【17】でうす、えくす、まきな
「それじゃあヤスオさん的には、宇宙人はいるけど、幽霊や妖怪なんかはいない派なんですね?」
『別に否定する気はありませんけど、実在するなら証拠を見せて欲しいって感じですかねー』
メルルに『悪役令嬢とはなんたるか』を叩き込んだ、二日後である。
土曜日の夜。
まだ彼女から、プロットは上がってきていない。
それでもメルルのアイコンは、スペースのホスト主として表示されていた。
連日にわたるスペース皆勤賞は継続中である。
しかし普段よりも口数が少ない彼女を補うようにして、共同ホストの枠にはイゼルの隣にヤスオが並んでいた。
『じゃあ宇宙人がいるって根拠は?』
『確率的に考えたら、いないとおかしいでしょう?』
ヤスオは基本的に、感性や直感というものを信じていない。
彼の判断基準はどこまでも『数字』だ。
だからこそ理解しやすい。
ノリと感性だけで突っ走っているメルルよりも、正直なところずっと話しやすかった。
「えっと、じゃあそろそろ、リスナーさんの意見を聞いてみましょうか……」
とはいえいつまでも、身内だけで話しているわけにもいかない。
スペースには常連スピーカーたちの掛け合いそのものをコンテンツにしているものもあるが、良質なスピーカーを確保できていないメルルのスペースは、今のところリスナー参加型を採っている。
自主参加にせよ。
呼びかけによる参加にせよ。
スペースに集まったリスナーの中からスピーカーに上がってもらい、新たな交流と話題を提供してもらう。
そうやって場を循環させ、新たな風を呼び込むことは、素晴らしい人材を発掘する機会となり得るのだが……
「……あ、リクエストありがとうございます。では虚無僧さん、どうぞー」
『スピリチュアルはねぇ、存在するんですよ!』
当然ながら。
厄介な地雷を引き当てることもある。
先ほどから招待申請を連打していた〈虚無僧〉という新規リスナーを招待した瞬間に、凄まじく生臭い風が荒野を駆け抜けた。
(あっ……)
人間ガチャ失敗の予感。
イゼルの背筋を、独特の悪寒が走る。
『五人官女なんです! 五人揃ってゴレンジャー! 私がその二人目だ! カエルたちの笛や太鼓に合わせて、回収中の不燃ゴミが吹き出してくる様は、圧巻のコンピューターグラフィックなんですよね! 科学の光で照らし出された闇は、もっと深い闇へと逃げ込むだけ! 総天然色の青春グラフィティーや一億総プチブルを、ボクが許さないことくらい、オセアニアじゃあ常識なんですよ!』
初っ端から濃い。
濃すぎる。
耳から直接タールを流し込まれているような不快感だった。
アニメや映画に詳しいイゼルは、この狂気じみた長文が某有名映画の引用であることを察することができるが、そうでない一般リスナーにとっては、脈絡がない妄言の羅列に過ぎない。
共有認識のない場での脈絡がないメタ引用は、悪質なテロ行為と同義である。
『……あれ? えっと、ノリ悪いなー?』
ただひとり。
凍りついた空気のなか。
暴走に無自覚な虚無僧が、不思議そうな声を漏らすと……
『……それで一体、あなたは何を主張したいんですか?』
否。
もうひとり、この場には。
絶対零度の空気にも動じない、強靭なメンタルの持ち主がいた。
本当はもうひとりいるのだが、先ほどから彼女はホストであるにも関わらず沈黙を貫いている。
代わりに共同ホストであるヤスオが、地雷原の中へ踏み込んでいった。
『確かに文法的には成立していて、内容も意味深なものに聞こえてきますが、すいません僕には理解できなかったので意味を教えていただけますか?』
『あ、いやこれは映画のオマージュっていうか、ネタのつもりで……』
『ん? なんでそんなことをする必要があるんですか? さっきまでのトークテーマと何か関係あります? 虚無僧さん、自分からスピーカーに上がってきたんですよね? 何か主張したいことがあったんじゃないですか?』
ゴリゴリに攻めていく。
