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ねえとれ 3

 また時間が経ち、三人は一つ目の【明日山】の頂に辿り着いた。

 陽の明るさからするに、まだまだ今日は半分以上残っているはずだ。

 

 高いところだからこそ窺えるでこぼことした大地を眺め、ジェニは、ふむ、と唸った。


 次の中継地点【熟練者の鍛錬場】までは、視界に映る少なくとも六つのでこぼこを越えなければならない。

 そこを超えると先には、湿地帯が。その先は、縄張り繋ぎの状況にもよるが、あの波打つ草原だけは避ける必要があるだろう。  


 戦闘能力は申し分ない二人だが、それは三人がパーティーとして行動すればこそ活きるというものだ。

 数秒、十数秒毎こちらに向かって流れ続ける大地のうねりに飲まれればパーティーが分断される危険性は高い。例え死なずに済んだとしても数週間も抜け出せなくなることだってあるはずだ。

 だから、運任せに草原を行くくらいなら、一日を棒に振ってでも遠回りしたほうがいい。


「……とは言っても、まずは目先のことか」


 言ってジェニはまた唸った。


「君の話じゃ、ここら辺は一見普通だけど、冠付きのせいで普通じゃないんでしょ?」


「ああ。冠付きが管理しているせいで、輪の内側に作られる縄張りの構造ってものが乱れているんだ。単純に強い野獣を追って行けばいいってもんじゃなくなっている。むしろ、余計なことをしてケタマに遭遇する可能性が高くなっちゃうかもしれないんだ」


 それならどうすれば良いのか。

 スズの質問は的確だったが、ジェニは渋い顔をして肩をすくめた。


「ボクにはオマエにも目が付いているように見えるけどねぇ……」


 あからさまな嫌味にスズの唇が尖る。

 それを見てジェニがクスと笑った。


「そう難しく考えることはないさ。【初心者の拠点】から次に移動した時と同じだよ。あの時は岩石が目印になっていたけど、今回はこの通り一目瞭然さ」


 そう言ってジェニが視界に広がるでこぼこを指した。

 

「ここには上りと下りがいくつもあるんだ。それを間違えないためにも、多少のキツさは我慢してこの急な坂を登るのは最善策なのさ。でも一応……」


 と、ジェニは空を見上げ「まだわからないか」と呟く。


「何が?」

「陽の方角の動きだよ。今日はどっちに動くかかまだ確定できないから、少し時間が経ったらもう一度確認しよう」

「あー……でもさ。動かないこともあるし、陽の方角なんて気にするだけ無駄じゃない? だったら煙でも上げといたほうがよっぽどわかりやすいと思うけど」


 しかし、ここじゃ無理だ。得策とは言えない。

 自分の意見を自分で解決し、スズは「ま、仕方ないか」と頷いた。

 

「ちなみにさ、どれくらいかかる? ここから【熟練者の鍛錬場】までって」

「とりあえず、何の問題もなく【明日山】を抜けられたとして、ニ日か三日。先の湿地帯は、上手くいけば一日だけど、ここも通常二日か三日はみておくべきだね」


 その先は、と言い掛けてジェニは顎に指先を当て首を捻った。


「波打つ草原に入らないようにしなくちゃいけないから、正直わからない。言ってしまえば一旦わざと道に迷うってことだからね」


 それを一度は、ふーん、と鼻を鳴らして聞いたスズだったが、すぐに「でもさ」と。


「それと草原を渡るのとどっちが危ないの?」

「野獣と戦うってところでいえば、草原の方が安全かもしれない。けど、あそこは一度嵌ってしまうと死ぬまで抜けられないことだってあるんだ。ボクは経験者だからね、特に油断ならない土地だって言える。っていうか、だ。そもそもこの山に入った時点で危険だって言ったろ?」


 ジェニが言うと、スズは「そういえば」と苦笑した。

 するとまた、「そういえば」、と今度は平然として言う。


「これ、ラナイくん」


 そう言ってスズが取り出したのは例の手甲、ブレーズ式突刺甲だ。

 しかしそれは、ジェニが店で見た時とは姿が変わっていた。


 手甲のその甲部分が大幅に削ぎ落とされ、軽量化、というよりも突刺としての攻撃性能を残すだけで防具としての機能をほぼ排除されたような状態だ。代わりに六本の太い高級そうな革ベルトが増えている。


