【12】市場分析は大事です
『流行を……被せる?』
メルルが疑問系で、言葉を反芻する。
「はい、その通りです!」
イゼルは迷うことなく首肯した。
「例えばちょっと前に流行っていた『異世界もの』でも、話の入り口は異世界でも、内容は冒険だけじゃなくてグルメだったりコメディだったりスローライフだったりと、様々ですよね?」
『え? メルルン、そうなのー?』
『さぁ? そうだったんじゃね?』
「……そうだったんですよ」
『ああ、確かにそうでしたね』
よかった。
ヤスオは一応、他の二人よりも、界隈の情報に精通していてくれたらしい。
『ということは、そうした作品がキツネくんの理論でいくと、流行りの「異世界」というジャンルを、作者が「本当に描きたかった内容」に被せたことになるんですか?』
「そうです。あとはタイムリープを不良や因習村に被せたり、料理を推理で覆ったり、ギャグでホラーを隠したりと、作者が『本当に伝えたい展開まで読者を導く入り口』として、そのとき流行っているジャンルを利用するのは、すでに証明されている有効な手段なんですよ!」
『あー、それはわかるかもー。っていうかそう考えると、それ系の作品ってめっちゃあるよねーっ!』
創作界隈に疎い様子のムーンですら、構造さえ理解すれば、こうした手法に心当たりがあるようだった。
「今ってタイパとか、ドパ書きとか、いろんな言われ方をされてますけど、とにかくユーザー側には『時間を無駄にしたくない』心理があるんです。だから『作品に時間を消費する』以上は『最低限の保証』が欲しいし、無名の作品でそれをわかりやすく担保してくれるのが、わかりやすい特定のジャンルだったりするんです」
『へー、作者の人って、色んなことを考えながら創作してるんだねー。すっごー』
『まあキツネくんの話はあくまで「読者が欲しい人」向けの創作論なので、流石に全員がそういうマインドではないのでしょうが、うん、僕は今のところ納得できていますよ』
合理的なヤスオは、イゼルの創作論に理解を示していた。
とはいえ、疑問もあるようだ。
『なかなかに興味深い話なんですけど……これ全部、キツネくんが考えた話なんですか?』
『……いえ。ほとんどは、創作界隈で知り合ったFFさんたちからのご意見です』
ここは見栄を張らずに、正直に白状すべき内容だ。
なにせこれらの知識と見解は、そうした界隈でずっと活動を続けてきた先人たちの経験に基づく『財産』である。
それを我が物顔で扱う厚かましさを、イゼルは持ち合わせていなかった。
『なんだよ、えらく自信満々に語っといて、パクリじゃねえか』
『やーいやーい、パクりだパクり、パクり野郎だーっ!』
『いや僕はむしろ、安心しましたけどね』
案の定、メルルやムーンは茶化してくる。
しかしヤスオは共感を深めていた。
『それで、その方々はそうした「流行りのジャンル」を特定するのに、どのような手段を用いられているのですか?』
「え、あ、はい……確か作品をWebサイトに投稿している場合だと、そのサイトの日間から年間までのランキング作品を最低でも10位くらいまではチェックして、タイトルやあらすじ、タグや内容から、それがヒットした理由を抽出するって言っていました」
『ふむふむ。他には?』
「公募だと、過去の受賞作品がそれに当たりますね。その場合は数年分は遡るって、言ってたような……」
『……逆になんでウェブだと、過去作まで遡らないんです?』
「いやだって……ウェブって月単位で刊行される書籍とかじゃないから、数が膨大なんですよ。時間が足りませんって」
『なるほど。それではやれるのなら、こちらもやったほうがいい、と……ん?』
そこでヤスオは、悪意なく。
創作界隈の『闇』に触れてきた。
『そういえばこの場合だと、別に作品をAIで分析しても大丈夫なんですよね? AI生成なんかだと色々と問題になっているようですが、要はそれを自分の作品としてアウトプットさせなければ、問題ないんでしょ?』
「た、たぶん……」
世界中の様々な分野で論争を巻き起こしている、AIの利用範囲。
作品という知的財産《IP》が関わる創作界隈では、特にその扱いがデリケートだった。
