第一話 五節
羽根駒は格子窓の隙間を食い入るように見つめていた。
好奇心と自制心が己の中でせめぎ合っていたからだろう。
華宮耶の行動に気づくのが遅れた。
「おたの申します!」
気づいた時には華宮耶はすでに潜戸を開けていた。
「今し方の姉さんは、何をしに来はったんどす?」
言い放つ華宮耶。
店主と思われる中年男性は、何が起こっているかわからぬ顔で固まっている。
羽根駒は華宮耶の腕を掴み、店主へ何度も頭を下げた。
「華宮耶!あかん!これはあかん!
すんまへん。ほんま、すんまへん!
ほら、華宮耶。お暇するで。
ほんま。すんまへん!」
店主はようやく我に返ったように、
「お客はんのことを、よう言えまへんがな……」
と言った。
華宮耶を引き戻そうとする羽根駒をよそに、華宮耶は身を乗り出して、
「うち、雪乃さん姉さんが苦しんどるの、ほんまに我慢ができんのどす!」
語気を強めて言う。
本人にもどこからが本心でどこからが出まかせかはわかっていない。
本当に雪乃が苦しんでいるのか、この菓子屋が関わっているのか、華宮耶にもわからなかった。
けれど、何かある。
それだけは、どうしても疑えなかった。
「あかんて!ほんま、すんまへん。忘れておくれやす。ほら、いくで!あんたも頭下げぇ!」
羽根駒が華宮耶の手を引き立ち去ろうとすると、
「…ほうかぁ。
あん子ぉにもそう言ってくれる妹がおるんやなぁ……」
背後で店主が呟いた。
「わての口から言うことやおまへんのやけど……」
店主は一度、言葉を飲み込む。
「昔のことは、なおさらな。せやけど、わてが言えるんは……」
店主はそう言った後、また暫し逡巡するように間を空けた。
やがてぽつぽつと話し始める。
「あん子ぉは、毎週水曜日に、必ず、辻占煎餅をふたっつ買うていくんや。
もう…五年も前からずーっとな…」
羽根駒は五年という歳月の長さを前に、自分がちっぽけな存在になったような感覚になった。
「ほんまに忙しいんやろなぁ。
もう、水曜日には朝の稽古前だけしか時間がないって困ったように笑ってはった。
せやからわては、『ほな、暖簾が出てなくても入っていらっしゃい。その時には辻占煎餅。ちゃんと用意しとくさかい。』そう言ってもう一年ほどや。
それからはこうして、朝の稽古前に買うていかはるんや。」




