【11】生存戦略を始めましょう
「まずはっきりさせておきたいのは、メルルさんの作品が『自分の創作を伝えたい』ものなのか、それとも『読者から評価を得たい』ものなのかということです」
本日もメルルが所属するディスコのボイスチャットに、参加したイゼル。
チャットルームにはメルル、ムーン、ヤスオのアイコンが並んでいる。
前回は同席していたロッキーの姿がないのは、メルルたちにとっては、わりと平常運転であるようだった。
会話の口火を切ったイゼルに、ムーンから困惑の気配が伝わってくる。
『えっとぉ……それって、何か違うものなのー?』
『いや、全然違うでしょ?』
純粋なムーンの疑問に、ヤスオが即座に言葉を重ねる。
『ただ自分の創作を公開したいだけなら、ぶっちゃけ読者からの評価なんて気にする必要ありません。でもポイントが欲しいのなら「自分が書きたいもの」じゃなくて「読者が読みたいもの」を書かなければならないって、そういう確認ですよね?』
「その通りです」
ヤスオの分析は正確だった。
的確に意図を、汲み取ってくれている。
『ふーん。で、それがウチの作品となんか関係あるわけ?』
「ありますよ」
作品のファンとしては、心苦しいけど。
メルルが『書籍化』を目指す以上、ここははっきりさせておかなければならない部分だ。
「正直……メルルさんがいま投稿している作品は、面白いですけど『メルルさんの書きたい』作品です。この作品を宣伝し続けても、これから一気にポイントが伸びるとは思いません」
『えー、なんでー? ラノベとかマンガって、面白ければそれでいいんじゃないのー?』
「……昔はそうだったかも、しれませんね」
ムーンの意見はもっともだ。
リアルやSNSでも、よく耳にする言葉である。
一般人から見れば、創作界隈で活躍するクリエイターたちなど特に、そうした印象が強いだろう。
事実、今でも才能で売れている作品はあるので、頭からそれを否定することはできない。
でも……
「……今はもう、昔とは状況が違うんですよ」
時の流れは残酷だ。
そこに生きる人たちを置き去りにして、勝手に変化していく。
そして環境の変化に適応できない生物は、やがて淘汰されていってしまう。
「ネット経由でノウハウやツールが行き渡った現代では、作品が『面白い』ことなんて当たり前で、それを読者が『読んでみたくなるか』ってところから、もう作品作りという戦略は始まっているんです」
『……?』
ムーンは情報の咀嚼に、つっかえているようだが。
『……なるほど。つまり飲食店が「美味しい」のは当たり前で、あとは値段や内容の設定から、ユーザーの店選びが始まっているということですか。ということは公募の場合は、立地というレーベルカラーなんかも重要そうですね』
『……?』
ヤスオはスラスラと、界隈の構造を呑み込んでいた。
『あー、なるなる。そゆことね』
メルルも最初の質問の意図を、理解したらしい。
『要はウチの作品じゃ、舌の肥えた読者サマは満足しねえと』
「ちょっとニュアンスが違いますね。例えばコンビニのジャンクフードが食べたい気分の人間に、高級な懐石料理を勧めても、たとえ味は美味しくても、たぶん敬遠しちゃうでしょ?」
『あー、それわかるー! 口がもうスイーツなのに、ラーメン行こうぜって誘われても、うえってなるやつだ! 空気読めよって感じだよね!』
今度の例えは伝わったらしい。
ムーンが大きく頷いていた。
「あとは文章の『重さ』なんかも、重要ですね」
『重さ? ってなに? 本の重さのこと? ウェブ小説なのに? スマホの重さのこと?』
「いや、比喩ですよ。文章の密度っていうか、文体の言葉選びっていうか……とにかくお金を払って、しっかり読むぞーって気構えで手をつけるような書籍と違って、ウェブ小説は『暇潰しで気楽に読みたい』ユーザーが大半なので、内容が面白くても疲れる文章だと、そこでも離脱されちゃうんですよね」
