長官レグルスのズボラな日常
「キオン、元気だったか?」
休みに入って、アテナが預かってくれていたキオンと再会した。一週間くらい会えなかったけれど、キオンはリゲルのことを忘れてはいなかった。猫というのは、案外飼い主を覚えてくれているらしい。
「アテナさん、ありがとうございました」
「いえいえ、私も猫ちゃんと一緒にいられてとっても楽しかったです。城のメイドたちはみんなキオンちゃんにメロメロでしたよ。用もなく会いに行く人もいるかも?」
「なっ、それは困りますよ!」
「冗談冗談。じゃあキオンちゃん、またね」
アテナはにこにことキオンに手を振った。
「ナァーオ」
キオンも返事するように鳴くので、リゲルはちょっとやきもちを焼きたくなった。
「なんだよ、お前の世話してるのは基本的には俺だぞ? アテナさんにどんなうまいもんもらってたか知らねえけど、一週間くらいでなびいてんじゃねえよ」
城の廊下を歩きながら、リゲルは猫と真剣に言い合いをした。すれ違う文官が、思わず二度見していく。
「ただいま」
レグルスの部屋の扉を開けると、乱れまくって足の踏み場もない部屋が出迎えてくれた。部屋の主は唯一座れる椅子にだらしなく座っている。
「おかえりなさい、リゲル君。と、キオンちゃん」
コーヒーが入ったコップを持って、やあ、と手をあげるレグルスに、無性に腹が立った。
「……レグルスさん、この部屋はなんですか?」
「見ての通りですが……」
「俺がいなかったの、たった一週間ですよね?」
「んー、そうですね。君がいない一週間は長かったです」
悪びれもせず、コーヒーをズズッと啜るレグルス。リゲルはキオンを腕からおろして、袖をまくった。
「お、またお片付けの魔法を見せてくれるんですか?」
レグルスの目がきらきらしている。わくわく、という擬音が頭の上に書いてありそうな表情だ。
「違います」
リゲルはずかずかとレグルスに近寄り、ごつんと頭にげんこつを落とした。
「いたっ! なにするんですか!」
「俺はこの部屋を片付けるために魔導士免許取ったんじゃないんですよ! ちょっとは自分で片付ける努力をしてください!」
顔中に「心外」という文字を貼り付けたレグルスがぽかんとリゲルを見上げる。
「だって見てください、散らばってんのいらない書類なんでしょう?」
「……まあ、大半は」
「自分で分別してくださいよ! そんなんでよく魔導軍の長官が務まりますね! 昨日の挨拶でちょっと見直したというのに」
「え! 見直してくれたんですか!?」
すかさずレグルスが反応する。しょぼくれていたかと思ったらこの変わり身の速さだ。
「でもこの惨状で帳消しです」
リゲルは無表情にレグルスを見下ろした。途端にレグルスの頭の上に「しょぼーん」という文字が浮かぶ。ちょっとかわいそうにもなるが、このくらい言わないとすぐ調子に乗る。
「……俺も手伝いますから、部屋片づけましょう」
「……はーい」
しぶしぶといった様子でレグルスは立ち上がり、部屋の入り口まで行って書類をかき集め始めた。
「あーあ、いらない書類ばっかりですねえ」
「それを逐一処分してください!」
「あはは、手厳しい」
レグルスは声を上げて笑い、あーあと首を回した。
「どのくらい時間かかるんでしょうねえ」
「真面目にやれば二時間くらいじゃないですか?」
リゲルは振り返りもせずぶっきらぼうに告げた。手元では書類をかき集めて揃えている。
「俺が紙集めるんで、レグルスさんはいるやつをこっち、いらないやつをこっちに置いてくださいね」
「はいはい」
「はい、は一回!」
「……はーい」
そんなやりとりをしながら片付けていると、扉が控えめにノックされた。
「いま手がふさがっているので、仕事ならあとにしてください」
扉を開くこともせず、机の上に山積みにされた書類とにらめっこしながらレグルスは答えた。
「そんなことだろうと思ってコーヒーをお持ちしました」
扉の外でアテナが笑いながら答えた。
「なんだ、アテナさんでしたか。リゲル君、開けてください」