 それを「どうぞ」とベルエルに渡す。


「いつまでも素手で殴ってばっかじゃ拳を痛めるかもしれないしさ、たぶんこれ使ったほうがいいかもと思って」

「別にいらないと思うけどな」


 言いながらベルエルは手甲を両手で受け取り、まじまじと見つめた。


「で、このわけわからないものは、どうやって使うんだ?」

「まずは、これを背負って」


 スズはそう言って黒油の詰められた筒をベルエルに背負わせた。


「で、そこに親指以外通して」


 スズが指差した突起の付いた筒の先端付近は、これまで鉄製の"握り"の棒が付いているだけだった部分だが、それは取り外され今は四つの輪が並んで取り付けられている。

 

 ベルエルは言われた通りまず右手の指を通し、次いで左手にも手甲を握った。

 だが。


「スズ、これじゃあ緩くてすぐ落ちるぞ。ずっと握ってればいいのか?」 


 不便なもんだな。

 ベルエルが言うと、スズは「だよね」と短く嘆息した。

 そしてスズはベルエルに徐に近付くと、突刺の下部に新たに取り付けられた二本のベルトをベルエルの両腕の手首と前腕部に左右それぞれ巻く。


「これさ、訊いてみたらずっと売れ残ってたんだって。物は悪くないし、店主は自信作だって言ってたの。でもさ、そりゃそうだよねって感じ。この武器はさ、まずこの突刺の部分が重いってとこを考えてなかったんだよ」


 そのため、防具としての問題が特に多く。盾がそうであるようにずっと握っていなければいけない、と手の自由を奪う状態だった。

 そこでスズはこのブレーズ式突刺甲から防具としての性能を除去し、代わりに重量を軽減、必要な部分を体に密着させられるようにベルトを増やしたのだ。


「ベルトそのものは革だから劣化が早いかもしれないけど、一応柔軟性のあるものを使ってるし。接続部は俺の特性"グルグル"を使ってるから、結構荒っぽく使っても大丈夫、ってお墨付き。

 けどまあ、とりあえずは使ってみて、それからまた調整していくよ」


 ブツブツと独り言のように言いながら、スズが残るベルト六本をベルエルの体に巻こうと背後に回った時だった。


「ねえ、これ……」


 ふとスズは手を止めた。


「なんか前よりはっきりしてきてない?」


 そう言ってしゃがんで近くなったベルエルの背を指差していた。


「背中の痕かい? 山みたいな」


 自分の位置からではよく見えないそれを覗き込むようにして確認するジェニ。

 うん、とスズは頷いた。


「ラナイくん、ちょっとこれ触ってみてもいい?」

「ああ」


 そう言ってベルエルはまた少しだけ背を縮こめた。

 その例の"翼"のように見える痕にそっと指先で触れるスズは、「やっぱり」と口にして首を傾げた。


「どうしたんだい?」


 気になってジェニが訊くと、スズはまた「うん」と頷いた。


「ラナイくん、これ腫れてきてるみたい。少しだけ盛り上がってる」

「腫れ?」


 疑うように言ってベルエルは自分の背中に腕を回して掻くように触れた。


「……あー、確かに」


 ぼこぼことしたそれぞれ高さの違う山が五つ続き、深い谷を隔てて離れた位置にもう一つ最も低い山がある痕は、ジェニが言う通り山脈を割って横から見たふうに見える。

 しかし垂直ではなく逆八の字に角度がついているため、バイバルは"翼"と認識していたのだ。


 見る者によって山か翼かどちらかに印象がわかれるそれは大抵翼といわれており、山と例えるのはジェニとイニバル、そしてポルポだった。


「やっぱりさ、見れば見るほど翼だよねえ……」


 このまま浮き出てきて、本当に翼が生えてきたりして。

 冗談っぽく言ってスズが笑う。


 そうしてスズがベルエルに装備をし終えると、その白い胴体には腋から六本ものベルトが巻きつけられる格好となった。

 背負っている筒の分、両肩の二本と両腕の四本を合わせると計十本もの革ベルトがベルエルの体を拘束する形だ。


 ただの鎧を身に着けるのと同等の手間がかかるこの状況に、スズは「やっぱ面倒だな」とこぼした。

 

