【10】でぃすこみゅにけーしょん
「ねぇねぇおにぃ、あとで部屋に行っていいでしょ〜?」
両親が海外で働いているため、イゼルの実家で預かっている従妹のモエルは、中学三年生の少女だ。
吊り上がった大きな瞳に、小さな唇。
笑った時に覗く、ナマイキな八重歯。
身長180センチ近いイゼルを見上げると、尻尾のように揺れるツインテール。
小柄で童顔な自身の魅力を熟知しており、室内でもあざといファッションを好む、非常に可愛らしい少女である。
「どうせざこざこのおにぃは、このあとヒマなんだよね? かっわいそ〜っ! きゃははっ♡」
その一方で、とりあえず意味もなくイゼルを煽るし、気に入らない相手には誰であろうと噛み付くという、嗜虐性と凶暴性を備えていた。
「もー、しょーがないからモエルが一緒に、アニメ観てあげるよっ♡ っていうか昨日はおにぃがナマイキに拒否ったせいで、リアタイできなかったんだから、ちゃんとそのぶんはセキニンとってよね! 具体的にはハーゲンダッツを寄越せし!」
今日もまた。
台所で夕食の片付けをするイゼルにじゃれつきながら、呼吸するように、罵声と甘えを交互に叩き込んでくる。
とはいえ、嫌われている訳ではない。
むしろ逆だ。
モエルは何かにつけてイゼルを「ざ〜こ♡」と煽ってくるくせに、ちゃんと構ってあげないと、途端に機嫌を損ねてしまう程度には懐かれていた。
罵声や挑発が、一種の甘えとなっている。
従妹からの独特な『おねだり』に。
普段なら二つ返事で、答えてあげるのだが……
「……ごめん、今日もムリ」
今日もイゼルには先約があった。
心苦しいが、お断りさせていただく。
「はっ!? なんでぇ!?」
即座に……クワッ!
イゼルにまとわりついたモエルが、ただでさえ大きな瞳を、さらに大きく見開いた。
「意味わかんない! おにぃ昨日もそうやって、断ったじゃん! これじゃあいつまで経ってもモエルが、アニメの更新を追えないんだけど!?」
「いや、そりゃ申し訳ないけどさぁ……」
ツインテールを逆立てる勢いで噛みついてくるモエルは、元々の顔立ちが整っているため、凄まじい剣幕となっている。
耐性がないと、怯んでしまいそうになるほどの圧力だ。
しかし付き合いの長いイゼルは、この程度では動じない。
淀みなく皿洗いを続けながら、会話を続ける。
「……っていうかモエルもさぁ、いい加減に、何処かのコンテンツとサブスク契約したら?」
とりあえず、問題の根本的な解決について提案してみた。
「今回みたいに僕の部屋でしか視聴できないと、なにかと不便じゃない?」
「はぁ? おにぃそれ、本気で言ってるの!?」
しかし今度は返答を間違えたようだ。
モエルの語気に、本気の苛立ちが混じっている。
「なんで無料で使えるのに、モエルまで契約しなくちゃなんないの? 勿体無いじゃん! ねぇ、馬鹿なの!? ホントにザコなの!? アタマ悪過ぎて死んじゃうの!?」
ごく当たり前のことを提案しただけなのに、烈火の如くキレ散らかす、理解不能な思春期女子だった。
モエルには昔からこういうところがある。
世界の中心を、自分だと思っているというか。
甘やかしてもらって当然と思っているというか。
とくに昔から面倒を見てきた相手には、酷いたかり癖があるのだ。
イゼルの権利や所有物を、まるで自分のものであるかのように主張してくる。
(そんな大袈裟な……せいぜい、数百円くらいのサブスク代じゃないか……)
普通に考えれば、いちいちイゼルの部屋に乗り込んできて一緒に番組を視聴するよりも、個々にサブスク契約した方が、絶対に合理的である。
しかしモエルの感覚ではそれは死刑に等しい、愚策であったらしい。
「あ、わかった彼女だ! おにぃ、彼女ができたんだ!」
イゼルが渋い表情をしていると……ギランッ!
