魔法を使う理由
修行の日々は続くものの、ステラは一向に魔法が使えるようにならなかった。
「師匠...やはり私は魔法使いには向いてないのでしょうか。これだけ修行を見てもらっても、自分が魔法を使えるようになる気がしません」
落ち込むステラは暖炉の前で凍える身体を温めていた。今日は雪山で飛んでくる雪玉をひたすら避けるという修行だった。もちろんルーカスの魔法で四方八方から飛んでくる雪玉を避け切れるわけがなく...日没には彼女は雪だるまになっていた。
窓際で魔導書を読みながらコーヒーを飲むルーカスは、本を閉じるとステラの横にやってきた。
「......お前は何のために魔法を使いたいんだ?魔法が便利だから?宮廷魔法使いに憧れて?...世の中には山程魔法使いがいるが、それぞれ理由があって魔法を使う。お前が魔法を使えるようになるのは、その"理由"がはっきりしたときだと思うがな」
「私が魔法を使う理由......」
考えたこともなかった。ただ魔法学院に入学して、立派な魔法使いになって、あわよくば憧れの宮廷魔法使いになれたりして...そんなことを漠然と考えていたけれど、私はどうして魔法使いになりたいのだろうか。
暖炉の火が時折爆ぜて眩しく光る。二人でその火を見つめている時間は、まるで永遠のように感じられた。ステラの頭が次第にゆらゆらと動き、スースーと寝息をたてている。
「寝たか...」
ルーカスがため息をついてコーヒーのカップを置くと、座ったまま寝てしまったステラを抱き上げた。
そのまま寝室のベッドまで運び、静かに寝かせたあと毛布をかける。
「ふ...子どもみたいな寝顔だな」
ルーカスは優しく微笑んでステラの頬を撫でた。
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「っ師匠...!すみませんでした!あの、私、師匠のベッド占領しちゃって...!」
翌朝、ものすごい勢いでステラは飛び起きた。昨日は雪山での修行で疲弊していたとはいえ、あのまま寝てしまうとは。
「起きたか。身体は大丈夫か?」
ルーカスは散らかった部屋の真ん中にあるソファの上で魔導書を読んでいた。
「か、身体!?し、師匠...私に変なこと...」
「してねぇよ!!...大事な話してたのに途中でグースカ寝こけやがって...まったく」
ホッとしたステラのお腹が盛大に鳴った。
「ぶくくっ...なんだその腹の音は...」
吹き出して笑うルーカスに、ステラは顔を赤くして言う。
「だって昨日夜ご飯食べてないですし...あ!よかったら朝食作りましょうか?師匠って朝ごはん食べてるところ見たことないですけど...」
そう言ってステラはキッチンで朝食を作り始める。あっという間に美味しそうなご飯がテーブルに並び、ルーカスが読んでいた魔導書をを閉じて目を丸くした。
「...料理できるのか」
「えへへ、魔法が使えないので自力で作っていたら得意になりました。さあ、食べましょう」
「...い、いただきます」
ルーカスはしばらく黙々と料理を食べたあと、「...うまいな」と小声で言った。
「師匠ってすごい魔法使いなのに、生活力が壊滅的ですよね。部屋は汚いし、ご飯も食べないときがあるし、いつも魔法の研究や魔導書を読んでばかりで...」
「生活に興味がないんだ。部屋が汚くても飯を食わなくても生きていけるしな。...でも、たまにはこういう時間もいいな」
穏やかに笑ったルーカスに、思いがけず心臓がドキッとした。彼が女性からモテる理由を察したステラであった。
「師匠はズルいです。こーんなに体たらくな生活してても、顔が良くて、凄腕魔法使いで、そのうえ肝心なとこは優しくて!」
「...惚れるなよ。俺はお前みたいなちんちくりんは相手にしないけどな」
ステラはイタズラっぽく笑う彼を睨みつつ、「絶対に惚れません!!もう!ちょっと褒めたらすぐ調子乗る...」とぶつぶつ言いながら空いた食器を片付けた。
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「私が魔法を使う理由...」
ステラは雪解け水が滴る山道をひとり歩いていた。吹雪いていた雪山にも日差しが照りつけ、春の訪れが感じられる。
ため息混じりに歩いていると、突風が吹き抜けて魔鳥に乗ったエレンが現れた。
「よ!調子ははどうだ?」
「エレン様!こんにちは、ルーカス様なら魔導書を読んでいるか昼寝してるか...屋敷にいると思います」
「今日はステラと話したくて」
「...私?」
そう言ってエレンはステラを魔鳥の背に乗せると、空高く飛び上がった。
