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Saver Quest  作者: 長尾
束の間の休息

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赤い頭巾に要注意

「わたし、まだ行きたいとこあるの。先帰ってる?」


 ジーナの店を出て、メイが言った。リゲルたちは顔を見合わせて、考えていることが同じことを確認すると、代表してピルクが口を開いた。


「僕たちも行くよ。メイがどんな店に行くのか気になる」


「え? えへ、わかった。みんなで行こっか」


 メイは嬉しそうに笑って、みんなの前に立って歩き出した。思えば、こうやってみんなで出かけるなんてことは皆無だった。半年以上の時間を七人で過ごしてきたのに、案外みんなについて知っていることは少ないのかもしれなかった。


「これから行くのは本屋さんなんだけど、ちょっとびっくりするかもしれないから、心の準備しといてね」


 びっくりする本屋っていったいどんなものだろうかと、一同はいろいろなことを瞬時に考えた。リゲルは、忍者屋敷のような建物の中に書店があるんだろうなと思うことにした。それはびっくりするだろう。注意が必要なのも頷ける。


 その書店は三番街にあるということで、ジーナの店からはわりと近いところにあった。リゲルは『買い出しはジーナの店に行ってからでよかったな……』と思い始めていた。マグロにはコールドの魔法をかけてあるが、猫のご飯が重たい。なにせ一キロもある。魔法を使うほどではないが、持ち歩くには少々重い。


「ここだよ」


 メイが足を止めたので、建物を見てみると、スカイブルーの外壁にはっきりした黄色のドアという、いたって普通な見た目の店だった。看板には『赤い頭巾に要注意』と書かれている。ここが書店だということは、ドアの横の嵌め殺し窓から、大きな本棚にぎゅうぎゅうに詰められた大量の本が見えることでわかった。


「驚かないでね」


 そう言って、メイはドアを引いた。チリンとドアベルが鳴って、奥で人の動く気配がした。


「いらっしゃい、メイ」


 長い栗色の前髪に目を隠した、赤い頭巾の少女がメイを出迎えた。


「スクール時代のお友達ね、いらっしゃい、歓迎するよ」


 メイが何も言っていないのに、リゲルたちのことを理解した少女が、なんだか不気味だった。


「不気味がることないよ。私には人の考えてることがわかるだけ。ほら、入り口に立たれるのは営業妨害だ。店の中に入ってくれよ」


 赤い頭巾の少女は、手に持っていたはたきでピルクをぺしぺし叩いた。珠春は、少女をじっと見て、なにかを確信したらしかった。


「……あんた御印か?」


「随分不躾なガキだね。そうだよ、私もあんたと同じ御印さ。会えて嬉しいよ、弱竹」


 少女はそう言って、左肘の内側にあるポピーの形の痣を見せた。珠春も瞬時に指の付け根の桜の痣を見せる。


「私の印名は『赤ずきん』。ひと目でそうとわかるように、こんな服装をしてる。能力はさっき言ったとおり、対象の考えてることがわかるってだけさ。難儀なもんだよ」


 赤ずきんは自嘲気味に笑って、思い出したようにメイを見た。


「待ってなメイ。いまそんな本を取ってきてやるよ」


「ありがとう赤ずきんちゃん」


 メイは自力で目当ての本を探そうとしていたようだったが、この膨大な量の本を前に、手こずっている。そんなとき赤ずきんの能力は便利だ。説明しなくても目当ての本を理解して持ってきてくれる。タイトルがうろ覚えのときでも役に立つだろう。なんて素晴らしい本屋だ。


