第一話 七節
「あん子ぉにもな、あんたらみたいにずぅっと一緒にいてる相方がいてたんや。
綾緒ゆうてな。」
「二人並ぶと揃いのお人形みたいでなぁ……」
「あんお団子は不味かったえ〜……」
「そん料理がほんまに豪華でなぁ……」
「そん裏地は縮緬でなぁ……」
「そん番頭ゆうんがほんまに……」
豊藤の話の7割は関係のない話であったが、あらましはこうである。
雪乃が舞妓としては中堅になろうかという、十二、三歳の頃、とても仲の良い舞妓がいた。
「あん子ぉら、綾雪いうたら、あん頃は花街中の噂の的やった。」
「二人ともお座敷に引っ張り蛸や。」
「二人とも、永田様に旦那についてもろうてなぁ。そらもう、花街中が大騒ぎやった。」
羽根駒は膝の上で、そっと自分の指を握った。
それはほんの一瞬のことで、豊藤も華宮耶も気づかなかった。
「なんや、雪乃が永田様に、『綾緒にもついてくれはれ』言いはったらしいけど、これはただの噂やろねぇ。」
「表向きは仲良さそうにしてはったけど、実は犬猿の仲やったっちゅう噂もあったなぁ。」
「でも、うちは覚えておすえ。綾緒がお師匠はんに叱られてるの見てて、雪乃まで一緒にしょんぼりしとったんを。」
二人は永田のお座敷からの帰り、八坂神社で共にお参りをするのが習慣だった。
そんなある日、事は起こった。
「あん日ぃ、八坂さんの石段の上で、二人が喧嘩しとう所を誰ぞが見たゆうてなぁ。」
「綾緒が八坂さんの石段を降りようとしとるんを、雪乃が後ろから突き飛ばしたんを見たゆう話やわ。」
足首の骨が、悪い具合に折れたらしい。
「他は全く綺麗やったのに……よりによって足首だけポッキリやったそうや。」
豊藤は、唇を噛んで、暫く言葉を出せない。
「もう…踊りは無理やったんやろな。」
「ほんで……綾緒は…花街を去ったんや……」
豊藤は苦虫を噛み潰したような顔で一瞬黙り、声の調子を無理矢理元に戻した。
「誰も表では言われへんけどな。」
「綾緒は踊りの上手い子ぉやったさかい。嫉妬したんちゃうかってな。」
「ほんでな、引き祝いの日ぃ、綾緒は流行り目や言うて、顔を布で隠して人力車に乗ってはった。足も悪いさかい降りられへん言うて、誰も近くでは見られへん。」
「うちも、遠目に見送っただけや。」
「雪乃も病気や言うて、しばらく休んどったしな。」
「病気やなくて、謹慎やいう話もあったけど。」
「花街中から火が消えたみたいやった。」
豊藤の話はそう締めくくられた。
座敷では、自身の胸の内を決して見せない筈の芸妓が今は下手な芝居を打っている。
その事こそが羽根駒の胸に響いた。




