【15】猛獣の躾け方
『ごめんってぇ……悪かったよぉ……』
『ホントにわかってるの、メルルン? 言っとくけどああやって心配してもらえるうちが、華なんだからね?』
『とはいえまあ本人もこう言っているので、今回は溜飲を下げてくれませんか、キツネくん?』
ムーンとヤスオ。
このサーバーでも特に信頼しているらしい二人から袋叩きにされて、すっかり萎れてしまったメルルである。
一方で、彼女を全く御せなかったイゼルは……
「……あ、はい」
と、それ以外に返す言葉がない。
机の上で……グッと。
誰にも見えていない拳を握り込む。
(僕の言葉が届かないのは……まだメルルさんと、そこまでの信頼関係が作れていないからだ)
人を肩書きで評価しない性格は、メルルの美点であり欠点だ。
積み重ねられた時間という壁は、そう簡単には越えられない。
『とはいえ、キツネくんの指摘と心配は理解できました。それで問題の解決にあたり、僕たちは何を協力すればいいのでしょうか?』
スマホの向こう側にいるヤスオが、少年の葛藤を置き去りにして、建設的に話を進めてくる。
イゼルも意識を切り替えた。
「理想は……安定したスペース活動のために、とにかく、良質なスピーカーさんたちとの協力関係を築きたいです」
『ん? それって例えばどんな人たちなのー?』
現場を知らないムーンに、イゼルは言葉を噛み砕いて説明した。
「そうですね……それこそ聞き上手だったり、会話の引き出しが多かったり、逆に界隈の深い知識を持っていたりして、とにかく『この人と話したい』とか『この人の話を聞いてみたい』って、思わせてくれるような人物ですね」
『それはキツネくんじゃダメなのー?』
「ふぐッ!?」
『ん? どうしたんですか、キツネくん?』
『あーやめとけやめとけ、二人とも。キツネくん、超マジメくんだから。放置されたら完全に黙っちゃう系の人間だから』
『『 あー 』』
重なるムーンとヤスオの声。
こんなところで解釈一致しないでほしい。
悔しいし、恥ずかしいけど、イゼルは否定できなかった。
(だって……そんな、急に沈黙されても、何を話せばいいんだよっ!?)
これもまた今回のホスト経験で初めて自覚したのだが、人間とは『意味がなくとも話を続けられる人間』と『意味がないと話を続けられない人間』の、二種類に分かれているらしい。
イゼルは圧倒的に後者だ。
話題が決まっていたり、返答や解答を求められたりすれば、ちゃんと受け答えができる。
だがそういう話題がないときは『別に無理して話さなくてもいいのでは?』と考える人間で、事実そうやって生きてきた。
しかしスペースという『会話で成り立つ空間』においては、リスナーを退屈させる沈黙とは、基本的には好まれるものではない。
むしろ沈黙が沈黙を呼んで、気まずい空気のうちにリスナーが立ち去り、さらに場の空気が悪化していく悪循環を、イゼルは何度も目にしている。
そのためホストやスピーカー適性が高いのは『意味がなくても話を続けられる人間』なのだろう。
メルルがこちらにあたるのだが、彼女の場合は発言量と火薬量がイコールなので、あまり好き勝手に喋らせると、それはそれで場が燃える。
小火程度ならまだしも、スペースそのものが燃え上がる大炎上は、なんとしても避けたいところだ。
『なるほど、そのあたりが以前にキツネくんが言っていた「適性」の話ですね?』
「ヤスオさん、傷口を抉らないでくれます?」
『事実確認は大事ですよ?』
正論パンチが痛い。
『となるとメルルさんでもキツネくんでもない、トーク回しの上手い人材が必要、と。なるほど、では僕の方で少し、心当たりを当たってみますね』
しかしヤスオは正論で殴るぶん、自分自身が正しく動いている『強い人間』であるため、反論はできなかった。
「お願い、します」
理想と現実が伴っていない『弱い人間』のイゼルは、粛々と頭を下げるしかない。
「あ、あとですね!」
そしてこの際だ。
もうなりふり構っていられない。
「そういう人が来てくれるまでの間、できればお二人にもスペースに顔を出してもらって、フォローしていただけると助かります!」
恥を忍んで自らの力不足を吐露する、イゼルに対して……
『……ん? わたしもスピっちゃっていいの? でも小説とか漫画の話、全然わかんないよー? アニメでギリくらい!』
