止まった世界
ステラが水に触れると、一瞬で湖が凍りつく。
「で、できた......ルーカス様!見てましたか!?」
後ろから見ていたルーカスは跳ねて喜ぶ彼女の頭に手を置いた。
「うん、上出来だ。...やはり魔力の制限が解けている。意識を失っていた間に何かあったのか...身体は隅々まで調べたんだけどな」
考え込むルーカスに、「隅々って...」とステラの顔が真っ赤になった。
身体が回復したステラは、こうして修行の日々を送っていた。まだ魔力が安定せず魔法を上手くは使えないが、ルーカスの出す課題をこなすうちに徐々に魔法を使いこなせるようになってきていた。
「あ!そういえば今日はエレン様がいらっしゃる日でしたよね?そろそろお出迎えの支度をしないと...」
ステラが屋敷に戻る準備をし始めると、ルーカスは口を膨らませた。
「......ルーカス様?」
「...もう少しだけ、二人でいたい」
子どものようにいじけた彼の表情に、ステラは思わず笑ってしまった。そのまま二人はしばしの休憩で湖畔の周りを歩いていた。穏やかな時間が流れるなか、ステラがはっと我に返る。
「...あの、この凍った湖は元に戻せますか...私、調子に乗って全部凍らせちゃいました......」
青ざめるステラに、ルーカスは何か閃いたように言った。
「ん?ああ、戻せるけど...、そうだな、ステラが手を繋いでくれたら...できる」
「え......もう!ルーカス様は本当に甘えん坊ですね」
ステラは恥ずかしそうに渋々手を差し出すと、ルーカスはその手を優しく包んだ。
----------
「ルーカス!!大変だ!」
エレン様がただならぬ様子で屋敷に飛び込んできた。
「どうした...」
魔導書を呼んでいたルーカス様も、やれやれと言った様子で部屋から出てくる。私も彼の後ろから玄関へ向かうと、右肩を負傷したエレン様がいた。抑えている手の隙間から血が流れている。
「エレン様!!...っなんで...」
私が急いで駆け寄ると、エレン様はその場に座り込んだ。
「何があった」
ルーカスが治癒魔法で出血を止める。エレンは汗をかいた顔を反対の肩で拭いながら言った。
「...宮廷に、大魔女ユラがやってきたんだ。ほとんどの宮廷魔法使いがやられた。国王も。王都は大混乱だ。ユラの眷属の魔族たちが一般市民を襲っている。ルーカス、頼む......力を貸してくれ」
ステラとルーカスは顔を見合わせた。
「ルーカス様、私も...」
「いや、お前はここにいてくれ。またお前に何かあったら......俺は......」
ルーカスがステラの肩に手を置いて真剣な眼差しで彼女を見つめる。そんな彼の手を優しく握り、ステラは言った。
「...一緒に行かせてください。今の私なら大丈夫。ルーカス様のこと、私も守りたいんです」
ステラの瞳に確固たる決意が見えた。ルーカスはため息をついてステラを抱きしめる。
「...じゃあ、行くぞ。絶対に俺から離れるな」
二人の下には魔法陣が現れ、次の瞬間、光に包まれて消えていった。
「......頼んだぞ、ルーカス......ステラ...」
エレンはそのまま玄関にへたり込んだ。
----------
王都では城下町で数多くの魔族が人を襲っていた。
「やめて!」
子どもが魔族の手にかかろうとしたとき、瞬時にあたり一帯が強い閃光で包まれる。魔族が一斉にうめき声を上げながら消えていく。
「もう大丈夫だよ」
ステラが優しく子どもを避難させると、ルーカスはステラを抱きかかえて宮廷に向かった。
「ちょ、ルーカス様!私、歩けますから!」
「まだ魔族の気配があちこちからする。危ないから、しっかり捕まってろ」
そう言うと彼は先ほどの魔法を繰り出し、再び町が眩い光に包まれる。
「すごい......」
彼の腕に抱かれながら、私はその強大な力に圧倒されていた。構わず歩みを進めていたルーカス様が、突然立ち止まる。
「...?」
道の先に、誰か立っている。蛇のような目、青白い肌、赤い髪...あれは......。
「随分と久しぶりね。ルーカス」
「......ユラ。お前はここまでのことを起こす阿呆だとは思っていなかったよ」