『あ、それもわかるかもー! たしかにウェブ小説って、なんか軽いノリの、ふわっとした感じの話が多いイメージあるよね!』
「はい。もちろん全ての作者がそうではないと思いますが、少なくとも僕が目にしてきたランキング上位の作者のほとんどは、それを『狙って』やっていましたよ」
難解な単語や。
知性が漂う表現を。
美しく並べて飾りつけるのではなく。
簡単でわかりやすく、イメージの湧きやすい単語を、読み易く並べていく。
これも立派な、プロフェッショナルとしての技術である。
『……つまり一般文芸のような「最後まで読めば面白いけど途中で疲れる作品」だと、ウェブではそこまで読者がついてきてくれないから、あえて「手に取りやすくて読み易い作品」を、意図的に作っているという感じなんですかね?』
「はい、情報の密度と言いますか、ストーリー展開なんかでも、とにかく『読者に負担をかけない作品』っていうのが、読者に読まれる作品の前提条件だと言われています」
『えー、でもなんかそれ、気持ち悪くなーい? そんなふうに読者に媚びないと、読んでもらえないとか、なんかおかしくなーい?』
「じゃあ逆にムーンさんは、いろんな作品を無料で好きなだけ読めるウェブ小説の中で、作者の名前も知らない、作品のレビューもない、見るからに内容が濃そうな文章ミチミチの作品を、実際に手に取って読んでみたことありますか?」
『えっ……それは……確かに、ないかもだけど……』
切ないが、それが現実だった。
いかに作者が趣向を凝らした珠玉の作品でも、まずは読者の手に取ってもらえなければ、評価すらしてもらえない。
「もちろん自分の才能を発揮して、自分の書きたいものを書いて、それが評価されるのが最高です。でもかつてのような供給が足りていなくて『読者が作品を探している』ような状況ではなく、むしろ『供給が多すぎて読者の元へ届かない』今の状況では、まずはここをはっきり作者自身が意識しておかないと、どっちつかずの酷い状況に陥ってしまうんですよ」
事実、そうした作者たちの作品のなかには、驚くほど『面白い作品』が数多く存在している。
しかしそれが読者たちの元へ届いていないため、正当な評価をもらえずに、やがて心や筆を折っていくのだ。
なかには途中から方針を『自分のための作品』から『読者のための作品』に切り替える作者もいるが、やはり導入部分が最初からそのように整備されていないと、途中から方針変換したところで結果が伴わないことが多い。
なので……
「……本当に『書籍化』を目指すなら、最初から『そのための作品』を書いて、宣伝なり応募なりをしないと、今の時代ではまず目標を達成できません」
作者が好きなものではなく、読者が読みたいものを。
作者のこだわりが滲む文体ではなく、読者の負荷が少ない文体を。
そうした作者の『癖』を前面には出さず、口当たりを滑らかにした作品が、ようやく読者の口元にまで届くのだ。
『でもそうやって「均一化」された作品ばかりだと、やっぱり面白くなくありませんか?』
やはりヤスは、鋭い。
イゼルもその意見には同意する。
「はい、その通りです。ちょっと矛盾なんですが……そうやって『入りやすい入り口』を作らないと、読者の流入は見込めません。でもそのあとの内容もちゃんと面白くなければ、やっぱり途中で読者は離れてしまいます。そして読者を惹きつける『味』は、作者の『癖』でもあるので、ここを薄め過ぎると、やっぱり書籍化までは辿り着けないんですよね」
『……じゃあ、だったら結局、どうすりゃいいんだよ?』
個性的過ぎてもダメ。
個性がなくてもダメ。
イゼルの界隈創作論に、真剣に耳を傾けていたのだろう。
ここまで口を噤んでいたメルルからの、問いかけである。
イゼルはすでに、その答えを持っていた。
「だから作者の癖に、流行のジャンルを『被せる』んですよ!」
〈作者の呟き〉
これらはあくまで主人公の持論なので、異論は大いに認めます。




