衝動
エレン様に辺境まで送ってもらったときには、すでに薄暗い夜になっていた。宮廷で王女様にお会いしたことが師匠にバレないように、屋敷から少し離れた森林で魔鳥から降ろしてもらった。
「ありがとうございました、エレン様。私ひとりではどうしようもなかったので助かりました」
「君にはひどいことをしてしまったからね。こんなことでもお役に立ててうれしいよ」
...そうだった。私、この人にファーストキスを...。でも、エレン様は実際ものすごくモテる人なのだろう。今日も宮廷にいた女性たちがもれなく彼に見惚れていたし。それをこんな私がフリとはいえ恋人なんて...。
私は恐ろしくなって考えるのをやめた。
「では...また」
エレン様にお辞儀をして帰ろうとしたそのとき、師匠の低い声があたりに響いた。
「随分遅かったじゃないか」
振り返ると師匠が木にもたれて立っている。まずい...彼がこの上なく不機嫌だということが一目見てわかった。
「......エレン、こいつに近づくなと言ったはずだ」
師匠は有無を言わさず魔法を発動し、エレン様と魔鳥を吹き飛ばした。
「...ッエレン様!」
駆け寄ろうとした私の腕を掴み、師匠は無言で屋敷の方へ歩いていく。掴まれた腕はすごい力で、全く振り解けない。
「...師匠!...師匠ってば!聞いてください!」
無視して歩き続ける師匠に全く抵抗できず、私はただ引きずられないように、歩幅の合わない彼のスピードについて走るしかなかった。いつもの師匠とは全く違う荒々しくて乱暴な手にひかれ、屋敷の玄関まで来た。
「はぁ...はっ...師匠、お願いです。聞いてください」
私は息が上がり、掴まれた腕は赤くなっていた。
「......お前のことをずっと見ていた。今朝、魔法学院に行くと言い出したときの様子がおかしかったから、ここから魔法で見張っていた」
「えっ......」
よく見ると、羽織っていたローブに小さな札のようなものがついている。師匠が指を伸ばすと、一瞬にして札が消えた。
「ずっと見てたって...どうしてこんなこと...エレン様は私のことを心配してくださっただけで」
私が言いかけたとき、師匠の顔が歪んで突然キスをされた。師匠の手が逃さないと言わんばかりに私の頬を掴んでいる。何が起こったのかわからない、力まかせで荒っぽいキス。
「...んっ...な、なにするんですか!!」
師匠の体を押したが、びくともしない。
「...お前は俺の弟子だろ!」
師匠の声が響いて、思わず身体がビクリとした。こんなに感情的な彼を見たことがなかった。硬直した私の顔を見て、師匠が悲しげな顔になった。
「......すまない、大声を出して。風邪を引くからはやく中に入れ。俺はエレンの様子を見てくるから」
私の頭にポンと手を置くと、そのまま師匠は来た道を戻っていった。
「......今の、なに......」
一人残された私は、唇に残る感覚に戸惑っていた。