『うーん、僕は仕事の関係で平日は無理ですけど、休日に時間を指定していただければ、少しは参加できそうですね』
二人は口だけでなく、実際に協力の姿勢を見せてくれた。
本当にありがたい。
「是非お願いします!」
『きゃははは! キツネくん、食いつき過ぎ! 必死すぎてクカなんよ!』
元凶であるメルルだけが笑っていた。
「め、メルルさん、今笑うとこですか?」
流石にイゼルも、表情が引き攣っている。
スペースでも度々に、こういうことがあった。
イゼルの『普通』や『常識』を、彼女はいとも軽々越えてくる。
『え? だってウケるくない?』
『いやメルルン、今のは普通「ごめんなさい」って謝るとこだよー?』
『え、マジか』
『マジですね。訴えられたら負けるレベルです』
『……マジかー』
だがイゼルにも、理解し始めていることがあった。
(やっぱりメルルさん……本当に、わかってないんだ……)
一見すると場をかき乱す目的の発言に聞こえるが、そのじつメルル本人に、言葉以上の他意はない。
他人の気持ちが。
世間の常識が。
根本的に、理解できていないのだ。
『やっぱウチ、アタマがどっかおかしいのかなー。ぜんっぜんわっかんねーや』
普通の人とは違う世界の見え方をしていることは、独創性が求められる作者としての強みである。
同時に一般社会で生きるうえでは、大きな弱点であるとも言えた。
他人が踏み込むにはデリケート過ぎる問題を前にして、イゼルが足踏みしていると……
『……いやそれ、今は関係なくない?』
あっさりと。
ムーンが境界線を、踏み越えた。
『っていうかメルルン、ここはちゃんと謝っておくべきだよ? キツネくんに、迷惑かけてごめんなさいって』
『そもそも共同ホストのときは、キツネくんの指示をちゃんと聞くっていう約束でしたよね? それってどうなっているんですか? 話を聞く限りでは、約束を守っているように思えないんですけど?』
ヤスオもまた、いとも容易くメルルの内側へと踏み込んでいく。
そこに遠慮や配慮といった言い訳など存在しない。
人間と人間との、対等な付き合いである。
『うっ……あーもう、わぁったよ! 悪かったです! ごめんなさい! これでいいだろ!?』
『メルルン? それ本当に反省している? 口先ではなんとでも言えるんだよ?』
『してるしてる! 超してる!』
『では今度は、カウント制にしますか』
『はっ!?』
ムーンの冷たい声音と、ヤスオの冷酷な宣告に、メルルの声が裏返った。
『キツネくんのアウト判定ごとに、メルルさんが共有口座に罰金をチャージしていく感じで』
『ちょっ!? まっ!? マジで、そこまですんのかよ!?』
『しないとメルルン、反省しないでしょー?』
『反省なんて目に見えないよりも、よほど誠意が伝わりますからね』
『そ、んなことは……』
『では口座開設しますので、少々お待ちを』
『先に言っとくけど、罰金無視したら絶交だから。イラストも知らないからそのつもりでよろー』
『ちょ待っ、ご、ごめんなさい! マジでごめんなさいほんとカンベンしてくださいウチ本気でお金ないからおねがいします見捨てないでーえぇぇぇっ!』
とうとう二人は、メルルから謝罪まで引きずり出した。
成す術なく振り回されていただけのイゼルは、素直に凄い、と思う。
そしてこの二人もまた、やはりメルルとは別方向で『面白い』人間なのだと、再認識した。
だから……
「……うん、僕も二人みたいになれるように、頑張りますね!」
『面白い』人間になりたいイゼルは、彼らを見習うことにする。
『おいやめろよキツネくん! 冗談でもそういうこと言うなって!』
メルルが慌てていた。
しかし引かない。
「冗談なんかじゃありませんよ! 僕は本気です!」
『全然嬉しくねぇよ!?』
『……ぷっ。きゃはは! いいねー、キツネくん! その調子、応援してるよ!』
『……ふふ、そうですね。是非とも頑張ってください』
「……? あ、はい」
すると、何故だろう。
ムーンとヤスオの反応が、ここにいないゴールドやフォロワーたちと、何故か重なって聴こえたのだった。
〈作者の呟き〉
学校のガラスを割る不良には、反省文の提出よりも、弁償請求のほうが効くらしいです。