「うわぁ...!た、高い...!」
「落ちないようにしっかりつかまってなよ」
森の外れにある湖に降り立った。水面に太陽の光が反射してキラキラ輝いている。
「綺麗......」
二人は木陰に腰掛けた。
「あの...話って」
「あぁ!突然ごめんね。ルーカスが弟子をとるなんて驚きだったから...どんな子なのか気になって。彼がまだ宮廷魔法使いだったときは、何度頼まれても頑なに弟子はとらなかったんだ」
「エレン様も宮廷魔法使いなのですよね...?師匠とは...?」
「あれ?まだ俺のこと言ってないんだ。あいつとは同期なんだよ。魔法学院からの」
「え!?魔法学院?」
「そう。俺もあいつも魔法学院の同級生で...ルーカスはいつも飄々としていながら成績はトップだったんだけど、卒業目前で当時の学院長と揉めて退学処分になって...まぁ、その実力を買われて宮廷魔法使いになったんだけどね」
「師匠が学院に...」
「あいつは魔法が好きだからさ。ほら、寝食も忘れて魔導書読んでばかりだろ?だから、宮廷魔法使いのようなエリートを育成する学院とはソリが合わなかったんだ。結局、宮廷魔法使いになってもあの顔だから女にキャーキャー言われて煩わしいって...なんだかんだ大変だったみたいだよ。宮廷を追放されたときも『やっと静かに暮らせる』って言ってたくらいだから」
「昔から本当に魔法が好きだったんですね」
「ああ。ステラは?ルーカスから聞いたけど、魔法学院の生徒だったんだろ?」
「私は...学院では落ちこぼれで。魔法が使えないから授業も出られなくなって...あんなにすごい方の弟子にしてもらって授業しているのに、自分がどうして魔法を使えるようになりたいのかも分かってないんです。笑っちゃいますよね...」
虚しさから溢れた涙をエレンが優しく拭った。
「そんな難しく考えなくていいんじゃないか?あのルーカスが弟子にしたってことは、きっと何か特別なものがあるんだよ」
「いいえ...師匠の気まぐれです。師匠に恋愛感情を持たない人間であれば、誰でもよかったんです」
エレンは黙って泣きじゃくるステラを見つめていた。
「...じゃあ、君の真の力を引き出すためにやってみるかい?」
「......え?」
「これでも宮廷魔法使いだからね。見たところによると君は魔力は持っているが制限がかかっているようだ。少し強引だがその制限を外す方法があることにはある」
「そんな方法が...?師匠はそんなこと一言も...」
「リスクを心配して君には教えないだろうね。もし君が本当に魔法を使えるようになりたいのだったら、僕がやってあげるよ。その代わり...」
「その代わり...?」
「ルーカスを宮廷魔法使いに戻すために君にも手伝ってほしいんだ」
ニコリと笑ったエレンを見て、ステラはため息をついた。
「...私なんかが頼んでも師匠は宮廷には戻らないと思いますけど」
「えーそうかな?案外いけるかもよ?じゃあ、決まり!早速、ステラの中の魔力を呼び起こすね」
「...?それってどうやって...んっ!?」
ステラが言いかけたとき、エレンが彼女に口付けをした。するとステラの身体が光り、あたり一体が一瞬凄まじい光に包まれた。
「...これは想像以上だ。君、とんでもない魔力を持ってるね」
驚いた顔のエレンに、わなわなと震えながらステラが怒った。
「わ、わ、私のファーストキス...!」
「あれ?初めてだった?ごめんね」
軽々しく謝るエレンに怒りを覚えつつも、ステラは自身の中で起こった変化を感じていた。試しに湖に手をつける。
「...ね、魔法使えるようになったでしょ?」
エレンがイタズラっぽく笑った先には凍った湖が広がっていた。
「うそ...これ、私が...?」
「おめでとう!これで魔法使いだな」
その瞬間、空は晴れているのに雷が落ちた。光の先にルーカスが立っている。
「...やばい。久々にガチ怒だ」
エレンの顔が青ざめていくのもお構いなしに、ステラは満面の笑みでルーカスを呼んだ。
「おーい!師匠ー!私、ついに魔法が使えるようにな
ましたーーー!!」
ステラに見向きもせず、ルーカスはエレンを彼女から引き剥がすと鬼の形相で睨みつけた。
「師匠!見てください!こんなことができるようになったんです!」
ステラが地面に手を当てた瞬間、湖畔の蕾が一斉に開き、美しい花々が咲き乱れた。
「...これは」
ルーカスの顔が強張る。
「ステラ、今すぐ魔法の発動をやめろ」
「え?」
次の瞬間、ステラは糸が切れた操り人形のように地面に倒れた。
「ステラ!」
ルーカスとエレンが駆け寄る。ステラは遠のく意識の中、ルーカスの呼ぶ声が耳に響いていた。




