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あれとれ 2

 まず、そこには大いなる樹の切り株があった。

 どこから吸い上げているのかそれは水を吸い続けるが、成長することはなく。いずれ吸い上げられた水は切り株の頂上に溢れ出した。

 溢れ出した水はすぐに頂上を覆うほどになったが、それでも切り株は水を吸い上げるのを止めなかった。


 そうして底から次々と押し上げてくる水は頂上を覆う水溜まりを外へ外へと押し出し、そこにはとめどない波紋が生まれた。


 時は流れ、切り株の頂上には幾つもに増えた水の出口が増えると、そこから立つ波紋がぶつかり合うようにり、爆ぜる飛沫は一粒となって空を得た。

 

 ひと繋ぎの存在から飛び出し、それらは一粒の身軽さを知った。だからこそ、空の高いところを目指して飛んでいく。

 隣には何もおらず、己がための空間があり。

 水粒どもは自由を遊んだが、それも束の間。空で水粒一粒が生きるのに長くは持たなかった。

  

 それらは一粒では何も出来ないということに気づいたのだ。

 結局、水粒らは永らえるために再び繋がりを持つようになった。

 だが、空で集まったあれらは切り株と接した状態とは違った形と変わった。


 雲だ。

 そして雲はいつの間にか形を成し、自らを【オウモ】と名乗った。


 一粒ではなく【オウモ】であるそれは強く結びつき、一粒の時とは比べ物にならないほど激しく空を駆け。

 するとそこには風が起き、風は飛沫と共にそこら中に満ちていた"熱"を狂わせた。


 水粒と混ざり合って熱は形を成し、我【イグナス】を生んだ。

 まったく不思議なことに、我には空を飛ぶことができなかったが、【オウモ】には無い太く強固な脚があった。

 

 我は思うまま、水溜りの中を駆けた。

 そうして我が切り株を踏みしめたことで水の出口が潰れ、少しずつ溢れ出る水量は減って波紋の数も少なくなっていく。

 いずれ乾き、切り株の頂上には水溜りとそうでない部分とで分かれた場所が浮かび上がった。

 

 その露出した切り株のそこは"地"と区別した。乾いた地はそして範囲を増し、大地となった。

 それがある日、乾いて柔を失った大地は我が足踏みによって割れ、そこに頂上で溜まっていた水のほとんどが流れ込んだ。

 その時だった。


 我は切り株の裂け目へと落ち行く悲鳴を耳にした。

 それまでいるとも思わなかった他の何かの声だ。

 

 我が駆けるのを止めると、一度切り株の中へと落ちたものが裂け目から顔を出し、自らを【エルオム】と名乗った。

  

 その内空から【オウモ】が顔を覗かせ、我らは初めて顔を合わせることとなる。

 我らは"竜"だと、そこで気付くのだが。同じ竜でもそれぞれに特徴が違い、姿形に至ってはまるで似てもいなかった。

 

 その時に気付いたことがもう一つ。

 それは、我らが一堂に会すると長くは持たないということだ。


 これを知って、我らは三匹それぞれに住み分けをすることにした。


【オウモ】は空を、

 我【イグナス】は大地を、

【エルオム】は切り株の中を、自由に駆け回ることを約束したのだ。


 それからまた幾年月が流れ、我らの後を追ってそれぞれ特徴の違う異変が生じた。


 小さく、馬鹿なそれらを我らは"生命"と呼び、生命は我らの領域を彩っていった。

 馬鹿で可愛い奴らよ。わらわらと蠢く奴らを時折観察するようになったが、それはいつからか駆けることに次ぐ愉しみとなっていた。


 聞けば他の二匹も我と同じだと言う。

 どの領域でも同じ我らの後を追って現れる小さく馬鹿な生命たち。奴らはそれぞれの領域で似た特徴を持っていた。 

 奴らが似る原因が住む場所にあることを知り、我らは我らの領域とそれぞれの後に現れる生命にも名を付け、区別することにした。

  

【オウモ】がいる空を"天上界"、追って現れるのは"鳥"。

【イグナス】である我が大地を"地上界"、追って現れるのは"獣"。

【エルオム】がいる大地の中を"地下界"、追って現れるのは"草"。


 それを三世界と呼び、そこを籠として生命は育っていったのだ。

 いずれ、


 天上界の生命には、大きさ。

 地上界の生命には、賢さ。

 地上界の生命には、丈夫さ、と特徴を大きくしていった。

 