「私の実家はこの辺でさ、よく遊びに来てたの。赤ずきんちゃんとは幼なじみなんだよ」


 メイが得意気に言った。


「ほらメイ、ガーランの古い本と、初心者用のレシピ本。こういうのもあるけど、わかりやすいのはこっちかと思って一応両方持ってきた」


 赤ずきんは三冊の本を抱えて戻ってきた。一冊は青い革の表紙の古ぼけた本。残り二冊は新品の薄めのレシピ本だった。


「ありがとう! うーん迷うなあ……両方買っちゃおうかな」


「メイがそれでいいならいいけど、レシピ本買い込んで満足するようなことになりそうで心配だよ」


 赤ずきんは冷静に忠告した。


「う……そうなんだよね……じゃあ、こっちにする。ありがとう」


「はいよ、ハリー、お勘定」


 奥に赤ずきんが声をかけると、低い声で返事が返ってきた。彼女ひとりでやっている書店ではなかったのか。


 ハリーと呼ばれた男がのそのそとレジに出てきた。彼の姿を認めた途端、全員が息を呑んだ。


「お、狼……」


 ハリーは狼の形をしていた。二足歩行する片眼鏡の狼だ。


「そうだよ、ハリーは狼さ。赤ずきんが狼と店やってるのは面白いだろ? 私がスカウトした」


「お、面白いかな……」


 ピルクが苦く笑う。


「ハリーはただの獣人で、四番街の長靴猫とよくつるんでる。魔力はないよ」


「メイちゃん、六〇〇リグルです」


 ハリーは優しくメイに声をかけた。メイがお金を出す間、ハリーは話してくれた。


「こんな見た目をしていますとね、富豪の用心棒くらいしか仕事がなくて、武術の方はめっきりの自分は途方にくれていたんですよ。クリスには感謝しています」


 クリスと呼ばれた赤ずきんは照れたようにそっぽを向いた。


「親父は武術の稽古をしろと口うるさく言ってきたのですが、自分は剣を持たされても弓を引かされても弱々しくてね、親父もある時期からなにも言わなくなりましたよ。その代わり本ばかり読んでいてね、おかげさまでこのモノクルです」


「人は見た目によらないんだよね、ハリーさん」


 お金を出したメイがハリーを見上げる。ハリーは気恥ずかしげに頬を掻いて、銅貨を数えた。


「たしかに六枚。お包みしましょう、貸してください」


 狼はたしかに怖い見た目だが、心優しいのがありありと見てとれて、物腰の柔らかい様子が、彼が狼であることを忘れさせた。


「ハリーは実家を出てここに住み込みなんだけど、いま秋だから夏毛が抜けるんだよ。毎日ブラッシングさ」


「仲が良いんだな」


 珠春が言った。


「おや、言ってなかったね。私たち今度結婚するんだ」


 さらりと言う赤ずきんに、ひと呼吸置いてリゲルたちは驚愕の声を上げた。


「ええええ!? 赤ずきんちゃん結婚するの!?」


 赤ずきんが狼と結婚なんて、童話の中では考えられない字面だが、ハリーの柔らかさを見ていると納得できた。


「ハリーさんなら幸せにしてくれるよ、よかったね……」


 メイは感激のあまり泣いている。


「メイが魔導士試験に受かったら言おうと思ってたんだ。タイミング良く来てくれて助かったよ」


「でも二人がそんな感じだなんて知らなかった、言ってよ」


「私は言ったつもりだったんだけどね、ねえハリー?」


 ハリーは本を包み終えて、レジ台にぱたんと置いて顔を上げた。


「僕から言うつもりはありませんでしたよ、クリスは言わないつもりだろうと思ってましたから」


「私が秘密主義みたいじゃないか」


「いいえ、クリスは照れ屋さんだからです」


 クリスの頬が前髪の下で真っ赤になった。


「ほらね?」


 ハリーは余裕そうに笑う。なんだかその様子だけでリゲルたちはお腹いっぱいになった。


「じゃあ結婚式呼んでね? また遊びに来るよ!」


 メイは本の包みを抱えて、みんなに帰ろうと促した。


「じゃあね、メイ。悩みがあったら言うんだよ」


「うん!」


 赤ずきんと狼はドアの外まで来て見送ってくれた。リゲルたち四人は、何度も振り返って手を振って彼女たちと別れた。


「赤ずきんちゃん、わたしの二個くらい上で、結婚なんてまだまだだと思ってたけど……」


 メイは感慨深そうに呟いた。あの二人なら幸せになるだろうという確信が四人の中にあった。


「メイも結婚できるといいね」


 ピルクが茶化すように言う。メイは真っ赤になって彼を睨んだ。


「師匠はやめとけ」


 珠春が釘を刺す。リゲルは珠春をとっさに抑えたが、遅かった。


「推しと結婚なんて無理! 死んじゃう!」


 顔を赤く染めたままメイは笑った。リゲルは現実的に考えてしまう。レグルスはあちら側だし、ここに来たとき数百年を生きてきたことを暗にほのめかされた。そんな老人みたいな心で生きてる人が十七歳のメイを相手にするだろうか……。ジーナと絡んでいる方がまだ想像できた。


「もう夕方だし、帰るか」


 リゲルが言って、四人は城の方角に歩き始めた。

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