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ダンテが街にやってくる  作者: ことぶき神楽
冥界・遂行編

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第41話 コーキュートス冷却作戦

主な登場人物


 ダンテ・アリギエーリ

  48歳 1265年生、イタリア・フィレンチェ出身

 栃辺とちべ 有江ありえ

  24歳 梶沢出版編集者

 西藤さいとう 隆史たかし

  36歳 調世会調査員、亡くなっている


「そもそも『クエン』って、なんでしょう」

 もう、手掛かりがない。

「現世班に聞いてみますか」

 ダンテは、通信機を取り出す。

 有江たちは、常磐道や愛永たちを「現世班」、自分たちを「冥界班」と呼ぶことにしていた。


 現世班から「KUEN3JYUSO」と返信があり、「クエン酸」と「重曹」であることはすぐにわかった。

 しかし、冥界班の三人が集まっても、クエン酸は「レモンに含まれる」「すっぱい」「健康によい」、重曹は「ベーキング・パウダー」「膨れる」「酢と混ぜると泡立つ」程度の知識しかなかった。

 これだって有江と西藤さんの知識であって、ダンテは何の知識も持ち合わせていない。

 天使は、モフ狼と遊んでいる。


「おかしいですね」

 ダンテは、通信機のキーを打ちながら言う。

「電源ランプが点滅して、画面に『E3』と表示されています。寒さで壊れたのでしょうか」

 西藤さんが、ダンテから通信機を受け取り、調べる。

「これは輻輳ふくそうですね。PINも通りませんから、通信環境が悪くてデータが送受信できないようです。現世班が直してくれるまで待つしかありませんね」


 いよいよ、困った。

 クエン酸と重曹を混ぜれば冷えるということは、わかる。

 しかし、わからないことも多く残っている。

 通信が復旧するのを待った方がよいのか。

 しかし、復旧するとも限らない。

 なんとかしなければ……有江は、心を決めた。


「冥界班だけで、コーキュートス冷却作戦を実行します」

 有江は、高らかに宣言した。


「クエン酸と重曹がわかりませんが、どう冷やします?」

「探します」

 西藤さんの質問に、根拠のない自信を見せる。

「どうやって探すのですか」

 ダンテも尋ねる。

「これがあります」

 有江は、ポケットからスマホを取り出して、電源を入れた。


「なるほど、ローカルの辞書で分子式や反応式を調べるのですね」

 西藤さんが期待する中、有江は辞書アプリを起動した。

「この国語辞書と英和・和英辞書で調べます」

 西藤さんのため息が聞こえた。


 まずは「クエン酸」を国語辞書で調べる。


くえん‐さん【枸櫞酸】

 柑橘類の果実に多く含まれる有機酸の結晶。水に溶けやすく、酸味がある。清涼飲料・医薬品などに利用される。


 漢字で書けることは発見だったが、内容は知識の範囲内だった。「クエン」改め「枸櫞くえん」を調べてみる。


く‐えん【枸櫞】

 マルブシュカンの漢名。酸味のあるレモン類のこと。


「マルブシュカン?」有江は、思わず口にする。

「えっ、なんて言いました?」

 有江のスマホ操作を見ていた西藤さんは、重大なヒントを見つけたとでも思ったようだ。

「クエンはマルブシュカンだそうです」

「何かの呪文ですか」

 ダンテが真剣に尋ねるのも無理もない。


まる‐ぶしゅかん【丸仏手柑】

 ミカン科の常緑小高木。ブシュカンの日本在来種。枝に棘があり、葉は楕円形、花は薄紫色。果実は黄色の楕円形で、冬に熟し、香りが強い。


「クエンはマルブシュカンで、マルブシュカンはブシュカンの日本在来種だそうです」

 ますます、わからなくなってきた。


ぶしゅ‐かん【仏手柑】

 マルブシュカンの変種で、実の先端が手の指のように分かれている。


 ここで、情報が途絶えた。

 漢字からして、仏手柑は仏の手のような形の黄色い果実で、丸仏手柑はそれが丸いのだろう。

 和英辞書と英和辞書を往復して調べるが「クエン酸 citric acid」であり「citric クエン酸の」だった。「丸仏手柑」も和英辞書と英和辞書を往復して調べると「citron」であり、「citron シトロン (ミカン属の植物)、シトロンの実」と表示される。


