ひとつの代償
ここはどこだろうーー、
闇の中を一粒の光が彷徨う。
なんだか誰かに呼ばれている気がするけど、私は誰だっけ。この声はーー...思い出せないけど、大切な人だった気がする。
真っ暗だし、もうどこにも行けないや。
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「...ルーカス...ステラの容体は......」
青白い顔のエレンが部屋に入ると、ルーカスはベッドに横たわるステラの手を握りしめていた。昨日覗いたときも同じ光景だった。変わったことといえば、ルーカスの顔がさらに生気を失っていたことだ。髭が生え、やつれた顔は虚ろな目でステラを見つめている。
返事もない彼に何も言えぬまま、エレンは部屋をあとにした。
ステラは自身の危機に、魔力の制限を解放してしまったのだ。ルーカスが駆けつけたときには、彼女の身体はその強大な魔力に蝕まれていた。エレンが魔力の痕跡をたどり、大魔女ユラの手鏡と鈴を発見したのち、王女がユラと手を組んだ謀略が明るみになった。
普通なら死罪となるが、王族が魔族と手を組んだことが明らかになれば国が傾きかねない。王女は宮廷魔法省が管理する離宮に幽閉されることになった。
「もう半月か......」
エレンが差し入れの果物をキッチンにおいて呟く。テーブルの上には腐りかけている食料がそのままになっていた。
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「...ステラ...頼む......目を覚ましてくれ......」
ルーカスがステラの手を顔に当てる。大賢人と謳われた彼がどんな魔法を試しても、ステラは目覚めることなく半月が経った。魔族につけられた全身の傷はルーカスの魔法で綺麗に消えたが、ステラの意識は戻らないままだった。
以前エレンが魔力を強引に引き出したときは三日間眠ったままだった。その間、ルーカスが彼女の魔力を封じ込めていたが、今のステラからは魔力が全く感じられない。
「......ステラ......」
縋るような切ない声で、ルーカスは彼女の名を呼んだ。
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あれは......?
暗闇の中に、誰か立っている。
あの人がいる場所だけ、僅かに温かくて優しい光がある。
ゆっくりと近づいてきたその人は、いつかの本で見たーー、魔法使いの始祖アストラリス。
「......ステラ」
「...アスト...ラリス...様...」
にこやかに頷いたその人は、私の手を取って言った。
「...大丈夫。まだ戻ることができる」
「戻るって......どこに...」
黙ったままのアストラリスが指差す方を見ると、一枚の扉があった。
「あの扉を開けて戻るために、ステラはひとつ差し出さなくてはならない」
「ひとつ...差し出す...?それってなにを...」
「..."記憶"だ。君が一番愛した人の記憶を、ここに置いていかなければならない」
「...私が一番愛した人.......?」
ステラは頭がモヤモヤするのを感じた。忘れてはならない、大事な人のことを思い出せない。でもーー、
「いいのかい?置いていった記憶は向こうの世界では取り戻せないよ?」
「...はい。でも私...戻らなくちゃ。"あの人"はすごい魔法使いで何でもできるけど...私がいないときっと困るだろうから」
そう言って笑うステラに、アストラリスも頷いた。
「では、行っておいで。...それから私からひとつプレゼントだ。君の魔力の制限を解いておいてあげよう。これからは"善い魔法使い"として頑張りなさい」
ステラは扉を開けると、そのまま真っ白な世界に飛び込んだ。
「......ラ......ステラ!」
眩しい朝日が差し込む。ここは...どこだろう。
私を呼ぶ声が聞こえる。
「......う...」
目を覚ましたステラをルーカスが抱きしめた。彼の目からは涙が溢れている。ステラは長い眠りから目覚めて冴えない頭で、取り乱すルーカスの姿をとらえて言った。
「......あの...どちら様です......?」
明らかに様子がおかしいステラにルーカスは目を見開く。ちょうどそのとき、エレンが勢いよく部屋に入ってきた。
「ステラ!目が覚めたんだね...よかった、1ヶ月近く眠ったままだったんだよ」
「エレン様!この人が......」
「この人って......ルーカスのこと?何言ってるのステラ......」
「誰ですか......?」
ステラの表情を見れば、ふざけて嘘をついていないことがわかる。ルーカスとエレンは呆然としてステラを見つめた。どうやら自分自身やエレンのことは覚えているが、ルーカスのことだけ忘れている。
混乱して泣きそうになるステラに、ルーカスは優しく伝える。
「......ステラ。俺はルーカス・アルセルムスで、お前は俺の弟子なんだ。ひと月前に魔族に襲われて、それからずっと意識がなかったんだ」
「...ルーカス・アルセルムスって......ええ!?私が、あのルーカス様の弟子!?...嘘......え?」
驚いてベッドでバランスを崩したステラをすかさずルーカスが支えた。
「...大丈夫か?」
ステラは突然触れられて、顔を真っ赤にする。
ルーカスが彼女の頬にそっと手を当てると、さらに真っ赤になってそのまま布団に潜り込んでしまった。
「ちょ、ちょっと待って......一旦ストップ......」
ステラのか細い声が聞こえてきて、ルーカスは吹き出して笑った。
「よかった。いつものステラだ」
ルーカスはそう言ってステラを愛おしそうな目で見つめた。




