【16】悪役令嬢への道
『あ、そういえばなんですけど——』
メルルに反省と改心を、約束させた後も。
ここ数日間のスペース活動における愚痴を、イゼルは吐き出し続けていた。
ムーンとヤスオが、それを労って。
沈黙したメルルに説教をしていると……ポコン。
『あ、ウリくんこんちわー』
『……おー』
ボイスチャットに、新たなアイコンが加わった。
ユーザーネームは〈ウリ坊主〉。
顔見知りらしいムーンと少し会話をして、すぐに退出していってしまう。
ウリ坊主以外にも、先ほどからこのチャットルームには何人もユーザーが顔を出していた。
しかし創作やスペース界隈の話に興味がないのか、すぐに退出して他のチャットルームへ移動しているようだ。
(この辺も、ゴールドさんのサーバーとは違うところだよなぁ)
ゴールドのサーバーでは、入室時には全員に挨拶をして、退出時には一言をかけるのが当たり前だった。
しかしそうした『当たり前』が、実は周囲の努力や積み重ねによって形作られていることを、イゼルは外の世界に出ることで実感している。
(だけどこういう『適度な無関心』が心地いい人だっているんだから、距離感ってほんと難しいな)
スペース界隈でも、こうした『挨拶が必要か否か』問題は、しばしば議論されている。
例えば常連リスナーだと、入室した瞬間にホストから『いらっしゃい⚪︎⚪︎さん』などと、声をかけてもらえると嬉しい。
しかし初見や様子見で入ったリスナーの中には、声をかけられたことで退出しづらくなり、小さなストレスを抱えてしまう人間もいるらしいのだ。
結局のところ、個人の匙加減。
正解はない。
しかしここ最近ホストをしているイゼルとしては、地味に気になる問題だった。
ちなみにゴールドは全員に呼びかけるタイプで、イゼルはその人物がコメントなどを書き込んでから初めて反応するタイプ、メルルはその中間で気が向いたら呼びかけるタイプである。
『——あ、ごめんごめん。それでヤスくん、何の話だったっけ?』
『前にキツネくんの言っていたランキングの集計、ざっくりですが出ましたよ』
イゼルとは違ってこのサーバーの空気感に慣れているムーンとヤスオは、特に気にした様子もなく話題を再開した。
『お、さすがやっさん! それでそれで!?』
説教タイムが終わったことを察して、メルルが息を吹き返す。
『いや確かに、キツネくんの言うように同じ小説投稿サイトって括りでも、結構ジャンルがバラけましたね。これが出版社で言うレーベルカラーに相当するなら、確かに押さえておかなければいけないポイントだと理解しました。助かりましたよ』
『あ、ヤスくんが褒めてる! めずらしーっ!』
『そりゃ褒めますよ。あんまり褒めるような出来事や人間に、出会うことがないだけで』
ヤスオは無駄な嘘や、お世辞を口にしない。
だからそのぶん、褒められた相手は、嬉しさも一入となるのだろう。
ヤスオに評価されたイゼルは、密かに喜びを噛み締めた。
『で、けっきょくウチは一体、何を書けばいいんだよ!?』
『結論から言えば「悪役令嬢もの」ですね』
『え? それってメルルンがリアル悪役令嬢だからー?』
『それもあります』
『ねぇよ!? ウチにそんな酷い属性、ねぇから!』
『ありますよ』
『ありまくるよ?』
「……あると思います」
『キツネくんまでっ!?』
高飛車で、傲慢で、気位が高く、横暴で、ワガママ。
怖いほどに、全てがメルルに当て嵌まる要素だった。
でも……
「……どうして、ですか?」
合理性を重んじるヤスオが、それだけの理由で次回作のジャンルを決めたとは思えない。
問いかけには、澱みない解答が返ってくる。
『まず第一に、メルルさんにあんまり複雑な話は書けません』
『うぉいやっさん、さっきからケンカ売ってるぅ!?』
『正確には書けるかもしれませんが、時間がかかり過ぎるんです。高校卒業までという明確な期限を設けている以上、執筆に時間がかかりそうなジャンルは、なるべく避けるのが無難でしょう』
『お、おぅ……』
ヤスオの指摘はもっともだ。
推理小説には複雑なロジックやトリックが必要。
時代小説には信憑性を持たせるための膨大な資料が必要だ。
一見すると自由そうなファンタジー小説だって、自由であるが故に、その世界観や設定まで固めていくと凄まじい時間が必要となる。
メルルはイゼルと同学年で、高校生活は残り一年と九ヶ月弱。
時間を無駄にしないための取捨選択は、非常に合理的だった。
『そしてメルルさんの強みはキャラの独自性……でしたよね、キツネくん?』
「あ、はい、そうです」
『でしたらファンタジーなどの要素が少なくても話が成立して、短編でも勝負ができるうえ、メルさんの女性作者という視点も活かせる悪役令嬢ものが、ベターだと思ったんですけど、どうでしょうか?』
「……いいと、思います」
確かに『悪役令嬢』は、男性作者には参入しづらいジャンルだと、イゼルも個人的に考えていた。
そしてWeb小説界隈は、分母としては圧倒的に男性作者の割合が大きい。