しかしヤスオに悪意や攻撃性はない。
単純に、理解できないものを知ろうとする好奇心だった。
『それとも映画のオマージュと虚無僧さんの主張が、何かリンクしていたりします?』
『……だから、スピリチュアルは存在するんですよ! 精霊を否定することは私が許さない!』
『なるほど、その根拠は? 具体的な観測記録や証拠なんかを提示してもらえると助かりますね。それとも虚無僧さん自身が、そういった神秘体験をしたことがあるとかですか? でしたら是非、お話を聞かせてもらいたいのですが?』
地味にヤスオのテンションが上がっている。
まるで自分の知らない昆虫を見つけた小学生のような反応だ。
『……』
対照的に、虚無僧は返答に詰まり沈黙した。
今度こそスペースに、気まずい沈黙が訪れる。
カリカリ、と。
液晶タブレットにペンを走らせている音が、メルルのマイクから小さく漏れていた。
「あ、そ、それでは虚無僧さんは、スピリチュアル肯定派ということなんですね! へー! すごいなー!」
イゼルは必死に言葉を絞り出した。
自分がここで踏ん張らないと、会話が地平線の彼方まで吹き飛んでいく。
「じゃ、じゃあ幽霊とか妖怪とかも、肯定派なんですかね?」
『いるわけないじゃないですか、そんなもの』
「……ッ!」
だが、想いが通じない。
言葉が理解できても、会話が成立していない。
虚無僧の発言はどこまでも、自分を中心とした一方通行だった。
『でも、神はいますから! 神を信じていない人は、みんな地獄へ堕ちますよ!』
『へえ、ではその根拠は? 地獄へ落ちるって、どうやって観測されたんですか?』
『……』
そしてヤスオから論拠を求められると、すぐに黙る。
一体この人は、何を考えて。
どういう目的と意図で発言しているのだろうかと。
だんだんイゼルも気になってきたが、共同ホストである以上は、好奇心で観察に回るわけにはいかない。
「め、メルルさんはどう思いますか!?」
『いるんじゃね? 知らんけど』
話題を振っても、すげなく一蹴された。
ホストとしていちおう話を聴いているが、心底興味がないのだろう。
この話題に関わるつもりはないらしい。
カリカリと、液タブの乾いた音が鳴っている。
援護射撃は絶望的に期待できなかった。
「……ッ! ぼ、僕としては、天国とか地獄はあったほうがいいと思いますけどね! 輪廻転生とか、そういう発想や土壌がないと、そもそも異世界やファンタジーの土壌が生まれなかったわけですし!」
『ドラゴンはいますよ! 何故なら——』
ブツン、と。
不自然に虚無僧のマイクが途切れた。
スマホ画面を確認すれば、ミュート状態となっている。
すぐにミュートが解除され、再び音声が戻ってきた。
『あ、あれ——』
ブツン。
『おかしいな——』
ブツン。
『なんか接続が——』
ブツン。
ミュート、解除。
ミュート、解除。
ミュート、解除が繰り返される。
虚無僧のアイコン表示が目まぐるしく変化して、不自然なぶつ切れ音声がスペースに転がっていた。
実際に機種の不具合や、電波状況の良し悪しによって、このような接続不良が発生することは度々にある。
しかし今回のこれは……
(……ヤスオさぁぁぁんっ!?)
おそらく共同ホストであるヤスオが、ホスト権限を使って、虚無僧を追い出し続けているのだ。
多分もう、飽きてしまったのだろう。
対象に興味があるうちは相手をするが、興味が失せれば途端に見限る。
ヤスオの残酷な合理性が、牙を剥いていた。
『なんか——』
ブツン。
『悪いので——』
ブツン。
『もういい——』
ブツン。
そしてスペースから、虚無僧のアイコンが消えた。
直後にリスナーたちから拍手スタンプが湧き上がる。
『……モンスター、退治されてんじゃん』
ボソリと零れた、メルルの呟き。
またしてもリスナーたちから大量のスタンプが表示されるが、イゼルは、乾いた苦笑いを浮かべることしかできなかった。
〈作者の呟き〉
神の裁きは絶対なのです。




