【18】元カレ
『まーヤスくんって、オンとオフっていうか、好きと嫌いの温度差が激しいからねー』
【それはある】
本日の〈作戦会議室〉と名付けられたボイスチャットルームには、メルルとキツネ、ムーンにロッキーのアイコンが並んでいた。
しかしメルルは会話に参加していない。
彼女のマイクからは……カリカリ、と。
液晶タブレットにペンを走らせる音だけが漏れ続けている。
そのため現在は、イゼルの愚痴大会となっていた。
ヤスオを共同ホストとした連日のスペース活動の不満が、延々と噴出している。
ムーンは音声による応答。
ロッキーはコメントの書き込みで。
それぞれに、同情を寄せてくれていた。
『トークそのものは上手くても、みんなにいい顔しなきゃいけないホストには、向いていないのかもねー?』
【それな】
『っていうかキツネくん、そんなんでメンタル大丈夫? ヘーキなのー?』
「いや、大丈夫ではなかったですけど、キツかったときは筋トレで気分をリフレッシュさせていたのでなんとか……」
『……ん?』
【今、時間が跳んだ……?】
「え? 何がですか?」
二人の妙な反応に、イゼルは首を傾げる。
『いやだって、普通は疲れたとき、休まない? それか、甘いものを食べるとか……』
【せめてエナドリでしょ? 疲れているのに自分を追い込むとか意味不明】
「いやいや、そんな身体に悪いことをするよりも、絶対に身体を動かしたほうがいいですって! 脳もスッキリしますし!」
おかげで週末は、筋トレが実に捗った。
今も全身に溜まった疲労が、心地よい活力を与えてくれている。
【なるほど、キツネくんの無尽蔵なスタミナは、そこからですか】
「ん? そんな大層なものなんてありませんよ?」
『あるよあるあるーっ! いやね、キツネくんってあの、有名な進学校の生徒なんでしょ!?』
当たり前のように個人情報が流出している。
情報源はきっと、制服で遭遇したことのあるメルルだ。
スペースでうっかり口を滑らさないよう、あとで口止めしておこう。
イゼルは固く心に誓った。
『ああいうとこって授業難しそうだし、課題とかもエグそうなのに、キツネくんって学校終わってから毎日メルルンのスペースで共同ホストして、Webで更新されている作品を読んで、感想を書いて、そのうえ朝にランニングとか、帰って筋トレまでしてるんでしょ!? それなのに一度も眠そうなところ見たことないし、一体いつ寝てるんだろーって、みんな不思議がってたんだよ!』
「僕は部活に入っていませんから、その時間を趣味に充てていると考えれば、普通じゃないですか?」
【いや普通じゃないよ?】
そういえば、似たようなことを。
以前にゴールドから言われたことを思い出す。
【確かに身体を動かした脳内麻薬でメンタルをリセットするのは、理想的な解答のひとつだけど、それができるかどうかはまた別問題なんよ】
『それな〜っ! 疲れたときは、何もしたくないんじゃーっ!』
『……いや、っていうかおまえらよぉ』
話の脱線ぶりに、我慢できなくなったのだろう。
沈黙を保っていたメルルが口を開いた。
『もうウチのプロットは、読んだワケ? だったらさっさと感想欲しいんだけど?』
「あ、大丈夫です読みました」
【もち】
『あ、ごめんごめん! メルルン、もうちょい待って!』
ムーンはまだ、未読らしい。
彼女が残りを読み進めているの間に、既読したイゼルとロッキーが感想を伝えていく。
「うん……僕はいいと思いますよ。ちょっと悪役令嬢のテンプレからは外れていますが、ちゃんとキャラの強みは活かせる配置と造形ですし、起承転結や感情曲線なんかも、読み切り短篇の中にしっかり収まっています」
あれだけ普段、人の話を聞いてくれないのに。
創作に関してだけは、イゼルが教えた『悪役令嬢』や小説の基礎を、しっかり守ろうとしている。
虚しくもあり、嬉しくもある。
なんだか複雑な気持ちだった。
【オイラは悪役令嬢詳しくないけど、メルルにまっすぐな王道なんてマネできないんだから、これくらい振り切った邪道な感じでいいんじゃないの?】
