【14】反省会
『えっと……どういう意味ですか、キツネくん?』
『助けてって、何かあったのー?』
『どったん、キツネくん? 話聞こか?』
「……いやそれ、メルルさんが言いますか?」
メルルたちが所属する、ディスコサーバーでの会話である。
イゼルが書き込んだ救援メッセージに反応してくれたヤスオとムーンはまだしも、頭痛の原因であるメルルが何食わぬ顔で会話に便乗してくるのは、因果関係が逆流していて意味不明だった。
『え? ウチ何か、やっちゃいましたか?』
「むしろやってないと思います? 今日のスペースも、散々でしたよね?」
『めっちゃ盛り上がってたじゃん』
「あれは盛り上がってるんじゃなくて、炎上って言うんですよ!」
今日もまた、メルルとリスナーが激しく口論していた冷や汗もののスペースを思い出して、イゼルはブルリと背筋を震わせた。
「メルルさん、僕の言うこと全然聞いてくれないし! 勝手にリスナーをスピーカーに上げちゃうし! そのくせ空気が変になっても知らんぷりするしで、もう最悪でしたよ!」
『あはは、ごめんごめんて』
「本当に笑い事じゃないですからね!?」
リスナーではなく。
スピーカーでもなく。
共同ではあるが、ホストとして。
実際に見知らぬ人たちの視線を背負いながら場を司会することで、初めてわかることもある。
スペースとは……思った以上に、神経をすり減らすものだ。
過去に何度かスピーカーとしてゴールドのスペースに上がったこともあるイゼルだが、あのときの話しやすさや空気感は、ホストが目に見えない形で配慮してくれていたのだと、痛いほどに実感する。
(特にメルルさんのスペースは、本気で胃が痛くなるんだよなぁ……っ!)
最大の違いは、スペースに上がってくるスピーカーの『質』だ。
ホストのやり方は、大別すると二種類。
しっかりとスピーカーたちの手綱を握って会話を回す者と、スピーカーたちに場を預ける者。
ゴールドやイゼルは前者。
メルルは後者である。
そしてスペースの空気感はホストの管理能力はもちろんのこと、場を形成するスピーカーやリスナーの質にも依存していた。
(ゴールドさんのところのスピーカーさんたちって、本当に優しかったんだなぁ……)
温室から離れて、痛感する。
またしても自分は、わかっていたようで、何もわかっていなかったのだと。
ゴールドのスペースで会話をしていたスピーカーたちは、少なからずイゼルという人間に興味を持ち、話を聞いてくれるという前提があった。
だから言葉を発すれば、反応があったし。
こちらに喋らせてくれる、配慮があった。
これはそういった人間たちと正しく関係を築いてきた、ゴールドの手腕でもある。
他方、メルルのスペース活動は、開始してまだ一ヶ月ほど。
そして彼女は元々この界隈にいなかった人間であるため、スペース慣れしたリスナーとの関係も形成できていない。
つまり彼女のスペースを訪れるのは、初見の野良リスナーたちが大半だ。
そして良くも悪くも、こういった界隈に不慣れな人も訪れているため、常識や配慮が足りてないことも日常茶飯事だった。
スピーカーが空気を読んでくれない。
リスナーがコメント欄を荒らしてくる。
平気で暴言や中傷が飛び交うし、名指しでこの場にいないユーザーを非難することすらあった。
動物園、という単語が。
この一週間ほどで、イゼルの脳裏に強く刻まれている。
「……はぁぁぁ」
胃をさすりながら、深々と嘆息すると。
ケラケラと、少女の笑い声が聞こえてきた。
『キツネくん、めっちゃクソデカため息じゃん! ウケるーっ!』
『しっ! メルルン、笑っちゃダメだよ! これメルルンが原因なんでしょ!?』
『というかキツネくん、本当に、一体何があったんですか?』
「……ヤスオさん」
一向に反省の色が見えないメルルを置いて、イゼルは合理的なヤスオに意見を求めた。
「このまえ僕が、要注意スピーカーを挙げたのを、覚えていますか?」
『ええ、覚えてますよ』
スペース界隈に長く潜っていると、良質な参加者と悪質な参加者の傾向が、ある程度は見えてくる。
メルルのような若い女性ホストが特に注意しなければならないのは、女性目当てで粘着する者や、独自の創作論を振り翳して他者を叩く者、求めてもないアドバイスを押し付けてくる者、そしてそれらを含めた『枠乗っ取り系スピーカー』たち。
