【06】悩む男
『ははっ、スナギツネくん、それは貴重な体験ができて何よりだね』
【なんだか一昔前のラブコメに出てくる、暴力系ヒロインみたいですね】
『でもそれを令和でリアルでやっちゃうと、フツーに犯罪なんですけど?』
『むしろ現役JKから金的キックしていただけるとか、ご褒美なんじゃないですかねぇ!?』
イゼルが推定メルルと遭遇した日の深夜。
警察から簡単な事情聴取を受けたのち、ようやく帰宅したイゼルは筋トレ、入浴、食事、モエルの雑談相手、学校の宿題と、一通りの日課を消化していた。
それから創作活動の傍らで、スマホを起動。
使用するのはイックスではなく、ディスコと呼ばれる、より機密性の高い通信アプリだった。
イックスのポストやスペースでのやりとりは、良くも悪くも、大多数の人間の目に触れてしまう。
そのためより込み入った話をしたいときなどは、こうしたより閉鎖性の高いアプリなどでコミュニティを作ることが、現在の主流となっていた。
ディスコ機能の一つであるボイスチャットルームには、複数のユーザーアイコンが並んでいる。
このディスコサーバーに在籍しているユーザーの大半は、イックスで知り合った創作界隈のフォロワーたちだ。
スナギツネとは、SNSにおけるイゼルのアカウントネームのひとつである。
「いや、笑い事じゃないですよ、ゴールドさん」
執筆の傍ら、イゼルはチャットルームに集まった仲間たちに、帰宅時の出来事を相談していた。
ハンズフリーで会話をする少年の顔には、苦笑いが浮かんでいる。
『ああ、ごめんごめん。でも実際、そういう経験ができたことは、本当に羨ましいくらいなんだよ?』
相変わらず、染み入るようなイケボである。
そんなゴールドの声音には、笑いながらも、真剣さが宿っていた。
『ぶっちゃけ創作において、作者の引き出しなんて、多ければ多いほどいいからね。そして引き出しはほとんどが、作者の経験なんだから、今回みたいなレアなインプットは、創作者としてはむしろ感謝してもいいくらいなんだ』
「そう……ですかね?」
【じゃあその女の子みたいなキャラクターって、今までスナギツネさんの引き出しにいましたか?】
アイコンを無音にして、テキストチャットしてくるのは、イゼルが一度も肉声を聞いたことのない〈ジェット〉だ。
一応イゼルに暴行を加えた少女の正体が推定メルルであることは伏せているため、今回は『カメラを誤写してしまったイゼルにブチ切れた少女』という扱いで、話を進めている。
「いや……いない、ですね」
チャットに書き込まれたコメントに返答した少年に、中年男性が陽気な声を漏らす。
『あ、やっぱ令和男子はそうなのか! 暴力系ヒロインを知らないとか、昭和オジさん悲しーっ!』
『イカくん、シャラップ。空気読もうか』
会話に割り込んできたのは〈ヨウカイ〉という男性だった。
ユーザーアイコンが烏賊のため、ゴールドから『イカくん』などと呼ばれる昭和生まれのアラフォー男性が、慌てて話を軌道修正する。
『と、とにかくさぁ、創作のキャラクターって、作者の経験や知識を基にした想像から生み出されるじゃないですか!? でもこの場合の知識って、だいたいがその人が見聞きした創作物とかになるんですけど、やっぱり人間って、自分の趣味趣向に合ったものを選びがちだから、無意識のうちに知識が偏っちゃうんですよねーっ!』
「な、なるほど……」
すぐに話を脱線させる持つ悪癖を持ちのヨウカイだが、界隈で長く活動しているだけあって、創作論に関しては真面目で筋が通っている。
そしてイゼルが好きな作品は、バトルや学園ものなど。
所謂『王道の熱血ストーリー』だ。
たしかにそうした物語に登場するヒロインたちの中に、推定メルルのような破天荒で無茶苦茶な動きをするキャラクターは、存在していなかった。
