【03】おもしれー女
一ヶ月ほど前に、イゼルが推しのウェブ作家であるメルルのスペースを発見したのは、偶然だった。
なんだか見覚えのある名前が、スペースを開いていた。
気になってプロフィールを覗いてみると、なんとまさかの、本人だった。
声は可愛い。
下手すると学生くらいに聴こえる、女性の声である。
アイコンも可愛らしい。
AI生成のイラストが溢れる昨今では珍しい、手書きのイラストだとわかる清楚な女性のアイコンだった。
何よりも……本当に、女性だった。
投稿者の顔が見えないSNSにおいては、アイコンやポストで性別を判断することはできない。
だからこそ、直接に『声』を聴くことができるスペースは特殊だった。
虚構が氾濫する界隈において、疑う余地のない事実。
これもまた、スペースの魅力のひとつであり……
『……えー、だったらせめて顔見せてよ? ほら、やっぱり信頼できる相手じゃないと、こっちも星とか感想を送りにくいからさぁ?』
あからさまな、欠点でもある。
『それとも感想は、あとでダイレクトメールに送ろうか?』
『いやいや、そもそもそんな星乞食みたいなマネしてまで、作品を評価されたいんですかねぇ?』
『っていうかこの作品さあ、基礎がなっていないよ。やっぱり作者っていうのはさぁ、たとえウェブ作品でも最低限の基礎を踏まえたうえで投稿しないと、品格が疑われちゃうね? よかったらアドバイスしてあげよっか?』
若い声をした、女性の発信者に向けて。
ホストからの申請許可を得て、発言者となった男たちが、様々な意見を押し付けている。
内容はちょっと意味のわからない個人の主張に。
常識的な反対意見。
界隈における礼儀作法など。
多岐に渡るのだが……
『……』
問題なのはそれを、明らかにホスト側が求めてないことだ。
というかホストが開いたはずのスペースを、スピーカーに上がった男たちが占領してしまっている状況が、そもそもの間違いである。
こうした場面に直面するたびに、イゼルはとあるFFの言葉を思い出す。
——彼らはちょっと、勘違いしているよね?
——スペースは無料で遊べるマッチングアプリじゃないのに、スピーカーっていう舞台に立った途端、はしゃいで暴走しているのは、同じ男としてちょっと見ていられないかな
——そんなに持論を聞いてもらいたければ、お金を払ってキャバクラやガールズバーにでも行けばいいのにね
以上が、イゼルが信頼を置く〈ゴールド〉というフォロワーの見解だ。
声質がなかなかに渋い、イケボの男性である。
知識や社会経験も豊富であり、創作界隈を訪れたばかりのイゼルを歓迎してくれた、面倒見の良さもあった。
スペースを開けばすぐに何人もFFたちが集まってくる、人格者ではあるのだが……
一方で、創作に関しては『金髪ロリのヒロインを愛でる作品』しか書きたくないという、凄まじい性癖を公言している猛者でもある。
面白い人だ、と。
イゼルが感じて、尊敬している作者の一人だ。
そうしたゴールドに言わせれば、イックスのスピーカー界隈は女性のホストほど、粘着質な男性のスピーカーに絡まれてしまうリスクが高いのだという。
ただでさえ相手の素性や顔が見えないSNSは、普段ならまず目にしない攻撃的な発言や、過激な主張、異常な行動をとる人がワラワラと潜む、現代社会の闇鍋だ。
こうした圧力に晒されて、イックスの活動や創作から引退してしまう人間は、後を絶たないらしい。
イゼルとしては、気になっている推し作家が、このような界隈の闇に押し潰されてしまわないかと当初は心配していたのだけれど……
『……いや、うっせーから』
メルルのスペースを視聴しているうちに。
すぐにそれは、無用な心配だと気づいた。
『ウチは別に、アンタらの意見とか求めてねーし』
三者三様の意見を、真っ向から全否定である。
可愛いアイコン。
可愛い声。
イックスのポストや。
作品に寄せられた感想の返信など。
一見して、清楚系のキャラを『演じている』メルルだが……
『……っていうかそういうご大層な意見を述べるくらいならさぁ、せめて自分の作品を貼ってから語ってくれよ。いちおう読んでやるから』
実際の会話では。
作品同様に、かなりパンチ力が高い。
攻撃的で。
侮辱的で。
冒涜的ですらある。
このギャップに引いてしまう人たちは多いようで、事実イゼルも最初は面食らったが、しかしどこか納得もできた。
なにせ彼女の作品に出てくるキャラクターたちは、誰も彼もが、非常に個性が強いのだ。
そして作品とは少なからず作者の影響を受けているというのが、イゼルの持論だ。
作品を読めば、作者の人となりや思想が、なんとなくだが見えてくる。
ゆえにあそこまで破天荒な物語を生み出す人間が、これくらい過激であることは……
ある意味、イゼルの中で筋が通ってしまったのだ。
『……いや、これおもんねーわ』
そしてメルルは、創作に対して嘘をつかない。
スペース機能の一つである、コメント欄。
挑発されたスピーカーたちが貼り付けたリンクから、投稿されたウェブ作品へと飛んで、数話を読んだ感想がこれだ。
『誤字脱字がひでーし、テンプレ? お約束? ってヤツなのかも知んねーけど、とりあえずキャラたち全員バカすぎね? ちゃんと脳みそ使って発言してる? いやキチーから、もう次行かせてもらうわ』
歯に布を着せぬ物言いである。
一切の忖度や遠慮がない。
日本の社会で生きていれば、誰もが自然と身につける社交辞令といったものを、メルルはまるで持ち合わせていなかった。
もしかすると本当に、若い女性なのかもしれない。
だって人間、誰しも。
ある程度社会で生きていれば。
優しい嘘は潤滑油だと、わかってくるはずなのに……
『……いや、こっちも無理。っていうかアンタら、ホントに小説を読ませる気があんのかよ?』
無邪気な子どもが口にする、真理のように。
包み隠さない真実とは。
時として、嘘よりも残酷だった。
しかしメルルはSNSでフォロワー集めのために清楚系女子に擬態するような嘘つきでも、読者としての『作品に対する評価』は、相手がどんな人間であろうと絶対に嘘をつかないというスタンスを貫いている。
『……』
『……』
おそらくは創作歴の浅い年下の女性から、これほど容赦のない辛辣な感想を叩きつけられるとは思っていなかったのだろう。
今日もまた、先ほどまで声高に創作論を語っていたスピーカーたちが、揃って沈黙していた。
凍りついた無音のスペースで、タプタプ。
最後の作品に目を通しているのであろうメルルの、スマホを触る音が、妙な威圧感を放っている。
今日の彼女は、室外でスペースを開いているのだろうか。
街の雑踏が、BGMとして流れていた。
〈作者の呟き〉
室内ではなく、室外でスペースを開く際は、住所や本人の特定にご注意ください。




