【28】面白いじゃん
〈イゼル視点〉
(……通知なし、か)
イゼルがメルルに醜い嫉妬をぶつけてから、半月以上が経過していた。
夏休みを終えて、学校も再開した。
そして今日が終われば、祝日を含めた三連休に突入する。
部活が終わったことで、廊下には普段よりも明るい生徒たちの笑い声が響いていた。
放課後の予定。
休日の過ごし方。
楽しみにしていた外出計画。
そうした賑やかで活気に満ちた声が、イゼルには全く響かない。
つい先日までなら大量の自由時間を確保できる連休を心底喜んでいたのだろうが、今はまるで他人事のようだ。
「……はぁ」
ことあるごとに確認しているスマホ。
軽い嘆息とともに、今回も制服のポケットへと戻した。
力無い足取りで、下駄箱へと歩を進める。
(メルルさん、スペースとか、ポストはやってるんだよな)
フォロワー申請は解除されていない。
イックスでの活動は確認できている。
だがあの日から以前のように、DMは送られてこなかった。
イゼルもポストに『いいね』で反応する程度。
直接のメッセージは送っていない。
ディスコはチャットすら、覗けていなかった。
(逃げて……るんだよなぁ)
よくない状況に陥っているとは思う。
だけど今はまだ、自分の失敗《弱さ》と、向き合える気がしない。
(っていうか、今さらどの面を下げて、謝れって言うんだよ……)
そもそもメルルはもう、自分の助力など、必要としていないのだ。
すでに彼女がイゼルを側に置く理由はない。
そんな相手に媚びられたところで、喜ぶような人間ではないことは、十分に理解できている。
ならばもう。
いっそこのまま。
お互いに不干渉の状態に、戻ればいいのではないか。
そうすればイゼルは自分の傷口から遠ざかることができるし、メルルとて、不要なストレスを抱える必要がない。
互いの負担を軽減できる、素晴らしい案だ。
あとは時間が解決して……
「……はぁぁぁ」
下駄箱で靴を履き替えながら、頭を振る。
少年の口から本日何度目かの、重苦しい嘆息が吐き出された。
「……ゼルくん、お待たせ」
ちょうどそこに部活を終えたピアが、体操服から制服に着替えて姿を現した。
ミント系の制汗スプレーが、沈んでいたイゼルの意識を爽やかに通り抜ける。
「……待った?」
「いや、いま来たとこだけど……ピアってこのやり取り、毎回するよね?」
今週はずっと、学校の図書室で自習をしてから、帰宅しているイゼルである。
ならばついでに、と。
ピアと合流してから、下校していた。
しかし何故か彼女は毎回のように、この台詞を繰り返すのだ。
「……うん。大事なことだから」
「そっか」
いちおうピアから事前に【もうすぐ終わるよ〜( ^ω^ )b】と連絡を受けてから、自習している図書館を出ているイゼルだが、とはいえ基本的には待たされている身である。
相手を気遣う心は、正しい。
実にピアらしい、細やかな配慮だ。
(そうだよね……親しい仲にも、礼儀は、必要だよね)
むしろ、親しい友人だからこそ。
たとえ本人がその場になくとも。
言っていいことと、いけないことがある。
それなのにイゼルは……
「……」
「……ゼルくん、大丈夫?」
黙り込んで歩く傍の少年に、ピアが並んで、問いかけてきた。
少女の香りと、気遣いが、イゼルの乾いた心に染み込んでくる。
「ん、ごめんちょっと考え事してた。ヘーキだよ」
「……そう?」
そのまま当たり前のように、他愛のない会話が始まった。
「……ゼルくん、この三連休の予定は?」
「ん、特にない……かな?」
「……じゃあ映画でも、観に行く?」
「お、いいねー。行こう行こう」
「……買い物とかは、どうかな?」
「あ、そういえば新刊、そろそろだったはず。チェックしとかないと」
「……カラオケとかも、行っちゃう?」
「あはは、ピアとカラオケ行くと、得点高すぎて軽く凹むんだよねー」
「……楽しく、ないの?」
「いや、めっちゃ楽しいけど?」
「……うん。じゃあ予定確認してから、後でメッセージ送るね?」
「了解」
なんて。
幼馴染ならではの、気の置けない会話を交わしているうちに、通学バスを経由した帰路の終わりが見えてきた。
自宅まであともう少しといったところで……
「……ねえ、ゼルくん?」
なんでもないことのように。
ピアが、問いかけてきた。
「ん、何?」
「……もう、小説はいいの?」
ドキンと、鼓動が跳ねる。
(メルルさんのこと……って、違う違う! ピアが言ってるのは『僕の小説』のことだって!)