シトロン【citron】

 ミカン科の常緑小高木。花は淡紫色。実は長卵形で、果肉は淡黄色で酸味が強い。果実は砂糖煮・飲料にし、果皮や葉は香料にする。インド原産。丸仏手柑。


「それ、途中で見ましたね。黄色い果実をたわわにつけた、枝に棘がある植物。魂たちが、ハルピュイアに追いかけられていた第七の圏、第二の環に生えていました」

 ダンテが思い出した。

「ああ、私が投げた果実ですね」

 西藤さんは、魔導士に対してシトロンの実を投げつけ、顔面に直撃させている。

「方法はともかく、シトロンの実を大量に絞れば、クエン酸は確保できますか」

 有江は、第八の圏からの降り口から見える、遥か上の暗い空を見上げる。一条の光が差し込んだような気がした。


 念のために「レモン」も調べる。

 なんと! レモンは、ミカン科ミカン属の植物だった。



 この勢いで「重曹」も解決してほしい。有江は祈りながら調べる。


じゅう‐そう【重曹】

 「重炭酸ソーダ(曹達)」の略。炭酸水素ナトリウム。


たんさんすいそ‐ナトリウム【炭酸水素ナトリウム】

 炭酸のひとつ、水素ナトリウム塩。白色の細かな結晶。加熱すると二酸化炭素を発生させ炭酸ナトリウムとなる。水溶液は弱アルカリ性。医薬品・消火剤などに利用される。化学式(NaHCO3)重炭酸ソーダ。重曹。


たんさん‐ナトリウム【炭酸ナトリウム】

 炭酸のナトリウム塩。無水物は、白色の粉末で吸湿性がある。水溶液は強アルカリ性。石鹸・ガラス・陶器や水酸化ナトリウムなどの製造原料。製紙・染色・漂白・洗浄に使用する。化学式(Na2CO3)炭酸ソーダ。


すいさんか‐ナトリウム【水酸化ナトリウム】

 食塩水を電解して作る。潮解性のある白色の固体。水に溶けやすく、水溶液は強アルカリ性。二酸化炭素を吸収し、炭酸ナトリウムになる。腐食性が強く、皮膚をおかす。石鹸・合成繊維の製造、石油の精製など用途が広い。化学式(NaOH)苛性かせいソーダ。


「調べてみましたが、何のことやら、わたしにはわかりません。二酸化炭素が発生するのでしょうか」

 有江は、早々と白旗をあげた。



 最初から調べなおそうと、もう一度「重曹」と打ち込んだとき、予測変換の候補が表示された。

「重曹ちゃん」

「重曹水」

「重曹泉」


 有江は、思い出した。


 家族で日光に出掛け、その晩に有江が行方不明になったキャンプ。

 有江が発見された日、帰りに栃木県さくら市の喜連川温泉に立ち寄った。

 そこは「日本三大美肌の湯」と看板を掲げていた。

 お湯は、茶褐色でとろとろしていた記憶がある。風呂上りに夕食を食べた大広間に貼られていた効能表には、たしかに書いてあった。

「重曹泉」


 しかも、この地獄にも温泉があったことに気がつく。

 シトロン畑に向かってあのケンタウロスにまたがり渡った第七の圏、第一の環は、たしかに温泉だった。

 

じゅうそう‐せん【重曹泉】

「炭酸水素塩泉」に同じ。


たんさんすいそえん‐せん【炭酸水素塩泉】

 泉質のひとつ、ナトリウムイオン・炭酸水素イオンを主成分とする温泉。皮膚疾患・やけど・糖尿病などに効くほか、肌をなめらかにする効果があるとされる。重曹を含むことから重曹泉ともいう。


「ダンテさん、西村さん、重曹も見つけました!」

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