【04】ボーイ、ミーツ、ガール
イックスの創作界隈で建てられていた、女性ホスト〈メルル〉のスペース。
男性スピーカーたちの作品が立て続けに処刑されたことで、凍りついた空気のなか……
『……ん、こっちもおもんない。っていうか意味フ過ぎる』
最後の作品を読み終えたメルルの意見は、やはり辛辣なものだった。
『ねえアンタこれ、人に読ませる気があんの?』
『い、いやこれはまずは、読者を選別するための篩っていうかさぁ!』
作品の提供者である男性スピーカーが、メルルの強火な意見に反応した。
動揺を滲ませつつ、早口で捲し立てる。
『僕はこの程度の文章を読解できない人には、どのみち理解できないような、複雑なプロットを組んでいるんだよ! だからこれくらいは最初に理解しておいてもらわないと、困るっていうか……』
『あっそ、だったらそんなクソ面倒な怪文書を、人に読ませるなよ。投資した時間の無駄だったわ』
『……は、はぁぁ!? それはアンタが読ませろっていうから、今回は特別に読ませてやったんだろうが!』
『でもアンタら曰く、人に読ませるんなら、最低限のレベルとかマナーとかがあるんだろ? それができていない作品を、そうとわかっていて、人に叩きつけてくるような人間なんかにウチはギャーギャーと言われたくないんだけど?』
『いや、だから別に、無理に読んでもらおうとかは……』
『いや読ませてるじゃん、実際に。読ませる気ないなら最初からそう言えばいいし』
『……ッ!』
『え、それともアンタ、作品が無料で読めるからって、どんな作品でも人に押し付けていいとでも思ってんの? そりゃ作品はタダ読みできても、それを読むウチの時間は有限なの、わかってる? 別に絶対面白い話を読ませろなんて言わないけどさぁ、せめて人に作品を読ませるんなら、作者であるアンタくらいは、その内容に胸を張れる内容にしてやれって。じゃないと作品が可哀想だし、作家としての意見を他人に押し付けるのは、それからなんじゃねえの?』
『……』
最後のスピーカーも、黙り込んでしまった。
今回もまた、残酷な公開処刑の終了である。
その間もスペースにはリスナーたちが自由に出入りしていた。
着実に人は増えている。
(同接20人近いや……凄いなぁ)
小一時間ほどスペースを開いても、片手ほどにもリスナーが定着しない自分とは大違いだ。
やはり彼女は……魅力的なのだろう。
それが好意であれ、嫌悪であれ。
人の興味を惹いて。
人から関心を持たれる。
面白い、人間なのだ。
『あーでも、ウチもそんな面白い作品は書いていないっていうか、ぶっちゃけ中身は終わってるんで、いちいち読まなくていいから、評価とポイントだけくださーい』
そんな面白い人間が。
散々と他人の作品をぶった斬っておいて。
自身はあっけらかんと、ツッコミどころ満載の発言を口にする。
『は、は? いやおまえ、ついさっき「面白くない作品を押し付けるな」って言ったばかりじゃ——』
『——いやだから、押し付けてないじゃん? 評価とポイントだけくれって言ってんだけど、わかんないの?』
『それはダメだろ!』
論点がズレたことで、沈黙していたスピーカーたちが息を吹き返した。
『っていうかさあ、キミ、そんなことして恥ずかしくないの?』
『完全にルール違反だよね?』
『いや僕はしないけどさぁ、誰かが通報したら、作者垢なんて簡単にバンされちゃうよ?』
『だからって、何もしないよりは作品が埋もれるよりマシっしょ。それに垢バンされようと、それはウチだけの問題で、他人にはメーワクかけてねえし。……つーかオマエら、急に早口になんなよ。キメーって』
『『『 ……ッ!? 』』』
滅多打ちである。
正論が、暴論に屈した瞬間だった。
『つーかみんなもホントは、わかってるっしょ?』
