56.約束のセコンド
皆んなが嬉しそうに飲み物を口にした時、女将さんから遠足のプログラムが発表された「まずは火星を見て、木星の回りを飛んで、土星、天王星、海王星をまわり、そして瞬間移動をして…水星と金星を見てから、地球に帰ります…皆さん、間も無く火星が見えてきますよ…」「おぉ〜」とにかく3家族の歓声が凄い…女将は匠の耳元で「あなた…皆さんがこんなに喜んで下さるなんて、なんだか私の方が嬉しく成ってきたわ」「…分かるよ、僕もさっきから胸が熱くなってるんだ」。。こんな風に遠足と食事会は交互に繰り返し行われた。 さて話は元に戻って…5月5日、午後2時。スカイシップのキッチンの中では、グレイとルーシー、ブラウンとレイチェルが料理の腕を振るっていた…7回目の食事会の用意である。グレイは時計をチラッと見ると「ルーシー、僕の方はもう直ぐ終わるけど、何か手伝う事はあるかな?」「ありがとうグレイ、私も最後のクリームを…はい…今終わったわよ」「ご苦労様、ルーシー。ブラウンさんとレイチェルさんは…どんな感じかな?」「ちょっと見てくるわね」ルーシーは5メートルほど離れた隣のキッチンを見に行った。テーブルの上には既に完成した料理が並んでおり、ブラウン夫妻はその料理を嬉しそうに眺めていた「レイチェルさん、ブラウンさん、お疲れ様でした、終わっておられたんですね」と言うルーシーの声に「たった今終わったところです、あのグレイさんも終わられて居るんですか?」とレイチェルが尋ねると、ルーシーは微笑みながら「はい…でわ…今から…勉強会を始めましょうか」と言って微笑んだ。レイチェルとブラウンは嬉しそうに自分達が作った料理の一品ずつをワゴンに乗せグレイの居る隣のキッチンに向った。4人だけのお楽しみタイムである。前菜からデザートまでの15品を4人で試食しながら学び合うのである。ブラウンとレイチェルは、初めてグレイの作る料理を食べた時(料理の天才って本当に居るんだ〜)と思い、機会があるたびに質疑応答の時間を貰っている…と2人はそう思っている、しかし、グレイ本人は、周りの人達から天才と言われても、自分を天才などと思った事は一度もない、グレイは心の中で…自分以外は全て先生…と常に思っているので、ブラウン夫妻が照れ臭そうに自分達の料理の説明をしている時でも、グレイは貪欲に2人の話に耳を傾け…学んでいたのである。そして午後4時半、ギンバレーの家族、リチャードの家族をスカイシップに招いての…第7回目の食事会の始まりとなった。今回はパトリシアの誕生月と言う事で、彼女の要望を聞き、カナダの、山々の夕陽を眺めながらの…ディナーと言う事に成った。子供達はいつものように行儀よく椅子に座り(凄い…今回も360度全部の景色が見える)と思い、大人達は…特に男性陣は(綺麗な景色だなぁ…僕の妻の次に…)と思いながら、奥さんの耳元で「今日も君が一番綺麗だよ…」と呟いた、皆んな自分の妻が一番だと思っている…実に、おめでたい男達である。。午後5時…今回も8体のフリー達が、皆んなの為に料理を運んでくれている。7時…全てを食べ終えて、月明かりの山の景色を眺めている時…フリー・ボーがボブの耳元で「ボブ様、以前…沈んだ船から救出した男性で、ボブ様を一目で「チャンピオンのボブさんですよね」と言った青年を覚えておられますか?」「覚えているよ、ボクシングをしているって言ってたから…彼がどうかしたの?」「いまリングの上で闘っています、世界ミドル級タイトルマッチ…挑戦者としてリングに上がっています」と言うと、デッキの後ろに…縦横5メートルの映像が映し出された。ボブは戦っている様子を観ながら「スゴイね、こんなに大きな舞台に立てるなんて、大したものだよ」「ボブ様…どうも話が少し違うようです。ミドル級チャンピオンが余りにも強くて、試合が組めなくて、苦肉の策で、最近頭角を現わしてきた…それでもかなり格下の彼、ディックと言う青年に、白羽の矢が立ったみたいです」「なんでディックは試合を受けたのかな?」「順番に説明します。こちらがチャンピオンで…ふらふらになっているのがディックです」ボブはフリー・ボーの説明に(ごめん、分かるよ、元ボクサーだから…)と思ったが「へぇ〜そうなんだ」と言った。フリー・ボーは更に「セコンドにいるハゲた壮年が、ジムの会長のオトールさん44歳、隣に居るのは、コーチのバレンさん38歳。こちらのジムは、ディックを入れて三人です。会長とコーチは昼間の仕事で妻子を養い、夜のバイトでジムを運営しています、ちなみに2人の奥さんも働いていますが…夢を追いかけている主人達に、不安と不満を少し、持っている様です。ちなみに、ジムの経営は厳しいようです」「なぜ試合を受けたのかな?」「負けても3万ドルを払ってやると言われたからです」「ディックはお金の為に…」「3万ドルあれば、たとえ一年間でも、会長とコーチが夜のバイトをしなくても…ジムの運営費の足しになると思ったからです。