『たしかに現実って、思い通りにならないことが多いですけど、そのぶん自分が想定しなかった展開や人間と遭遇したりしますから、そういった体験は貴重ですよねー……というか、そう思って創作にでも活かさないと、やってられませんからー』
ボソリ、と。
現実の闇を、漏らしたのは。
グラサンをかけた女性アイコンの〈グラさん〉である。
基本的にはユーモアがあり気遣いもできる愉快な女性なのだが、彼女はときどき、こうして毒を吐くことがあった。
『それで写真は? その女の子の盗撮写真、アップはよ!』
「……」
そしてわりと空気が読めていないヨウカイが、いつものように、ノンデリ発言を投下する。
『はいイカくん、ギルティです。火炙りの刑に処す』
【えぇー、今月もう何回目ですか?】
『あはは! ヨウカイさんのイカ焼き祭りじゃーっ! 皆のもの、炭を、備長炭をもてーっ!』
『あ、ごめんごめんて! 勘弁してほしいでゲソ〜っ!』
ゴールドやジェット、グラさんたちが、火力強めて一斉に『口撃』を開始。
慌てるヨウカイを、イジり倒している。
「……」
そうしたサーバーの恒例行事《いつもの空気》を聴き流しながら。
イゼルは執筆の手を止めて、思考の海に沈んでいた。
(そうか……そう、だよね……やっぱり自分《作者》の『思い通りになる設定』だけだと、自分の『想像を超える物語』は作れないんだ……)
正直現状には、行き詰まっている。
——本当にこの作品は面白いのか、と。
頭の片隅には、常にその疑問がこびりついていた。
もちろん作者として、自分の作品が『面白い』という自負はある。
しかしPVや評価という残酷な現実《数字》が、絶えず自信を揺さぶってくるのだ。
(……)
考えても答えの出ない自問自答が……グルグル。
頭の中を、駆け巡っている。
ここ数ヶ月。
出口のない迷路の中を彷徨っている気分だった。
現状を打破するには、起爆剤が必要だ。
毒だって、適量ならば薬である。
(……よし)
その後もしばらくディスコで雑談を交わしてから、アプリを閉じる。
今度はいつも使用しているWeb小説サイトを開いた。
通知を確認。
やはり感想や評価は、更新されていない。
しかしいくつかの返信が、届いている。
自身が作者となってからは特に、読者からの感想が如何に創作の励みになるのか身に沁みたイゼルは、可能な範囲で読了した作品にコメントを残すよう心掛けていた。
本日読了した更新作品にも、短いが、ちゃんと感想を書き込んでいる。
そして更新ごとの感想返しが膨大な人気作者でもない限り、ほとんどの作者は、書き込まれた感想には返信をしてくれるものだ。
今回届いた返信は、そうした作者からのものであり……
【返信:メルル
いつも感想ありがとうございます!
本当に嬉しいです!
キツネくんに今後も楽しんでもらえるよう、もっともっと、精進しますね!
p(^_^)q】
……という。
あのスペースで大暴れしていた人物とは思えないほどの、完璧な清楚系擬態文だった。
もし普段の交流で。
彼女からこのような言葉を贈られても。
社交辞令として、まず素直には受け取らないだろう。
(でもメルルさん……小説関係については、嘘つかないしな)
だから、多分。
本当に。
喜んでくれているはず。
そう、信じて。
イゼルは届いていた他の感想返しも目を通して、最後にもう一度通知を確認してから、サイトを閉じる。
それから……
「……」
数十秒の葛藤。
「……よしっ!」
イゼルは再びスマホを手に取り、イックスを開くと、イックスユーザー全員に公開されるポストではなく、ユーザー同士が個々に遣り取りをするダイレクトメール機能を開いた。
送信先のユーザー名は〈メルル〉。
内容は【すいません、今日の盗撮犯はたぶん僕です】から始まっている。
「……ふぅ」
心臓は……バクンバクンッ!
筋トレの直後よりも、跳ねていた。
〈作者の呟き〉
基本的には作品内の設定や推測はすべて作者の偏見ですので、絶対に鵜呑みにはしないでくださいね(^^)




