揺れてザワザワと。

 まるで何に焦っているのかといわんばかりにざわつくグリムの心を一時に洗い流していったのだ。

 だが、それでもグリムの緊張が簡単に解けるようなことはなく。


「もう、何も感じない……わよね?」


 四足状態のラナイの背の上でグリムが誰となく呟く。


「ええ、随分前から何も感じませんし。だからきっと、逃げ切れたんだと思います」


 ルールーウィップが言うと、グリムは「そうよね」と呆けたような声を空に放った。


「大丈夫ですか?」

「……まあ。そもそもアタシたちが何をされたってわけでもないわ」

「……そうですね」


 ふぅ、と息を吐いてそしてルールーウィップは、「それで、これからどうしますか?」とグリムに顔を向けた。


「門が閉まっているから、朝までここで待つしかないわね」


 そう言ってグリムは周囲を見回し、一言「何も起きなければいいけど……」と呟いた。


          ◯


 静かな夜は静かなまま帳を上げ、朝日が門に付けられた微かな明かりを掻き消した。

 それから一時間後、【コルト】の街を守る二枚扉の大門が豪快な音を立ててゆっくりと開き、外気をたっぷりと吸い込む。

 そんな街の大あくびにつられて、グリムも大口を開けて息を吸い込んだ。


 微かに漏れた声にまず目を覚ましたのは、イルルだ。

 イルルはラナイの足の間でむくりと体を起こし、眠気眼を擦りながら「おはよう」と唸った。


「もしかして、ほんとに眠らなかったの?」

「野宿は苦手なの。知ってるでしょ」


 グリムの言葉にイルルが「ふーん」と適当に返事をした。

 そして背伸びがてらに辺りを見回し、「いつの間にかゴールしてる」と笑う。

 相変わらずのイルルの様子に肩の力を抜き、それからグリムはラナイとルールーウィップを起こした。


 四人が門の前に立つと、昨日の街の予熱が感じられた。

 その熱に乗って漂ってくるのは、鉄の香りだ。

 だから、この街を歩く者はもれなく鎧兜を纏う気分を錯覚させられてしまう。

 それがいつから続いているのか、街に冠された紋章が"鎧"であることからも明らかだ。


 この街の名は【コルト】。

 主な産業は武器、防具の製造であり、他の街に比べて鍛冶屋の割合が圧倒的に多く。

 それ故にここで売られている武器、防具の質が高品質であることはいうまでもない。


 そんな武器、防具の品質を保つのは、世界各地から持ち込まれる石たちの他に、輪の内側に背を向けて立つ街の門から一直線上遠くにそびえる巨大な鉱山【コルト山】だ。

 採れるのは主に鉄鉱石と熱光石、それとここでしか採れない"粘石"であり、吹き下ろす冷たい風は年中熱を帯びている街の熱い空気を冷ましてもくれ。

 街の門が【コルト山】に向けられているのはそのためだとされる。


 そうして吹き込む風は熱を吹き飛ばす以外の特殊な効果も生み出していて、それは"音楽"である。


 鍛冶屋の数だけある煙突と街中にある熱い金属たちが吹き込む風とその冷気によって鳴り、街では一日に数回、自然の作り出す無小節のメロディーがこだまする。

 一日として同じではないとされるそのメロディーは通称"竜の鼻歌"と呼ばれ、その神秘さに惹かれて【コルト】の街には多くの音楽家も住み着くようになった。


 それ故に生まれた副産物が楽器の製造で、これは現在の【コルト】において新たな主要産業と成り代わろうとしている。


「ま、時代の流れよね。今時そういう血なまぐさいのとかけ離れていても生活できるわけだし」


 朝早く、人気の無い街。

 通りの脇にある楽器屋の窓から透けて見える金属楽器を横目にグリムはそう言った。


「ち、血なまぐさい……」


 その一言にショックを受けたルールーウィップが、呟いて自身の体の匂いを嗅ぐ。


「いや、そういう意味じゃないわよ……印象の話。

 昔は。っても今もだけど、大概は野獣と人の関わりがあって、そういう戦士みたいな人と関わるようにして仕事があったのよ。でも、今はそれも少しずつ変わってきている。

 音楽とか絵とか、どちらかというと戦士たちを取り込むようなことを生業にする人が増えてきたのね。

 つまりそれって、余裕が出来たってことじゃない」

「余裕、ですか?」


 訊いてルールーウィップが小首を傾げる。


「そう。そもそも人間が野獣と戦う理由……っていうと。ルール―、あなたが一番理解しているんじゃない?」 

「私が……?」


 呟いて数秒、「自分たちを守るため、ですか……?」


「随分清潔感なこというのね。まあ、あなたがそういうならそうなんだろうけど。アタシはそういうのってただの縄張り争いだと思うわ」

「縄張り争い……。確かに、その方がしっくりくるかも……」

「そう? ありがとう」

「ええ。そういえばですけど、兄もそんなこと言っていました。『いいかい、ルルウィ。野獣は敵じゃない。彼らはただ自由なんだ。だから、僕たちは守るんだよ』ってそんな風に……」


