【13】スペースって難しい
〈イゼル視点〉
『ふぅん。それはなんというか……』
一通り、話を聞き終えて。
イゼルが創作界隈に踏み込んだときから何かと目をかけてくれている金髪ロリ至上主義の偏愛作家……ゴールドは、ミルクが垂らされたコーヒーのような、複雑な声音を漏らした。
今回はディスコの個別チャットを利用しているので、会話が第三者に聴かれる危険はない。
信頼を置くゴールドに胸襟を開いたイゼルによる会話が、小一時間ほども続いている。
内容は先日、メルルに呼び出されたディスコの件だ。
『……よくもまあ、そこまで踏み込んだね。不運な事故をきっかけに、随分と大胆な行動をとったじゃないか』
「なんかもう、途中からほとんど無我夢中って感じでしたけど、とにかく、こんな感じになりました……」
『うんうん、若さゆえの無謀だね。イカくんじゃないけど、オジさんにはちょっと眩しいくらいだよ』
ゴールドは既婚者だ。
幼い娘もいるらしい。
だが単身赴任で家族と離れて暮らしているらしく、最愛の娘に対する想いを創作にぶつけている面もあるのだと、以前に語っていた。
だからだろうか。
ゴールドの描く物語は平和で、争いがあっても努力や正義が報われる、優しい世界だ。
しかし現実は、正しいだけでは報われない。
努力しても、評価されるとは限らない。
そして今回のイゼルの決断は……
『……危うい、綱渡りだね』
決して正しいとは言えない道を、薄氷を歩むようにして進んでいく、蛮勇の挑戦だった。
『とにかくその……メルルさん? とは、しばらくは共同ホストとして、スペース活動をしていくつもりなんだよね?』
「……はい」
先日のメルルに招待されたサーバーでの話し合いを経て、彼女のスペース活動は今後も継続されることとなった。
やはりフォロワー『数』という『力』は偉大だ。
それをポイント稼ぎに悪用するつもりはないが、ランキングという熾烈な環境で戦うためには、支援者は一人でも多い方がいい。
作品の宣伝。
作者のファン獲得を兼ねて。
書籍化を目指すメルルのスペース活動を、イゼルはしばらくサポートすることとなった。
しかし……
『……本当に、大丈夫なのかい?』
少年の抱える不安を、先達は正確に見抜いている。
「ええ、正直怖い気持ちはあります……けど、今までのようにメルルさんをひとりだけでスペース活動させておくのは、危険過ぎます」
イックスのスペース機能を用いた活動は、基本的にはなんらかの『テーマ』を設けて配信されているものだ。
創作界隈だと、ゴールドが行っているような作品の朗読会や品評会。
討論会や相談会。
宣伝会に交流会。
ときには仲間内で飲んで話すだけの雑談や、BGMを垂れ流すだけの作業スペースといった特殊なものもあるが、基本的にはホストがなんらかのジャンルを掲げて枠を開く。
そうした区分で言えば、メルルのスペースは『雑談』に分類されており……
「……流石に今のままだと、炎上しちゃいますからね」
作品を読まなくてもいいからポイントだけくれ、と。
身も蓋もないことを堂々と宣う。
上がってきたスピーカーたちと口論する。
他人の作品を貶めるような発言をする。
界隈のタブーに触れる。
ときには正論を振りかざしてくるスピーカーを、暴論で返り討ちにすることすらあった。
通報が重なってイックスからの規制や、小説サイトからアカウントの停止を受けてもおかしくない。
今はまだ活動期間が短いことや、物珍しさ。
声質が可愛らしいことなどが幸いして。
ギリギリ見逃されている状況だ。
しかしそれにも限界がある。
誰かが、暴走する彼女の手綱を握らなければいけない。
これはメルルという作者を育成管理していく以上、避けては通れない道だった。
『そうだね。だからスナギツネくんがスペースに同席して、メルルさんをコントロールしなければならないことは理解できるよ。でもそうやってキミが彼女の隣に立つことは、部外者から見ればキミたちが「同類」だと宣伝しているようなものだ。最悪、今後のキミの創作活動に関わって来ることは、もちろん理解しているんだよね?』
メルルと一緒に活動すれば、彼女の過激な発言が、イゼルのものだと解釈されてもおかしくない。