パッチリとしたアーモンドの瞳が、鋭さを増した。
「うわ、きっも! おにぃごときが色気づくとか、マジでありえないから! マジでない! 引くわー……って、え? 相手は誰? モエルの知っている人? まさかピアねぇじゃないよね!? それともまた別の女!? ねぇねぇおにぃ、ちゃんとこっち見て! 正直に答えてよ!」
ギャンギャンギャン、と。
罵倒を交えつつの、怒涛の質問攻めだった。
水仕事をしていても、構わずにグイグイと袖を引っ張ってくる。
身長180センチ近いイゼルにくっつくようにして見上げてくる150センチ程度のモエルとでは、大人と子どもほどの体格差があるのだが、しかし威勢よく噛み付いてくる少女に怯んだ様子は微塵もない。
イゼルが自分を傷つけるはずがないという、絶対の信頼があるからだ。
事実、その想定は間違っていない。
(んー……でもこのまま部屋に突撃されても困るしなぁ)
キュッキュッ、と。
蛇口を閉めて。
しっかりと手を拭きながら。
努めて冷静に、イゼルは荒ぶるモエルに話しかけた。
「違う違う。今日はFFさんたちと創作の相談をするから、相手の話を聞かれたくないだけだよ」
嘘は言っていない。
ただし今夜の相談相手は、モエルが知っているイックスやディスコの創作仲間ではなく、メルルたちである。
しかし彼女たちとの関係は、かなり特殊だ。
情報漏洩の危険は避けるべきだろう。
「そ、そっかぁ……ふぅん」
身内から見ても十分に可愛らしい容姿の従妹は、彼女なりのプライドがあるのか「おにぃがモエルより先に彼女作るとか有り得ないから!」などと、普段から息巻いている。
逆鱗を回避したことで、一応は、イゼルの言い分に納得してくれたらしい。
薄い胸元に手を当てて、露骨に安堵の表情を浮かべている。
「うん……まぁ、それならしょうがないね」
モエルは思い込みが激しい少女だ。
気性が荒くて、難がある。
いつもなら「モエル以上に優先することなんておにぃにはあり得ないから!」くらいは言ってくる場面だが、しかし彼女なりに、相手の趣味や胸中を思いやれる優しさもあった。
少なくともイゼルが真剣に向き合っている創作活動を、本当に邪魔するような真似をしたことはない。
今回も渋々とだが、引いてくれた。
「でもさぁ……だったら週末に、溜まっているぶんを一気観するから、ちゃんと予定空けといてよね!」
しかしただでは撤退しない、抜け目なさがある。
「うん、わかったよ。週末は空けておくから」
「……っ! じゃあじゃあ、昨日と今日の詫びぶんとして、アイスにチョコもよろしくねっ♡ 300円以下の安物は許さないからっ♡」
「いやせめて、どっちかにしてよ。僕だってお小遣い、厳しいんだからさぁ」
「えーっ♡ どうしよっかなぁー? あ、だったらモエルにマッサージ、させてあげよっかぁ♡ これならむしろ、お得だよねっ♡」
「いやなんで、オプションを追加されてるんだよ?」
たしかにモエルほど可愛らしい美少女であれば、こうして時間を共有することに、対価が発生してもおかしくはない。
しかしイゼルは家族のようなものだ。
身内に対して、接待交際費など発生しない。
不当な支払い請求は、当然却下である。
「あーもーしょうがないなー♡ 高二にもなって彼女もいないクソざこなおにぃを、優しいモエルちゃんが構ってあげるよー♡ ほんと、ざっこーいっ♡」
「はいはい、どうもありがとね」
そんなこんなで。
いつものように。
じゃれついてくるモエルをあしらいつつ。
イゼルたちの団欒は、穏やかに過ぎていくのであった。
〈作者の呟き〉
真面目な話ばかりだと、疲れますからね。




