襲来
神殿から駆け出ると、仲間たちが何かと交戦していた。動きが早すぎて苦戦しているように見える。
「珠春!!」
リゲルが叫ぶと、珠春が振り向いた。
「兄上! 来るな! こいつは兄上を狙っている!」
「あらあら、余所見なんてする暇あるのかしら?」
何か——女は手にした刀のような剣で珠春を切り裂いた。ように見えた。
「へっ……減らず口叩く暇こそねえだろっての」
ミストが得意の水球を女に向かって投げつけた。女は舌打ちして飛び退く。
「多勢に無勢ね……でも退かないわ。セイバー、あなたを殲滅する好機だもの」
女は首をかしげてリゲルを見つめた。恍惚の表情をも浮かべている。
「……セイバーってなんのことだよ」
リゲルも身体を低くかがめて臨戦態勢を取る。
「フェリアの救世主……すなわちセイバー。あなたのことよ。リゲル?」
女は舌なめずりして刀を構えた。
アルラが紐を手に呪文を詠唱しているのが見える。メイもガーランに魔力を込めている。ピルクもどこからか出した剣を片手に臨戦態勢だ。
「あら、自己紹介がまだだったわね。私はネメシス。あなた達が“歪み”と呼んでいる隣国コイネの戦闘員。ミラ様のためにセイバーを殲滅しに来たの。大人しく殺されなさい」
ネメシスは刀を構えたままゆっくりと自己紹介した。余裕がある様子に見える。リゲル、珠春、アルラ、ピルク、メイ、ミストの六人に囲まれて、まだ余裕があるとは化物だと、リゲルは思った。
「せっかく殺すなら、お仲間も一緒に消してあげなくちゃ、寂しいでしょう?」
ネメシスはにやりと口角を上げて、凄まじいスピードでメイに飛びかかった。
「……っ!」
メイはすんでのところで刀をガーランで受け止めた。
「あらぁ、ぼんやりして見えたけど案外やるじゃない」
ネメシスは退いたと思うとメイに足払いをかける。
「きゃあっ!」
「戦場でのふるまいっていうのがまだまだ身についてないわね。可哀想に、殺してあげるわ」
ネメシスが刀を振り上げて起き上がったばかりのメイに襲いかかる。
「そこまでだよ、オバサン」
ピルクがいつの間にかネメシスの背後をとって剣を背中に突きつけていた。
「あーあ、やっぱり私は大人数の戦闘は苦手だわ。それにオバサン呼ばわりされたのは腹が立つわね」
ネメシスはやれやれと首を振って、同時に魔力を爆発させてピルクと近くにいたメイを吹っ飛ばした。
「魔法まで使えんのかよババア……」
リゲルは独り言を漏らして、魔力の風でネメシスを緊縛する。このまま気道を塞いで落とせばいい。徐々に風の出力を上げていく。
「うっ……ああ……」
ネメシスは藻掻いているように見えたが、不意に大人しくなった。落ちたか、と思い風を解除する。
バタリと地面に落とされたネメシスは、低く笑い始めた。
「ふふふ……甘い、甘いわセイバー」
ネメシスは首を振りながらゆっくりと立ち上がって、左手を前に出すと、人差し指でちょいちょいとリゲルを挑発した。
「そんなもんじゃないでしょう? 本気出しなさい、全員かかってらっしゃい」
ネメシスが言い終わるが早いか、珠春が背負っていた長剣でネメシスを薙ぎ払おうとした。かわされる。
ピルクが剣で切りかかる。かわされる。
メイがガーランを振り上げる。かわされる。
ネメシスが魔力で周りの砂を巻き上げた。これはすんでのところでミストが水の壁を作り無力化。
ミストが指先から水の弾丸を撃ち出し、ネメシスの頭を撃ち抜こうとする。同時にアルラが紐で緊縛。
しかしネメシスだと思っていたものは砂のスクリーンに映った残像だった。
「甘いわ!」
声は上から降ってくる。上か、とリゲルが見上げると木の上からネメシスが飛びかかってきた。空気を圧縮させて壁を作り、弾き返す。ネメシスはそれを見越して壁を蹴り着地した。
