【08】ねごしえーしょん
『ウチの盗撮写真、どうしたの?』
「……」
確かにそれは、今回。
絶対に確認しなければいけない内容である。
とはいえイゼルにとっては初対面であるムーンやヤスオ、ロッキーたちという第三者がいる場で、ここまでド直球に話題を振られると思っていなかった。
会話路の滑走路がまるで整備されていない。
「あ、あの、えっと、そのですね……」
『……あれ? あれれ? もしかしてキツネくん、メルルンの写真を変なことに「使っちゃった」のー?』
頭が真っ白になってしまったイゼルに、優しげな声音のムーンが、穏やかな口調のまま追撃してきた。
「つ、使ってませんよぉ!?」
『ダメですよ、ムーンさん。相手も録音しているかもしれないんですから、僕たちに不利になるような発言は控えてください』
しかもこの会話。
バッチリ録音されているらしい。
物腰こそ穏やかだが……
ヤスオの言動には、先ほどから一切の隙がない。
和解に至らなかった場合の『法的な手段』まで見据えた、至極真っ当な、社会人としての対応だった。
『……いや、ムンみたいな美人ならともかく、ウチでそれはできねーしょ? きしょ過ぎるし』
『えー、メルルンめっちゃ可愛いってー。ヤスくんもそう思うでしょー?』
『僕個人の感性では、二人とも十分に可愛いと思いますけどねー』
【オイラはムーンさんならイケます!】
凄まじい勢いで話が脱線している。
とはいえ張り詰めていた空気が、少し緩んだ。
意を決して、イゼルも少し踏み込んでみる。
「えっと……その、皆さんはリア友、なんですか?」
『そうだよー』
『いやそこまでじゃねえだろ?』
『分類上は他人以上友人未満ですが、上辺だけの同僚よりも、ずっと濃いお付き合いをしていると思ってますねー』
【親友だよ】
見事にバラバラな意見である。
人間関係の支柱が、虫食いだらけだ。
しかし何故か、彼らの空気には不思議な統一感がある。
「じゃ、じゃあお互いに、顔見知りというわけでは……?」
『いや、顔は知っていますよ?』
『この前のオフ会、楽しかったよねー!』
【オイラそれ参加してない!】
『そりゃオマエが顔出し拒否ってるだけだろ。っていうかさぁキツネくん、とりま自撮り貼ってくんない?』
「なんでですかっ!?」
脈絡のない自撮り晒しの要求に、思わず声が裏返ってしまった。
『いやだって、ウチだけ写真撮られるとか不公平じゃん? だったらそっちも晒すのが、コーへーってやつなんじゃないの?』
『一理ありますね』
『あー、わたしもキツネくんの顔みてみたーいっ!』
【大丈夫、たぶん悪用しないからヘーキヘーキ】
ヤバいヤバいヤバい。
この流れはマズい。
(この流れで自撮りをアップなんて、できるワケないでしょ!?)
一度流出すると二度と消せないデジタルタトゥーの恐ろしさは、語るまでもないだろう。
だが盗撮疑惑のかかっている状態でそんなことを口にすれば、自分の非を深めるだけだ。
しかも録音という、逃げ場のない状態である。
肯定したら地獄。
否定しても法廷。
完璧に……詰んでいた。
『ほれ、はよ。別に悪い風には使わねーから、とりま貼れって』
『はーれ! はーれ! キツネくんのすっがおっがみってみったいーっ!』
【ドキドキ】
「あ、いや、その……」
『……とまあ、少しメルルさんの気持ちが、わかってもらえましたか?』
言い淀むイゼルに助け舟を出したのは、あくまで物腰穏やかなヤスオである。
その言葉はどこまでも正しい。
正し過ぎて……もはや。
暴力的だった。
——反論できない正論を叩きつけられる側の気持ちが、わっかんねぇーんだろうなぁ
つい先日に廊下で盗み聞きしてしまった同級生の言葉が、今さらに、実感として身に沁みた。
『というわけで、実際に被害を被ったメルルさんが提示する慰謝料を含めた示談は、かなり真っ当な主張だと思いますよ?』
『そーそー。今さら「消しました」なんて言われても、こっちはもう確認のしようがねぇんだからさぁー』
【誠意は形でオナシャス!】
『えー? みんなとも酷くなーい? 少しはキツネくんを、信じてあげよーよー?』
「いや……皆さんの、仰っていることはわかります」
そうだ。
予想外の方向から詰められて面食らってしまっていたが、この展開そのものは想定内である。
悪いのは自分。
責められるのは当然のこと。
反省の気持ちは、大前提だった。
だが、それはそれとして……
(……やっぱりこの人たち、『面白い』っ!)
