第一話 十八節
羽根駒が松一の屋形に帰り着くと、華宮耶が珍しくまだ起きていた。
「うち、やっぱりどうしても諦められん。あんまりどす。」
顔を見るに、悔しくてたまらず、寝付けなかったのだろう。
衣装を脱ぐのを手伝う華宮耶の手つきを眺めながら、雪乃の手を思い出す。
優しく袂の中で摩ってくれた手は、少し震えていたように思えた。
震える三つ指を思い出す。
立ち去る背中を思い出す。
「もう……やめよか……」
羽根駒が呟くと、華宮耶はキッと羽根駒を睨みつけた。
「なんでどす?もし、誰かがわざとこんな噂を流したんやとしたら、雪乃さん姉さんがあんまりに可哀想やないどすか。
しかも、千乃のお母さんまで絡んどるやなんて……」
華宮耶が声を落として言う。
それに対して羽根駒は唇を開きかけてまた閉じた。
脳裏には豊藤の懇願する顔と雪乃の優しい顔が交互に浮かんでいた。
自分が「こういうことにしたかった誰か」を恐れているのか、それとも、「これ以上雪乃の傷口に触れる」ことを恐れているのか、羽根駒自身にもわからなかった。
何も言わない羽根駒に、華宮耶が噛み付いた。
「なんやの?また、趣味が悪いとか、そんなことしてる場合やないとか言うんどすか?目の前に、あないに理不尽に傷つけられてはるお人がおすのに!」
それでも羽根駒は何も答えなかった。
「羽根駒さん姉さん!見捨てはるおつもりどすか?羽根駒さん姉さんは理不尽やと思わはらんのどすか?なんとか言っておくれやす!」
「そうやない……けど……」
羽根駒はそれ以上を言葉に出来なかった。
華宮耶は何を言っても無駄だと悟ったのだろう。
息を詰めて、外に飛び出そうとして、思いとどまった。
布団を頭から被ってしまった華宮耶に、「髪が乱れおす。」と言おうとして、羽根駒は口を噤んだ。