ロッキーも悪くない評価のようだ。
『んじゃ、次な! これどーよ!?』
次いでメルルが投稿したのは、制作途中の線画イラストだった。
「これって……」
『うん、今回の女主人公と相手役! どう、結構イケてね!?』
物語の舞台である、魔法の存在する中世風の世界。
そこを舞台に活躍する、変身魔法が使えるヒロインと、彼女を追う偏執的な捜査官。
その二人を描いたラフ絵である。
(すごい……)
こういったイラスト界隈に疎いイゼルとしては、ネットにアップされるような完成版ではなく、こうした作業途中の作品を目にする機会は貴重である。
それだけでも新鮮な感銘があった。
ましてや今、目にしているのは。
今まさにプロットから産声を上げようとしている、キャラクターたちの姿なのだ。
感動もひとしおというものだ。
【いいんじゃない? 色付けするまでわからんけど】
『そこはムンにチェックしてもらうから大丈夫! キツネくん的にはどうよ!?』
「いや……すごく、いいと思います。っていうかメルルさんって、イラストも書けたんですね」
『いんや、ほとんどシロートだよ? 今回も色々と、構図とかムンに手伝ってもらったし』
「だとしてもここまで書けるのは、凄いと思います」
『褒め過ぎだって。人間「本気」でやろうと思えば、これくらい誰でもできるって』
そうだろうか。
少なくとも少年は、少女と同じことを出来る気がしない。
イゼルの場合は、有り余った体力で強引に作業量をこなしているに過ぎない。
だがメルルは本人の精神力だけで、不可能を押し切っているようなもの。
文字通り、魂を削っているのだ。
それを可能とするのは、紛れもない『才能』だった。
『……うん、わたしもいいと思うよ〜っ!』
ムーンも遅れて、プロット確認を完了したらしい。
『っていうかメルルン、やっぱり今回も主人公とオトコの名前、前作とおんなじなんだね〜?』
『……悪いかよ』
いや別に、悪くはない。
伝説的な漫画家が実践した俳優起用型作風のように、作者が同じ造形のキャラを別作品にも登場させるスタイルは、昔から存在している。
メルルもそれに倣っているのだろう、と。
イゼルは考えていたのだが……
『……いや、元カレの名前を散々に擦るオンナって、フツーに痛くない?』
どうやら彼女の場合は、違うらしい。
演出ではなく、完全な私情だった。
【まだアイツに未練あるんだwww】
『い、いいだろっ!? 本当に顔とは声とか、めっちゃタイプだったんだから! なんなら性格も、ウチを捨てたこと以外は超メロかったし!』
『痛い痛い痛い、ガチ過ぎてウケるーっ!』
【クカカカカ、大草原不可避】
『うっさい、死ねっ!』
容赦無く古傷を突き回してくるムーンとロッキーに、メルルが声を荒げる。
一方で……
「……」
沈黙するイゼルは。
かつて彼女の元を去った元カレの心中に、想いを馳せていた。
(きっと……その人は、耐えられなかったんだろうな)
メルルの元カレは、Web小説から書籍化した若手作家だ。
現在も活動中であり、ペンネームさえわかれば、作品を確認することができた。
イゼルの分析では、彼はきっと『数字のために作品を書く』タイプの作者だ。
流行りのジャンル。
読みやすい文体。
テンプレに沿った安定感のある展開。
そこにほんの少し、作者の個性を添える。
今のウェブ作家がお手本にすべき、ひとつの完成系だった。
だからこそ、理解できる。
(創作界隈のことを何も知らずに、好き勝手に書いた作品が、めちゃくちゃ面白くて……しかもそれが自分よりも年下の女の子だなんて……)
そんな事実。
男なら、耐えられない。
狭量だとは思う。
酷い人間だと責められる。
しかし作者としては、その悔しさや惨めさを、痛いほどに理解できてしまうのだ。
(プロになった作者さんでも、そうなったんだ)
だとすると。
プロですらないアマチュアのイゼルは。
圧倒的な『才能』という暴力に、耐えられるのか。
そう考えると……ジクリ、と。
胸が痛んだ。
〈作者の呟き〉
メルルと元カレさんは健全なお付き合いだったので、条例には引っかかりません。