 時が経つに連れて全ての生命には知恵が芽生えたが、どうしてか地下界の草どもは頭の悪いままだった。

 それ故、草どもは我らの取り決めた住み分けをいつまでも理解せず、挙句最もそばにある地上界に侵食を始めたのだ。


 その光景は、切り株から溢れ出る水のそれを彷彿とさせ、我にとっては懐かしい光景だった。

 そして我は気づいたのだ。

 地下界と地上界、住む領域も特徴も違うあれらは、互いに存在し得るということに。


 一度顔を合わせたきり、空や切り株の中にあれらを見かけることはあっても、二度と一堂に会することは無かったが、草や獣を見ているとふと他の二匹とも共生できるのではないかと思うようになった。

 だが、それは独りよがりだったのだ。


 いずれ大地を歩く獣どもは、領域を踏み越えて大地を占領せんと増える草どもに怒りを覚え、草どもを食らい駆除を始めた。


 今思えば、それこそ"ルトゥール"の始まりともいえる衝突だったのかもしれぬ。


 そうして幾らも経たぬ内、勢い凄まじい侵食によって大地には草どもがいることが当たり前となり、水と獣どもの死骸で出来た"土"の二色の風景は、色とりどりの摩訶不思議なものへと変わっていった。

 

 生命の彩り、それが正しく色を得て美しく変わったものだが、同時に我は違和感を覚えてもいた。


 原因はというと、それは獣どもの考えるのと同じく、草どもの侵食が勢い凄まじいことにある。

 始めこそ地下界より這い出るだけだった草どもが、どうしてか尽きること無く、繁栄すらしているように見えたのだ。


 間もなく、草どもは大地一帯を覆い尽くし。

 一方的に奴らを食らっていた獣どもも、その頃には草どもへの執着を収め無駄に食らうことを止めた。

 

 だが、一度芽生えた違和感は拭えぬもの。

 草どもの凄まじい繁栄力の根源、それがどうしてあり得るのか我は考え、そして答えを見つけ出した。


 考えてみれば単純なことだった。


 あれらも食っていたのだ。

 しかし、それは生きた獣ではなく、死した獣どもをだ。

 土を。

 あの繁栄する草は、土を食らっていたのだ。


 おそらく、先の衝突の時にはすでにそうしていたのだろう。

 あれらは口も目も頭すら持たぬというのに、"食らう"ということだけは知っていた。


 我が後に続く獣どもの血気盛んなことを嘲笑うかのように、草どもは静かに獣どもの死を待ち、食らう。

 しかし、それが自分たちにとって不都合でないことを獣どもはすぐに理解した。

 

 とはいえ草どもの繁殖力は衰えぬ。

 だから獣どもは、あくまで管理の範囲で草を食らうようになった。

 だから"無駄に"食らわなくなった、とそういうことだ。


 そこにあるものこそ、"共生"の形であろう。

 我ら三竜には成さなかったことを、我らの後に続くあれらは成したのだ。

 

【オウモ】は天上界から、【エルオム】は地下界から、地上界で起きた共生を知り、惹かれたのだろう。

 二匹の行動にも変化が起きた。


 覚えている限り、

【オウモ】は天上界に住む生命らのすぐそばにいるようになり、

【エルオム】は特に共生ということを知ろうとその末を模索するようになった。


 いずれ我ら三竜は口すらも利かぬようになり、あの顔を見かけることもなくなった。

 つまり【アトニム】というのは、我らの取り決めではなく、地上界の獣どもが名付けたもの。

 異変が生んだその形なのだ――。


          ◯


 一頻り話を聞いて、白い人型は「ふーん」と適当に相槌を打った。


「それで、お前は? 他の二人はわかったけどさ。お前にはどんな変化があったんだ?」

「我は、以前より何も変わってはおらぬ。変わらず共生を拒み、ここにいる」

「憧れたのにか? どうして」


 白い人型が何気なくそう質問すると、ドラゴン"イグナス"は強く喉を鳴らした。


「我は見たのだ。共生というものの先にあるその凶暴性を……」

「共生が、凶暴? 何があった?」


――ルトゥール


「ルトゥール……さっきも言ってたな。獣たちと草たちの衝突がその始まりだった、って」

「いつの日からか、最早大地の環境にも興味を持たなくなっていた我の前に、突如姿を現した者どもがいた……」


 どこか興奮したような、そんな危なっかしい声を漏らしたイグナスの雰囲気に、白い人型はその"突如姿を現した者ども"を察した。

 

