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【09】推し活

「だって僕は……貴方の作品の、『ファン』なんですから!」


『……ッ!?』


 スマホの向こうから、息を呑む気配がした。


 ゴォォォ、と。


 六月の下旬。


 熱を孕む夜気を和らげてくれるエアコンの稼働音が、静まり返った部屋に響き渡る。


『……えっ? メルルン、照れてる?』


『はっ!? 照れてねぇし!』


『いや照れてますよね?』


【照れてるじゃん】

 

 すかさず、ムーンとヤスオ。


 そしてロッキーから、追撃が入った。


 相変わらず味方の背中を打つことに躊躇いがない。


 メルルから動揺の気配が伝わってくる。


『う、うっせぇな! 黙れよ、うぜぇ!』


『え? マジでめっちゃ、照れるじゃんか! うわー、かーわーいーっ!』


『どうして隠すんですか? 別に普通のことですよね?』


【あざといツンデレとか似合わんぞ?】


『あーもーぉ、茶化すなし! つーかこんなの、見え透いた世辞に決まってる——』


「——そんなことありませんよ!」


 状況が状況だ。


 照れ隠しなのかもしれない。


 それでもメルルの発言を、イゼルは看過できなかった。


「メルルさんの作品は、面白いですから! その他大勢の作品にはない個性があって、世界観があって、筆力があって、才能があります! そりゃ勿論、技術的な面で言えばまだまだ荒いところもありますけど、でもそれはこれから学べばいいだけのことで、そういう小手先の技術じゃ埋められない『魅力』が、作品から溢れているんだって、感想で何度もお伝えしていますよね!?」


『お、おぅ……わりぃ……』


 言い切って、しまったと思う。


 つい饒舌に語りすぎてしまった。


 たぶんスマホの向こう側で、メルルが引いている。


 しかしこのサーバーにいる彼女の仲間たちは、そんなデリケートな空気を放っておいてくれるほど甘くない。


『……え? キツネくん、それってメルルンを口説いてるの?』


 むしろ全力で、茶化しにくる。


 わかってた。


「口説いてませんよぉ!?」


『いや口説いてるでしょ? 完全に』


【これで口説いてないは無理がある】


「いやだから、濡れ衣ですって! 僕は純粋に! ファンとして! メルルさんの作品を推しているだけですから!」


『かぁ〜らぁ〜のぉ〜?』


 ダメだ。


 完全に遊ばれている。


 アプリ越しなので、表情は見えないが……ニヤニヤ、と。


 声音からは、嗜虐的な雰囲気が滲み出ていた。


『あーあー、なるほどねー。メルルンがわざわざ話の場を設けたいって言ってたのって、そういうことかー』


【完全に把握しました】


『ええ、普段ならあんなDMもらっても、きしょいの一言で無視するか、サーバーに晒しますからね』


『いや、んなことしねぇよ!?』


『するじゃん』


『しますよね?』


【するだろうがい】


『うっ……する、かも』


 危ない。


 どうやらイゼルが送ったダイレクトメールは、メルルの機嫌が悪ければ、魚拓としてサーバーに晒されていた可能性があるようだった。


(でも……今回、それはしていないんだ)


 最初にこのサーバーへ呼び出された時は、リンチを覚悟していた。


 しかし彼らの会話を聞く限り、こうして話し合いの場を設けてもらったこと自体が、特別対応に当たるらしい。


 わざわざ時間を作って、イゼルの言葉に耳を貸してくれている。


「……どうして?」


 ふと、漏れた疑問だった。


『あー』


 億劫そうに、メルルが口を開く。


『いやだってキツネくん、前からずっとウチの作品に、感想とか送ってくれたじゃん?』


「え? えぇ、まぁそうですね」


『そんなかにさぁ、作品を読めば作者の人となりもわかる的なこと、書いてあったじゃん?』


「あ、ありましたっけ?」


『あったんだよ』


 はぁ、と。


 マイクの向こうで、小さなため息。


『だからその論でいけば、感想だって、ちっちゃい小説みたいなもんじゃねえか』


「そう、ですかね?」


『そうだろ』


 断言である。


 流石にそれは極論すぎないかと思ったが、ツッコミを入れられる空気ではない。


 それから、数秒ほどの空白があって……

 

『……だからだよ』


 と、メルルは告げた。

 

「……え? それだけ?」


『あん? むしろ他に何か、理由いる?』


「い、いえいえいえ!」


 感想をもらった。


 だからイゼルを信じてみた。


 あまりに呆気ない理由である。


 一般的な感覚からすれば、信じられないだろう。


 しかしイゼルはウェブ小説の底辺作者なので、読者からの感想が、どれだけ嬉しいことなのか。


 身に沁みて、理解できてしまう。


『ぶっちゃけさぁ、お気持ちとか、お情けとか、聞いてもない指摘とか、なかにはマジでクソみたいな駄文を送りつけてくるヤツらがわんさかいるなかで、あれだけの熱量で感想書いてもらえると、作者としてはやっぱ嬉しいもんなんよ』