そういった厄介者たちのシンプルな対処法は、そもそも彼らを『スピーカーに上げない』こと。
そのためにイゼルは把握している要注意スピーカーたちを、事前にメルルと共有しておいたのに……
「……メルルさん、そのスピーカーさんたち見つけると、片っ端から拾っていくんですよ」
『……』
流石のヤスオも、無言だった。
沈黙という常識的な反応に、これほど安心感を覚えたことはない。
『え? メルルン、なんで?』
『だっておもしれーじゃん、アイツら』
非常識なメルルには、常識が通じないからだ。
『言ってること意味フだし、女にマウント取りたいのが見え見えだし、キモいし、そのくせこっちが正論吐いたらすぐに黙るかキレるしで、人として底辺過ぎね?』
「だからそういう人たちの相手をしていると、こっちまで同レベルに見られるんですって!」
『けどさぁ、ああいうのって他のみんながのさばらせてるから、どんどんチョーシ乗ってくんだろ? だったらウチが潰しておいた方が、よくね?』
『あーまー、確かに。わたしもそういうのは、ちゃんと消しておきたい派かもー』
「……っ!?」
ムーンがまさかの武闘派だった。
理解者を得たメルルが勢いづく。
『だろだろっ!? んでもって思想強めなヤツを論破すると、リスナーからの反応もいいんよ! DMで送られてきた感想とか、キツネくんにも見せたよな!?』
「ま、まあうん、それは……」
否定できない。
メルルの行為を『正しい』とは口が裂けても言えない。
だがそうした暴論爆撃で溜飲を下げたり、救われているリスナーも、一定数存在しているのだ。
世間体や場の空気を大事にする真面目な常識人ほど、一方的に絡んでくる迷惑スピーカーを、露骨に拒否することが難しい。
そして迷惑スピーカーの大半は男性であり、被害者は女性だ。
同じ女性であるメルルが彼らを撃退する様に、拍手を贈るリスナーがいることも頷ける。
またコメント欄がそうした出来事のたびに賑わっているのは事実なので、それが集客につながっていることも否めない。
とはいえ、だ。
「……このままじゃ、ダメなんですよ」
これから『先』を見据えているイゼルの焦燥は。
目の前の『今』しか見ていないメルルには伝わらない。
『駄目って、何がですか? 一応、フォロワーっていう「数字」は出ているんですよね?』
「ですが今のやり方だと、攻撃する人がいなくなれば、話のネタが尽きてしまいますよね? メルルさんが認知されればされるほど、そういった人たちだって、スペースに近づかなくなってくるでしょう。そうすると今度はいったい何を、話題にするんですか?」
『まぁなんとかなるんじゃね? ウチのトーク力なら——』
『あ、駄目ですね。理解しました』
『——やっさん!?』
身内の裏切りに、メルルが動揺する。
『ぶっちゃけメルルさんって、レスバとかその場を掻き乱すのは得意でも、真っ当な話題で場を盛り上げたり、相手の感情に共感するのって、あんまり上手くありませんよね?』
『……え? やっさん? えぇ!?』
容赦無く、バッサリである。
『そ、そんなことないって! なあ、ムン!?』
『だよねー。メルルンってキホン、人の話を聞いているようで聞いていないから、そもそも司会って立ち位置が無理があるんだよー』
『……』
返す刀の逆袈裟斬りで、メルルは完全に沈黙した。
『あーでも、キツネくん、誤解しないでくださいねー。メルルさんは一応、友人の言葉には耳を傾けようとはしているので』
「それ、フォローになってます?」
『ただメルルン、頭がちょっとアレなところがあるから、ちゃんと理解したつもりでも全然理解できてないだけなんだよねー』
『もうただの死体蹴りじゃねえかっ!?』
手加減のない、ヤスオとムーンの酷評だった。
でもこんな明け透けない二人だからこそ、メルルのような人間と関係を続けられるのだろうなと、納得もできてしまう。
「だ、大丈夫ですか、メルルさん!?」
『……だいじょばない。二人とも、ひでぇよぉ』
そして、一応は慰めつつも。
メルルも凹むときは凹むのだとわかって、少しだけ安心してしまうイゼルだった。
〈作者の呟き〉
良薬口に苦し。