黙り込んだ常識人たちに向かって、異端者が極論を突きつける。
『後追いの人間がいくらお行儀よく決められたルール守ってたって、もう成功している奴らには、絶対に追いつけっこないって。ルールなんて所詮、成功者が自分たちの権利を守るために敷いているようなもんなんだからさぁ、ウチらのような駆け出しがチャンスを掴むためには、ありえないほどのラッキーに恵まれるか、こういうグレーゾーンすれすれを攻めるしかないって、まだわかんないの? ちゃんと現実見えてる? それとも学校みたくルール守ってればいつかは褒めてもらえると思っている、お子ちゃまなの?』
『『『 …… 』』』
またしてもスペースに、気まずい沈黙が降りた。
メルルの言葉は正しくない。
スピーカーたちのほうが圧倒的に正しい意見だ。
むしろこんな発言を認めてしまえば、作家として、品性や人格を疑われてしまう内容である。
倫理的には確実にアウト判定。
だけど……
(……完全に、間違ってはいないんだよなぁ)
世の中は全てが『正しさ』で出来ているわけではない。
メルルの言葉の何割かは、創作界隈の人間が多かれ少なかれ抱えている『本音』だった。
誰だって、可能なら。
正しく努力を、積み重ねて。
胸を張って、気持ちよく評価されたい。
でも従順にルールに従っているだけでは、供給が溢れている創作界隈において、なかなか浮上のチャンスは巡ってこない。
同調圧力に屈していては、その他大勢に埋もれてしまう。
反則スレスレの方法を使ってでも、この沼から抜け出したい。
創作者が抱える、鬱屈して矛盾した泥臭い感情。
それを包み隠さず吐き出す彼女は……
見ていて、空恐ろしくもあり。
同時に、爽快でもあった。
『……いや、普通に引くわ』
『話にならない。ブロックします』
『無理、まじキモい』
『はいはい、お疲れさん。バイバイー』
事実、そんなメルルの苛烈さに、拒絶反応を示す人は多い。
『……あ、でもアンタの作品は、嫌いじゃなかったよ。まだ一話しか読んでないけど、猫耳ヒロインってマジ可愛いよね!』
でも、そんな彼女だからこそ……
賞賛の言葉には、偽りや忖度がなくて。
『……ふん! そりゃどーも!』
人間としては駄目でも。
作者としては信頼できる。
そしてここは作者たちの集まる、創作界隈だ。
だからこそこうした危うげなスペースでも、回数を重ねるごとに、リスナーは確実に増えているのだった。
(やっぱり……面白い人だな、メルルさん)
一体どんな人なのだろう。
どんな人間で、どんな人生を歩めば。
こんな人格が形成されるのだろうか……なんて。
ガッタンゴットンと、バスに揺られて。
思いを馳せているうちに……キキィ。
振動が停止。
イゼルがノイズキャンセル付きのイヤホンでスペースを視聴している間に、目的地へと到着したようだ。
「あ、降ります」
電子決済を済ませてバスを降りると、空には綺麗な月が昇っていた。
(……満月じゃないけど、いい月だな)
イゼルは宣伝活動として、今でもイックスに毎日ポストをしている。
投稿用の写真は、いくらあっても困らない。
イヤホンからスペースを垂れ流すスマホをタップして、カメラのアプリを起動。
雑踏の中、立ち止まり。
空に昇った月を撮影しようとして……
『……だからさあ、ウチは絶対に、高卒までに書籍化したいの!』
「……だからさあ、ウチは絶対に、高卒までに書籍化したいの!」
不意に。
イヤホンの内側と外側で、声音が重なった。
「……え?」
思わず振り向いた瞬間に……パシャリ。
スマホを誤タップしてしまう。
アプリが起動して、派手なシャッター音が響き渡った。
「……は?」
そしてイゼルの視線の先では、スマホを手にする小柄な少女が、不機嫌そうに眉根を寄せていた。
〈作者の呟き〉
盗撮、ダメ、絶対。