予想外の言動。
想定外の反応。
自分に今までなかった『引き出し』が、痛みを伴いながら、急速に埋まっていく実感があった。
正直、ここで彼らの言う通り。
示談に応じたほうが、話は簡単だ。
だけどそれ以降、彼らと繋がる機会はないだろう。
せっかく開きかけた世界の扉が、閉じてしまう。
それはとても『勿体無い』ことだと、思ってしまった。
だから。
「示談の条件として慰謝料も、十分にあり得る選択肢だと思います。でもそれとは別に……ひとつだけ、提案をさせてください」
バクンバクンと、心臓が跳ねる。
正直、必要のない危ない橋を渡ろうとしている、自覚はある。
でもここで気概を見せられない人間は、きっと『面白く』ない。
「メルルさん」
『あ? んだよ?』
「メルルさんは、その……書籍化、したいんですよね?」
それはメルルがスペースで、毎回のように口にする言葉だった。
炎上覚悟でブクマやポイントを掻き集めているのは、全てそのためだ。
でも……
『……ん? その話題って、いま関係ありますか?』
「あります」
ヤスオの問いかけに、断言する。
「多分このままだと……メルルさんは、書籍化できませんから」
『は? 何? ウチのこと、ディスってんの?』
「勘違いしないでください。メルルさんの作品は間違いなく面白いです。それは僕が散々、感想欄で語り続けているじゃないですか」
『お、おぉ……そっか。さんきゅ』
「でもウェブ小説からの書籍化を目指す場合、作品としての面白さと、その宣伝力や方法が大事だってことも、もうわかってますよね?」
『……』
黙り込むメルル。
どうやら彼女も自覚はあるらしい。
これなら話を進められそうだ。
『あー、うん、それは確かにそうですね。でもそれなら、僕たちが協力して——』
「——一般的な常識の範疇で言えば、それは可能かもしれません。でも作家でない人間が、作家たちの気持ちや、界隈の常識までを、ちゃんと理解できていますか?」
『……』
会話に割り込んできたヤスオにも、思い当たる節があるのだろう。
合理性を優先する人間には、こういう意見が刺さるはずだ。
「少なくとも僕は、創作界隈で皆さんより長い時間を過ごしてきました。そしてもっと界隈への解像度が高いFFさんから、ランキングで戦うための情報や戦術なんかを、教わっています」
【いいじゃんいいじゃん、面白そうな展開じゃん!】
目的不明のロッキーも、とりあえずは乗り気らしい。
『じゃあじゃあ、キツネくんなら絶対に、メルルンの作品を書籍まで、持っていけるってことー?』
「確約はできませんが、少なくともこの場にいる皆さんよりは、可能性があると思っていますよ」
『だけどそれって、キジョーのクーロンってヤツじゃないのー? じゃないとみんな、それやってとっくに書籍化してるくなーい?』
「……正解を知っていても、それを実行できるかどうかは、別問題ですので」
ムーンの質問に、答えながら。
正論が。
自分自身に、突き刺さる。
正しいことを言うのは簡単だ。
でもそれを実行できるかは、まだ別の話だった。
(そっか……たぶん、今まで僕ことを『面白くない』とか『正論マン』って言っていた人たちは、こんな気持ちだったのか)
能力や適性。
才能や環境。
様々な要因が、絡むことで。
世の中は、正しいことを正しく行える人間ばかりではない。
(……そんなことすら、僕はわかっていなかったんだ)
過去の愚かさに、痛みを覚えつつ。
前へ進むために、言葉を絞り出す。
『じゃあキツネくんは、自分じゃできねぇその空論を、ウチならできるって思ってんのかよ?』
「……少なくとも適性はあると思いますし、今のまま闇雲にリスクを背負って時間を消費するよりも、現実的だとは思います」
『でもその代わりに慰謝料をチャラにしてくれっていうのは、示談内容としてはちょっと無理があるんじゃないかな?』
ヤスオはあくまで、客観性と整合性を崩さない。
だが当初は感情味を感じさせなかった声音に……少しだけ、興味の色が滲んでいた。
「……すいません、これは言い方が悪かったですね。訂正します」
手応えを感じたイゼルは、ここが正念場だと判断。
言葉に熱を込める。
「慰謝料が必要だと仰るなら、それは当然、可能な限りお支払いします。僕の顔写真も、ここにアップして構いません。でも、それとは別に……僕にも、メルルさんを応援させてもらいたいんです」
『ああん? なんでだよ?』
「だって僕は……貴方の作品の、『ファン』なんですから!」
〈作者の呟き〉
正論を語ることは簡単ですが、実践するのは難しいです。




