ネメシス
ネメシスが大きな魔法を発動しようとしている中、珠春がネメシスに向かって駆け出した。ピルクとミストもそれにならう。メイはガーランに魔力を込めて、いつでもヒーリングを発動できるようにかまえ、アルラは全員にシールドを張る。
そして、後方でリゲルはネメシスの魔法を無力化する魔法をイメージして魔力を集めていた。
リゲルのイメージでは、ネメシスの魔力をそのまま吸収して全員の魔力補充ができるように還元することができるはずだ。一度魔法を発動させて、こちらに向けて放つわけだから、空中に魔力吸収のポイントを作り、その吸収された魔力を全員に分配する。
ギウス先生の論理では、そういうことに長けているのは魔法陣だという。リゲルは頭の中で魔法陣を構築していく。魔法陣の書き方も学習院時代にしっかり叩き込まれた。
これが成功したら、きっとネメシスの魔力もしばらくは枯渇する。あとは数で叩けばいい。向こうがどんな手練れだとしても、六人に囲まれたら、動きづらいのはわかっている。
「よし、来い……」
珠春は先陣を切ってネメシスに突っ込んでいく。しかしネメシスもシールドを張っているためになかなか攻撃が届かない。
「そうはいかないわよ、お嬢ちゃん。私を殺そうなんて百年早いわ」
ネメシスは珠春を見据えて衝撃波を放った。アルラのシールドがそれを無力化する。
「余所見してていいのかよっ」
ピルクがミストの手を借りて飛び上がり、上からネメシスを貫こうとした。慌ててネメシスが飛び退く。
ネメシスの魔力はまだ一点に集まったままだ。発動されずにこのまま霧散してくれたらありがたい……。ピルクはネメシスを追い詰めるべく、俊敏に剣をさばいている。
「くっ……うざったいわね!!!」
ネメシスが手を上げると彼女の魔力が発動された。雷が地を這うように凄まじいスピードで後方のメイとアルラに迫っていく。
「させるか!」
リゲルは魔法陣を発動して魔力を吸収、無効化した。
「なんですって!? こんな高度な魔法陣をあの一瞬で!?」
そして吸収した魔力をリゲルと珠春を除いた四人に還元する。枯渇しそうになっていた魔力が補充されて、四人の身体に力がみなぎった。
ネメシスの白い額には青筋が浮いている。
「こうなったらなり振りかまっていられないわね……私を怒らせたこと、後悔させてあげる!」
「来いよクソババア、全部無力化してやるよ!」
リゲルはそう叫んでネメシスの足元の地面を吹き飛ばした。
ネメシスはすんでのところで飛び上がり、周りの木々を蹴って、後方のアルラのところに飛んできた。
アルラは自身の得物である紐を奪われてしまったので、魔法攻撃しか手段がない。刀と丸腰では心許なさすぎる。
そこにピルクが飛んできて、アルラを守るように剣を構えた。
「ピルク、俺は大丈夫だ」
「アルラ、これはチーム戦なんだ。頼ってよね」
ネメシスは酷く顔を歪めて二人を見やった。
「へえ……美しい友情ってヤツ? 反吐が出るわね。ぶっ殺してあげるわ」
背後から珠春が忍び寄る。ネメシスがそれに気付いて後ろに向かって刀で斬りつけた。
一瞬珠春の反応が遅れ、脇腹をしたたかに切り裂かれた。ネメシスは笑いながら振り返り追撃しようとした。
「……!?」
しかし珠春は不敵に笑いながら傷を修復していく。ジュクジュクと音を立てながら生き物のように傷が塞がれていくのを見て、ネメシスは絶望感すら覚えた。
「おれの印名は『弱竹のかぐや』だ。喧嘩を売る相手を見誤ったな」
「御印……!?」
ネメシスは狼狽える。
「おいおい、リサーチ不足だな? もっとしっかり調べておくんだな」
ミストが珠春の横に立って笑った。
「……もううんざり!! さっさと殺されなさい!!」
ネメシスは魔力をまとって自身の体を強化していく。紫色のモヤが濃くなっていく。
リゲルはそれを無効化するべく魔法陣を構築し、彼女の頭上に展開した。魔力が吸い取られていく。
