第一話 二十節
「あら堪忍え。うっとこのお母さん、今ちょっと手が離せへんの。悪いけど、そこの格子の間でちょっと待ってておくれやす。」
ちょうど鉢合わせた千乃の舞妓、千鶴にそう言われたまま、かなりの時間待たされていた。
ひっきりなしに芸舞妓が行き交っていた。
廊下を急ぐ衣擦れと足音に、名を呼ぶ声、短い返事が重なっていた。
その流れの中で、華宮耶だけが格子の間に取り残されていた。
「華宮耶ちゃん、待たせて堪忍な。昨夜からなんや立て込んではるさかい、もうちょっと辛抱しといてな。」
千鶴がひょいと顔だけ覗かせ、またどこかへ行こうとする。
「何かあったんどすか?」
慌てて華宮耶が問うと、
「いや、ちょっと、雪乃さ……おっと、何でもおへん。すぐ戻るさかいな!」
と慌てて立ち去ってしまった。
華宮耶が奥の声に耳を澄ませていると、雪乃の細い声が届いた。
「待ってくれはるっていうてはったのに……」
低く抑えた女性の声がそれを遮る。
「ええんや。あんたは約束を守ったんや。これ以上……うちがなんとか……」
「あきまへん。お母さん辛抱しておくれやす……」
二人の声は話しながら遠ざかり、その先は聞き取れなかった。
その一方で、「ほらあんたたち、お稽古遅れるえ!」と叱る声も飛ぶ。
雪乃たちの声が遠ざかった後も、襖は開いては閉じ、足音は途切れなかった。
松一とは違う大店の雰囲気に華宮耶は落ち着かない心地になった。
手の中の包みを何度も持ち替える。
やがて玄関では「行ってまいります」が幾度も重なり、千乃の舞妓たちが一人、また一人と出ていった。
稽古が始まるまでは、まだ時間があるはずだった。
華宮耶は、松一ならまだ朝ごはんを食べている頃や……と思った。
やがて千鶴も、「堪忍え。お母さん、もうすぐ来はるから。」と言って出掛けてしまった。




