【30】おもしれー男
『……いや、流石に草なんよ』
およそ半月ぶりに聴くメルルの声は、苦笑気味だった。
無理もない。
あんな会話の終わり方をしておいて。
今までまるまる音信不通で。
なんなら感想の返信すらしていない。
そんな状態での久方ぶりの連絡が『新作を書いたので確認してください』だ。
如何に寝不足の躁状態だったとはいえ、我ながらどうかしていると思う。
現に今のイゼルは、180センチ近い筋肉質な身体をデスクチェア上で小さく縮めながら、顔を真っ赤に火照らせていた。
「あ……その、ごめんなさい」
『ん? それは何について?』
「色々です。でもまずは、ごめんなさいです」
『……』
「……」
しばし、沈黙が落ちる。
それからややあって……ガリガリ、と。
乱暴に頭を掻く音が、気まずい静寂を破った。
『まあ……ぶっちゃけさあ、ウチ的にはキツネくんが何にあんなキレてたのか、未だによくわかんねえのよ。だから理由もわかったねぇのにここでウチが謝るのは、なんか違うと思う』
続いたのは、メルルの独白だ。
『でもさぁ、ほら、ウチって色々と終わってんじゃん? だから多分、フツーの人ならわかることが、ちゃんとわかってないんだろうね。だからキツネくんがブチ切れたんだなーってのは、なんとなく理解してるつもり』
「そ、それは……」
『いいのいいの、これはガチだから。つーかこれまでにも似たような経験、何度かあったし』
「……」
それはそうだろう、と。
思わず無言で肯定してしまうイゼルだった。
『でもさぁ、キツネくんの考えてることがわかんなくても、作品を読めば「作者の人となり」がなんとなくでもわかるって、キツネくんも言ってたじゃん? だからちょっと、試しに読んでみたんだよね』
「それ、は……」
かつてメルルが、口にして。
イゼルも肯定した、言葉だった。
だから彼女は、小説を読んだのだ。
傍目からは意味不明な行動に見えても、メルルの中ではちゃんと筋の通った行動だった。
そのことを理解できた瞬間、イゼルの中にまたひとつ、新たな視点が芽生えた感覚があった。
(やっぱりメルルさんは、面白い人だなぁ)
善人ではない。
優しくもない。
なんなら嘘つきで、暴走癖まである。
だがそういう全てをひっくるめて『面白い人』だと、再認識してしまったのだ。
『そしたらさぁ、普通に面白いじゃん』
一瞬思考が、口から漏れたのかと思った。
だがどうやらそれは、自分の作品を読んだメルルの感想だったらしい。
「あ……その、ありがとうございます?」
『いやなんで、疑問系なんよ?』
「いやだって……ねぇ? 本当にアレ、面白かったですか? 初期作ですから、結構ヒドい出来だったと思うんですけど……?」
『うん、けっこう酷かったよ?』
「あ、そこは否定してくれないんだ」
実にメルルらしいと、苦笑が漏れた。
『設定はガバいし、誤字脱字だらけだったし、キャラはブレブレだし、なんかとってつけたような急展開もあったし、なのに途中で急にテンプレをディスり出したりで、マジで読んでて痛々しかった』
「……」
全部、図星である。
心当たりが多すぎて、真顔になってしまうイゼルだった。
あともう少しこのまま酷評が続いていたら、心が折れてしまっていたかもしれない。
『んー……でも、なんつーかさぁ……』
だけどメルルはそんな駄作を、最後まで読んでくれたのだ。
そのうえで『面白い』と、評価してくれたのだ。
その事実を心の支えに、イゼルは事実を受け止め続ける。
『なんかよくわからないけど、勢いだけはあったし、キャラもクセがあったけど好きになれたから、それでなんか最後まで読めちゃってたらそれはもう普通に「面白い」ってことで、いいんじゃね?』
評価の基準なんて、人それぞれだ。
欠点があっても、荒削りでも、最後まで読みたいと思える作品は確かに存在する。
そして最後まで読み終えて、面白いと言ってもらえたなら、作者にとってこれ以上の褒め言葉はない。
「読了、ありがとうございます」
今度ははっきりと、言い切れた。
『いえいえー。つーかこんな面白い作品でもポイントつかないんだから、ウェブ界隈って、マジで見る目ない人多すぎてウケるんですけど』
またしても、公で口にすれば炎上しそうな発言だ。
しかし数字に伸び悩む弱小作者ならば思わず頷いてしまう内容なので、イゼルも否定できない。
そのうえ……
『……それに、これで確信したわ。やっぱキツネくんの言うこと、間違ってないよ。こういう「面白い話」を書ける人間ってさぁ、やっぱ「面白い男」なんだよな!』
「……っ!」
それは、イゼルがずっと求めていた言葉で。
それをまさか、このタイミングで。
メルルの口から聞けるとは。
思ってもいなかった。
『普通さあ、半月も連絡ブッチしといて、謝罪より先に、新作の感想とか求めてくるーっ!? しかも内容がウチらの実話をネタにしているとか、ヤバすぎるっしょ! あり得ないっしょ? いやいやマジで、おもしれーわキツネくん! 降参です!』
だから、と。
メルルは声音に、真剣さを宿して。
『たぶん……あんときは、やっぱウチも、悪かったんよな。ごめんなさい』
謝った。
『正直まだ、何が悪かったのか、よくわかんねーけどよぉ』
悩みながら。
それでも少しずつ、歩み寄ろうとしてくれている。
『そういうところは教えてくれると、できるとこは、直していこうと思うし……』
そのうえ譲歩まで、飛び出したのだ。
このメルルは本物なのかと、本気で疑い出したイゼルである。
『だからさぁ、また前みたいに、一緒に——』
「「 ——ストぉおおおおっプッ! 」」
バンッ!
