【07】クローズドには御用心
イゼルが意を決して、メルルにDMを送信した翌日である。
今朝方、イックスに返信されていたDMには……
【今日の20時、ここに来て】
……という、簡素な一文。
そして添付されていたのは、ディスコサーバーへの招待URLだ。
放課後の学校。
不良が屯する校舎裏への呼び出し。
人目につかないところで行われる集団リンチ。
そんな光景を連想してしまったイゼルは、ゴクリと生唾を呑んだ。
そのため朝からずっと、気が気でない。
授業中も上の空だった。
「……ゼルくん」
だからだろうか。
昼休憩。
筋トレを趣味とするイゼルは、カロリー摂取に拘りを持っているため、弁当を自作している。
手間はさほど変わらないので、同居する従兄妹や、両親が仕事で忙しい幼馴染のぶんも、ついでに作るようになっていた。
無表情のまま……もぐもぐ、と。
机の対面で頬を膨らませていた幼馴染が、不満そうに呟く。
「……浮気?」
じとーっ、とした。
やけに湿度の高い視線である。
イゼルは首を傾げた。
「なんの?」
「……なんのって……それは……食事中は、一緒にいる人のことを考えるべき?」
なるほど。
確かに食事中、同席者を蔑ろにすることはよろしくない。
本人が疑問符を頭の上に浮かべていなければ、完璧な解答だっただろう。
(やっぱりピアは、ぼーっとしているようで、ちゃんと見てるんだよなぁ)
幼馴染であるイゼルから見ても、ピアは、不思議な空気感を醸す天然系の少女だ。
しかし彼女は物事の『芯』を、的確に捉えている。
イゼルは何度となく内心を見透かされて、関心したり、慌てたりしたものだ。
「うん、そうだね。ごめんごめん。ところで今日のハーブチキン、美味しい?」
とはいえ本日の悩みは、誰かに相談できる類の内容ではない。
露骨な話題逸らしだった。
「……むっ」
ピアは一瞬、表情を顰めたものの……
「……もぐもぐ」
イゼル手製の料理を口に運び、丁寧に咀嚼。
「……ぐー」
飲み込んだ後に……グッと。
親指を立ててくれた。
大きな垂れ目型の瞳に満ちる輝きからも、それが嘘ではないことが伝わってくる。
「よかった、ちょっと調味料の配合を変えてみたんだよ」
「……ゼルくんの作るものに、間違いない。」
過大な評価に、少し照れてしまう。
しかし自家製の手料理を喜んでもらえると、料理人としては嬉しいものだ。
そしてピアは幼馴染の目から見ても十分に美人と言える顔立ちなので、彼女が笑みを浮かべると、それだけで教室の空気が華やいだ。
「あ……好き……」
「ありがてぇ……ありがてぇ……」
チラチラ、と。
貴重な野生動物を、遠巻きに観察するように。
ピアの様子を見守っていたクラスメイトたちの顔も緩んでいる。
(……そんなに気になるんなら、遠目から見るだけじゃなくて直接話せばいいのに)
しかしピアは、気を許していない人間が近くにいるだけで緊張するという習性を備えていた。
そして彼女の警戒心を解くことは、かなり難易度が高い。
勇敢なる挑戦者たちが何度も心を圧し折られる光景を目にしているので、クラスメイトたちが二の足を踏んでしまう気持ちも、わからなくはなかった。
(部活には友だちいるみたいだし、僕が口出しすることでもないか)
そもそもイゼルとて、決して友人が多いとは言えない人間である。
とくに男子たちからは、嫌われるを通り越して、一方的に疎まれているまであった。
「……ゼルくん」
「はい」
「……また、浮気?」
「……ごめんなさい」
再度、勘の鋭い幼馴染に嗜められて。
イゼルはひとまず、目の前の食事に集中。
そしてピアとは実家が近所のため、すでに十年来の付き合いだ。
「……」
「……」
場を盛り上げる気遣いや、会話を繋げる努力など、今さら必要ない。
ただ当たり前のように、そこにいて。
それが自然なのだという空気が。
二人の間には、醸成されていた。
「チッ」
「チィッ」
「……ケッ」
こういうとき。
周囲からやけに、険しい男子たちの視線が飛んでくる。
恋人関係でないとはいえ、イゼルが美少女を独占しているようにも見えるこの状況が、彼らの嫉妬心を煽っているのは明らかだろう。
しかしピアは気にせず食事を続けている。
まるで彼らの存在が、眼中に入っていないかのようだ。
「……ん、ごちそうさま。今日も美味しかったです」
「ん、お粗末さま」
それでも、食事の前と後の感謝は忘れない。
米粒ひとつの残さず食べ終えたピアが、キティがプリントされた弁当箱を、丁寧に布で包んでイゼルに返却してきた。
「……じゃ」
「おう、行ってらー」
ピアは席を立ち、専用のポーチを手に歯磨きへと向かった。
ようやく刺々しい視線から解放されたイゼルは、水筒のお茶でかるく口を濯ぎながら、スマホで日課の更新作品をチェックしていく。
(……今日はない、か)
メルルの作品は、不定期更新だ。
今日は更新の通知が届いていない。
その代わりに、今朝方イックスに届いたDMを思い出して……
「……うっ」
食事内容とは関係なく、胃が重くなった。
開放的なイックスと比しては、ディスコは閉鎖的な空間なので、サーバー内であった出来事が外部に漏れにくい。
そして本日の夜、メルルが使用しているのであろうサーバーに呼び出されたイゼルは、彼女から見れば盗撮犯だ。
人目の届かない場所で、一体どんな罵詈雑言を浴びせられるのか……
(……ッ!)
