【31】えぴろーぐ
『がぁああああ! マジでっ! ありえねぇだろぉおおおおおっ!』
この日のディスコは荒れていた。
というか冷静に過去を振り返ってみると、このディスコサーバーは、荒れてないことの方が少ないかもしれない。
しかし今回はイゼルから見ても、こうしてメルルが荒れるのも無理はない状況だった。
何故なら……
『……誰だよ、ウチの過去スペと魚拓、出版社にチクリやがったの!? あれ持ってるってことは、古参だろ!? ここにいるのか!? 卑怯だぞ! ケンカ売りてぇんなら真正面からかかってこいよなッ!』
というわけで。
イゼルが作戦班に加わる以前に配信されていた、メルルの香ばしいスペース活動の音声記録や、大量の投稿。
それらが魚拓として出版社に送り届けられたことで、つい先ほど『書籍化の中止』という打診が届いたのだ。
メルルが激怒するのも無理はない。
すると……ポコン。
【あ、犯人はオイラです】
ボイスルームのチャットに書き込まれるコメント。
どうやら裏切り者は、身内にいたらしい。
『はぁ!? ロッキー!? なんでぇ!?』
名乗り出てきた犯人は、あまりトークチャットには上がらないものの、コメントで見かけるメルルの古い友人だった。
確かにロッキーなら、メルルの活動初期の記録を保管していてもおかしくはない。
『友だちなのに、裏切ったの!? フザけんなよッ!』
【友だちだから、止めたんだけどなー】
通話機能で噛み付くメルルに、コメントで応答するロッキー。
このままだと修羅場に発展しそうなので、慌ててイゼルが火中に飛び込んだ。
「ちょ、メルルさん、ひとまずは話を聞いてみましょ! ねっ? ロッキーさんもわざわざ自首してきたってことは、ちゃんと説明してくれる気があるんですよね!?」
『……チッ! わぁったよぉ!』
【キツネくん、サンキュー】
イゼルが仲裁に入ったことで、メルルはいちおう、ロッキーの言い分を聞く気になったようだ。
張り詰めた緊張感のなかで、ロッキーの書き込みを、固唾を飲んで見守る。
【そもそもさぁ、オイラが今回チクらなくても、けっきょくは時間の問題だったんよね】
「え? どういう意味ですか?」
【アンチの奴らが水面下で、暴露の機会を窺ってたんよ】
『はぁ!? なんでんなことロッキーが……って、クソッ! そういうことかよ!』
「え? メルルさん? え?」
理解が追いつかないイゼルに、メルルが面倒そうに答える。
『コイツはなぁ、よくサブ垢とかで他人のフリして鯖に潜ったり、成りすましたりして遊んだりしてる性悪なんだよ』
【へへ、褒めるなよ】
『褒めてねぇよ。しっかりディスってるから文脈読めや』
流石、メルルの古い友人である。
癖のインパクトが強過ぎた。
(あ……でもそういえば確か、メルルさんも成りすまし疑惑があったな)
点と点が、繋がった。
余計な点も繋がってしまったが、今回はスルーしておく。
「それで他のサーバーの、よくない動きをしている人たちのことを把握できていたんですね」
【そーそー。アイツらもっと話がデカくなって、賠償金とか発生するシャレにならないタイミングで暴露しようとしてたんよ】
だから前もって、この段階で話を潰した。
決定的な証拠を握られている以上、どうせ書籍化は潰される。
ゆえにまだ関係者への被害が小さいこの段階で、先手を打ったのだ。
『……ッ! そ、そんなことしなくても、まだなんとかなったかもしんねぇじゃん!?』
書籍化という目標を、目の前で蹴っ飛ばされたメルルは納得いっていないようだが、この時点でイゼルはロッキーの判断を理解できてしまっていた。
「メルルさん」
『なんだよ!?』
「その場合、具体的に『どうやって』なんとかするつもりです?」
『そりゃあ………………その、話し合い? とかお願い? したりして?』
「できると思いますか?」
『……』
そこまで陰湿な計画を企てている時点で、彼らのメルルに対するヘイト値は相当なものだろう。
仮に対話で「わかりました」と納得してもらったところで、その言葉をどこまで信じられるか、怪しいところだ。
過去という消せない真実を押さえられている時点で、どうあがいても、メルルは詰んでいた。
『くそぉ……うぁあああああ……マジかぁ……っ!』
ついに怒る気力も無くなって……ボフン。
何か、ソファーのようなクッションにダイブしたらしい。
そのまま『うー』だとか『あー』だとか、メルルは意味ない呻き声を漏らすだけの、ボットと化してしまった。
「あの……ロッキーさん?」
猛獣の管理係から外されたイゼルは、ついでに疑問をひとつ、確認してみる。
「ぶっちゃけこの展開って、ロッキーさんなら早い段階で読めていたと思うんですけど、なんで止めなかったんですか?」
おそらくロッキーが潜っていたのは、創作界隈のサーバーだろう。
界隈の知識だって、それなりにあるはず。
そのような人間が、この展開を予想していなかったとは思えないのだが……
【だってメルル、ちゃんと痛い目みないと学ばないからねー】
「……」
非常に。
納得のいく答えが、返ってきてしまった。
【巻き込まれたキツネくんには申し訳ないけど、メルルって、たとえどれだけ周りが止めても自分が納得しなきゃあ突き進んじゃう性格だってのは、わかってるでしょ? だったら一度好きにやらせて、それじゃあ駄目なんだって理解らせないと、駄目なんよ】
「それじゃあ別に、ロッキーさんはメルルさんの書籍化に反対ってスタンスでは、ないんですね?」
【応援はしているよ? いちおう友だちだし】
仮にイゼルが友人にこんな真似をされたら、それ以降も交流を続けられるか怪しいところだが、しかしメルルやロッキーはなんやかんやで関係が切れたりはしないのだろうなと、想像できてしまった。
(やっぱり……面白い、人たちだなぁ)
そしてイゼル自身は、面白くなくとも。
彼らと関わっていれば、面白い創作ネタには困らないだろうなと、確信できてしまう。
だから。
『うぁぁぁぁぁ………………………………よしっ、もういいや! 次だ次、切り替えていこう!』
折れることなく。
すぐに立ち上がった、メルルに。
『キツネくん、悪いけどまた協力してくれる!?』
「……いいですけど、面白いことは創作ネタに使わせてもらいますよ?」
『おっけおっけ! むしろその方が、お互いにメリットがあっていい感じじゃん!』
イゼルは友人として。
作者として。
ファンとして。
迷うことなく、手を差し出すことができた。
すると……ポコン。
【メルルをよろしくね、頼もしい〈スナギツネ〉くん】
ロッキーによって、一瞬だけ書き込まれ。
すぐに削除されてしまったコメント。
(……ッ!?)
それはイゼルが『こちらのサーバー』では使ったことのない、創作界隈のサーバーで使用しているアカウントネームだった。
「……ははっ」
『ん? どったの、キツネくん?』
「いや本当に、この世界って面白いことばかりだなーって」
『何そのヤバい系の発言? え、キツネくん、死ぬの? 変なクスリでも飲んじゃったの?』
本気で心配してくる、メルルの声音だった。
「あははははっ!」
そんな彼女の反応が面白くて、つい。
イゼルは大声をあげて、笑い転げてしまうのだった。
〈作者の呟き〉
これにて本作は完結です!
ここまでお付き合いしてくださった読者様、ありがとうございました!