最初からライバルを大幅に削れる上に、メルルの描く尖ったキャラクターたちは、女性読者にも通じる魅力があった。
『しかもちょうど、悪役令嬢が流行っている大手のサイトで、悪役令嬢をテーマにした公式コンテストが開催されています。そこで実績を残せれば、書籍化の打診や、編集者の目にも留まりやすいはずですよね?』
『パーフェクトだよ、やっさん! カンペキじゃん!』
『ひゅー、ヤスくんマジでシゴでき過ぎーっ!』
『ただ応募期間があと、二週間くらいしかないんですよね』
『大丈夫大丈夫、間に合わせるって!』
「いや、二週間ですよ!?」
あまりにも楽観的な会話に、イゼルは慌てて口を挟んだ。
「いま僕も確認しましたけど、これって応募は【五万文字以上十万文字以内】の作品って書いてありますよ!? しかもAI生成作品は不可! これに今から応募するのは、流石に無理ですって!」
『え? そうなんですか?』
イゼルの動揺ぶりに、ヤスオが素朴な疑問を呈する。
『単純に考えて、十日間で毎日5000文字くらいの執筆ですよね? それくらいなら、学校行きながらでもなんとかなるのでは?』
「……ヤスオさん、それって仕事の書類ベースで話をしていません?」
『……?』
そういえば、ヤスオは小説界隈の人間ではない、一般人なのだ。
小説と書類。
ともに文字を連ねる作業だが、一日に書ける文字数の上限に、認識のズレがあるのは仕方がない。
「いいですか、ヤスオさん。小説っていうのは書類と違って、ただ紙面に文字を埋めればいいんじゃない。それが『面白くない』と意味がないんですよ。だからプロットや推敲、改稿なんかを繰り返して、最終的に作業量が倍以上に膨れ上がることも珍しくないんです」
そして『意味のある文章』を、毎日執筆し続ける。
この大変さは、経験したものしかわからないだろう。
そのうえ今回は、アイデア出しすら終わっていない状態だ。
創作経験者なら不可能だと判断するボーダーを、完全に超えていた。
『あー、なるほど、そう言われると仰る通りですね。ごめんなさい、これは僕の見積もりが甘かった——』
『——いや、やるよ?』
正論を交わすイゼルとヤスオの間に、飄々とメルルが割り込んできた。
『イケるイケるって。だいじょーぶ、学校で寝て家で書けば、ギリなんとかなるっしょ!』
「いやでも、そんなことして体調でも崩したら……」
『……「そんなこと」を理由にしてやらないんなら、そもそも書籍化なんて目指さねーって』
そんなこと、と。
イゼルの常識を、メルルは容易く蹴り飛ばす。
『やっさんは止めねーよな?』
『……そうですね。メルルさんがやるというのなら、もちろん応援しますよ。スケジュール管理くらいなら協力できますし』
「い、いやでも、スペースの活動もあるし、今だってムーンさんにイラストの塗り方を、教わっているんでしょ!? そのへんはどうするんですか!?」
『全部やるよ? 授業中は寝れるんだから、ヘーキだって』
『マジでー? わたしはやるんなら、手は抜かないよー?』
「無茶苦茶だ!」
イゼルは思わず悲鳴をあげた。
たとえ本人の意向でもあっても、こんな作業量、高校生に背負わせていい量じゃない。
「ヤスオさん!? これ絶対に、大丈夫じゃないやつですよ!? ちゃんと止めたほうがいいですって!」
『でも本人が、やる気なんですよ? それが誰にも迷惑がかからない行為であるなら、外野がそれを止めるのは、ちょっと筋違いじゃないですか?』
「いやでも、流石にこれは——」
『——キツネくん』
動揺するイゼルに、ヤスオは淡々と語りかける。
『僕がメルルさんに協力している理由はね、彼女が「本気」だからです。そしてどんな業界のプロや、事業で成功した起業家たちでも、そういう界隈の上澄みって「人としてどこかが壊れている」くらいじゃないと、やり遂げられないような場所で戦っているというのが、僕の持論なんですよ。だからメルルさんがやるという限りは、僕はできる範囲で応援します』
ともすれば。
合理的な思考の持ち主だからこそ。
非合理的なの熱量に、惹かれているのかもしれない。
少なくともヤスオの声には、イゼル程度の正論では揺らがない『芯』があった。
『ま、とりま二日以内にプロット? ってヤツを作ってみるから、できたらキツネくんチェックよろ!』
「は、はい……それは、大丈夫ですけど……」
ここまできて、協力しないなんて野暮は言わない。
ただ一つだけ……イゼルは。
絶対に、確認しておかなければならないことがあった。
「メルルさん」
『ん? なんだよ?』
「念のため聞いておきますけど、悪役令嬢って、どんな作品なのかわかってます?」
『はは、バカにすんなって! それくらいウチでも、知ってるっつーの!』
ニヤリ、と。
スマホの向こう側に、自信満々な笑みが透けて見える。
『とりあえず「お前を追放するっ!」ってキメときゃいい感じの、アレだろ!?』
イゼルはメルルに悪役令嬢の基礎を叩き込むことを心に決めた。
〈作者の呟き〉
お前この船降りろなら、まだワンチャンあったかもしれませんね。




