第一話 二十二節
その日の午後、華宮耶は一人で松村亭を訪れた。
茶屋を一軒一軒回り、顔と名前を覚えてもらう「お頼み回り」のためである。
しかし華宮耶は挨拶を済ませた後も、もう半刻ほど不貞腐れた顔で帳場奥に座り込んでいる。
「あんた、なにをしにきたんや……」
大和田が呆れた顔で三杯目のお茶を差し出すと、
「別に……番頭はんには関係おへん。ここが最後やさかい、ちょっと長居させてもろうとるだけや。なんや、邪魔してしもうたかなぁ。」
不必要なまでに噛み付く。
「まぁ、ええけど……」
大和田は特に気にせず自分の作業を再開する。
「なにしてはるん……」
かと言って放っておかれるのは面白くない華宮耶が問うと、
「ああ、古いもんをな、整理しとるんや。
蔵がもう一杯やさかいな。」
そう言って、次の葛籠を開ける。
「この辺は……引き祝いの挨拶状ばっかりやなぁ。もう用済みやと思うがなぁ。んー。まぁ、置いとこか……暇やったらこれ、年ごとに分けてくれはれ。」
そう言って埃だらけの紙束を差し出す。
「なんでうちが……」
と言いつつも、紙束の中から一枚ずつ検める。
年ごとに仕分けているうちに、日付順に並べたくなる。
日付順に並べていると、差出人の名前順にも並べたくなる。
そうして五年前の束に差しかかると、華宮耶の手つきが少しだけ遅くなった。
ふとそのうちの一枚で手が止まる。
差出人の名前は綾緒。
日付は五年前。
内容は当たり障りのない定型文である。
——まぁ、松村亭にはあるやろな。
そう思って次に進もうとするも、何故か手が動かない。
「き」の字が、妙に目に残る。
二本ある横線のうち、下の一本だけが長く伸び、その先が思い直したように内へ曲がっている。
綺麗な字ではある。けれど、どこか落ち着かない印象を受けた。
華宮耶が自身の違和感の正体を探っていると、
「や、ここにいはった!もう。探したんえ!」
覗き窓を外側からガラリと開けて叫ぶ者がいた。
藤歌である。
「雪乃さん姉さんから預かり物やで〜」
帳場奥まで入ってきた藤歌は、そう言って一通の手紙を取り出した。
「なんや、駒ちゃんと一緒に読んでくれはれ言うてはった。」
華宮耶は、今は聞きたくなかった名前に眉を顰める。
「ほんでなぁ。駒ちゃんももうすぐここに来はるで。なんや旦那はんのところ行っとったらしいなぁ。その帰りにたまたま会うてん。そうや。旦那はんいうたらこの前な……」
脱線を始めた藤歌をよそに、華宮耶は慌てて手荷物を掴んだ。
その袂をがしっと掴んで藤歌はなおも喋り続けた。
「ほんでその舶来もんのお菓子やねんけど、あれはなんて言うんかなあ。外側はパリパリしてるんやけど……」
大和田は、すでに新しいお茶を二杯淹れている。
華宮耶が逃げ場を探してきょろきょろとしていると、
「おたのもうします。」
玄関から声がした。




