恋するロビン
『恋するロビン』はジーナが営む小さな定食屋だ。知る人ぞ知る隠れ家的名店で、夜は居酒屋もやっている。
深い茶色の古びたドアを開けると、カランとドアベルが鳴って、ジーナが出てきた。
「あらぁリゲルじゃない。お友だち連れてきてくれたのね、ありがとう」
四名様ね、と伝票に書きつけて、窓際の席にリゲル・珠春・ピルクとメイを通した。時刻は午後三時頃。いい感じに暇になっている時間らしく、客は彼らの他にいなかった。
「で? ご注文は?」
気だるげなジーナが尋ねると、珠春はメニューも見ないでシーフードドリアと元気よく答えた。ジーナはフッと笑った。
「珠春はいつもそれねぇ。リゲルは?」
「俺は焼きうどんが食べたいな、あります?」
「あるわよ、なめんじゃないわよ」
ジーナが伝票の板でリゲルの頭をぽんと叩く。ピルクとメイはその様子をニヤニヤしながら眺めていた。
「お二人さんは?」
ジーナの美しい流し目を受けて、ピルクは少し頬を赤らめ、メイはうっとりとジーナの顔を見つめた。
「あの、わたしはカルボナーラ」
「僕はえびのピラフが食べたいです」
「了解、待っててねぇ」
ひらひらと手を振って厨房に入っていくジーナの後ろ姿を見送って、ピルクとメイはため息をついた。
「……綺麗な人だね」
メイの言葉に、リゲルと珠春は顔を見合わせた。
「めちゃくちゃ綺麗だけど、あの人男なんだ」
「「えっ!?」」
リゲルも初めて聞いたときは信じ難かった。こんな綺麗な男の人がいるのかと衝撃だった。もっとも、ジーナのことは『実は男』ということくらいしか知らないのだが。
「俺たちもよくは知らないけど、レグルスさんがそう言うから」
「ジーナさんと長官が、知り合い……」
メイは額に手を当てて、下を向いた。
「どうした、メイ?」
「うぅ〜……どうしたって勝てないじゃん……」
まさかここでジーナをライバル視するとは思わず、リゲルとピルクはずっこけてしまった。
「おいメイ、話聞いてたか? ジーナさんは男なんだぜ?」
「男だって女だって顔が綺麗な人が長官の側にいたら、わたしのことなんか見向きもしないじゃん」
メイ以外の三人は顔を見合わせて、どう声をかけるべきか考えたが、言葉が見つからない。思ったよりガチの恋だったことにひたすら驚いている。リゲルは、あの部屋の惨状を思い出して、メイにやめたほうがいいということを言うべきか悩んだ。
お冷のグラスの中に浮いている氷を、小指でつんつんして遊んでいた珠春は、じっとメイの顔を見た。
「師匠は、めちゃくちゃものぐさだぞ。メイ」
「おい珠春……」
「ものぐさ?」
リゲルは珠春を黙らせようとしたが、遅かった。
「部屋がめちゃくちゃ汚い」
「え〜!」
メイは目を丸くして大きな声を出した。
「……ギャップ萌え!!」
「えー…………」
リゲルにとってはレグルスの第一印象が汚部屋の住人だったので、萌えるようなギャップを感じないのだが、新聞やラジオで見せる姿は、そんなにしっかりした人間なのだろうか。日本で言うところの防衛大臣みたいなものだとしたら、まあそりゃそうかとは思う。
「しかしさ、なんでそんなに白衣長官が好きなんだよ?」
ピルクが尋ねた。
「いろいろあるけど、まずは顔だよね。脚が長くて身長もあって、本当に素敵」
リゲルと珠春の脳裏にいるのは、その長い脚を無造作に投げ出してソファにへたり込むレグルスの姿だ。メイがイメージしているキラキラとしたレグルス像からはあまりにかけ離れている。
「声も低くて、喋り方が柔らかくて、笑うときに喉の奥でくつくつ笑う感じが好きだなあ。だからラジオも欠かさず聴いてる」
そう言われるとたしかにレグルスは柔らかい話し方をする。だが同時にそれが胡散臭くもある。
「頭も良いし、全てがスマートで紳士的だよね……本当に好き」
スマートな人間が汚部屋に住んでいるわけないだろう。目を輝かせてうっとりと話し続けるメイを見て、違う世界の違う人間のことを話しているのではないかという気すらしてきたリゲルだ。
そのとき、ジーナが料理を持って厨房から出てきた。