それともう一つ…貧しい中を、女手ひとつで育ててくれた母親と、施設で育って来た婚約者…ロゼの為です…ディックは、遠く離れて暮らす2人に、頑張っている姿をテレビ中継で見せたかったようですね」ギンバレー夫妻はフリー・ボーの…この部分セリフに反応した(俺もステラも貧乏だったんだよなぁ)と思ったら胸が熱く成って来た。ボブはフリーに「会長とコーチは、ファイトマネーをディック自身が受け取らない事を知っているの?」「知りません、彼が1人で相手のジムに行ってサインをしてきました。会長とコーチは「まだ早すぎる」と止めたのですが…自分の弱さのせいで会長とコーチの家庭がギクシャクしていると、勘違いしているようです、ディックは少しバカですね」「そう言う言い方は、やめてくれないかな…」と言って…ボブはフリーを睨んだ、するとフリーが「おや…怒っているんですか、ボブ様には何も出来ませんよ、見守っているだけでしょ…」するとボブは「いや行く…」「行ってどうなるんですか、頑張ってくださいって言うだけでしょ…彼等の未来に関与する勇気がボブ様に有りますか?無いでしょ…行かない方がいいですよ…ほっとけばいいんです」「いや俺があのジムの事も何とかする…だから行く」と言い切った。するとフリーは静かに微笑みながら「失礼な事を言いました、誠にに申し訳ありませんでした」と言って頭を下げ「行って上げて下さい、前から生活が苦しいアスリートの方達をサポートしたいと言っておられましたよね、今がその時ですよ…ボブ様…」2人のやり取りを聞いていたベイは(まさかフリー達まで人間らしくなるなんて…)と思いながら「皆さん、映像を見ての通り、今シカゴのスタジアムでディックが試合をしています…ちょっとだけ行って上げてもいいですか?」全員が笑顔で手を上げてくれた…「匠さん、シカゴまでお願いします」と言い終わった時…匠が「ベイ博士、スカイシップは今現在、シカゴのスタジアムの上空50メートルの高さにあり、透明シールドを張って待機しています…どなたを会場内に瞬間移動させれば宜しいですか」と言ってウィンクをした。ベイは笑いながら「さすが匠さん…ボブ夫妻と…」と言った時、ギンバレーが小さく手を上げて「私達夫婦も…行っていいですか?」と言ってくれた。ベイは微笑みながら「でわ、2組の御夫婦を…」と言った。。第6ラウンド終了の鐘が鳴った、挑戦者のディックはふらふらの状態でセコンドに帰って来た。観客席からはブーイングの嵐である「弱いくせにリングに上がるんじゃねぇ…」と言う罵声も飛び交っている、会長のオトールはディックにタオルを見せ「…まだ早すぎたんだ…もういい…次のラウンドで1回でもダウンしたら、タオルを投げるぞ」と言った、コーチのバレンも頷きながら「もう頑張らなくていい、お前には才能がある、今回は少し早すぎたんだ、もう一度三人で…仕切り直そう…なっ…だから、もういいから…」と言った。会長もコーチもディックの未来を考えたのである。ディックは2人の言葉を、意識もうろうの中で聞いていた…その時である、会長とコーチの後ろに、ボブ夫妻とギンバレー夫妻の姿がパッと現れた、ディックは大きな口を開けて驚いた…リングにディックのマウスピースと涙が落ちた。オトールとバレンは顔を見合わせ(あぁ〜もう限界なんだ…タオルを…)と思った次の瞬間、ブーイングと怒号の会場が…シーン…と成った。「やあディック、頑張ってるね、約束通りに、セコンドに来たよ…」と言うボブの声に、オトールとバレンが振り返った「えっ?…」と言ったまま言葉が出ない、ボブは微笑みながら「会長とコーチの言う通りだよ…君には才能がある、いい動きもしている、でも少し早すぎたんだ…」すると横からギンバレーが「早過ぎたとしてもプロとして、これだけのお客様を集めてるんだ…脚はまだ動くのか?」ディックは小刻みに頷いた…「ならば足を使って左右に動き、ガードを固めながらパンチを出すんだ… 最後のゴングが鳴るまで立って居るんだぞ…頑張れるか?」と尋ねた、ディックはまたも小刻みにに頷いた。格が違うと、奇跡は起きない…元チャンピオンのギンバレーはその事をよく知っている…ミドル級チャンピオンには、血の滲むような努力と、勝ち進んで来た実績があるからである。ボブはディックの顔をジッと見つめ「チャンピオンは強くて怖いし、お客様の罵声とブーイングも怖いし…でもね、怖さを知っている選手はね、必ず強くなれるよ」と言って親指を立てると…ディックはリングに落としたマウスピースを口に入れ…ファイティングポーズをとった。そして第7ラウンド目のゴングが鳴った…しかし、6ラウンド目まであったブーイングが一切無くなり…と言うか、会場はシーンとした状態のまま。になっている。。。。。