 イゼルはそうした『毒』者からの感想すら、もらったことがないのだが。


 今回は空気を読んで、口を噤んだ。


『だからさ、あそこまで熱いコメを書き込んでくれるキツネくんなら、たぶん悪いヤツじゃねえんだろうなって、そう思ったんだよ』


「そう、ですか……」


『さっきも言ってたけどさぁ……感想《あれ》って、嘘じゃないんだろ?』


「当然ですよ!」


 自信に満ちた即答である。


「嘘なんてわざわざ、書き込んだりしませんって!」


『お、おう……ありがとな。めっちゃ嬉しいわ』


 尖っていたメルルの語気が、少しだけ緩む。


『うわー! メルルンがホントにデレた! めずらしーっ!』


【明日世界が滅びます】


『うっせぇなぁ! こういうのはなぁ、やってる人間にしかわかんねぇっつーの!』


『なるほど。つまりそういう前置きがあったからこそ、キツネくんには特別対応だったんですねー』


『……まぁな』


 誰かが作業しているのか……カリカリ、と。


 照れ隠しのような硬質な音が、会話の間に混じっていた。


『ぶっちゃけキツネくんが全く知らないヤツだったり、ウチのスペからやってきた人間だったら、たぶん全然違う扱いをしていたと思うけど……まあ、あんだけ熱心に作品を読んでくれる読者《キツネくん》なら、話を聞いてみてもいいかもって、思ったんだよね』


「……ッ!」


 それは……イゼルにとっても。


 胸の奥が、じぃんと熱くなるほどに。


 嬉しい答えだった。


 なにせ感想と言っても個人の裁量で、その内容と解釈は多岐に渡る。


 とくに感想を送り始めた初期には、伝えていい想いの加減や方向性がわからずに、意図せず作者を困らせたこともあった。


 言葉選びを間違えて、怒らせたり。


 悲しませたりしてしまったこともある。


 それでも、想いを伝えたい。


 感動させてくれた作品には、感謝を述べたいし。


 可能性を感じる作者は、応援したい。


 そうしなければ。


 誰にも届かない作品が生まれて。


 やがて筆を折ってしまう作者を、何人も見てきたからだ。


 だからイゼルは拝読した作品には、可能な範囲で感想を残している。


 実際にそれがこうして作者の糧となっているのなら、たまらなく嬉しい。


「あ、ありがとうございます?」


『いやなんで、キツネくんが感謝してんだよ? ふつう逆だろ?』


『んー、でもこれでキツネくんの誠実性は、いちおう担保されましたねー』


【オイラは最初から信じてたよ】


『ねぇねぇ、どうするの、メルルン? キツネくんにも協力してもらっちゃうのー?』


 メルルを中心にヤスオとロッキー、ムーンが、内輪での相談を始めた。


 放置されたイゼルが過去ログを遡ると、このサーバーには他にも多くのユーザーが在籍しているようだが、どうやらメルルの創作活動に協力しているのは、この三名を含めた数名程度のようだ。


 大半がゲームやリアルでの繋がりであり、創作界隈の人間ではない。


(ああ、だからなのか)


 またひとつ、疑問が氷解した。

 

(メルルさんは元々、『創作界隈の人間』じゃないんだね)


 人間は、似たもの同士が集まることで、コミュニティを形成していく。


 イゼルが活動する創作界隈でも、それは同じだった。


 しかしそれは、評価や認識が『均されてしまう』という危険性を孕んでいる。


 先達のゴールドたちが口にしていたように、閉ざされた空間や、自分の『好き』だけで固められた世界では、情報や発想が偏ってしまうのだ。


 だからこそ『それ以外の場所』から訪れたメルルの作品には、普段の土壌からは得られない、新たな栄養が含まれていた。


「……あの、メルルさん?」


『ん? なんだよ』


 ふと、気になって。


 会話の合間に、問いかけてみる。


「そういえばメルルさんは……なんでそんなに、高卒までって期間を設けて、書籍化をしたいんですか?」


『えっ!? キツネくん、そこ知らないの!?』


【情弱草】


『え? メルルさん、隠してたんですか?』

 

『ん? いやそんなつもりはなかったんだけど、そういえばこれって、まだスペでは話してなかったかも』


 仲間たちにとっては、周知の情報だったらしい。


 少しだけ疎外感を覚えてしまうが、まあいい。


 これで一歩、彼女を知ることができる。


(元々は小説界隈にいなかったメルルさんが、知らない世界に踏み込んでまで、こうして書籍化を目指してるんだ)


 きっとそこには、並々ならない想いや。


 壮絶な背景があるはずで……


『……いやそれがよぉ、聞いてよキツネくん! ウチの元カレが書籍化作家だったんだけど、ウチを「面白くない小説を書くような女はムリ」とか言って、捨てやがったんだよ! 酷くね!? だからソイツができなかった学生デビューってやつを果たして、ざまぁって見返してやろうと思ってんだよね!』


『あははは! メルルンのその話、何回聴いてもウケるよねーっ!』


【女の嫉妬、怖すぎでござる】


『まあ明確な目標があるのは、いいことですよねー』

 

「……」


 やはりそれは。


 どこまでもメルルらしい。


 リアルでくだらない、等身大の理由だった。


〈作者の呟き〉


 個人の抱える事情を、他人が評価することはできませんからね。

 

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