 なんだか懐かしいですね。

 と、ルールーウィップがクスクスと笑う。


「きっと兄は、グリムさんの言うみたいに自分たちの決めたもの……つまり縄張りみたいなものを守るって意味でそう言っていたのでしょう。ひとのものは"人"のもの、野獣には人間の作り出したルールなんて関係ないですもんね」


 ルールーウィップの意見を聞いて、グリムは「たぶんね」と肩をすくめた。すると。


「さすがは年寄り」


 イルルが口を挟む。


「あ、あんたもでしょっ。いっつも人のことばっか言って……。むしろ、生きてる年月考えればあんたの方が年上じゃない」

 

 グリムが言うと、イルルはそれを「フッ」と鼻で笑う。


「バカめ。妖精は奇跡なんだぜ? 風が死なない限り、あたしは死なん……」 

「だから、なんなのよ……」

「あたしは初めから生きてねえってこと。だから、年取ったとかそゆのは関係ないの」

「……屁理屈。じゃあ、学習能力が低いのもそのせいね」

「あー! 頭の悪さを言うなよ! それは個体差だ! 差別だ!」

「妖精が今さらそんなこと声高に言わないでよ。それに、頭悪いのは差別なんかじゃないわ。ただの怠慢で自業自得よ。百年以上も生きてるんだから、それくらい責任もってやりなさいっての」


 言ってグリムが勝利の拳ないし手の平を肩のところでひらひらさせると、イルルは「ちくしょう、インテリめ!」と憤慨した。

 そんなイルルを「まあまあ」となだめ、そしてルールーウィップは、「それで余裕が出来たっていうのは?」と顔をグリムの方へ向けた。


「戦士が十分に繁栄して、それに従事しなくてもよくなってきているってことよ。コンセキを食事に取り込むことが少なくなってきているっていうのがその証拠ね」


 何気なく言ったグリムの言葉に、ルールーウィップが驚愕して「えっ」声を漏らす。


「コ、コンセキってもう食べられてないんですか……」

「いや、完全にってわけでもないわよ。今時の子供はもうあんまり食べなくなってるって話を換金所の人に聞いたの。大概の人は街の中で生活してその街で一生を終えるから、問題なくなったってことよ」

「でも、それじゃあ野獣に襲われた時に対処の仕様がありませんよ? 強くならなきゃ自分の身を自分で守ることもできないじゃないですか……」


 ルールーウィップは眉をしかめ、深刻そうに唸る。


「そりゃ、あなたは牧畜をやってるからね。

 今時は子供も大人も、守るのは力によってじゃなくて仕事そのものでなの。

 グラン硬貨も普及してきているし、あなたたちみたいな食を確保してくれる人たちも大勢いる。


 アリアスならまだしも、普通の人間は今や戦闘力なんてあっても使い所がないものなのよ。その余裕が、戦士とはかけ離れた職業を生み出していて。それが音楽だし、絵だし、防御力を無視した意匠性特化の衣服ってわけ……。

 そういう意味じゃ、アタシみたいな学者連中はその先駆けってことよね」

 

 ふーんと鼻を鳴らし、グリムはひとり何かに納得したようにコクコクと頷いた。

 すると、


「随分頭が低いこと言うね、グリム。君も少しは大人になったんだねぇ……」

  

 そう言ってイルルがグリムの肩を抱く。


「でもさ、学者は音楽家とかとは違うよ。

 世の中は皆がみんなアリアスってわけじゃないから、グリムみたいなインテリは脳筋の戦士たちにとっては重要な知能だもん」


 だからまあ落ち込むなよ。

 そんな励ましをグリムに投げかけたイルル。

 グリムは一瞬目を見開いて驚いたような顔をし、そして「まさかあんたからそんなこと言われるとはね」とはにかんだ。


 それから四人がまず初めに向かったのは、宿屋だ。

 四人とも【コルト】に来るのは初めてだったが、街の入口には親切な大看板が設置されており、さらに親切なことに宿と換金所の位置に印まで付けられていたため、そこへ行くのに道に迷うことはなかった。


 宿屋に着くと、そこの主人が寝癖頭のまま入り口周りを掃いていた。

 招き入れられ、取った部屋は二部屋。

 宿泊日数は、とりあえず一ヶ月とした。

【アーハイム】でアレとイーリークラップの情報を得た期間から計算した日数だ。

 

 充てがわれた部屋は、三階建の建物の最上階その北側の二部屋。

 隣同士の一つにはルールーウィップが一人で、もう一つには残りの三人が入ることになった。

 