常識ある人間ほど敬遠するし、アンチも増えるだろう。
そしてSNS界隈は、裏に表にと。
実に複雑な人間関係で構成されている。
一度でも『そういった人間だ』と認識されてしまうと、覆すのは容易ではない。
それでも。
「はい……覚悟の、上です」
イゼルはメルルに、協力したかった。
人間として『面白い』彼女と関わることで、自分もより一層『面白く』なれるのではないかという期待。
そして何より、イゼルが『面白いと思う彼女の作品』を、世間にもっと知らしめたいというファンとしての気持ちがあった。
『そうかい……まあそこまでスナギツネくんが理解しての行動なら、私はもう何も言わないよ』
巣立つ雛を、見守るような。
断崖の淵を、見つめるような。
優しさと厳しさが、ゴールドの声音には滲んでいた。
だが、止めはしない。
若人の挑戦に、先達は理解を示す。
「……すいません。ゴールドさんたちに教えてもらったことを、勝手に利用してしまって」
『いや、それは気にしなくていいよ。私たちの情報なんて、界隈なら常識程度だし、腐らせるぐらいならむしろ有効活用してあげないとね! それよりも、こちらこそごめんねだよ、スナギツネくん。今回は、協力してあげられそうにない』
「いえ、それこそ当然ですよ、ゴールドさん」
ゴールドは、このサーバーのホストである。
イックスでも、少なからず認知されている。
つまり相応の影響力があり、彼の元に集まった仲間たちの顔役でもあるのだ。
そんなゴールドが、見るからに危うい橋を渡っているメルルを応援することができない。
その片棒を担ぐイゼルに対しても、同様だ。
そもそもイゼルはすでに、この創作界隈サーバー内に、現時点でメルルのことを良く思っていないフォロワーたちがいることを把握している。
ゴールドの配慮は、必要なものだった。
「というかやっぱり、こっちのサーバーには活動中、顔を出さないほうがいいですかね?」
『うーん、ダメってことはないけど、オススメはしないね。私はできるだけ、鍵は作りたくない派だし』
鍵部屋と呼ばれるディスコ機能は、ホストから権限を与えられたメンバーにしか表示されない特殊な部屋だ。
ここでは表では言えない不満や非難など、ディープな話題が展開されることも珍しくはない。
そんな場所で自分の名前が上がると考えただけで、ゾッとする。
もしその発言者が顔見知りのフォロワーだった場合、イゼルは確実に心を病むだろう。
『まあこっちのサーバーには、私の方から説明しておくよ。大丈夫。多少の混乱はあるだろうけど、みんなスナギツネくんの人柄は信じている。何かあったときに逃げ込める程度の居場所は、ちゃんと残っているさ』
「ご迷惑を、おかけします」
『いやいや、こういうときにものをいうのは、キミ自身の日頃の行いだからね。そこはむしろ、胸を張りたまえよ』
正直、イゼルとしては。
ゴールドのような人格者に、自分のような人間の一体何がそこまで評価されているのかわからない。
しかしその言葉は、心に染み入った。
「……ありがとう、ございます」
『うむ。まあせっかくの機会なんだ、どうせなら思いっきりやって、派手に散りたまえ。骨は拾ってあげるから』
「いや散るつもりは、ないんですけどね?」
『だったら焼肉だ。無事に彼女が書籍化を果たしたら、印税でオフ会でもしようじゃないか。協力者としてそれくらいの分前は、もらえるんだろう?』
「はは、善処します」
それから少し、世間話に花を咲かせて。
イゼルはゴールドの管理するディスコサーバーを後にした。
(……よし、頑張るぞっ!)
流石に手放し、というわけにはいかないものの。
可能な限り穏便に、話は進められたと思う。
あとはやれることを。
やるべきことを。
片っ端から、やるだけだ。
その日はもう創作に手をつける気にもなれず、早々に寝床へと潜り込んだイゼルだが、興奮のためかなかなか寝付くことができなかった。
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それから数日後……
【助けてください】
イゼルはサーバーに、救難信号を書き込んだ。
〈作者の呟き〉
ホストやスピーカーの方々には、いつもお世話になっております。