想像すると、背筋が震える。
だがすでに、賽は投げられてしまった。
今更に昨日の連絡を、なかったことにはできない。
(……あー、なんで昨晩、あんなことしちゃったかなー)
深夜のテンションの恐ろしさを噛み締めながら、イゼルは机に突っ伏した。
⚫︎
そして数時間後の夜半。
指定されていた定刻である。
日課のルーティーンを消化して気持ちを落ち着かせたイゼルが、意を決して招待コードからディスコのサーバーへ潜ると、ボイスチャットルームにはユーザーネーム〈メルル〉を含む四名が入室していた。
(うわっ……やっぱり、待ち構えてた……)
イゼルの入室を確認するなり、個別チャットですぐにメルルから【つーわ】という簡素なメッセージが飛んできた。
退路はない。
覚悟を決める。
「あ、あの、すいません……失礼します」
『あ、キツネくん来たー』
『こんばんわー』
【ばんわー】
イゼルは用途に合わせて複数のアカウントを使い分けているため、念のため、今回のメルルとの接触には〈キツネ〉というアカウントを使用している。
ユーザーネーム〈キツネ〉の入室に反応して、落ち着いた女性の声の〈ムーン〉と、大人びた男性の声である〈ヤスオ〉に、コメントを打ち込む〈ロッキー〉というユーザーアイコンが、それぞれに挨拶を返してきた。
『……』
肝心のメルルは沈黙しているが、勝手に話が進んでいく。
『わたしたちはメルルンの……えっと、いちおう友だち? だよねー?』
何故ここで、疑問系なのだろうか。
早速不安しかない。
『……ムンはダチだよ。やっさんも。この二人はマジで信頼している』
『そこまで評価してもらえると、照れますね』
【オイラは?】
『ロッキーは普通に裏切ってくるじゃん』
何故そんな危険人物がこの場にいるのかと思ってしまうが、流石に初見で見え見えの地雷原には突っ込めない。
イゼルは慎重に回避した。
「え、えっと……皆さんは、創作界隈の方なんですか?」
『いいえ? 僕たちはそっちはあんまり知らなくて、メルルさんたちとはゲーム仲間なんですよ』
明らかに年下のイゼルに対しても、丁寧な口調を崩さないヤスオが口にしたのは、群雄割拠のスマホゲームアプリ界隈では老舗と呼んでもいい、空賊をテーマとしたファンタジーなゲームであった。
『わたしはちょっとイラストを齧ってるけど、全然素人だよー』
ムーンはイゼルとジャンルの違う、創作界隈の人間らしい。
【オイラの趣味は、変装と人間観察です!】
ロッキーはたぶん、触れたらダメなヤツだ。
そっとしておく。
(あー)
なんだろう。
すでにアウェー感が半端じゃない。
イゼルが普段SNSで交流している人間たちは、ほぼ全員が創作という『共通の話題』で繋がっていた。
しかしここにいる人たちは、そうではない。
イゼルの知らない世界で生きてきた。
イゼルの知らない人間たちである。
およそ学校と創作界隈の世界しか知らないイゼルにとって、それは初めての『経験』だった。
「あ、そ、そうなんですね……へー……スゴいなぁ……」
だから、次の言葉が出てこない。
何を話していいのか、わからない。
自分は『共通の話題』がないと、ここまで何もなくなるのか、と。
通話開始一分で、早くも焦燥を覚え始めている。
『……で、キツネくん』
気まずい沈黙を、十数秒ほど過ごして。
ようやくメルルが、イゼルに向かって言葉を発した。
『ウチの盗撮写真、どうしたの?』
「……」
今度こそ。
空気が、完全に死んだ。
〈作者の呟き〉
新しいコミュニティに飛び込むときは、緊張しますよね。