ピアはイゼルにとって数少ない、小説の読者だ。
彼女は身内のような存在だが、作品を読まれることに抵抗はない。
というか普段は天然気質のくせに、イゼルの隠し事については異常なほど鋭い嗅覚を持つ幼馴染に、隠し事はほぼ不可能だ。
アカウントまで偽装したメルルとのスペース活動だって、うっすらと感づかれている節がある。
長年の趣味である創作は、イゼルが隠蔽を諦めているというのが実態だった。
そんな彼女が確認しているのは、ここしばらく停滞していたイゼルの作品のことである。
「あー、うん、そうだね。ちょっとスランプ気味で……」
嘘ではない。
メルルから距離をとったこの半月間も、イゼルの筆は進んでいなかった。
無理やりに書き進めてみても、文章に魂がこもらないのだ。
ただでさえ少ない読者に、こんな駄文を見せるわけにはいかない。
呆れられたくない。
見放されたくない。
これ以上……誰かに、嫌われたくない。
「……うん。でもようやく手が空いたから、そろそろ更新すると思う」
無理やり絞り出した言葉に、ピアは口元に小さな笑みを咲かせた。
「……ん、楽しみ」
楽しみ、と。
何気ない一言。
でもたったそれだけで先ほどまで枯れていた創作意欲が湧いてくるのだから、作者というのは実に単純な生き物なのだと、イゼルは我がことながらに噛み締める。
同時に思った。
(僕もこれくらい素直に、人の作品を、楽しむべきなんだろうなぁ)
本来は、誰かと比較する必要なんてない。
趣味としての創作なら、書くだけで十分に楽しいはずだ。
しかし残念ながらイゼルはもう、創作界隈という沼に、どっぷりと浸かっている。
スマホを手にした人間が以前の生活には戻れないように、作者になった人間が、純粋な読者として他者の作品に関わることは難しい。
どうしても、比較してしまう。
自分と相手、どちらが『面白い』のかを。
何が違って、何がウケているのか。
何が秀でていて、何が劣っているのか。
常に頭の片隅で考えてしまう。
果たしてそんな狭量な人間が『面白い』のか、今のイゼルには、わからなかった。
⚫︎
(……モエルにも、断られちゃったなぁ)
帰宅後の日常ルーティーンを消化した、夜半である。
本日の課題は図書室で終わらせてきた。
時間が空いたため、食後のモエルを部屋に誘ってみたのだが……
『……いや、いい。最近ずっとおにぃの部屋にお邪魔してるし、モエルだっておにぃの相手ばっかりしてあげられるほどヒマじゃないんだから、少しはざこざこなおにぃもモエル離れしてよねー?』
とのこと。
素人には分かりづらいかもしれないが、プロ目線で翻訳すると、こちらも『イゼルの創作時間を確保してあげる』の意になる。
(気を、遣わせちゃったかぁ)
モエルもイゼルの作品の読者だ。
ピアと同様に彼女にも、教えた覚えのない創作アカウントを特定されている。
そしてピアもモエルも、イゼルにとっては貴重な固定客。
彼女たちからの要望を、無碍にすることはできない。
仕方がない。
イゼルはPCを立ち上げて、執筆ツールを起動した。
(……そういえば感想、来てるかな?)
ここしばらくは一向に伸びない作品のPVを直視できなくて、投稿サイトをチェックできていなかったが、いつまでも放置というわけにはいかない。
万が一、作品に感想や評価がついている可能性もある。
イゼルは手慣れた操作で、まずは普段からメインで使っているウェブ小説サイトの通知をチェック。
投稿作品の更新通知は届いているが、感想はゼロ。
当然だ。
元々PVがギリ二桁程度という弱小作品なのに、更新まで滞ってしまえば、新規の読者が発見してくれる訳もない。
(この作品ももう、畳んじゃったほうがいいのかなぁ)
何度も作品を投稿していればわかる。
きっとこの作品は、もう伸びない。
そしてPVや評価の伸びない作品は、作者のモチベーションが続かない。
ダラダラと引き延ばしてエタるくらいなら、キリ良く畳んで別の作品に挑戦したほうが、作者としては得るものが多いだろう。
だけど……その度に。
ガリガリと、心が削れていく。
やっぱりお前の作品は面白くないのだ。
作者もどうせくだらない人間なのだ、と。
感想欄に書かれていない行間の声が、聴こえてくるような錯覚に陥ってしまう。
(あ……そういえば)
なんだか急に虚しくなって。
少しでも、悪足掻きしてみたくなって。
普段はここまでしないのだが、今日はなんとなく、メインとして使っている以外の小説サイトも確認してみたくなった。
それこそいま投稿している作品よりもさらに古い、勢いと情熱だけで書き上げたような初期の作品を、イゼルは複数の小説サイトにアップしている。
管理が面倒なので今は使用するサイトを一本に絞っているが、久しぶりにそちらを確認してみると……
「……ッ!」
通知欄に、反応があった。
しかも更新通知ではない。
赤い文字で表示された、感想通知だ。
(えっ!? うそっ!? ほ、ホントに!?)
作者ですら忘れていたような作品を、何処かの誰かが見つけてくれた。
それだけでも十分過ぎるほど嬉しいのに、さらに感想までもらえた。
この奇跡を喜ばない作者などいないと、断言できる。
そして……
「……」
イゼルは、沈黙した。
最終話に書き込まれたのは【面白いじゃん】という、簡潔なコメントのみ。
そして感想のユーザー名は〈メルル〉だった。
〈作者の呟き〉
作者が感想からしか得られない栄養、あると思います。