「!」
「無駄だって気付いたか? ババア」
そう、リゲルが無効化魔法陣を簡単に構築できるようになってしまった以上、このフィールドで魔法を使うのはほとんど無駄と言えた。そして吸収された魔力はどんどん還元されていく。
「ムカつくわね……!!」
ネメシスは砂を蹴り上げて周りを離すと刀を構え直して、メイに近付いた。
メイは即座に反応してガーランで刀を受け止める。
「ヒーラーを潰せばパーティが壊滅するのは戦場の常識。生き延びたかったらヒーリング以外で役に立つことね」
メイはムッとして言い返す。
「私がヒーリング以外できないなんて一言も言ってないですけど!」
そう言うと短縮音を出して魔力を込め、ガーランを振るった。
「!?」
ガーランの威力が三倍になっている。ネメシスは刀で大剣を受け止めたが、その重さに手が痺れた。
「こんなことだって、できますけど!」
メイはさらに短縮音を出してガーランを左右に振るった。直接斬られたわけではないのに、ネメシスの腹が切れた。
「……っ!」
「私だって、魔導軍の一員です!」
メイはガーランを構えたまま叫んだ。
「私が役立たずなんて、言わせない!」
短縮音が繰り返されて、遠隔攻撃が続く。魔法には違いないのに、シールドを貫通する。それがネメシスには恐ろしくて仕方なかった。避けようにも見えないのでネメシスは傷だらけになっていく。
「メイがキレてる……」
アルラがリゲルの隣でぽつりと言った。
メイは有翼の五芒星の紅一点で、控えめだったし、みんなの癒やしを買って出ていた。しかしいま、こんなにも感情をむき出しにして執拗に攻撃を続けている。普段のメイを知っていれば、想像もしなかった姿だった。
ボロボロのネメシスと、無情に遠隔攻撃を続けていくメイ。このままではネメシスが倒れるのも時間の問題だった。全員が臨戦態勢を取りながら、メイの独壇場だ。
メイは細い腕でガーランという大剣を振るい続けているのに、全く息が切れる様子を見せなかった。ゾーンに入っているというのが相応しい表現だろう。
「これもババアのリサーチ不足のせいだな」
ミストは笑った。
「その傷だらけの身体を炙られるとどうなるかな。僕は火も使えるんだ」
ピルクが両手を打ち鳴らすと、ネメシスの周りが円形に燃えた。傷を火で炙ると痛覚が倍増する。
「ああああ!!!」
ネメシスが叫ぶ。
「ミラ様っ! お許しください!! ミラ様!!」
彼女の上官らしき名前を叫び、ネメシスは倒れ込んだ。
「アルラ、予備の紐持ってないか?」
ミストがアルラに聞く。
「それが……」
「俺が作るよ」
リゲルがこともなげに、その辺の木に手を当てて、木の皮から紐を作り出してアルラに手渡した。
アルラは紐を受け取って、印を結んでネメシスを縛り上げた。
「とどめ刺したほうがいいと思う? リゲル」
ネメシスはまだ浅く呼吸していた。
「楽にしてあげたらいいんだろうけど……俺はどうにも踏ん切りがつかなくて……」
人を殺すということに、まだ向き合いきれていなかった。神殿で授けられたのは、必殺の魔法。それを使えば、ネメシスは死ぬ。いまは気を失っているけれど、死んだら、動かなくなる。嫌でもサウンの死に顔を思い出した。
「じゃあ俺やるよ」
ミストが何でもないように返事して、その場でネメシスの額を水の弾丸で撃ち抜いた。当然ながら、ネメシスは絶命した。
「このババアも人間だったんだな」
メイはまだ呆然としていた。魔力を短期間に使った反動で正直身体は重い。ガーランを鞘に納めて、地べたに座り込んだ。
「おなかすいた……」
そう呟くと、ピルクがメイの肩を叩いた。
「なに食べたい?」
「ハンバーグ!!」
「いいよ。帰ろっか」
メイは頷いて立ち上がった。周りを見ると、珠春だけでなく、アルラ、ミスト、リゲルも笑っていた。
帰ろう。王都へ。