と、盛大な音を立てて。
部屋の扉を開き、大声をあげて乱入してきたのは、イゼルの見知った少女たちである。
「ぴ、ピア!? それにモエルも、何してんの!?」
「……それは、こっちのセリフだよ? ゼルくんこそ、ずっとコソコソ部屋に引きこもって、何してるのかな?」
「おにぃってば連休ずっと部屋に閉じこもっているし、かと思ったらなんかずっと女の人と通話してるみたいだったし、もう、意味わかんないよっ!」
「……だから部屋の外で、様子を伺っていた」
「心配して監視してあげてたんだから、感謝してよね!」
「いやそういう結論には、ならなくない?」
どうやら彼女たちは酷い勘違いをしているようだ。
確かにメルルは、同年代の異性である。
とくに声だけを聴くと、とても可愛らしい。
しかし実際は、猛獣の類である。
恋愛感情は湧かない。
男女の垣根を超えた創作仲間としての関係……そう表現するのが適切な気がするが、かといってこの流れでイゼルがメルルを庇っても、興奮する少女たちに逆効果なのは目に見えている。
こういう時は、本人の口から説明してもらうのが一番だろう。
(……あっ)
そこまで考えて……ゾクッ、と。
背筋を悪寒が貫いた。
そうだ。
普通ならそれが『正解』の場面でも。
生憎とメルルは、『普通』ではない。
なんなら以前『ラブホの前でバッティングした浮気相手とカップルの口論まじおもしれー』と漏らしていた、愉快犯系の女子である。
『えー、なにこの子たち、めっちゃこわーい。もしかしてウチに、ジェラってるの? うわぁっ♡ オトコに相手されないオンナの僻みとか、いと哀れすぎてジワるんですけどーっ♡』
ゆえに嬉々として、火種にニトロを注ぎ込んだ。
「はぁ!? なんだよクソババア、表に出てこいやコラぁ!?」
「……ゼルくん。これはないよ、女の趣味悪過ぎ。代わりに私が『滅っ』してあげるから、スマホ渡して? ね?」
一瞬で燃え上がったモエルと、氷点下の瞳のピアが、ずんずんと距離を詰めてくる。
「ちょ、メルルさん!? なにしてくれてんのぉ!?」
伸びてきた少女たちの手を回避するため、スマホを頭上に掲げたイゼルが悲鳴を上げるものの、むしろそれは逆効果だ。
「……メルル、さん? え、もう名前呼びなの? なんで? いつから?」
「つーかその声、聴き覚えあるぞ! たぶんオマエ、だいぶ前におにぃに絡んでたクソババアだよなぁ!?」
『はーい、あのとき襲われてたメルルでーす♡ ダーリンにはいつも、お世話になってまーす♡』
「……ゼルくん、はよ」
「おにぃ、スマホ渡して!」
「痛い痛い痛いいいからちょっと、二人とも落ち着いてぇ!?」
ピアは凍りついた無表情のまま、淡々と。
モエルは般若のような形相で、必死に。
互いにスマホを奪い取ろうとしてくるので、イゼルは防戦一方だった。
『きゃはははは! いいぞ、やれやれー! つーかキツネくん、やっぱおもしれーわ! サイコーっ!』
再びの、待ち望んでいたはずの言葉である。
しかし今度は全然、嬉しくなかった。
〈作者の呟き〉
俺の幼馴染と従妹が創作仲間を相手に修羅場する訳がない……に、タイトル変更しようかしら?