 その光景を、腕組みのまま黙って見ていたジェニ。

 ふと、「これも、オマエの答えなのかい?」と問いかけた。

 スズは、どこか遠い目をしてベルエルに着せたばかりの装備に触れる。


「どうなんだろう。結局、俺には新しい物を作ることも考えることもできないってだけなのかも。素になる何かが無いと、何も思いつけない……ってさ。

 だから、君みたいなことを俺にはできない。何も無いところに新しいことを加えるなんて」


 そういってスズはジェニの背中に背負われている物を指差した。

   

「やりたいことができるように頭を捻るのが、俺なんだ」


 なるほど、合点がいったような気がした。

 ジェニは、ふっ、と小さく笑った。


「わけわかんねえな。オマエも……」


          ◯


 それから三人がこの【明日山】群を抜けるまでの道のりは、上って下ってを繰り返す簡単なものだった。

 しかし注意しなければならないことが、細かいことは差し置いて大きく二つばかりあることをジェニは二人に伝えた。


 まずは、どんな状況であれ縄張り主を殺さないこと。

 そして、普段とは違う気配には決して近付かないことだ。


 前者については、ケタマ・オリマが管理している縄張りだからこその話。

 後者については、特に"香り"に関するものだと思ってもいい。

 

 その香りは、ここの冠付きケタマ・オリマの体臭の可能性が高く、いってみれば"導き"だからだ。


 つられて向かった先にケタマ・オリマがいることもあるが、大概の場合、あれが体臭を擦り付けたその場所に誘われる。

 そうして一度招待を受け入れてしまえば、次に辿り着く場所もそこだ。そうなるともう自分の意志では、ケタマ・オリマの縄張りから抜け出すことはできなくなってしまう。

 

 このようにして自分の手で捕らえる以外に野獣を捕らえるというのはケタマ・オリマに限らず、冠付きに共通する最大の特徴といっていいだろう。

  

 対処としては、嗅ぎ慣れない匂いを感じたらすぐに別の匂いを感じること。

 それこそあれらが育てている希少な植物を鼻に擦り付けるのもいいだろう。

 しかしその場合、冠付きの興味を引くことになるため、できれば苦肉の策として用いるべきだ。

  

 だから通常は、そこらの雑草を使ったり、何日も体を洗っていないなら自分を使って、なんて実に手軽な方法で対処する。つまり、あれらの餌を使うことになるのは、それでは間に合わないくらいたっぷりと冠付きの体臭を嗅いでしまった場合、ということになる。


 言いながら、やはりジェニはベルエルのことを気にしていた。


 今感覚に対して旺盛なベルエルは、簡単にケタマ・オリマの罠に嵌ってしまう可能性が高い。

 いくら注意を促したとはいえ、好奇心が動き出せば無視してしまうかもしれないと、そう思っていた。


 そのむず痒くなるような鬱陶しい不安を胸に、ジェニはベルエルを注視していた。


 そうして二つ目の山を越え、三つ目との谷間に辿り着くまで肉食の野獣の縄張りの気配こそ感じたものの運良く出会うことはなかった。

 面倒なことはひとつも起きずに体力こそ十分だったが、気を張っていたせいか妙に疲労感を感じていたジェニが休憩しようと腰を下ろした。その時だった。


 ジェニの全く予想していなかったことが起きた。


「ちょ、ちょっと待ちなよ。どこへ行くつもりだ、スズ」


 突如走り出したスズの背中にジェニが声を掛けるも、スズは「すぐに戻るから!」と言って止まらなかった。

 はっとしてベルエルへ注意を戻すジェニ。


 しかしベルエルも同じく呆然としていて、ジェニと目が合うと肩をすくめた。

 

「じ、じゃあいったい何が原因で……」


 自分の鼻にもあの匂いは感じられず、スズだけがそうなるとも考えられない。

 

「…………」


 頭は空っぽのまま、体も上手く動かせずにジェニは木々の間にスズの背中が消えるのを見ていた。

 するとその瞬間、浮かぶ。

 その何の脈略もない奇妙な発想になぜか納得できたジェニは、思わず「まさか……」と口をついていた――。

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