「アリアス、か……」

「あれが、我らを襲う理由。それこそがルトゥールだったのだ。

 奴らが何を求めているのか、それは何度戦おうともそれは解決されぬまま。

 ただそれを"ルトゥール"だと、そればかりを主張して我らは最早翻弄されるに近い形で削られている……だが……」


 とイグナスは口角を釣り上げた。

 するとその端の隙間から覗く鋭い牙の奥からは蒸気が漏れて、続く喉の唸りはまるで笑いを堪えているかのような異様なリズムを刻む。

 

 そしてイグナスは不意に頭を上げ、何を見つめているのか、陽光に照らされる向こう側へと顔を向けた。 

 釣られて白い人型もそっちに視線を送ったが、そこはやはり穏やかな森のようで、不思議に思った白い人型は「どうかしたのか?」と、再びイグナスを見上げた。


「……来おった……」

「来た?」


 何が、と白い人型が言ったが声は届かず。

 イグナスの釣り上がった口は裂け、半分開いた口からは大量の濃い蒸気と熱が溢れ出していた。

  

 するとイグナスは、そのニヤついた顔を白い人型に向ける。


「異様の者よ、我の"目"を連れて行け。"あれ"に世界を見せるのだ。それを我は糧としようぞ……」


 言って、イグナスは唸るように笑った。


「目、って何だ? そこにあるじゃないか、一応」

「あれはこの山にいる、連れてこの山を下りよ。ここは今から……」


 死地と化す。


 そう聞こえた時、イグナスは日差しに向かって立ち上がっていた。

 呆然と白い人型が見上げる場所にもう顔はなく、その代わりにイグナスの腹の模様が横切っていった。


 ズシン、ズシン、と強い足音が鳴る度に足下の石が腰の辺りまで跳ね、それに合わせて白い人型も直立のまま跳ねた。

 そこを大木を束にしても足りないくらいの太い足が通り過ぎ、白い人型がそれを追った目線、股の下なのか洞窟なのか、狭く小さくなった日差しの中に、人の影が浮かぶ。


 一人、二人、三人、四人。


 前列の影に加わっていく形で光の中に増えていった人の影は、出来上がった隊列でイグナスと睨み合う。

 それが数秒、前列の影が一本の剣を振り上げ、それは陽光を弾いて青く発光し、白い人型のいる後方まで暗い影を吹き飛ばした。


 その強烈な閃光の壁になるイグナスの足下には新たな影が線を引かれ、黒い川となって白い人型を飲み込んだ。

 白い人型はそこにありもしない流れを感じ、一歩、退く。


 するとイグナスの咆哮が轟き、口からは大量の炎が溢れて、それは風に波打つ草原のように広がっていった。

 そうして徐々に範囲を増やしていく炎の草原を、イグナスは進んで行く。 

 

 きっとこれが正しい風景なのだろう、と白い人型はそう感じていた。

 それほど様になる光景。

 老いぼれのように自分に昔話をしたりするのは、余興にもならないほんの気まぐれだったのだと。


 大地を燃やしながら徐々に遠ざかっていく後ろ足を眺めながら、白い人型はまた後頭部をポリポリと掻いた。

 

(何がなんだか……)


 ほんの一時で蚊帳の外に置かれた白い人型は、せめて噂のアリアスをひと目見ようと一歩前に踏み出した、その時。

 強い衝撃を受け、白い人の形をした体はどこぞへと吹っ飛んでいく。


 一瞬にして変わる景色。

 明るさから遠ざかり、再び深い闇へと投げ込まれた白い人型には、声を上げる暇すら与えられず。


 宙を舞う体は本人の意志と上下左右を無視してくるくると回転を続け、徐々に地面へと近付いていった。

 

 地面近くになって、白い人型には一つの偶然が起きた。

 聞こえはしないが、もしそこに音があったとするなら、スポッ、がいい。

 言うなれば、ホールイン。

 

 ほとんど音もなく深淵に潜む深い穴に落ちた白い人型から正式に音が発されたのは、それが地面に叩きつけられた時だった。


 尻を中心に腰、背中と打撃を受けて痛みを覚えた白い人型は、人宛らに「いてえ」と声を漏らした。

 そして、自分の状況に目を凝らす。


 そこは洞窟。

 壁のあちこちでキラキラと光る何かの鉱石が、そこを薄明るく染めていた。

 それまでの殺風景というにしても何も無かった暗い空間と比べれば、その幻想的な光景こそが山の風景に隠された秘境的魅力として正しいように思える。


 イグナスに続き、勝手にミスリードに陥っていた白い人型は、仰向けのまま被りを振った。

 それから、やれやれと立ち上がって、この洞窟の決定的な問題に気付く。

 それは、


「……狭いな」


 ということだった。

 