「時間は特に決めてないから、目が覚めたらとりあえず部屋に来て。それからのことはその時に考えましょう。とにかく今は体を休めて」


 別れ際グリムはルールーウィップにそう言った。だが。

 休めと言った張本人は部屋の隅に荷物を置いてすぐ、「ちょっと出掛けてくるわね」と一言残して開けっ放しの扉を抜けて行った。


 ラナイはその行く先を尋ねようと口を開いたが、出てきた音は「ど」と「く」だけで、それはグリムの耳に届く間もなくイルルの「いってらっしゃい」に掻き消された。


          ◯


 椅子に腰掛けたまま気が付けば眠っていたラナイを起こしたのは、窓から差し込む熱い陽の光だった。

 なかなかに熱い陽光に照らされてラナイの体は、パチ、パチ、と小気味良い音を立てていた。


 奇妙なその音に耳を澄まし、ふと向けたベッドへの視線。

 大きすぎるベッドの真ん中に出来ているのは"点"が一つだけで、この間そこにあった"大"の字が抜けていた。


(グリム……まだ戻ってきてないのか)

 

 気付いて狭い室内を意味もなく見回し、そしてラナイはそっとイルルを揺り起こそうとした。

 が。敢えなくそれは振り払われる。

 二度目も、同じだった。

 ラナイが呆れて小さなため息を漏らしたその時、分厚い木の扉が鈍くコツコツと鳴った。


『グリムさん、起きていますか?』


 返事のしようがないラナイが、イルルを起こすのを諦めて扉を開くとそこにルールーウィップが立っている。


「ラナイさん、おはようございます。グリムさんは……」


 言いながらルールーウィップは耳をぴくりとさせ、「寝息が一つ分……イルルさんですね」とラナイに顔を向けた。

 ラナイはルールーウィップの肩を一回叩く。 

 続く「どこへ?」の言葉には二回叩いた。

 するとルールーウィップは、「イルルさんは知っているでしょうか」と言って、室内に呼びかける。


 ラナイは、ルールーウィップの肩を二回叩いた。


「なるほど。まあ……なんとなくわかります」


 じゃあ目を覚ますまで待ちましょう、と。それは三時間に及んだ。

 もしそこでイルルの目覚めを待つのがただの人であったなら、とっくにしびれを切らして無理に彼女を起こしているか、それとも部屋から出て行ったか。

 しかし二人は何も語らずそこに居続けた。


 降り注ぐ陽光に窓が、キリ、と鳴り、熱くなった木製の床がゆっくりと息を吐き出して木の香りを漂わせ。

 ガラスを通して聞こえてくる外の喧騒と音楽、金を打つ音がどこか遠くに感じ、何気ないその一室はまるで過去に取り残されたように妙な色を帯びていた。


 窓辺の椅子に腰掛けているラナイは陽の光に霞み朧げで、ベッドの脇に腰を下ろすルールーウィップは体の半分だけを影に覆われて人形が如く。

 そんなすぐ消えてしまいそうな無音の色は、案の定イルルの背伸びとその時に漏れた微かな呻き声で不意に消え去った。


「おはよう、イルルさん」


 時計仕掛けのカラクリが動き出すように、思い出したかのような唐突さでルールーウィップが動き出す。


「ンー。今何時?」


 訊かれてルールーウィップは「どうでしょう……」と首を傾げた。

 すると、窓の方を見つめてイルルが「あちゃー」と不躾に頭を掻く。


「もう夕方近いじゃん……って、グリムはまだお出掛けか。もしかして、道に迷ってるのかな」

「あり得ますか?」

「うーん……無いか。じゃあ、久々のお友達との会話が弾んでるのかも」

「お友達? ところで、グリムさんがどこへ行ったかイルルさんはわかるのですか?」


 ルールーウィップが言うと、


「"学会"だよ。たぶん、キノコのこと言いに行ったんでしょ」


 イルルは窓の縁によじ登って窓を開け放った。

 途端に流れ込んでくるぬるい風と鉄の香り。


「学会、というのは?」

「グリムみたいな偏屈の引きこもりが集まってるインテリ集団。基本的に口下手なくせに得意分野の話になるとうるさい暇な年寄りみたいな人たちなの。

 そんで、やけに危険に敏感で臆病でしょ? ほんで皆だらしない」

「い、いや聞きたいのは彼らの人柄でなく、その学会が何をする集団なのか……なんですが……」


 ルールーウィップが申し訳なさそうに言うと、イルルは「"見聞録"の制作機関だよ」と答えた。


「見聞録……なるほど。いつも利用するだけで誰が書いているかなんて気にしてませんでしたが、そうだったんですね」


 言ってルールーウィップはまた「なるほど」と頷いて、イルルは「そゆこと」と頷き返した。 

 

「で、あたしはグリムを探しに行くけど。二人はどうすんの?」


 イルルが言うと、ルールーウィップは「私も行きます」とすぐに答えた。

 ラナイも続いて「お……く……」とイルルと自分を交互に指差した。


「オッケー。じゃあ、ついでにアレとうさ耳のことも聞いて回ろうぜ」


 そうしてイルル先導の下、三人は【コルト】の街へと繰り出す。

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