第一話 十五節
豊藤が二人を連れ出したのは、鴨川にかかる橋の袂であった。
川音が絶えず足元を過ぎてゆく。
この水音なら、多少の話し声は覆い隠してくれるだろう。
「あんたら……この街で噂の元を辿るいうんが、どういうことかわかってはるんか?」
豊藤の顔にも、目にも、先ほどまでのふざけた色はなかった。
「噂いうてもな、みんな同じやないんえ。見間違いから出る噂もある。面白がって膨らむ噂もある。ほんでな……」
豊藤はそこで一度、川面へ視線を落とした。
「誰かが、そういうことにしたかった噂いうんもある。」
華宮耶は息を呑んだ。
二人は、豊藤の言葉をそれぞれに噛み砕くように黙り込んだ。
やがて華宮耶が、
「……綾緒さんが、雪乃さん姉さんに後ろから突き落とされたいう話。あれは、おかしおす。」
と言った。
「お座敷帰りなら、おこぼを履いてはったはずどす。あれを履いて石段で後ろから突き落とされて、足首だけを折り、ほかは綺麗なままで済むはずがあらへん。」
豊藤は答えなかった。
「足首だけ怪我したいう話か、突き落としたいう話か、雪乃さん姉さんがやったいう話か……どれかが歪んどるんどす。」
ここまで言って、華宮耶は袂の中で拳を握りしめた。爪が掌に食い込むが、力を緩める気にはならなかった。目には涙が滲んでいた。
「もし……もし、豊藤さん姉さんの言う通り、誰かがそういうことにしたんやったら……誰が、そないなこと決めてええんどすか。雪乃さん姉さんは五年も……あんまりどす。」
「……」
華宮耶の涙にも豊藤は答えない。
答えられない。
「それに。」
羽根駒が、小さく言った。
「豊藤さん姉さんも、ほんまは雪乃さん姉さんがそないなことをしはったとは思うてへんのやないどすか。」
豊藤の口元が、ほんの少し歪んだ。
「あかん。」
それは拒絶というより、懇願に近い声であった。
「あんたら、これ以上はあかん。言うたら巻き込まれる。聞いたら、聞かんかったことにはでけへん。この街で、誰かに睨まれるいうんがどういうことか、あんたらまだ何もわかってへん。」
「ほな、訊きまへん。」
華宮耶が言った。
「誰が悪いかも、何があったかも訊きまへん。ただ、誰に聞かはったかだけ、教えておくれやす。」
川音だけが、しばらく三人の間を流れていた。
豊藤は煙管も持たず、扇も持たず、ただ自分の指先を見つめていた。
やがて、諦めたように息を吐く。
「うちが最初に聞いたんは……千乃のお母さんや……」