 ネズミの巣、とまではいわずとも白い人型が立ち上がると首を曲げずにはいられないほど天井が低く、左右の空間は腕を突っ張るには近すぎる。

 また騙されたような感覚に陥って、白い人型はため息をついた。


 すると、それが狭いその空間をあっという間に満たし、白い人型はそこから逃げるように先を進む。

 進む毎に洞窟は狭くなっていった。


 そうして最終的には四つん這いにならざるを得なくなった白い人型が膝の痛みに嫌気がさし始めた頃。


 先の曲がり角の向こうから、ザッザッ、何かの気配がした。

 白い人型が気配に訝しみ動きを止めて間もなく、彼らは対峙する。


 角を曲がってすぐ、それは「わっ」と声を上げた。

 白い人型は無言のまま、それをじっと見つめる。

 それも釣られて沈黙、"二人"は互いを見つめ合ってそれぞれに首を捻った。


 どうしてそんな反応だったのか。

 答えは簡単で、お互いにお互いが"何なのかわからなかった"。


 とはいえ、白い人型には自分の顔の前にいる"それ"になんとなく思い当たる節があった。

 だから訊ねたのだ。


「……妖精か?」


 すると白い人型の目の前でそれは首を横に振る。


「人間……だけど。あなたは?」

「何なのかわからないんだ」


 間を置かず、白い人型はそう言った。


「……そう、なんだ」


 と人間を自称するそれは開いていた口を閉じた。

 

「あのさ……」


 呟いて白い人型は、人間というものの何かを思い出そうとしていた。

 というのも、白い人型に人間の記憶が無かったわけではなく、今目の前にいる者がその特徴の多くを持っていることを理解できてはいたが、どうにも小さすぎるような気がしていたからだ。


 絵に浮かぶ人間のそれは、目、鼻、口、耳があって二本の足、それから腕も二本ずつあって、髪が生えている。

 目の前のそれも、その通りだ。

 では、妖精として足りないものは何か。


 考えて白い人型は「あー、なるほど」と声を漏らした。


「羽がない。そういうこと?」

「え……何が?」

「だから、妖精じゃなくて人間なんだろ? じゃあ子供か?」

「子供って……。私これでも十八だよ」

「十八? それって身長じゃなくて?」


 白い人型がそう言うと、自称人間は呆れたように鼻を鳴らし、


「十八、何? まさかとは思うけど?」


 と白い人型を睨みつけた。


「……違うのか?」

「ちっ、違うわよ。どう見てもそんなに小さくないでしょ」


 そう言いつつ、自称人間は自分の体を確かめ始めた。

 そしてまた白い人型を見つめ、


「あなたが大きすぎるのよ」


 と無い鼻先に指を突きつけた。


「俺が……大きい? 何言ってんだよ。お前が小さいんだろ? たしか妖精は偏屈なのが多かったような気もするし。やっぱりお前妖精なんじゃ……」 

「だから、違うってば」


 言って憤慨したように「もうっ」と唸り、


「そこ、邪魔だからどいて」

 

 無理矢理白い人型の脇に体を差し込んで、「ぐぅっ」と声を漏らした。


「もうっ! なんでそんな大きい図体でこんな狭いところにいるのよ! どうやって入ったの?」

「入ったんじゃなくて、落ちたんだ。上から、竜に放り込まれた」


 起きた出来事を正直に、そして簡潔に白い人型は告げた。

 すると自称人間は小さな声で「あなた、もしかして」、


「さっき崖から落ちた人……?」


 その言葉が白い人型の記憶、逆行の人影を思い出させた。


「あー、あの時の。お前だったのか」

「って、まさかこんなに大きい人だとは思わなかったな……」

「おれもこんなに小さいのだとは思わなかった」

「……あ、そう。それはもういいよ。それより、どうしてあなた……生きてるの?」


 辛辣に聞こえたその台詞に、一瞬白い人型は言葉を失う。


「なんだよ、おれは死ぬ予定だったのか?」


 すると、自称人間は乱暴に首を横に振った。


「イグナスが自分の巣の侵入者を生かして返すはずが無いじゃない。それなのに生きてるってことは……もしかして、会話できたの?」

「当たり前だろ」


 そんな白い人型の言葉に対する自称人間の返事は、「あり得ない」というあり得ないものだった。


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