ルーカス様のいつもより低い、怒りに満ちた声が私の身体にも響いた。この人が、魔族を生み出した西の大魔女、ユラーー。ルーカス様はゆっくりと私を下ろすと、背中に私を隠した。
「...へぇ、可愛い子じゃない。あなたのガールフレンドかしら。...でもおかしいわねぇ、私の知っているあなたは女嫌いだったはずだけど?」
「お前には関係ない。こいつに手を出したら殺す」
「あらあら、嫌われてしまったわね...最近は山奥に引きこもってるって噂を聞いたから、僕を使ってあなたのお家を探してたのよ。ぜーんぜん見つからなくって、何匹か痛めつけて見せしめに山の中に置いてきたんだけど...最初からこうすればよかったわ」
ルーカスは以前、ステラが修行中に遭遇した魔族を思い出した。瓦礫の山となった街並みを踏みつけながら、ユラはルーカスに向けて満面の笑みを浮かべる。
「ねぇ、ルーカス。私と手を組まない?もう国王もいないことだし、宮廷魔法使いなんて雑魚共も必要ないわ。一緒にこの国を乗っ取って好きにやりましょうよ」
「はっ、俺と同じで追放されたくせに...結局魔族を作って寂しさを紛らわせてるだけだったか。お仲間集めなら他所でやれ」
「...ふぅん、いいんだ」
二人の間に睨み合いが続くと、一気に魔法が繰り出された。衝撃で身体が飛びそうになったステラを、ルーカスの防護魔法が守っている。
「お嬢さんを守りながらこの私と戦おうなんて、いい度胸してるじゃない。顔がいいのに殺さなきゃいけないなんて残念」
「ルーカス様!私のことはいいから!」
必死にステラが叫ぶが、ルーカスにはもはや聞こえていない。激しい魔法の攻防に、かろうじて残っていたあたりの建物が次々と崩れていく。
「...彼女の心配より、私のことを見てほしいわ」
不意を突かれたルーカスが一瞬でユラに吹き飛ばされた。激しい衝撃音とともに瓦礫の中にルーカスが仰向けで倒れている。
「いやっ...ルーカス様!!...ルーカス様!」
防護魔法が解け、自由に動けるようになると、ステラは一目散にルーカスのもとへ駆け寄った。
傷だらけのルーカスは息をしていない。どれだけ呼びかけても、微動だにしなかった。笑いながらユラが2人のもとに降り立つ。
「ルーカスが死んだのが悲しい?お嬢さんは彼のことが好きなの?」
「......好き...?」ステラは呟いた。
どこか懐かしい気持ち。忘れてしまって、もう思い出せないけれど、私はルーカス様のことが好きだった?いや、それ以上にもっとーー、
涙を拭ったステラが突然立ち上がる。
「あら?敵討ちでもするのかしら」
ユラはカールした赤い髪の毛をいじりながら、瓦礫の山の上に座った。
立ち上がったステラが瞼を閉じて深く息を吸う。
「...西の大魔女、ユラ。あなたを封印します」
次の瞬間、ステラの身体から光が溢れ、地面にアストラリスの紋印が現れた。先ほどとは別の魔力を帯びたステラの様子に、ユラは立ち上がって後退りする。
「この紋印......まさかお前、アストラリスの......お前のような小娘が...」
光に包まれたユラは抵抗するすべなく、みるみるうちに身体が焼けるように消えていく。
「...お...のれ......」
ステラが閉じていた瞼をゆっくり開けると、真っ直ぐにユラを見た。
《 Obsigno te nomine astrorum 》
ゆっくりと唱えられた呪文とともに、ユラは光の中に消えていった。
「ルーカス様......」
ステラは冷たくなったルーカスの身体に顔を埋めた。彼女からこぼれ落ちる涙が、彼の顔に伝った。
「大好きです...」
ステラは動かないルーカスの唇にそっとキスをした。そのとき、ステラはあることに気づく。
音が全く聞こえない。あちこちで起きていた爆発も、民衆の悲鳴も。
あたりを見渡すと、様子がおかしかった。皆、動いていないのだ。人間も、魔族も、空も、鳥も、全てがその場で停止していた。
「これ......もしかして...アストラリスの力......」
時間が止まった世界に、ステラだけがひとり佇む。世界でひとりぼっちになってしまった彼女は、ルーカスの顔を見て決意した。
「絶対に、ルーカス様を生き返らせる方法を探してみせる。...私ひとりで、やるんだ」
止まった世界の中を、彼女はひとり駆け出した。