と同時に刀でリゲルを突いた。リゲルはそれを避けてネメシスの周りの空気圧を下げて真空状態にした。これでは息ができなくて動けないはず。
案の定ネメシスは苦しげに顔を歪める。
「今だ!」
アルラが紐を投げてネメシスの身体を太い木に打ちつけた。
「うっ!」
ネメシスは苦しそうに息を吐いた。
珠春が長剣でネメシスを突き刺そうと走り出したところで、ネメシスの魔力の波動が全員を貫いた。
「……これで全員動けないわ、手こずらせて、悪い子たちね」
ネメシスはアルラの紐を砂状に崩して余裕の表情で服の裾を払った。
リゲル達は焦った。まるで体内が凍ったかのように冷たい。それに、リゲルと珠春を除いたメンバーは魔力がそろそろ枯渇する。時間がない。
リゲルは魔力で体内の温度を上げて冷気を追い出そうとした。じんわりと冷や汗をかいている。頭がくらくらする。せめてメイを動けるようにしなければ、ヒーラーが潰れたらパーティが潰れる。
『呪いの解除方法はたくさんありますが、この呪文を唱えるといいですよ』
いつの記憶だかはっきりしない記憶が突如蘇る。レグルスがいつか教えてくれた呪いの解除呪文。
「……女神の力よ、我を守り給え。海に沈めた鏡よ、いまこそ光れ、スペクルム!!」
突如まばゆい光がリゲルの体内から溢れだした。なんだこれはと戸惑う間もなくリゲルは動けるようになった。
「あら? 知ってたの? ざーんねん」
呪いを食らってから一秒足らずでリゲルが動けるようになったので、ネメシスは面食らった様子だった。
「セイバーなめんなよ、クソババア」
「なんですって?」
「何度も言わせんな、クソババア」
ネメシスの白い額には青筋が立っている。
「訂正しなさい!」
「やなこった!」
リゲルは大声でスペクルムの呪文を唱え、全員の呪いを解除した。
「メイ!」
「うん!」
メイは短縮音を出して一同をヒーリングする。ガーランの不思議な音が身体を満たしていく。
「あら、ずるいわ。ヒーラーがいたなんて」
ネメシスが少しもずるいと思っていなさそうな声で言った。
「私もヒーリングくらいはできるけどね……ふふ」
そう言いながらネメシスの身体を紫色のモヤが包んでいく。歪みにとってはあの毒ガスのようなモヤにヒーリング作用があるのかと、リゲルは怖気だった。
「さあこれで振り出し。どうするの? セイバー」
リゲルは歯を食いしばる。考えろ、考えれば何かあるはず。あのババアを出し抜いて逃げられる手段が……。
「考えたって無駄なんじゃなぁい? 逃げようったってそうはいかないわよ」
ネメシスがなにか巨大な魔法を放とうとしている。呪文を詠唱するネメシスの周りに、彼女の魔法の百合の花のような香りが濃くなってきている。まずい……これはまずい……。
「兄上」
珠春が隣で袖を引いた。
「おれは不死再生能力を持っている。おれを盾にして、兄上も大きな魔法を発動するべきだ」
「珠春にもわかるのか、この匂い」
「ああ、訓練されて魔力を感じるのがうまくなった」
「しかしお前を盾にするなんて……」
リゲルはしぶった。
「言ってる場合か。早くしないと誰か死ぬぞ」
珠春の顔は真剣そのものだった。サウンが死んだときのミストの顔が脳裏をよぎった。もうあんな顔は誰にもさせたくない。
「わかった」
ふたりは頷きあって、全員の脳内に話しかけた。
『珠春が先陣を切る。ピルクとミストは珠春に続いてくれ。アルラとメイに後ろを任せる。俺は……俺はネメシスが発動しようとしている魔法をそのままみんなの魔力に還元する魔法を考える。いいな?』
ミストは「いま考えるのか?!」と驚いた顔をしてリゲルを見たが、リゲルが真剣に考えている様子だったので、みんなと同じように頷いた。
「作戦会議は終わったかしら? のんびりしてていいわねぇ……いくわよ」
ネメシスが左手を天に向かって高く伸ばしたとき、珠春が駆け出した。