リゲルが扉を開けると、アテナがコーヒーセットと茶菓子の乗ったトレーを持って立っていた。
「侍女長自らお持ちしなくてもよかったのでは?」
レグルスは机の上にスペースを作りながらアテナに言った。
「リゲルさまに長官の一週間の様子をお話しておきたくて」
「いや困りますよ?! ますますリゲル君が冷たくなるじゃないですか!」
「自覚がおありなら、生活態度を改められては?」
アテナはコーヒーを淹れながら笑った。
「さ、どうぞ。クッキーもお持ちしましたよ。休憩されてはいかがですか?」
「じゃあ、お言葉に甘えます」
紙を揃えて山の上に重ねると、リゲルは椅子に座った。
「レグルスさん、そんなに荒れた生活だったんですか?」
コーヒーをすすりながらアテナに尋ねると、彼女はうっすら笑って
「それはもう」
とだけ答えた。
「やめてくださいよ、リゲル君が激怒しちゃうじゃないですか!」
「部屋を見ればだいたいわかりますけどね……」
慌てまくるレグルスを見ているのが、心なしか愉快な気がした。表では立派な長官かもしれないが、私生活はズボラそのもので、それを知るのは一緒に住んでいる者だけ。その最たる者がリゲルだ。俺しか知らないレグルスさんの顔があるというだけで、優越感すら感じるのだから不思議なものだ。メイが知ったらどんな顔をするんだろう。
「片付けをしなくなっただけではなくて、生活リズムも乱れていたんですよ」
「ちょっとアテナさん!」
レグルスは顔を赤くして慌てている。こんなに取り乱すレグルスを見るのは初めてだ。
「というと?」
「二日徹夜して、お食事もとられない日があったかと思えば、一日中眠っていらっしゃる日もあったり。リゲルさまがフェリアに来られる前からこんなことはありましたけれど、さらに酷くなっているように感じました」
「もう……」
レグルスはへにゃへにゃしている。
「長官にはリゲルさまがいらっしゃらないとダメみたいなので、ちゃんとお世話してあげてください」
アテナはリゲルに頭を下げた。
「頭を上げてくださいよアテナさん! そんなの頼まれなくてもやりますから!」
「「本当ですか!」」
アテナとレグルスの声が重なる。二人の勢いにリゲルは面食らった。
「レグルスさんは自分のことは自分でできるように努力してくださいよ」
「ああ、いや、それはそうなんですが……」
レグルスは恥ずかしそうに頭を掻いた。その様子に思わずため息も出るというものだ。
そのとき、キオンが足元に来てリゲルの脚をちょいちょいと触った。
「どうした? ……ああ、ごはんがないのか」
キオンの餌皿はいつの間にか空っぽになっていた。たしかストックも切らしている。
「せっかく一週間のおやすみですから、街に出て羽根を伸ばして来たらいいですよ。珠春さんも誘って」
レグルスがクッキーをかじりながらリゲルに勧めた。
「そうですね、そうします。なにかおつかいがあれば一緒に行きますけど」
「んー、じゃあ、髪長さんのとこに白衣の発注に行ってくれませんか? 請求書もらってきてください」
「わかりました、それだけですか?」
レグルスは部屋を見回して考えていたが、なにか思い出したようで、適当な紙にメモを書き始めた。
「歯ブラシと歯磨き粉、それからジーナの店に行って、いつものたばこを十箱買ってきてください。お金いま渡します」
レグルスはそう言って金貨を一枚握らせた。
「一万リグルも? 多すぎですよ」
「僕からのボーナスです。なにか美味しいものでも食べていらっしゃい」
「ありがとうございます……」
一万リグルは、日本でいうと五万円ほどの価値がある。どう考えても渡しすぎだ。
「おつり返しますよ」
「持っておきなさい、またおつかいを頼むかもしれませんし」
「なるほど」
そう言われると持っているしかない。お小遣いにしては高額すぎるが、今後なにか入り用になるかもしれないし、仕方ない。
「じゃあ行ってきます、片付けはしといてくださいよ」
「はーい」
珠春は寝ているかなと思ったが、もうそろそろ昼になる。暇しているかもしれないし、レグルスの言う通りに誘っていくことにした。