「あんたたち仲良しねぇ、ずーっと喋ってるじゃない」
頼んでいないはずのサラダと、シーフードドリアとえびピラフが机の上に置かれた。
「ジーナさん、俺たちサラダ頼んでないよ?」
「いいのいいの、野菜余らせてもよくないからいま出しちゃおうと思ったのよ。育ち盛りなんだし、文句言わないで食べなさいよ?」
ジーナはウインクしてまた厨房に引っ込んだ。
「いただきます! おれは腹ぺこだったんだ、先に食うぞ兄上」
珠春は返事も待たずにスプーンでドリアをつつき始めた。
「ピルクも食べなよ、美味しいから」
メイとリゲルに遠慮していたピルクだが、リゲルの勧めでスプーンを手に取った。
「いただきまーす……あ、美味しい!」
「だろ? 一回みんなを連れてきたかったんだ」
メイもフォークでサラダを食べている。何も喋らないところを見ると、美味しいらしい。
「はぁい、お待ちどおさま。カルボナーラと焼きうどん」
「わーい!」
全員に料理が行き渡って、ジーナは伝票にチェックを入れてから、改めて四人を眺めた。
「ここに来たってことはレグルスのおつかいもあるんでしょ、リゲル?」
リゲルは言われてからそうだったことに気付いた。目的がジーナの料理になっていた。
「いつものたばこを十箱くださいって」
「あいつ、五日前に買いに来たばっかりよ。今度は十日後に来なさいって言っといて」
ジーナは苦笑いして、伝票にたばこのことを書き付けた。
「領収書はレグルス宛でいいのよね? 会計は別にする?」
「いや、レグルスさんのお金なので一緒でいいです」
「そう、了解。……で、なんの話よ?」
視線が、カルボナーラをゆっくり味わっているメイに集まった。
「え、なに?」
「いや、話してたの主にメイだから」
メイはジーナの顔をちらっと見て、カァーっと赤くなった。
「な、なんでもないんです、なんでも! あはは」
「ジーナさん、こいつ師匠のファンなんだ」
またも珠春が暴露した。
「ちょ、珠春……!!!」
慌ててメイが隣に座る珠春の口を塞ぐも、遅かった。
「へえ……物好きな子がいるものねぇ」
ジーナは美しく微笑んで、椅子をひとつ持ってくるとそこに座った。
「あたしとあいつの話でもしましょうか? 聞きたい?」
「聞きたいです!」
メイがでかい声で返事をした。ジーナはまたにっこり笑って、足を組んで膝の上に頬杖をついた。
「……あたしがレグルスに出会ったのは雨の国にいたときのこと。あたしはそこで人形歌劇団の衣装とメイクをやってたの」
雨の国は、都市伝説的な扱いの『どこかにある人形で栄えた国』として、フェリア人には認識されていた。
「あいつはどこからともなくやってきて、すごい質のいいオートドールを連れてたの。いま思えば、あれはあいつが作ったのね。いまも義肢のエンジニアをやってるけど、それは雨の国で覚えた技術よ」
ジーナは珠春の義腕を見つめた。
「あいつとあたしは、歌劇団の劇場で出会って、最初はお互いに妙な既視感があったの。それがどこから来るものなのかわかったとき、あたし達はある事件に巻き込まれた。その事件は国中を震撼させたものだったから、あたしも雨の国にいられなくなって、レグルスに頼んでフェリアに連れ出してもらったのよ。だからあたしにとってあいつは恩人なのね」
話し終えて、ジーナはフーっとため息をついた。
「……お二人は、恋人だったんですか?」
メイが意を決して尋ねたが、ジーナは曖昧に微笑んで「さあね」と肩をすくめた。
「あいつの話してたらたばこ吸いたくなっちゃったわぁ……入口で吸ってくるけど、みんないい子に食べてるのよ」
「はーい」
それからは、一同無言で食べることに一生懸命だった。ジーナの昔話がメイにどう聞こえたかはわからない。しかし確実に興奮はしているようで、頬がずっと赤かった。新聞やラジオの向こう側にいたレグルスが、ジーナを通して更に生き生きした人間として認識できたのは間違いないだろう。
レグルスの連れていたという『質のいいオートドール』は、いまどこにいるんだろうかと、そればかりが気になるリゲルだった。