一般人としては、至極真っ当な意見でも。
創作者としては、呑み込み難いものもある。
『……?』
急に歯切れが悪くなったイゼルを、ヤスオは不思議がっていた。
「で、でも小説に限らず、創作界隈ってAI利用には難色を示す人たちが多いですから、公でそういう使い方をしていると表明している人は、あまり見かけませんね」
『いや、普通にするでしょ? っていうかみんなしてるでしょ? むしろなんで使わないんですか? 別にサイトの規約違反や、業界のマナー違反でもありませんよね? 否定している方々は、ただの新しい技術に馴染めていない古い人たちの価値観でしょ? むしろここでそれをしない理由の方が、僕にはちょっとわからないなぁ』
それは……そうなのかもしれない。
理論としては、ヤスオの意見が正しい。
しかし『自分たちが積み上げてきた経験』を簡単に『学習』されるこの嫌悪感は、界隈で活動してきた者にしかわからない感覚だろうし、きっと技術革新のたびに何処かの誰かが覚えていた理不尽なのだろう。
だから臆面もなく、それを切り捨てて。
簡単に実行できるのは。
界隈の外側にいる人間ならではの『強さ』であり『怖さ』だった。
『オーケーわかりました、ではまずは僕の方で過去のランキング洗って、データを整理してみますね』
『頼んだぜ、やっさん!』
『ヒュー、ヤスくん、シゴデキだーっ!』
『キツネくんも、貴重な意見をありがとうございます』
「あ、い、いえ……」
無邪気にはしゃぐ、メルルとムーン。
浮かれる彼女たちとは対照的に、本当にこの情報を彼らに渡してしまっても良かったのかと、イゼルは不安になってしまう。
『それでキツネくん、ウチは何をやればいいの!?』
「あ、だからメルルさんにはまず、いま投稿しているだけの作品だけじゃなくて、ヤスオさんが集めてきたデータを基に、新しく『読者に読んでもらうための作品』を手がけてもらう必要があって……」
『オッケオッケ、任せろぃ!』
「……いや、そんな簡単に決めちゃっていいんですか?」
普通の作者なら『今のままだと読まれないから新しく書き直せ』などと言われたら、どう言葉を言い繕っても、気持ちは良くないと思う。
それがイゼルの知る、作者という生き物なのだが……
『いやだって、今のキツネくんの説明はめっちゃわかりみだったし、ウチも正しいと思ったから、そりゃやるよ! むしろやらない理由がなくない!?』
「……」
どうやらメルルも、界隈の外にいた人間。
自分を変化させることに、なんら躊躇いがないようだ。
『あー、じゃあメルルン、いま描いてるヤツを中止して、次回作に本腰入れる感じー?』
『ごめんムン、そうなると思う!』
「え? ムーンさんも、小説書いているんですか?」
『いやいや、わたしは小説勢じゃなくて、イラスト勢だからね! ファンアートじゃないけど、小説には挿絵あったほうがいいの? ってメルルンに聞いたら、むしろ自分で描いてみたいっていうから、ちょっとお手伝いしてたのーっ!』
『ムンに下書きとか手伝ってもらって、ウチが色塗りする予定だったんだよなー』
『AI使えば挿絵なんてすぐに生成できるのに、二人とも、そこは手書きの方がウケるだろって言ってるんですけど、キツネくんはどう思います?』
「あ、えっと……AIイラストは、人によっては拒否反応あるので、挿絵にするなら、確かに手書きの方が、いいかもです……」
『ほらぁ! 言っただろ!?』
『ヤスくんは合理的過ぎて、創作者の拘りがわかってないよねー』
『……なんだかよくわかりませんが、そうみたいですね』
などと。
二人がかりでヤスオを責める、メルルとムーン。
だが、そもそもで言えば。
自分の作品に、自らの手でイラストをつけるかどうかの時点で悩むのが、イゼルの知る小説家というものだ。
しかし躊躇いなくそれを実行しようとしている時点で、二人ともやはり、対岸の人間なのである。
(凄いけど……ちょっと、怖いなぁ)
正しいことを、効率よく実行できる強さが。
無駄なことを、切り捨てられない弱さには。
眩しくて……少し、恐ろしかった。
〈作者の呟き〉
個人的にはAIはとても便利な補助ツールで、それを悪用するのは人間側の問題だと思っています。




